生きる意志


 どれほどの距離を飛んだだろう。気が付けば、眼下の景色は岩山から平原へと姿を変えていた。
アラドは、モビルアーマー形態のエピオンを停止させてサブモニターに目を走らせる。
モニターに移るのは後方、自分が飛んできたルートの向こう。
「リョウトさん…」
やはり戻ろうかと思い、その考えを頭を振って打ち消す。
今戻ったら、リョウトが続けている孤独な戦いを無駄にすることになる。
彼を信じようと思い、再び前へと進む。
 岩場に比べれば低いとはいえ、ミノフスキー粒子濃度はまだ高い。
そのため、なんとか生きているレーダーはほとんど使い物にならない。また、メインカメラが壊れているため
サブカメラからの情報だけが頼りとなる。そしてアラドは、再び進み始めても後方を気にすることを止めない。
 だから、すぐには気が付かなかった。
 左手側から襲ってきた衝撃で初めて、アラドは赤く染め上げられた機体の接近に気が付いた。

 メガ粒子砲の直撃を受けたモビルアーマーは傾ぎ、失速していくのが目に見えて分かる。アムロはスラスターをふかし
高く飛び上がると、ビーム・ショットライフルのトリガーを二度引く。
一発目で姿勢を立て直した敵機の軌道をふさぎ、二発目はスラスターに向けて正確に飛んでいく。当たる、とアムロは確信した。
 しかし、その銃弾は敵機の真横をすり抜ける。モビルアーマーではできないような微細な動きで回避されたのだ。
「そんなっ!」
アムロは目を見開き、敵機の動きを見つめる。モビルアーマーだったはずの機体が、モビルスーツへ変形を遂げていた。
そして、そのモビルスーツの姿は、アムロを驚嘆させるに十分だった。
「ガンダム…! でも、僕が乗っていたガンダムとは随分違う」
そう思ったとき、敵のガンダム―エピオン―はこちらへと一直線へ向かってくる。
「くっ、相手がガンダムだからって! やってやるっ!」
言いながら、アムロは再びメガ粒子砲をチャージしつつビーム・ショットライフルを構えた。


「やめろっ、こちらに戦意はないっ! 俺はアラドだ、アラド=バランガっ!」
呼びかけても、相手は攻撃の手を止めない。名前に反応しなかったということは、ゼオラが乗っているとは考えにくい。
「くそっ、こいつも問答無用かよ」
相手の的確かつ素早い攻撃をなんとか避け、ヒートロッドを振るう。
狙いは相手のライフルだ。熱をまとって伸びる鞭は真っ直ぐに伸びていく。
しかし、相手はそれをサイドステップで回避する。そのまま腕を思い切り右に振る。
ヒートロッドが荒々しい動きで赤い機体―サザビー―を追う。サザビーは真上に跳躍し、それを避ける。
「こいつ、速い!」
エピオンは強引な動きで腕を振り上げて追撃をしようとしたとき、サザビーの腹部にある輝きに気が付く。
大振りな動作をしたため、まともな回避行動は不可能。そのまま体勢を立て直さず、スラスターを全開にして横っ飛びに飛ぶ。
「おわぁぁっ!」
なんとか直撃は避けたものの、着地に失敗して右肩から地面に突っ込むことになる。
衝撃がコクピット内を襲い、アラドの体が激しく揺さぶられる。
「つぅ…っ」
頭部に痛みを感じる。メット越しにとはいえ、頭に受けた衝撃は小さくはない。額がじりじりと熱を伴った痛みを訴えてくる。
その痛みを堪え、アラドはエピオンの破損状況をチェックする。ディスプレイに表示された破損箇所を見て、息を飲む。
「ちくしょう、左脚部とヒートロッドが吹っ飛んじまったか」
呟いたとき、目に不快感を感じた。熱い何かが目に入ったのだ。そしてその何かはゆっくりと落ちて口に入る。
鉄っぽい味が舌に広がる。血だった。自分が血を流している。その事実は、アラドに死の足音を強く実感させる。
 少し前、ヴァルシオン改と戦ったときと同様の想いがアラドを支配する。死への絶望。恐怖。そして。
「死ねない…! 俺はっ!」
その身をを囮にして逃がしてくれたリョウトのために。自分を待っているゼオラのために。
生きたいという強い想い。それ込めて叫ぶ。そうやって負の感情をすべて押し流そうとして、アラドは吼える。
 瞬間。0と1の数字がメットを埋め尽くす。
 エピオンは一瞬で、予測演算を終えた。


『うおぉぉぉぉぉっ!』
開かれた回線から、目の前の敵の雄たけびが聞こえる。
再び浮上したエピオンは、緑色の輝きを放つビームソードを構えて突撃をかけてくる。
「憎しみや怨念じゃない。この感じは、もっと純粋な…」
相手の生きようとする想いを、アムロは感じ取る。その想いはとても純粋で、強さを持っている。しかし
「僕だって同じだ。生きて帰るんだ、みんなところにっ!」
その想いはアムロとて同じだった。そして、その想いをサザビーは受け止める。
バックパックに搭載されたファンネルが飛び立ち、迫りくる敵へと向かっていく。
ファンネルが向かう先、エピオンの損傷度をアムロは確認する。
「あのガンダム、メインカメラがやられてるようだな。なら、これも効果的に使えるはずだ」
アムロは呟くと、別のトリガーを引く。射出されたものを見てから、スラスターに光をともした。

 飛んできた6基のファンネルは、エピオンにまとわりつくと執拗な攻撃を加えてくる。
あるものは正面から、あるものは回り込んでビームを撃ってくる。それを、アラドは無駄のない動きで回避する。
加速と制動を繰り返し、巧妙にビームの嵐をすり抜ける。
「このっ! 邪魔すんじゃねぇよっ!」
巨大なビームソードを大きく薙ぎ、一振りで3基のファンネルを切り払う。その隙に、残りの3基のビームを受ける。
スラスターの一部と左腕部が吹き飛ぶ。コクピットに伝わる強烈な振動を無視し、無理矢理加速をかける。
サザビーの姿を近くに捉えると、アラドは頭に描き出される無数の可能性に対応するように動く。
ビームソードを勢いに任せて振りぬく。その途中で出力を引き上げ、リーチを伸ばす。
しかし届かない。
サザビーは大きく下がり、それを回避していた。同時に、こちらに放たれたものを確認する。
ビームの銃弾を見切り、投げられた大きなシールドを斬り飛ばす。
ファンネルの銃撃を右肩と右脚部に受けるがそれを無視し、赤い機影を追う。
見つけた機影は、いつの間にかこちらとの距離が離れていた。そちらに向けてスラスターを全開にする。
破損したスラスターは、自らが放つ衝撃に耐え切れず自壊を始める。
「届け、届けっ」
後ろからビームの砲撃が迫りくる。アラドはモニターを見ることなく、自壊を続けるスラスターに鞭打ってそれを避け続ける。
「届けぇぇぇぇっ!!」
ビームソードの出力を最大まで上げる。長大な刀身を思い切り振り下ろす。
赤い影は回避の素振りを見せないまま真上から両断され、爆ぜた。その手ごたえのなさに、アラドははっとする。
「ダミー!?」
 慌てて背後を振り返る。
 すぐ側に、サザビーがビームトマホークを構えていた。それは確実に、コクピットへと向かっている。
巨大化させたビームソードでは、この近い距離では迎撃が出来ない。スラスターは、既に言うことを聞かなかった。
回転し、蹴り飛ばしてやろうと思うが、両足がすでに破損していることに気が付く。 
 サザビーの動きが、やけにスローモーションに感じられた。
 それに反し、思考速度は落ちない。
「ゼオラ、ごめん…。俺、今度こそ…」
ゆっくりと、ビームトマホークが動く。背後から、装甲が溶ける音と嫌な臭いがする。
「約束、守れなくて、ごめんな…」
 そして、アラドの意識は真っ白く塗りつぶされて、途切れた。

「ひとつ…」
ゆっくりと落ちていくガンダムエピオンの姿を、アムロは見下ろしていた。残ったファンネルがサザビーのところに戻ってくる。
重厚な音を立てて地に伏したガンダムから、あの強い意志はもう感じ取れない。それは、敵パイロットの死を意味していた。
アムロは肩で息をして、呟く。
「生きるんだ。生き残ってやる…」
そして、アムロは再び移動を開始した。さながら、赤い悪魔のように。



【アムロ・レイ 搭乗機体:サザビー(機動戦士ガンダム 逆襲のシャア)
 パイロット状態:疲労
 機体状態:シールド、ファンネル3基破壊。他無傷
 現在位置:B-7からB-6へ移動中
 第1行動方針:目立つ動きを取って敵を釣り出す
 最終行動方針:ゲームに乗る。生き残る】

【アラド・バランガ 搭乗機体:ガンダムエピオン(新機動戦記ガンダムW)
 パイロット状態:死亡
 機体状態:大破
 現在位置:B-7】

【初日 15:40】





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第74話「黒の交錯 時系列順 第68話「(空)回る運命

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第3話「アムロの決断 アムロ・レイ 第100話「山間の戦い
第52話「大切な人 アラド・バランガ


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最終更新:2008年05月30日 03:28