白の世界、黒の現実


『それでは、楽しいバトルロワイアルの再開だ。張り切って殺し合いに励んでくれたまえ』
その言葉を最後に、二度目の定時放送が終了する。
一帯に響き渡っていた声が消え、朝が持つ独特な静謐さが戻ってくる。
柔らかな風が木々を揺らし、森を横切る川がせせらぎを耳に運んでくる。
斜めに陽光が差し込み、森の中に佇む影を照らしていた。
影の数は三つある。青い髪をした少女と、黒い髪をした青年と、青紫の髪をした青年だ。
「そんな、馬鹿な……」
呆然とし、わなないたのは青紫の髪をした青年だ。彼は胸に挿した薔薇を手に取り、震える眼でそれを見つめる。
「マシュマーさん……」
彼に向けられた沈痛な声は少女、ミオのものだ。
彼女はこのゲームで初めて出会った人物の悲しむ姿に、いつものような明るさを向けることが出来ないでいた。
 静かだった。ひたすらに静かな森の中、カラスが数羽飛び立って木々を揺らす。
それを合図としたかのように、マシュマーはその場から走り出す。
「マシュマーさん!」
マシュマーの背中に向けて叫んだのはもう一人の青年、ブンタだ。
彼は木々の陰へと消えていくマシュマーの背を追おうとして――
「ミオさん……?」
その挙動は、伸ばされたミオの手によって阻まれた。
「今は一人にしてあげようよ。大丈夫。機体はここにあるんだし、戻ってきてくれるよ」
ミオはマシュマーの走り去った方を見ながら、強い口調で言う。
少し迷ってからブンタは頷く。マシュマーの姿は、もう見えなくなっていた。

 一本の巨木が目に入ると、マシュマーは足を止める。
ミオとブンタから見えなくなるように、ほんのわずか走っただけだ。
 それなのに、激しく息が上がっていた。マシュマーは力なくその場にへたり込む。
もう一度だけ薔薇を見つめる。唇を噛み、右手の親指と中指で両側のこめかみを掴んだ。
「不甲斐無い……! なんと不甲斐無いのだ、私は!!」
自然に指へ力が込められる。強く眼を閉じると、熱い雫が目じりから零れ落ちる。
それはとめどなく溢れ、マシュマーの頬を濡らしていく。
 守れなかった。何よりも、誰よりも守りたかった主君を。
 必ず守り通し、力となると誓ったというのに。
 彼女の剣となり、盾となり戦えるならこの身など惜しくはないというのに!
「ハマーン様……」
 何が騎士だ。守るべき人を死なせておいて、何が騎士だ。
 守るべき人を亡くし、のうのうと生きている自分の、どこが騎士だと言えるのだ。

「ハマーン様……ッ!」
 憎い。
 この馬鹿げたゲームの主催者が。
 憎い。
 ハマーンの命を奪った奴が。
 憎い。
 何一つ出来なかったこの自分が、何よりも憎い!
「許さんぞ……」
それは、誰に向けての言葉だったのだろう。
「許さんぞぉぉぉぉッ!!」
その答えは分からないまま、マシュマーは吼える。
双眸から涙を流しながら叫ぶ彼の気迫は、周囲を強く振るわせる。
 主君を失った今、主君のために出来ること。
 仇を、討つ。
 だが仇とは誰だ? 主催者か? 参加者か?
 それとも。主君を、誓いを守ることの出来なかった自分自身か……?
 分からない。分からない。分からない。
 それなら、皆殺しにしてやる。参加者も、主催者も。それを果たした上で、自分の命を絶とう。
 だが、分かることは一つだけある。
 少なくとも、ミオ=サスガとハヤミ=ブンタは殺すべき存在ではないということだ。
 マシュマーは少しだけ冷静さを取り戻す。涙を拭うと、ゆっくりと歩き出した。
 また、カラスが飛び立っていく。
 真っ黒いカラスが、朝の爽やかな空に黒い点を作っていた。

「おかえりー」
マシュマーの姿が見え、ミオは殊更に明るく声をかける。
「朝ごはん食べよー。やっぱり日本の朝って言えばご飯に味噌汁、納豆に漬物だよね。
 昨日の夜みたいにボスボロットで」
「――ミオ。ブンタ」
ミオの言葉を遮り、マシュマーが口を開く。
その雰囲気がどことなく今までのマシュマーと違うように見えて、ミオは押し黙ってしまう。
「ここを動くな。それが生き残るために最適な判断だ。
 そして万が一、襲撃者がやってきたら下手に戦おうとせずに逃げろ。いいな」
「マシュマーさん? 急に何を言い出すんです?」
怪訝に思ったブンタがそう問うが、マシュマーは背を向けて歩き出す。
お前たち以外を皆殺しにする、とは言えず、マシュマーはすぐに答えを返せない。
「私はもう、お前たちと共にはいられんということだ」
歩きながらマシュマーはそれだけを告げると、ネッサーに飛び乗る。
「待ってよマシュマーさん、どこ行くのっ!?」
ブンタもミオも、ネッサーへと駆け寄る。叫んだのはミオだ。
『――お前たちには世話になった。生き残れよ』
通信機越しに、マシュマーの声が聞こえた。
その声はとても穏やかさに満ちていたように感じられた。
本当に、奇妙なくらいの穏やかさを伴って届いてきた。
 そして同時に、何故か不安を呼び起こすような声だった。
なんとか引きとめようと声を張り上げようとしたとき、ネッサーを中心に強烈な風が巻き起こる。
両腕をかざして顔を覆う。砂埃が巻き上がる中、なんとか目を開ける。
だがネッサーの姿はもはや目の前にはなく、轟音を残して空へと飛び立ち、移動を開始していた。
「ミオさん、追いかけましょう!」
轟音に交じり、ブンタの叫び声が聞こえる。それに答えるべく、ミオは声を張り上げる。
「うん、そうだね。急がなきゃ!」
その返答を聞いたブンタがドッゴーラへ乗るために川へ飛び込み、ミオはボスボロットへと走る。
「マシュマーさんこそ、死なないでよ」
ミオの呟きは、焦りを帯びていた。

 温かかった。この狂ったゲームの中で、その温かさこそ狂っていると思えるほどに。
だから、マシュマーはこれまで誰一人殺すことなく、死の危険を感じることもなくいられた。
そしてそれは、強化され過ぎた彼の精神を安定させていた。
 だが、だからといって、完全に安定を取り戻したというわけではない。
マシュマー=セロが強化人間であるという事に変わりはないのだ。
 そう、それが現実。現実とは、そう簡単に曲げることが出来はしない。
ハマーン=カーンの死という現実が、マシュマーを強化人間であるという現実へと引きずり戻したのかもしれない。
「許さん、許さん、許さんぞ……!」
激しい憎悪をまとい、マシュマーはコクピットで呟いている。
ミオやブンタと共にいた頃の面影はそこには全く存在しない。あれはまるで夢であったかのように。
マシュマーは既に、自分の人間らしい感情の全てをミオとブンタの元に置いてきた。
温かな感情は、温かな場所にあるのが相応しい。
 今のマシュマーにあるのは憎悪。強い、強い憎悪。
向かう先の分からない、真っ黒い感情だけだ。
 だからだろう。
マシュマーは真っ直ぐに北東へと飛んでいた。北東の森、深い森。
その上空で、マシュマーはネッサーを止めた。
 呼ばれている。
 そう感じたのは、ミオたちを置いて飛び立ってからだ。
誰にかは分からない。声が聞こえたわけでもない。だが、確かにそう感じていた。
それが北東からのものだと直感的に思い、そちらへ向かっていたのだ。
 マシュマーはネッサーを地に降ろし、森を歩いていく。
 迷うことなくしばらく進む。すると、森の中には異質と呼べるものがそこにはあった。
 漆黒の、悪魔のようなシルエットが仰向けに倒れていたのだ。それは邪悪さを周囲に撒き散らしており、
そして、そのコクピットと思しき部分がぽっかりと開いている。人が乗っているとは思えない。
 呼ばれている。
 その感覚は確信へと変わる。この機体が放つ邪気を、マシュマーは感じ取る。
「貴様が私を呼んでいたのか」
漆黒の機体のアイカメラが輝きを増す。マシュマーの声に応えるように。憎悪に呼応するように。
「――いいだろう。力となってもらうぞ」
マシュマーはネッサーから降りると、漆黒の機体へと乗り移る。
 悪魔の瞳が、一際強く輝いた。

 空に、巨大なシルエットが浮かんでいる。
龍や蛇のようなシルエット――ドッゴーラは空中で静止し、周囲を窺っていた。
「見失ってしまいましたね……」
ネッサーの向かった方角へとすぐに追ってきたのだが、レーダーが上手く働かずにロストしてしまっていた。
『マシュマーさん、大丈夫かなぁ』
ドッゴーラにしがみついたままのボスボロットから、ミオの声が聞こえてくる。
ボスボロットはキョロキョロと首を動かしているが、そちらでも見つからないらしい。
「すぐに追いつけると思ったんですが、甘かったですね。もうちょっと探してみましょうか」
『……ううん。もう戻ろう。ブンちゃんの機体は目立つから危ないよ。
 一度戻って、予定通り川沿いに移動しよう。
 一緒に行動できる仲間を探して、そしてまたB-5へ戻ろう。
 もしかしたら戻ってきてくれるかもしれないし、ね』
不安は多い。マシュマーがいくら軍人だとはいえ、ネッサーでは戦えるとはとても思えない。
今探さないと、また合流出来る可能性は限りなく低いだろう。だが、このまま探すのはリスクが高いと思えた。
それならば、マシュマーが無事戻ってくることを祈るしかない。
「……では、先ほどの場所まで戻りましょうか」
ドッゴーラは反転し、空を飛んでいく。
落ちまいとしがみつくボスボロットのコクピットの中へと、風の向こう側から、
カラスの鳴き声が聞こえてきた。
 妙に耳障りなその声に、ミオは顔をしかめた。



【マシュマー・セロ 
 支給機体:魚竜ネッサー(大空魔竜ガイキング)
                  ↓
      ディス・アストラナガン(第3次スーパーロボット大戦α)
 機体状況:Z・Oサイズ紛失
 パイロット状態:激しい憎悪。強化による精神不安定さ再発
 現在位置:C-4
 第一行動方針:ハマーンの仇討ちのため、皆殺し(ミオ、ブンタを除く)
 最終行動方針:主催者を殺し、自ら命を絶つ】

【ミオ・サスガ 支給機体:ボスボロット(マジンガーZ)
 機体状況:良好
 パイロット状態:やや不安
 現在位置:B-4上空
 第一行動方針:B-5まで戻り、川沿いへ東へ移動し、仲間を探す
 第二行動方針:ある程度仲間を探したら、B-5へ戻ってくる。
 最終行動方針:主催者を打倒する】

【ハヤミブンタ 支給機体:ドッゴーラ(Vガンダム)
 機体状況:良好
 パイロット状態:やや不安
 現在位置:B-4上空
 第一行動方針:B-5まで戻り、川沿いへ東へ移動し、仲間を探す
 第二行動方針:ある程度仲間を探したら、B-5へ戻ってくる。
 最終行動方針:ゲームからの脱出】

 備考:C-4に無傷の魚竜ネッサーあり

【時刻:二日目 7:05】





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第129話「薔薇の騎士(ナイト)は斯く語りき マシュマー・セロ 第149話「決意
第129話「薔薇の騎士(ナイト)は斯く語りき ミオ・サスガ 第151話「アニメじゃない
第129話「薔薇の騎士(ナイト)は斯く語りき ハヤミ・ブンタ 第151話「アニメじゃない


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最終更新:2008年05月30日 15:46