久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国様からのご依頼品


 某日、ナニワアームズのうららかな昼下がり。

 西の砂漠を一人の旅装束が歩いていた。
西国には珍しい白色の肌を照り付ける太陽からマントで守り、地図と水筒をしっかりと持って丘を越える。
消える足跡に興奮して、靴に忍び込んだ砂粒に興奮している旅装束の頬が赤いのは、気温のせいだけではなかった。
いかにも砂漠慣れしていません、という歩き方や行動の割に、装備は教科書的なまでに完璧である。

「聞いていた通りだ。」

 視界に入る中で一番高い丘の上に立って、旅装束はぐるりと回った。
360度、視野の全てを囲んでいる砂漠に目を輝かせる。
少し遠くで生まれたばかりの砂嵐に感心して口を開き、マントの隙間から入り込んだ砂粒に顔をしかめた。

「……これも、聞いていた通りだ。」

 呟くと、けほけほと数回咳き込んで砂を吐き出し、水筒の水で口をゆすぐ。
勿論、水の貴重さはしっかりと聞いているようで使うのは少量の水である。
少しずつ大きくなる砂嵐が進路を横切るのを確認し、口元の布を引き上げてラクダに跨がる。
重いのは駄目だろうかとも思っていたが、砂漠を歩くのに慣れていない足で進むのに比べれば、ずっと良いように思えた。

 ようやく出番か、と言うように、ラクダが鳴く。
ラクダの首を軽く撫でて、旅装束は東に向かって移動を再開した。

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 同日、ナニワアームズのうららかな昼下がり。

 青空の下で盛大な音を立てながらクッキーが割れ、普段主にナニワの空を舞っている砂の代わりに今は粉が舞っていた。
巨大な皿に山のように積み重ねられたクッキーのそばに、久遠寺那由他が泣きそうな顔で座り込んでいる。
その手には、クッキーが握られていた。
周りでは那由他に暖かい視線を向けているナニワの民が、やはりクッキーの山に手を伸ばしている。
さっくりと焼き上がった甘いクッキーがほんのりとしおからく感じられて、ナニワの民は目元に涙を溜めた。

 涙の味か、と内心で呟いて、那由他を遠巻きに見守る。
視線を感じたのか、一心不乱にクッキーを食べていた那由他の手が止まった。

「……うわーん!!」

 絶叫が響く。
耳と尻尾をすっかり垂らして、那由他は泣いた。


 そもそも、元はと言えばクッキーはこんなにも大量ではなかった。
隊長と仰ぐ石田咲良に食べてもらおうと焼いたクッキーを、言い出すタイミングを失ってそのまま持ち帰った時の数十枚が、本来の枚数である。
 いっそ、誰かと一緒に食べれば気も紛れるかと増量したのが間違いだった、と那由他は痛感する。
木を隠すなら森、などという不純な考えがなかったわけではないとは言え、自棄になって焼きすぎた。
やけだけに。

 ぐるぐるとした頭で妙なことを考えながら、那由他は機械的にクッキーに手を伸ばす。

「……おいしい。」

 ほろほろと口の中で溶けていくクッキーを勢いよく飲み下して、那由他が湿った声で呟く。
上手に焼けたクッキーが、何故だか悲しかった。


 自棄食い改めクッキーパーティがはじまってから3時間が経ち、傾きだしたクッキーの山の周りの人影は随分と減っていた。
残っている人間も徐々に腹が膨れてきたようで、バリバリと響いていた音はさくりさくりという大人しいものに変わっている。
それでもクッキーの山に伸ばす手を止めず、那由他は大量のクッキーを腹に納めていった。

──いいもんいいもん、これで太ったら、隊長と訓練するんだもん。

 強がって余計に空しくなり、クッキーをかじるペースを上げる。また強がる。
その繰り返しで、那由他がクッキーをかじるペースは3時間前よりむしろ速くなっていた。

 たまたま手にとったクッキーの形を見て、またじわりと涙を浮かべた。
那由他の手の中にあるペンギン形のクッキーに水滴が広がっていく。

「隊長……隊長ー!!」
「呼んだ?」

 背後から聞こえた声に、感きわまって叫んだ那由他の動きが凍る。
地面にのびる影をゆっくりと目で追い、震えながら振り返った那由他の目の前に現れたのは、ラクダに乗った青い髪の旅装束、石田咲良だった。

「た、隊長っ!?」
「……クッキー祭でもあったの?」

 驚きのあまり、しおしおになっていた耳と尻尾が跳ね上がる。
那由他はほとんど無意識でラクダを預かり、石田の髪を整えていた。
ざらざらとした砂の感触に、石田が砂漠を歩いてきたことを察して少し青くなる。
装備はしっかりしていたようで、髪越しに触れた肌の温度が平熱だったことに安堵して、ようやく那由他は混乱した。
 混乱しながら石田の問いへの答えを、ぐるぐるした頭で考える。
自棄食いです、とは言いづらかった。
もちろん、隊長に嘘をつくことは初めから選択肢にない。
 視線を泳がせながら考えている那由他を見かねたように、クッキーの陰から声がした。

「いえ、那由他さんがたくさんクッキーを焼いたので、みんなで食べていたんですよ。」
「那由他が作ったのか。……すごいな。」

 嬉しそうに笑った石田を見て、那由他は更に考える。
声から判断して、国民の誰かが出してくれたであろう助け船は、少なくとも嘘をついてはいなかった。
……少しばかりギリギリな気もするが。

 そう結論づけ、那由他はクッキーの陰の国民に心の中で感謝して、笑う石田に口頭で感謝を返すことにした。

「ありがとうございます。隊長は、どうしてここへ?」
「先生に勧められたんだ。休みだったし。」
「!! いけません隊長、マントを脱ぐと熱射病に。」
「そうなんだ。」

 砂と日差し避けに必要なマントを脱ごうとする石田を止め、他の荷物を預かりながら、那由他は先生、小島空に、感謝した。
不慣れなマントの着心地はあまりよくないようで、少し嫌そうな顔をして石田がマントを羽織り直す。
迷いなくペンギンの形をしているクッキーを手にとって口に入れ、砂漠を越えて渇ききった口の中に砕けたクッキーが広がって、石田は妙な顔をした。

「……粉っぽい。」
「ジュースです、どうぞ。」

 いまだ状況を飲み込みきれない頭とは裏腹に、身体はてきぱきと動く。
渡されたコップの中身を飲み干して、もう一度クッキーをかじった石田は、今度は微笑んだ。

「うん、おいしい。」
「……ありがとう、ございます。」

 手の中に残った帽子を口に放り込んで、ばりぼりと音を立てる石田の隣で、那由他はにこにこと笑いながら石田の世話を焼く。
やはり遠巻きにその様子を見守るナニワの民がさくりとかじったクッキーは、もうしおからく感じなかった。


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石田はかっこよく、男らしく!と思いながら書いたので、可愛い石田をお望みでしたらすみません。

書かせていただきありがとうございましたー。



作品への一言コメント

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  • ふおぉ~我が隊長が!ナニワに!という夢のシチュエーションです。
もう5、6回は読み返してにま~っとしてます!
大荒れクッキー処理は概ねこんな感じでしたwナニワの皆さんごめんなさい。
それと一つ、ぶしつけなお願いなのですが、自サイトの宝物庫にこのSSを収めさせていただけませんでしょうか。
ttp://www10.atwiki.jp/knayuta/pages/39.html 
こんな感じになります。受注いただきありがとうございました! -- 久遠寺 那由他 (2008-06-08 22:21:10)
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ご発注元:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国様
http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om/cbbs.cgi?mode=one&namber=661&type=591&space=15&no=



引渡し日:2008/07/20


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最終更新:2008年07月20日 21:49