超重次元戦奏曲


ユーゼスの声がこの殺戮地帯に響き渡る。
そのさなか、平原地帯を高速で飛行するグランゾン。
そしてその後方から追撃するラーゼフォンと、グルンガストの飛行形態であるウイングガスト。
高度を落とし、前方に見える山の地形をブラインドにしながら追撃をかわそうとするグランゾンのパイロット――
木原マサキは操縦に気を向けつつも、放送の内容を可能な限り聞き取って、情報を得ようとしていた。
(残り八人……そして禁止エリアはE-2、E-5……これだけ分かればなんとかなるか……!)
高速飛行中のコックピットに破損した部分から隙間風が入ってくる。
身を縮めてマサキは少しでもそれを回避しようとする。
時速千キロともなれば、その風で凍りつく程に体温が奪われるからだ。
「この機体に乗ってきた奴もこんな目にあいながら……いや、これか!」
風に四苦八苦しつつもマニュアルを読み込んだマサキは、グランゾンのある機能についての記述を発見した。
「G・テリトリー展開!」
目に見えない力場が機体を包み込んだ。
同時にブリザードの如き隙間風が止み、マサキに周囲に気を配る余裕を与える。
まずは追撃してくる二体のロボットについて。
「距離を保って追ってきている……やろうと思えばいつでも攻撃可能なはずだが……放送を聞くためか?」


こちらはグランゾンを視界に捕らえられるように、一定の距離をとりながら追撃するラーゼフォン。
(リュウセイ・ダテは死亡、マイ・コバヤシ生存……どうやらレビ・トーラーが勝ったようだな)
ラミアの目的はこの殺し合いを円滑に進行させることだ。
残り八人となった今、レビがそれを手伝ってくれるのならば、彼女自身の仕事はだいぶ楽になる。
ここで木原マサキを仕留めることができれば、残り五人をレビとラミア二人で片付けるのは難しい事ではない。
(私たちを追ってきたあの男……イキマもグランゾンの後で仕留められるか……?)


そんなラミアの胸中は知らず、ラーゼフォンのやや後方を遅れて飛ぶは、ウイングガストのイキマ。
(ジョシュア、セレーナ、リュウセイだとっ……!何ということだ!)
別働隊の全滅。
この事実にイキマの心は一瞬、揺れ動く。
懸念はE-5に置いてきたクォヴレーのこと。
ラミアと共にやってきたシロッコという男は、機体をマサキに奪われており、危険は少ない。
問題はクォヴレー自身の精神だ。
トウマの死を境にして、何か危うさを秘めるようになっていたのが気になる。
この放送を聞いて、それが加速する恐れもあるが――だが戻ってどうなるというのか。
木原マサキが危険人物だということはイキマも承知の上だ。
ここまできて戻るなど、マサキはおろか疑惑のラミアまでも放置する事になる。
せいぜい慰めの言葉をかけるだけの為に、この二人を見逃していいのかどうか。
まったく人生とは絶え間ない選択の連続だ。しかも制限時間付きの。
こちらの都合とは何の関わりもなく、時間内に解答を出さなければならない。
そしてイキマは――今は感傷に浸る暇は無い、と思考を切り替えた。
ここは戦場であり、生きること、そして勝つことのみが全て。
そこから逸脱した者は死――それが道理だ。
イキマは自らの身に刻まれた幾多の戦場の経験から、それをまさに身に染みて理解していた。
禁止エリアを把握し、次の行動について検討する。注意すべき点はこうだ。
イキマはまだラミアを信用しておらず、下手をすればラミアがマサキと組む可能性もありうる。
それを防ぐ意味もあって、この追撃に加わったわけだが――
そう考えていると、ラミアからの通信が入ってきた。
『放送は聞いたな。では仕掛けるぞ』
「待て、貴様……何が目的だ?何故そこまで奴を危険視する?」
『……説明している暇は無い。だが、木原マサキがあの機体のスペックをフルに引き出したとしたら、お前と私が組んだとしても勝てるかどうかは不明だ』
「何だと……!一体、あの傷ついたロボットが何だというのだ――」
『説明する暇は無いと言った。妙な迷いを抱いたまま半端な行動をとれば、死ぬのはお前だ。
 私に協力するならともかく、そうでないのなら戻れ。足手まといだ』
言うが早いかラーゼフォンはスピードを上げ、獲物を狙う鷹のように舞い上がる。
「おい、待てっ……!」
イキマの言葉を無視してラーゼフォンは左腕の弓状のパーツを展開、右手を引く動作と共に、そこに光の矢が出現する。
そして山岳地帯に入ろうとするグランゾンめがけて、その矢を撃ちこんだ。
そしてそれが開戦の合図を意味する号砲となる。
「くっ……今は、やるしかない……そういうことかっ!」
イキマは歯噛みしながらも、ラーゼフォンとグランゾンを追うべく、操縦桿を握り締めた。


ラーゼフォンが放った光の矢が、落下する隕石のように大地をえぐった。
土煙が盛大に舞って、あたりを覆う。
その中から飛び出した、重力波を纏うグランゾン。
更に繰り出されるウイングガストの爆撃をマサキは何とか避けるも、今度はラーゼフォンが突撃してくる。
これではマサキも息つく暇がない。
かろうじてモニターの隅に装備の説明を表示させてはいるが、読む為に視線を逸らせば、その結果は言わずもがなである。
そのため、説明にロクに目を通していない兵器を使わざるをえないのだが。

「ええい、ままよッ!グラビトロンカノン……発射!」

胸部の装甲が開放され、その奥の光球が露出した。
さらに両腕の部分に埋め込まれた小さな光球との三点の中心に力場が発生し、巨大なエネルギー球を形成する。
近接攻撃の為にグランゾンへ突撃したラミアは、視界いっぱいに出現したそれを見て、とっさに回避行動をとった。
突撃のスピードを保ったままでグランゾンの頭上を通り過ぎ、そのまま背後上空へと回った、その時――
「な――」
「何ッ!」
ラミア、イキマが驚きの声をあげる。
そのまま前方に放たれるかと思われた光球は、天へ向かって垂直に上昇した。
そして、たった一つだったはずのそれは、一瞬の目もくらむような輝きと同時に、無数の『闇』へと姿を変える。
それは光をも逃さぬ、まさに闇。
グランゾンのデータを把握するラミアは、瞬時にそれが何なのかを理解した。
「――ガードを固めろ、イキマッ!」


――無数の超重力弾が破壊の雨となって大地を打ち砕いた。


ごおおおおぉぉおおおぉおおおおぉぉおおう……

大地が揺れるほどの衝撃、それに勝るとも劣らぬ轟音があたりに響く。
そして、その音が風に乗って四方へ拡散する。
周囲の地形は、数瞬前と同じ場所とは思えないほどに変わり果てていた。

「……無事か、イキマ」
「……貴様。何故だ?」

もうもうと立ち込める土煙が風と共に晴れていく。
ラーゼフォンの周りに不可視のバリアが張られ、それが自身とイキマの機体――変形してガードを固めたグルンガスト――を包み込んでいた。
そのバリアに添い、土煙が風に乗ってどこかへと流れていく。
ラミアはイキマを庇って音障壁を展開し、ダメージを最小限に押さえ込んだのだ。
このユーゼスからの裏切りを公言する女は、果たして本当に自分達の味方をする気なのか、イキマには判断がつかなかった。
それゆえに「何故だ」と言葉を発した。
「……逃がしたか。だがレーダーは奴をロストしていない。まだ追えるな、ついて来い」
だがラミアはイキマの質問には答えず、再び空へ舞い上がる。
「おい、待てっ!」
イキマが通信機に大声で怒鳴ると「ついてくれば説明してやる」とだけ返されて、そのまま切られてしまった。
「ええい!こうなったら、毒食らわば皿までよ!」
元々、こういった腹の探り合いに長けているわけではないことは、イキマ自身も自覚している。
覚悟を決めてラミアの後に続くべく、グルンガストを飛行形態へ変形させて後を追うのだった。

   *

「……何がカノン(砲)だ。この武器に命名した奴は何を考えている」
山岳地帯の上空を単機で飛行しつつ、グランゾンの武装を確認した木原マサキはつぶやいた。
あの一撃が炸裂した瞬間の出来事は、撃った当人ですら予測は不可能だった。
武器の名前だけで判断した自分の責任とはいえ、その効果は何らかの大砲のようなものだろうと予測していたからだ。
まさか全方位型のMAPWとは、この武器名だけで判断できる者はいないだろうと思う。
だがそれゆえに予測できない事態、つまりあの戦いから離脱するチャンスが生まれたともいえるのだが。
「レーダーに照準、各部の関節に異常……チーフか、それともどこのクズなのか知らんが随分とやってくれたな」
自分があの時、病院でスムーズにこれを奪取できていれば、ここまでダメージを受ける事はなかっただろうと思う。
このグランゾンの性能を確かめたマサキには、その確信があった。
この機体を上手く扱えれば、今まで乗っていたレイズナーとは比較にならない力を手にできると。
マサキは、プレシアがガイキングから逃亡するために、瞬間移動をやってのけたのを目撃した時から、確かめたいと思っていたことがあった。
それは、このグランゾンが時空間を操作する能力を持つのではないかということ。
そしてそれこそが、この閉鎖された空間からの脱出の鍵を握るかもしれないということを。
そしてその推測は、グランゾンがワームホールを発生させることができるという事実を確認した時に、ほぼ確実となった。
ワームホールによる瞬間移動とは、「数秒後の未来における空間に、異なる時空を通って移動する」ということ。
つまり空間移動であり、時間移動であるわけだ。
そしてそれを制御するためには、短期未来予測を可能にする演算ユニットが必要だ。
それこそが、パプテマス・シロッコが「ブラックボックス」と称した、そしてユーゼスが特異点という名の因果律のくさびを仕込んだオーバーテクノロジー。

――その名を『カバラシステム』。

「ククク……首輪のGPS機能を解析したのが、こんなところで役に立つとはな」
本来ならばマサキには専門外の魔術的システムだが、あの時に解析した首輪のデータから、おおまかの理論は把握する事ができた。

カバラとは本来、イスラエルに伝わる神秘思想を指す。
そして、その神秘を解読する手段とされるのがゲマトリア。
解析装置は通常のレーダーとは異なる首輪の追跡システムを、この理論に基づく技術であると結論づけた。
ゲマトリアは数魔術とも呼ばれる。
数字そのものに魔力が宿るという考え方であり、コンピューターの計算式に使われるデータの数字にも超常の力が宿り、更にその式が導き出す「解」すらもそうであるのなら――
なるほど、とてつもない力を発揮することができるのかもしれない。

「アウレフ、ヴェート、ギメル、ダレット……」
カバラがイスラエル発祥であることから、使用言語はヘブライ語であるはずだ。
そうマサキは考えたが、どうやら見当違いではなかったらしい。
天才科学者の頭脳は睡眠の欲求もどこかへ吹き飛ばして、新たな未知のテクノロジーにのめりこんでいく。

「いいぞ……あとは実践あるのみだ」
マサキはモニターから一旦、目を離す。
そして高速で移動するグランゾンが動きを止めて、背後を振り返った。
空の彼方から二体の生贄が、のこのことこちらに向かってくるのが目視できる。
冥王は口の端を吊り上げ、哀れで愚かな羊達に訪れる運命を嘲笑うのだった。

   *

イキマは思案していた。
木原マサキが危険だというラミアの意見は理解できる。
放送で呼ばれたガルドの名も、状況を考えればマサキの仕業であろう。
だがイキマにとってはラミアも油断のならない女だ。
たった今、自分を庇った行動から、この女が自分を戦力として必要としている事は、説明を聞くまでもなく分かっているのだ、が。
(その後はどうなる?用済みになれば……フン、上等だ)
もとより、このグルンガストに乗った時から覚悟は決めている。
ラミアがこちらを始末しようとするなら、戦うまでのこと。
死中に活あり。
迷いは捨てろ。
敵は眼前だ。
ただそれを討つのみ。

「ワームスマッシャー!!」

いきなり周囲の空間が歪んだ。
一瞬、イキマはモニターのノイズかとも考えたが、そうではなかった。
その歪みが空間に無数の穴を開けて、その中から飛び出した光弾がラーゼフォンとウイングガストをかすめる。
「なっ……!」
「敵の攻撃だ、落ち着け!奴の機体は照準に故障をかかえている!まともに当たる可能性は低い!」
驚愕するイキマをラミアが叱咤する。
「挟み込むぞ!遅れるなっ!」
「……偉そうに指図しおって!」
左右二手に分かれ、グランゾンに襲い掛かるラーゼフォンと人型に変形したグルンガスト。
まずはラーゼフォンが光の矢を放つ。
ソニックブームを巻き起こしながら迫るそれを、グランゾンが飛び上がってかわす。
そのまま山肌に突き刺さった矢の衝撃で、土煙が盛大に巻き起こった。
視界を遮られるが、イキマはレーダーを凝視して位置を確認、追撃のアイソリッドレーザーがグランゾンを追う。

――奴の動きの先を読め。

グランゾンはバリアを発生させて、レーザーの軌道を逸らす。
間髪いれず放たれたラーゼフォンの二の矢を、さらに上昇して回避。
そこから反撃に移るべく、反転してラーゼフォンに向き直る。

――ここだ!!

「グルンガスト、ファイナルモード!」

超闘士は肩口から黄金の剣を引き抜いた。
その剣の名は計都、そして羅喉。
天に輝く二つの凶星の名を冠した剣は、敵に等しく不吉を運ぶ。
それこそが暗剣殺。その運命は凶の一字のみ。

「うおおおおおおおおおお!計都!羅喉剣ッ!!」

出し惜しみは無しだ。
ジェネレーター最大出力。
背中のバーニアが、爆発の如き噴射でグルンガストを舞い上げる。
たった今、地を這っていたはずの機体が、わずか一瞬でグランゾンの頭上にいた。

「!?」

グランゾンは胸部装甲を開放し、すでに攻撃のモーションに入ったままで、頭上を仰いだ。
もう遅い。こちらの勝ちだ。あとはこの剣を振り下ろすのみ。
――侮ったな、木原マサキ。
真剣勝負とは一瞬の中に真実がある。
その瞬間にどれだけの力を出せるか、どれだけ相手を上回れるかで勝負は決まる。
機体性能も、乗り手の技量も、ここで出し切る事ができなければ全て無意味。
それが実戦というものだ。やり直しは一切きかない。
強い者が勝つのではない、勝った者が強いのだ。

「もらったぞっ!暗剣殺――――斬ッッ!!!!」

一刀両断、のはずであった。
振り下ろした刃は間違いなく、グランゾンがいた空間を両断していた。
だが、いるはずのグランゾンが消えた。
一瞬で?
いったいどこに――

「後ろだぁっ!!」

ラミアの声に反応して向き直ると、消えたはずのグランゾンが剣を振りかざしていた。
馬鹿な。
いったいどうやってかわした。
そんなことを考えながらも体が瞬間的に反応したのは、歴戦の戦士としての経験のおかげか。

「ぬうううううううっ!!」
「うおおおおおおおっ!?」

グランゾンのグランワームソード、グルンガストの計都羅喉剣が切り結ぶ。
衝撃と稲妻のような火花が、お互いの剣を挟んで対峙する二機の間に飛び散った。
しかし拮抗は一瞬。
故障を抱えたグランゾンではグルンガストのパワーを受け止めることはできない。
そのままイキマが押し切ろうとする。
だがそれもマサキの思惑のうちであった。
グルンガストに弾き飛ばされて後に下がり、距離がわずかに開く。
その瞬間にグランゾンの胸部が開き、その奥から閃光が放たれた。

「ワームスマッシャー、ダイレクトショット!」
「――――おおおおぉぉぉぉおおおおっ!?」

まるで散弾銃のように放たれた光弾が、至近距離から次々とグルンガストに叩き込まれる。
そのまま弾き飛ばされて墜落、次いで山肌に激突。
派手な轟音が巻き起こり、機体を強烈なショックが襲う。
そして、もちろんそれはイキマの乗るコックピットそのものも例外ではなかった。



「イキマ、聞こえるか!?応答しろ!」
「……ぐ……ううぅ……」
「……生きてはいる……か」
だがこの状況で戦力として、あてにはできそうにない。
ラミアはそう判断して通信を切ると、グランゾンの方に注意を向ける。
あの時、グランゾンがイキマの必殺の一撃をかわせたのは、ワームスマッシャーに使うワームホールによるものだ。
ワームホールを展開し、光弾をワープさせて予測不能な角度から攻撃を可能にするのがワームスマッシャー。
だがマサキは光弾ではなく、グランゾンそのものをワームホールに飛び込ませ、瞬間移動で攻撃を回避したのだ。
この短時間で、グランゾンの性能をマニュアル以上に引き出しはじめている。
何としてもここで倒しておかなくては、後々厄介な事態になる可能性が高い。
「……聞こえているか、白い機体のパイロット」
ラミアが覚悟を決めて身構えたところに、何と木原マサキの方から通信が入った。
「何の用だ。まさか今更、命乞いでもあるまい」
ラミアはそれだけを返す。
正直、あの男が何を考えており、何をしてくるのかはまだ読めない。
「俺を見逃がせ。ユーゼスを倒すのが目的なら他にやることがあるはずだ」
「……呆れた奴だな、ガルド・ゴア・ボーマンを殺したのはお前だろう」
「奴が俺を殺そうとしたから、正当防衛で反撃したまでだ。
 ……言っておくがこれは忠告だ。俺の敵はユーゼスのみ。
 貴様らなんぞに関わっている暇は無いが、死にたいというなら容赦はせんぞ」
やはり最後の一人になるまで勝ち残る気は無い、か。
ラミアはマサキの言葉を聞いて、この男を危険視したのは間違いなかったと確信する。
「貴様一人で何ができる。せいぜいが殺し合いに乗って勝ち残ることくらいではないのか」
「女、そこの奴やクォヴレーから聞いていないのか?首輪を外したのはこの俺だ。
 そしてこの閉鎖空間からの脱出方法も、必ず見つけ出してみせる。
 だが、問題はそこから……お前達はユーゼスと戦う際に必要な、貴重な駒だ。
 死んでもらっては困るというのは事実なんだよ」
「そうか……お前は本気でそう考えているのだな……」
ならば決まりだ。
この男はここで殺す。必ず殺す。
グランゾンとともに消滅させる。

「そうだ。だから――――ッ!?」

ラーゼフォンの翼の羽ばたきがマサキの言葉を中断させる。

猛スピードで突撃するラーゼフォン。
迎撃しようとしてグランゾンが放ったワームスマッシャーは、そのスピードを捕らえきれず、無数の光弾はむなしく空を穿つ。
このまま一気に仕留めるべく、拳を振りかざす。
だが――

「ぐうっ!?」

衝撃。
最後の一発がラーゼフォンを捕らえた。
まぐれ当たりかと考えるラミアだが、マサキが発した次の言葉がその認識を塗り替える。

「フン……誤差把握完了だな」

……どういうことだ?
まぐれではないということか?
「女、貴様は何故、俺に襲い掛かってくるのか……ユーゼスを倒されたらまずいからか?
 この殺し合いも佳境に入ってきた段階でその強力な機体、しかもほとんど無傷……。
 そうか……貴様がユーゼスの犬かッ!ならば全て合点がいく!」
「…………ッッ!!」
何故ばれた?私の存在をどこで知った?
まずい。
いや、関係ない。
ここで仕留めればいいだけの話だ。
攻撃を――

「照準誤差修正!空間座標x、y、zをそれぞれ15.56・-7.91・-2.14修正!
データ入力!短期未来予測!カバラシステム起動!!」

どうする。
攻撃。
間に合わない。

「ワームスマッシャー発射!!」

――ガードだ!

ラーゼフォンの両腕を十字に組み、さらに翼も防御に回す。
音障壁を出力全開にして、死角から襲いかかる光弾の連射を耐えるしか術は無い。
一撃。
もう一撃。
さらにもう一撃。
展開したバリアを光弾に貫かれ、ラーゼフォンはガードこそ崩さぬものの衝撃で吹き飛ばされる。
だが、その移動先を予測したように、いや完璧に予測しているのだ。
吹き飛ばされる先、さらにその先。
次の光弾が牙をむく。逃れる術は無い。
ビリヤードの台の上を乱反射するボールのように撃たれ、弾かれつづけるラーゼフォン。
これが、これがワームスマッシャーの完成形だ。

「ぐうううううううッッ!!!!」

衝撃がラミアの視界を揺らす。轟音が感覚を狂わせる。
だが意識を手放せば本当に終わりだ。
わずかな時間を久遠に感じながら、ラミアは全神経を集中してガードを保った。
「ほう……耐えたか」
「くっ……!」
どう考えてもまずい。
退くか、いやそれはできない。
ならば一体どうすれば勝てる?
どうすれば――

「女、これが最後だ。死にたくなければ俺と一緒に来い」

何を……言っている?
理解不能の四文字がラミアの思考を占める。
マサキは言葉を続けた。
「スパイの貴様を奴等と置いておくのもまずいのでな。
貴重な駒を減らされてはたまったものではない……。
 それに俺も貴様に聞きたいことが山ほどある。残らず喋ってもらうぞ」
「……知らんな。私がスパイ?何の話だ」
「今更とぼけても無駄だ。だがもし貴様がそうでないというなら、どちらにしろここで死ね。
 さっきの行動で貴様はユーゼスより俺を倒す事を優先した。利用価値の無いクズに用は無い」
クズ……か。
この男はラミアを道具として、いや全ての人間をそうとしか見ていない。
だがそれはユーゼスも同じ。そして事実だ。
ラミア・ラヴレスは便宜上の名。
W17――ナンバーで呼ばれる人形、道具に過ぎない。
だのに何故、思考にノイズが走るのか。
いや――

「さあ答えろ!貴様も命が惜しいなら、イエスと言え!」
「……ノーだ。何故なら私は人形だからな」
「貴様……ならば死ぬしかないぞ!」
「ノーと言った!人形に死への恐れなど存在しない!」

はっきりと言い放った。
それは自らを人形と言いながら、決して人形には真似できない「意思」の象徴。
自分の主を自分で選ぶということ。そのことをまだラミアは自覚していない。
「いいだろう……!ならばここで消え去れ!」
グランゾンから未知の高エネルギー反応が検出される。
ワームスマッシャーでもない。グラビトロンカノンでもない。
ならば、「あれ」しかありえない。
ラミアはそれを知っている。そしてその瞬間こそが唯一の勝機であることを。
ワームホールを使った瞬間移動を使われれば、どんな攻撃も回避されてしまう。
ならばグランゾンが全エネルギーを攻撃に集中させた、その瞬間にその攻撃もろとも打ち砕く。
だが、そんなことができるものなのか。

できる。できるのだ。

このラーゼフォンなら。
ラミア自身は奏者ではない。本来の力を覚醒させることはできない。
だがそれでも、その力は絶対障壁を突破するレベルにある。
時間と空間を閉ざす壁をも破壊する、この力なら光をも吸い込む虚無の闇であろうとも――

「ブラックホールエンジン、オーバードライブ!」
「コード入力……リミット解除!」

ラーゼフォンの真の眼が開く。
翼を広げ、そして両腕を広げる。
その動きは高らかに声を上げる歌い手のよう――そう、歌だ。

「ターゲットロック!エネルギー充填完了!!」
「攻撃範囲収束、威力最大!」

グランゾンの両腕が巨大な闇の塊を掲げる。
周囲の空気が揺れる。大地が震える。

「塵一つ残らず消滅させてくれる……!」
「歌え、ラーゼフォン!お前の歌を、禁じられたその歌を!!」

今、間違いなく言えることがある。
それはこの勝負に負けた方が、跡形も無く消滅する運命にあるということ。
いや、下手をすると勝者すらも――


「ブラックホールクラスター発射ッッ!!!!」
「ラァァァァ――――――――――――――――――――!!!!」



世界が――――反転した。

   *

「何だこれは……いったい何が起きている!」
混濁した意識を回復させたイキマが見たのは、想像を絶する世界だった。
天が、地が、どこにもないのだ。
全てが渦を巻き、目にもとまらぬ高速で回転しながら周囲を囲んでいる。
その渦の中心は、空中で対峙するラーゼフォンとグランゾンの真ん中の「穴」。
メキメキと空間が音を立てて軋んでいるようだ。
いや、比喩ではなく本当に軋み、そしてこのままでは潰れる。
本能的な恐怖を抱いたイキマの実感であった。
見上げる視線の先、青の魔神と白の大天使の間で拮抗する超エネルギーがプラズマを巻き起こす。

「やめろ!このままでは――」

イキマの声は轟音にかき消される。
もはや、やめたところで、どうにもならない。
「穴」が全てを吸い込んでいく。
イキマ達の周囲を高速で回転する大地を、空を、そしてイキマ、マサキ、ラミアを、全てを飲み込んでいく。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」


全ては消えて失せ、後には何も残らなかった。

   *

大地を見事にくりぬいた巨大なクレーター。
直径は5kmほどだろうか。
山岳地帯のど真ん中に忽然と現れたそれは、周囲の地形と見比べると異様としかいいようがない。
大地が、鋭利な刃物で切ったように、綺麗にくりぬかれている。
瓦礫も何も存在せず、そのクレーターの内側のありとあらゆるものが削り取られて、どこかへ消えてしまったかのようだ。
その断面にいくつかの穴。
何やら人工の通路のようなものがその奥の闇を覗かせている。

「どういうことだ?」
「はい。W17のラーゼフォンと木原マサキのグランゾンが交戦中、次元交錯線の乱れが臨界点を突破。
おそらく両名及びイキマのグルンガストも次元の狭間に吸い込まれたと思われます」
ヘルモーズ内部。
ユーゼスのモニターを見つめながらの質問に、監視役のバルシェムが答える。
自らが搭乗する為の機体を調整中、W17が死亡したとの報告を受け、ユーゼスはその内容を吟味していた。
直前の状況を考えれば、ワームホールを何度も開いたことで、空間が不安定になったところに決定打が打ち込まれて、このような事態が引き起こされたのだろう。
(フン……だがグランゾンがこのまま次元の狭間に飲み込まれるはずもあるまい)
ユーゼスは彼らが生還してくる可能性が高いと推測していた。
いや、ひょっとして帰ってくるのはグランゾン――木原マサキ一人かもしれないが。
監視をおこたるなと指示して通信を打ち切る。
「だが……どちらにしろ逃れる事などできん……この私の手からはな」
この世界は実験室のフラスコだ。
あらゆる因子を詰め込んだ蟲毒といってもいい。
実験の途中でいささかの爆発が起ころうとも、大丈夫なようにフラスコ――閉鎖空間を強化してある。
ここから逃げられるとすれば、神の意志――アカシックレコードに連れ去られた流竜馬のようなケースのみ。

「待っているぞ……どのみち貴様らはこの私の手のひらの上に帰ってくるしかないのだからな……」


【ラミア・ラヴレス 搭乗機体:ラーゼフォン(ラーゼフォン)
パイロット状態:良好
機体状態:装甲に僅かなダメージ、EN 1/3ほど消費
現在位置:???
第1行動方針:マサキを追ってグランゾンごと抹殺する。
第2行動方針:ユーゼスを裏切るふりをして、ゲームを進行させる。
第3行動方針:参加者達の疑心暗鬼を煽り立て、殺し合いをさせる。ある程度直接的な行動もとる。
最終行動方針:ゲームを進行させる
備考:ユーゼスと通信を行い他の参加者の位置、状況などを把握しました。(三日目4:00時点)
   首輪は持ち主の死後も位置が把握できるので、シロッコやマサキがサンプルを所持していることを知っています。
   ユーゼスはラミアの裏切りのふりを黙認しています】


【木原マサキ 搭乗機体:グランゾン(スーパーロボット大戦OG)
 機体状況:内部機器類、(レーダーやバリアなど)に加え通信機も異常。照準のズレ修正済み(精密射撃に僅かな支障)。右腕に損傷、左足の動きが悪い。EN半分ほど消費(徐々に回復中)。グラビトロンカノン残弾1/2
 パイロット状態:疲労、睡眠不足 、一時的な興奮状態、胸部と左腕打撲 、右腕出血(操縦には支障なし)
 現在位置:???
 第一行動方針:どこかで休みたい。
 第二行動方針:クォヴレーの記憶について考察。
 第三行動方針:ユーゼスを欺きつつ、対抗手段を練る
 最終行動方針:ユーゼスを殺す
 備考:グランゾンのブラックボックスを解析(特異点についてはまだ把握していません)。
首輪を取り外しました。
    首輪3つ保有。首輪100%解析済み。
    白い機体の女がスパイであることを認識。ラミアの名前は知りません。
    イサムとガルドの関係を知りません。クォヴレーの失われた記憶に興味を抱いています。
    機体と首輪のGPS機能が念動力によって作動していると知りました】


【イキマ 搭乗機体:ウイングガスト(バンプレストオリジナル)
 パイロット状況:強い決意。戦闘でのダメージあり、応急手当済み。マサキを警戒。
 機体状況:装甲に中程度のダメージ、メインカメラ破損。コックピットの血は宗介のものです。
 現在位置:???
 第一行動方針:ラミアと共にマサキを追う。マサキよりラミアを見張ることを重視。
 第二行動方針:トウマに代わり、クォヴレーを支える
 第三行動方針:主催者打倒の為の仲間を探す
 最終行動方針:仲間と共に主催者を打倒する】

備考:ディス・アストラナガン、ラミア・ラヴレスを特に警戒
ガイキングの持つ力(DG細胞)が空間操作と関係があると推測
ディス・アストラナガンがガイキングの力(DG細胞)と同種のものと推測
剣鉄也らの背後の力(デビルガンダム)が空間操作装置と関係があると推測
空間操作装置の存在を認識。D-3、E-7の地下に設置されていると推測
C-4、C-7の地下通路、及び蒼い渦を認識。空間操作装置と関係があると推測
ラミア・ラヴレスがジョーカーであることを認識


※D-6に直径5kmほどのクレーターあり、地下の施設が露出しています
※爆発の様子が周囲の参加者に知られた可能性があります
※ラミア、イキマ、マサキは空間の裂け目に飲み込まれました。
 このフィールド内に限らず、ヘルモーズや地下施設の何処かにワープする可能性もあります

【三日目 7:30】





前回 第246話「超重次元戦奏曲」 次回
第245話「されど白竜は蒼天に舞う 投下順 第247話「草は枯れ、花は散る
第247話「草は枯れ、花は散る 時系列順 第248話「限りある永遠の中で

前回 登場人物追跡 次回
第243話「それでも一体この俺に何ができるっていうんだ 木原マサキ 第248話「限りある永遠の中で
第243話「それでも一体この俺に何ができるっていうんだ ラミア・ラヴレス 第248話「限りある永遠の中で
第243話「それでも一体この俺に何ができるっていうんだ イキマ 第248話「限りある永遠の中で
第244話「放送(第四回) ユーゼス・ゴッツォ 第248話「限りある永遠の中で


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年06月02日 18:50