久珂あゆみ様からのご依頼品


 白い風が、吹いていた。
 空と海の間から生まれてくる、雲間の太陽に磨かれた強くも豊穣な風だ。
 その風が、港を抜けて、埠頭に佇んでいるあゆみの髪を撫でていく。

 横顔を、晋太郎が見つめていた。

 どこか遠い人のような、やわらかく、そして揺るぎないものを内に携えた、細い顔。

 今はただ、あゆみを見ていて、微笑みが優しい。

 見つめと言葉を交わしあう、2人の久珂。

 2人は頬にキスをして、抱きしめあい、それからまたキスをして、船へと歩き始めた。

 ぎゅうと大切そうにあゆみの手の中で握りしめられている、小さな箱。

 風が、2人の道行きを捲いていく。

 還る波涛は光に温められて暖かい。

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『2人だね』
『また、2人だ』

 さえずりの前で、照れたようになかなか触れあわないあゆみと晋太郎が、視線だけは絡ませて、はにかみ合っている。

  -大好きだなって
  -僕も好きだよ

 触れそうで触れあわない。
 手を、握りあっても触れあわない。

 心の、奥の、奥の、そのまた奥まで、ひそやかに秘め隠されている気持ちと気持ちが、風、ひとひらほどの薄い距離で、触れあわないまま、こすれあっている。

 笑いあう。

 照れてこすれる心の熱が、くすぐったい波動となって彼らを揺すぶる。

  -中々気持ち、切り替わらないよね
  -うん

『もう』
『じれったいなあ』
『じれったいね』

 ひらひらとさえずりが舞う。
 普段は向けられているまなざしが、今は、耳も貸さずにたった一人に独占されている。
 嫉妬することはない。
 彼らには、そういう複雑な感情はないのだから。

  -ご飯でも食べよう
  -うん!
  -なにがいいかな

 ふわ、と、熱い何かが弾けたのを感じた。
 唇が、晋太郎の頬を小さく冷たく湿らせる。
 とく、とく、小さな鼓動が聞こえてきた。

『やった』
『頑張れ、しんたろー』

 晋太郎の手がポケットに入ると、2つの鼓動の高鳴りが、少しずつ大きくなってくる。

 くるくる彼らはその熱に舞う。とんぼを切って、くるりと飛び跳ね。

 晋太郎の細い、やわらかな顔立ちが、硬くなった。

  -え、ええとね。これは、なんでしょう………なんて

 つん、

 と、指先ほどのサイズで触れあった心が、

 くるくるこすれて、くっつきあう。

 あゆみは大分長い赤面の沈黙の後に、ほとんど晋太郎の顔を見れずに伏目がちになりながら答える。

  -…………………ゆ、ゆびわ?
  -うん………正解

『やったね』
『やったあ』

 照れつつ何かを説明している晋太郎と、ぎゅうと晋太郎にひっつくあゆみとを、彼らは喜び眺めている。

 目前で重なりかける、唇に。

 わあ、と、さえずりがまた、捲き起こる。

 晋太郎が恥ずかしさのあまりに自分達の力を呼ぼうとして止められたのを、彼らはにこにこしながら見守った。

 吹き上げてくる海風に逆らって、船に乗り込む2人についていく。

 くすぐったいほどくゆる気配に、心地よさそうに揺られながら。

/*/

 流れ出る、熱に乗って彼らは遊ぶ。
 放っておいても渾々と熱をさらしてくれるので、いつまでも飽きない。

 客室の外で風にあたっている、2人の久珂。
 ゆっくり遠ざかる島影に、今はまだ、ぼんやりとしか焦点があっていない。

「話す内容おもいつかないよね」
「う、うん!」
「指輪渡した後から、もう、何話せばいいか・・・」
「わ、わたしも」

 くすくす、ちいちい、さえずる風。
 上気する2人の頬から熱を、さらっていく。

 あゆみが、寄り添った。
 晋太郎も、寄り添った。

 わー、と、猛烈な熱にくるくる舞い飛ばされるものがある。

『好きっていったよ』
『何度いっただろ?』
『いっぱいいったね』

 にこにこ、きゃあきゃあ、彼らははしゃいだ。

 す、と目の前に手が差し出される。

 晋太郎とあゆみが、彼らを見て微笑んでいた。

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『見つかっちゃった』
『見つかっちゃったね』

 にこにこと微笑みを捲く風に換えながら、精霊達は晋太郎と挨拶を交わした。
 いつもするものと、少し違っていたのは、いつもはこちらを見ていなかったあゆみが今は、こちらを見つめていたからだ。

『ありがとー、しんたろー、あゆみ』
『ありがとー、くが』

 精霊達は口々に礼を告げた。

 体を持たない精霊は、一つの場所から生まれ出て、すべてを共有しながら流れていく。

 世界という、大きな輪の中を。

 壊れかかっていた輪の一部に手を差し伸べてくれた者達へ、礼を告げ、そうして鳥の羽に乗りながら、彼らは島へと帰っていく。

『またね、しんたろー、あゆみ』
『またね、くが』
『またね』

 ひらり、ひらりと風が舞う。

 晋太郎の指先を離れながら。

 見送る2人に笑いかけ、海風に乗って、なだらかに。

 海鳥の、白い羽根が舞い散った。

/*/

 白い風が、吹いていた。
 空と海の間を抜けて、微笑みと心に磨かれた、強くも豊穣な風。

 それは島へと昇り上げ、

 初々しい森の若木のその葉を揺らし、緑をつややかに輝かせて。

 風は、どこまでも吹いていく――――。

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署名:城 華一郎(じょう かいちろう)



(作者コメント)
ご依頼の品、お納めいたします。

余分なものを付け足すと雰囲気が壊れてしまうと思ったので、都合上、普段出しているものの中でも分量が特に少なめになってしまいましたが、ご満足いただけなければリライトもいたしますゆえ、その際は是非お申し付けくださいませ。


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最終更新:2008年05月28日 18:28