Zの鼓動


 水辺に面した草原。そこであっちを向いたり、こっちを向いたりしている巨人がいた。
まるで洋服を選ぶ年頃の娘のように優柔不断な男、ヴィンデル・マウザーの乗るジャスティスである。
先刻、思い切ってハロへと部下ラミア・ラヴレスの捜索を直訴したところ―――
『サガシモノハドコデスカ♪』『アシタハドッチダ!』『ジブンデカンガエ、ジブンデキメロ』
 と捜索場所選択を任せられ、迷っているのだ。久々に座る操縦席は非常に居心地良く、幸福感すら感じる。
もはや、どっぷりと負け犬根性が染み付いてしまったようだ。
「北の市街地、いや北東の廃墟…やっぱり東の禁止区域付近…あ、でも…大穴で南の工業地域も」
『ヒトツニセンカ、ヒトツニ!』『セッカクダカラ、オレハコノアカノトビラヲエラブゼ!』
「す、少しは静かにしろ…してください」
『モンクヲイウノハドノクチダ』『ハリーハリーハリーハリーハリー』『ソシテナニヨリハヤサガタリナイ』
 騒がしいハロの声を必死で頭の隅に追いやり、熟考する。地図中央付近にラミアはいなかった。捜索する
なら北か南だろう。しかし他の連中はともかく、ラミアなら危険な場所へこれ幸いにと潜む可能性もある。
アクセル達と見つかると色々面倒だが、こちらには切り札のマル秘映像(ルリ死亡時)がある。
となれば―――
『イルヨ、クルヨ、アナタノウシロニ』『シムラー、ウシロウシロ!』『アラテノスタンドツカイカ!』
「だから静かにしろと…んがっ!!!」
 ヴィンデルの顎がカクンと落ちた。
ウロウロしていたジャスティスの後方の水辺から出てきた鉄の巨人、マジンカイザーと目が合ってしまったのだ。
こちらより二回り程大きな巨体、燃えるように赤い翼、鋭い眼光、黒光りする装甲。
どこを見ても満身創痍のジャスティスより強そうだ。例えるなら超合金とプラモデル。
 そしてマジンカイザーは、こちらを確認したのか両腕を挙げ大きく咆哮した。
『ソシテトキハウゴキダス』
「ぅひぃぃぃ!」
 ヴィンデルは情けない悲鳴と共に一目散に逃げ出した。ハロの影響があるとは言え、
先日まで果て無き闘争の世界を求めていた男の姿とは思えない、情けない姿だった。
『テキゼントウボウハジュウサツダゾ』『ニゲチャダメダニゲチャダメダ』
「そ、そんな事、言われても…」
 こちらの武装は先ほど拾った大きな鎌一本、これでどうしろというのだ。勝てるわけがない。
弱気に取りつかれたヴィンデルは、そう頭から決めつけ無我夢中で敵と反対方向、東へ逃げ出したのだ。

 決めポーズのままポツンと置いて行かれたマジンカイザーは、ワンテンポ遅れて追撃を開始した。


 雄大な台地に広がる草原で、壮絶な鬼ごっこが繰り広げられていた。飛んで来るパンチを、ミサイルを、
熱線を半ベソで回避するヴィンデル。奇跡的にも未だに無傷である。
『ヒラリ、アハァン』『ナントォー!』『オレノマエハナンピトタリトモハシラセネェ!』
 しかし昨日の戦いでファトゥムを失っている事が響き、マジンカイザーとの差は徐々に狭まってくる。
周囲に身を隠せそうな場所もなく、東の廃墟までは50㎞以上はあるだろう。とても逃げ込めない。もしも
逃げ込めても、今度は禁止地区に阻まれ追い詰められるだろう。
「なんとか…なんとかしなれば…ん?」
『ミエミエナンダヨ!』『ヘノツッパリハイランデスヨ!』『ソウソウアタルモノデハナイ!』
 ふと気が付けば意外と簡単に攻撃を回避している。冷静になって観察すると、威力はありそうな攻撃だが、
攻撃パターンは至って単調。常にその瞬間の最大火力を発揮しようとしているよう思える。嫌いなタイプでは
ないが、力任せの見切りやすい攻撃だ。
「こ、これなら……勝てるかも……いや、勝つ!」
 どうせこのままでは逃げ切れない。それでも逃げていたかったが相手が弱いと思った途端、戦意が沸いて
くる。自分は、本来ならば強敵にこそ戦意が沸きたてられる男だったはずだ。なのに今まで倒したのは
生身(?)の相手を機体で踏み潰しただけ。ハロには下僕扱いされ、他の連中に土下座し、そして敵と見れば
逃げ出す。果て無き闘争を求めた男がそんな事で良いのか、いや良くない。
「そう! 私はヴィンデル・マウザーだ! 闘争こそ我が生きる道なのだ!」
『オレダッテ、オレダッテ!』『ヤッテヤル、ヤッテヤルゾ!』『カクゴカンリョウ!』
「お願いします…少しはシリアスさせてください…」
 漆黒の鎌を持ち直すと、タイミングを見計らって急ブレーキ掛けた。飛来する数発のミサイルを一振りで
両断、そして舞い上がる爆炎を煙幕にして天高く跳び上がると、爆炎から出てくるマジンカイザーの頭上から
勢いのついたZ・Oサイズを振り下ろした。腐っても鯛、ヘタレてもラスボスである。

しかし―――
「な、なんだとぉ!」
 死角から確実に決まったと思われたZ・Oサイズだが、カイザーは激しく回転する両腕をクロスして受け止め
ていた。力の拮抗に、火花が飛び散る。どうやら『魔』モードは視覚に頼っていないらしい。
「ぬがぁぁぁ!」
『フミコミガアマイ!』『カナシイケドコレセンソウナノヨネ』『ミジュク、ミジュク、ミジュクー!』
 腕力勝負で勝てる筈もなく、ジャスティスは派手に吹き飛び、無様に転がった。そこへ先程から回転して
いたターボスマッシャーパンチが容赦なく撃ち込まれた。それを反射的にZ・Oサイズで切り払う。
「まだまだぁ! あ!」
 辛うじてパンチは凌げたものの、体勢が悪かったせいかZ・Oサイズを彼方へ弾き飛ばされてしまった。
サーっとヴィンデルの顔から血の気が引く音がする。相手の動きを見切れたというのに、これでは決定打が
無い。駄目なのか、やはり負け犬のままなのかと、目の前が暗くなる。
『モットダ、モットチカヅケ!』『ブノワルイカケハ、キライジャナイ』
「せ、接近しろというのか! しかし奴を倒せる武器は……」
『オマエニハデキナイ、オレニハデキル』『ミンナノイノチ、オレガアズカル』
「何か手があるというのか…くそ!」
 こんな玉っころに命を預けるのは尺だが逃げ切れそうに無い以上、勝負を掛けるなら今しかない。猛然と
襲い来るファイアーブラスターやミサイルを必要最低限の動きで回避し、ほんの数瞬でカイザーヘ肉薄する。
本来ヴィンデルの実力を持ってすれば、一度見切った単調な攻撃など物の数ではない。集中さえ出来れば。
『オネエサマアレヲツカウワ!』『オーケーシノブ!』『コンシュウノヤマバー!』
「な、何かやるなら早くして、それか静かにして。ホントお願いします…」
『ヒトツチュウコクシテオク、シヌホドイタイゾ』
「へ?」
『ニンム、リョウカイ!』『ポチットナ』
 雄大な草原に爆発音が響いた。



 青い空、白い雲、輝く太陽、広がる草原、そしてジャスティスの自爆で作られた数十mのクレーター。
その中心に何故かポツンと存在する残骸から一人の男が転がり出た。ヴィンデルである。
「なぜ生きている?」
 素直な感想だった。確かに死ぬほど痛いし流血も骨折もしているが、我慢すれば立つ事ができる程度だ。
自爆した奴が五体満足で助かるのか? そもそもあれは核動力ではなかったのか? 主催者の細工か?
脚本家の御都合主義か? 疑問は次々と浮ぶが気にしても始まらない。なにせガンダムで自滅した奴は
大勢いても、ガンダムを自爆させて死んだ奴はいないのだから。そんな事よりも問題なのはハロだ。
『ガ…カゲキニファイヤー』『ガガ…フカノウヲカノウニ…』『ガガガ…ガガガ…ガオガイガ…』
 自爆の影響なのか半分以上のハロが完全に機能を停止し、残ったハロ達にも異常が生じていた。動きの
鈍い奴、喋れるが動けない奴、動けても喋れない奴、その他諸々。
「ふは、ふはははは、はーはっはっはっはー!」
 ヴィンデルは既に機能停止した一番大きなハロを蹴飛ばした。当然反撃はない。数少ない動けるハロ達の
抵抗も、蹴った時に骨折に響いた痛みも、今まで受けた仕打ちに比べれば心地良いものだった。今ここに、
ヴィンデルは主導権を手に入れたのである。次の問題は、操縦席だけになったジャスティスで今後どうするか。

「なぜ倒せていない?」
 素直な感想だった。クレーターに埋もれたマジンカイザーを見て心底そう思う。ところどころ装甲は砕けて
いるが、十分に動けそうだった。いや、今にも動かれそうだった。
「武器、武器は?! これでいけるか?!」
 必死に辺りを見渡して手頃な石を手にすると、ヴィンデルはカイザーの操縦席へと向かった。動かれれば
間違いなく殺される。ならば動く前に、おそらく気絶しているであろう操縦者を殺そうというのだ
「……ん? 自爆の衝撃で死んだ…のか?」
 コソコソとパイルダーの中を覗くと、そこには血糊と肉片が散らばっているだけだった。足元に纏わりつく
ハロを軽く蹴っ飛ばして追い払うとヴィンデルは警戒しつつ操縦席の中へと入る。
「機体は無事だというのに、衝撃に耐え切れなかったとは貧弱な小僧め」
 既に肉片と化しているラッセルを見て、ヴィンデルは推測した。既に他の参加者に踏み殺されたとは
流石に想像できないようだ。少し血糊が残っているが、ドカッと操縦席へと座る。
「見せてもらおうか、その力を!」
 力一杯レバーを押すと、マジンカイザーは雄雄しく立ち上がり、そして転倒した。
「イタ、イタタタタ!」
『ジャスティストハチガウノダヨ、ジャスティストハ!』
 腰を擦るヴィンデルへ、いつの間にやら入り込んだハロが声を掛けた。
「この! 忌々しい!」
 ハロを操縦席の外へ投げ捨て、ヴィンデルは操縦の練習を始めた。


「運命の女神は我を見放さなかった!」
「なるほど、こういう武器か!」
「凄いパワーだな」
「静かだ…」
 操縦自体は難しくなく、乗りこなせる様になるにつれヴィンデルの口数は減っていった。そして一通りの
操縦を覚え、移動を開始しようとしたヴィンデルは誰に言うともなく口を開いた
「…アレも連れて行くか。確か録画映像もあることだしな…寂しいわけではない」
 本来、ああいう騒がしさからは無縁のハードボイルドな男なのだ。ハロの持つ映像データは必要だし、
解析能力も役に立つかもしれない。繰り返すが、寂しいわけではない。本人はそう言っている。
「…操縦席の掃除もさせたいしな」
 さっきまでなら掃除するのは自分だった。だが今は違う、とグッと握り拳を固める。少し情けない。
ジャスティスの残骸に集まっているハロを観察すると、好都合な事に動ける奴は多くなく、しかも比較的
小さめのハロばかりだった。大きい奴が小さい奴を守りでもしたのだろうか。ともかく押し負ける心配はない。
「…主導権は私にある。うん、私にある」
 再確認してもう一度、グッと握り拳を固めた。

 マジンカイザーはクレーターの中心に穴を掘ると、機能停止したハロ達を埋めていた。
「別に墓を作ってやるつもりはない。他の奴らに利用されたら困るので隠しているのだ」
 聞かれもしないのにヴィンデルが言う。ハロ達はマニュピレーターで器用に敬礼をしながらジッと仲間が
埋められてゆく姿を見守っていた。そして最後にヴィンデルは邪魔だからと言いつつジャスティスの残骸を
その上に立てた。墓標のつもりなのだろうか。
「ん、なんだそれは?」
 最初にカイザーから投げ捨てられたハロが、ちょこんとヴィンデルの膝の上に乗ると大きな口を開けた。
紙の束がバサリと音を立てて膝の上に落ちる。マジンカイザーのマニュアルだった。
『コレ、ヤル。オマエ、トモダチ』
 クシャクシャな上に血塗れであまり読める部分はなかったが、とても強くなったような気がした。 
「まずは私の部下のラミア・ラヴレスを捜すぞ。それと操縦席周りの掃除もしておけ!」
『ガンッテンダ、アニキ!』『ゴミメ、スグニカタズケテヤル!』『イツカギャクテンシテヤルカラナー』
 遂に下克上を果たし、ハロとの友好関係(?)を築いたヴィンデル・マウザー。
人と機械が互いを認め合った事を称えるかのように、マジンカイザーの『Z』マークが輝いていた。



【ヴィンデル・マウザー 登場機体:ジャスティス→マジンカイザーwithハロ軍団
 パイロット状況:パイロット状況:全身打撲、アバラ骨数本にヒビと骨折(応急手当済み)
         頭部裂傷(大した事はない)、気力回復中、ハロと友情(?)が芽生えた
 機体状況:前面装甲全体に亀裂(ただし修復には数時間必要?)、またも翼は破損した。  
 現在位置:B-3
 第一行動方針:ラミア・ラヴレスとの合流
 第二行動方針:邪魔するものは倒す
 最終行動方針:戦艦を入手する
 備考:コクピットのハロの数は一桁になり、ヴィンデルが優位になった】

【時刻:9:40】





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第156話「疾-hayate- 時系列順 第163話「水面下の情景Ⅲ

前回 登場人物追跡 次回
第143話「たった一人の反乱 ヴィンデル・マウザー 第173話「Last Boss


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最終更新:2008年05月30日 16:25