静けさとは無縁の愉快な悲鳴。派手に突撃していくグリンガムの姿や、アメショー警備仕様に追い立てられてるソックス持ちの玄霧や岩田、いつの間にかりんくの隣で湯船に使っている青森、勢いよく飛んでいく桶。
 そんな景色を眺めながら、ワサビの愛称で知られる猫野和錆は感慨深く思ったものだ。
「混浴っていいな」
 あ、殺気を多数検知。
 ワサビは慌てて「はんおー様いつ戻ってくるのかな」などと呟いて誤魔化した。

 それは賑やかで、
 騒がしくて、
 でも、どこか愉快な、一夜限りの狂想曲。
 夜が静寂と共にあるなんて嘘っぱちで、
 ふいに大声で笑い出したくなるような、
 そんな、お祭りのような一時の──


 みんなで夏祭りにいこう!─ある一夜の狂想曲─


 夜闇を切り裂くような速度で疾走する一団がある。アメショー警備仕様である。警備仕様であるため本格的な殺傷武器こそ積んでいないものの、普通の猫や犬が逃げ切れるような代物でもない。
 しかし、そんな彼らは現在全力疾走中。しかも止まる気配はない。それというのも、彼らが引っ立てるべき二人の人影は、アメショー警備仕様を上回る恐るべき速度で夜をかけていたからである。
「フフフ、私の出番ですね!」
 夜を切り裂くような白い白衣を身に纏い、両手にぐわっしと掴んだソックスの束。長すぎる手足を軟体動物のようにくねらせながら人外の速度で疾走するのは当然ながら岩田である。
「さっ、流石。……速いっ!?」
 その後をぜーはーいいながら追い掛けていくのは、同じく、ソックスをがっしりと握りしめた玄霧藩国藩王、玄霧。何というかこう国民であれば誰もが目をそらしたくなるような光景であった。事実、小笠原に同行したワサビはぶっこわれた壁のある風呂で他人のふりをしている。
「まだまだ訓練が足りませんね?」
 岩田は、すでに息を切らしつつある玄霧を見てそう言った。
「いや、これ、訓練とかそういう問題!?」
 忍者アイドレス着ておけば良かったかなーなどと思いつつも、両手に握りしめるソックスは決して手放さない。そんな玄霧を見て、岩田は叫んだ。
「息は切らしても決してソックスは手放さないその執着。さすがは同士! スバラシィ、スバラシィィィィ!」
 ──ちなみに、こんなやりとりをしているこの二人。どこを走っているかはまったくわかっていなかったりする。今は暗黒の森の中を全速移動していた。
「そこの二人、いい加減に止まりなさい!」
 段々と距離を離されつつあるアメショー警備仕様の一団がメガフォン最大で叫ぶ。流石にまずいかと思った玄霧が、ちらりと岩田を見る。
「これってギャグで済みますかね?」
「そう思うのなら手術が必要ですね」
「どんな手術!?」
「フフフ、秘密です」


 一方その頃。ずいぶん騒がしい状況になっている風呂場で、ワサビはのんびりと目の前で繰り広げられる光景を見守っていた。
 命が惜しいので距離を置いていた、とも言う。
「ああ、青森さん? 青森さん!?」
 女性陣の湯船にぷかーと浮いている青森(ぴくりとも動いていない)に危機感を憶えたのか、でも一定距離を置いている扇りんくが狼狽えたような声を出す。
 それで、全員の視線がそっちに向かった。
 その隙に源は「らっきー」といいながら今のうちに危険地帯(エミリオ・スイトピー戦線)から素早く離脱、そして「おいずるいぞおまえだけ」と言いながらグリンガムにならい女湯に特攻した。
 派手に舞い散る水しぶき。
「って何入ってきてんのよあんたは!」
「なにやってるんだあんたはっ!」
 扇りんくとはるの手から猛スピードの桶が飛ぶ。かんかんかん、と景気よく三連打。「ぐはぁっ!?」と言って湯船に沈む源。
 死者二号、とワサビは心の中で呟いた。グリンガムは面倒くさそうに湯船に浮かぶ源を背中に引き上げる。
「ん? あれ? なんか一つ多くない?」
 妙に冷静な高原鋼一郎が言った。腕組みして、VZAもうんと頷く。
「それはあれが原因では?」
 浅田は冷静に言った。指をさす。
「流石。浅田は冷静だ」
 指の向けられた先で、いつの間にか復活している青森がにこりと笑って言った。

 かぽん。

 ししおどしの、妙に空虚な音が耳朶を振るわせた。
「…………~~~~っっっ!!!」
 歴史は繰り返すと言うべきか、扇りんくが再び桶を掴む。が、先ほど殺した手前もあって自制心が働いたのか、首まで湯船につかるだけにする。顔を真っ赤にしながら青森を睨んだ。
「あ、あ、あ、あんたって、あんたって……っ!?」
「俺がまもってやるって言っただろう?」
 平然と言う青森。そしてグリンガムに引き上げられた源を指さす。
 どうやら桶三発目の正体はここにあったらしい。
「え? あ、そ、そういう……こと?」
 よくわかっているのか、わかっていないのか、困惑顔の扇りんく。
 ただ、そんな平和な時もそろそろ終わりであり──
「そろそろかな」
 彼らから更に距離をとるようにワサビは一歩退いた。それと同時に、遠くからがさがさと何か男が聞こえてくる。
「ん、この音は……」
「もしや……」
 高原鋼一郎とVZAは互いに顔を見合わせた。ワサビにならって一歩退く。
「フッフッフッ───アーッハッハッハッハッ!」
 叫びながら長い足で壁を蹴り砕く岩田。ぱらぱらと木っ端が吹き飛んだ。とっさに扇りんくを守る青森。同様の理由で源を湯にたたき込むグリンガム。がぼがぼ叫ぶ源。あっけにとられる一同。
 そして、風呂場に飛び込んでくる岩田。続く玄霧。唖然とする一同を前に二人は堂々と仁王立ち。
「ふうーっ……イイ汗をかけました。さあお風呂の時間です」
「まったくだ。アメショー警備仕様をまくのも大変だ」
 まいたんだ。心の中で呆れる一同。
「阿鼻叫喚まであと五秒……」
 言いながら、ワサビは壮絶な桶投げを予期して物陰に隠れる。それに続く高原鋼一郎とVZA。
 そしてきっかり五秒後。
 風呂場を、無数の桶が飛翔した。


+後日談
 さんざんな騒動だった風呂の後。ソックスを奪われた事に遅まきながら気づいた女性陣一同は、岩田・玄霧殲滅部隊を結成、風呂上がりと同時に遁走した彼らの追撃を開始した。これには(すさまじい剣幕で協力を要請させられた)多数の男性諸君も加わり、夜明けまで続く運びとなった。
 しかしそんな彼らの手を逃れて、岩田・玄霧両名はソックスを握りしめて玄霧藩国まで逃走。いかん、このままではつるし上げを食らうと考えた同藩国所属の猫野和錆も姿をくらました。
 後日、ソックスとられた人々が連名で玄霧藩国に抗議書を送信。これにより摂政含む官吏達による第x回藩王討伐作戦が開始された。


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最終更新:2007年09月25日 21:04