日が暮れるどころか沈んでから更に数時間後の小笠原。
現時刻午前0時。よい子は寝息を立てている時刻である。
そんな中、一軒の民宿の扉ががたごとと音を立てて開かれた。
扉の中から人影が現れる。周りをきょろきょろと見渡して誰もいない事を確認すると、奥に向かって手を振った。
それを合図にして民宿の中からこそこそと総勢12人の人影が民宿の表に揃う。
やがて表の扉を出たときのようにがたぴしと閉めると、人影達はそろそろと音を立てないように砂浜へと歩いていった。

満月が夜の暗い海に映し出される。月明かりの中、一行は海に浸かって遊び始めた。
「いい晩ですねー」
「こっそり抜け出すってワクワクしますね。」
tactyと西條 華音は顔を見合わせてそう言った。
「昼間は混んでるからね。でも夜の海は夜目がきかないと危ないからみんな気をつけるんだよー」
『夜の海って(も)いいもんですねー』
SOUが皆に注意を促す中、宮瀬 拓とS×Hが声を揃えて言う。空を見上げれば満天の星空であった。
空気が澄んでいるせいか、今日は6等星のわずかな明かりも見える。
皆が楽しそうな雰囲気の中、ミズキ・ミズヤは一人だけ変な顔をしている。
その様子に気付いた西條がミズキに声を掛けた。
「どうしたの?ミズキさん。」
「海でなんでみんな喜ぶのかがわからない」
「海で泳ぐって楽しいんですよ。」
「私はカナヅチですけどね」
ひょっこりとWyrd=紘也が言い添える。
その横ではamurとtactyが人を海に叩き落す面白さを語っている。
それでもやはりピンとこない表情をするミズキであった。

「夜の海ってのもなかなかおつなもんだねぇ。マイト、そう思わない?」
「そうだね」
SW-Mに向かってマイトはにこやかに笑いかける。
正確には三千世界から乙女のキッスで呼び出された同一存在であるが、オーキ・マイトには変わりない。
その笑顔にSW-Mの胸は本日何度目かのときめきが走った。必死ににやけそうになる顔をこらえつつ、会話を楽しむ。
「うんうん、それならよい。よいけど、ここでこっそりいなくなるなんて無しだよ。前の黒のときだってどこに行ったか心配したんだから」
だが、その答えは返ってこなかった。直前にタルクが漏らした北国人ってあまり海で泳がないからなあ、という台詞にマイトが反応したからである。
「北国か。アルさんは元気かな」
誰かに思いをはせているのか、マイトが遠い目をする。
その表情にビビッと反応した面々が一斉に『アル(さん)って誰(ですか)?』と問いただした。
「昔、会った人。相手は、覚えてないだろうけど」
そう言ってマイトはまた少し笑った。その表情を見ていたSW-Mの脳裏にピキーンと電流が走り、あらゆる推測や仮説を飛び越えて一つの真理に至る。
「女か、そうか女だなー、こいつめー!」
ばしゃばしゃと猛烈に水を掛け始めた。げに恐ろしきは女の勘である。
何故か星青玉も一緒になって参加している。その様子をtactyや他の面々は笑い転げながら見ていた。
「笑うなー!ええい、詳細を求める!」
そんなSWを見ながらマイトも笑っていた。笑いながら水をばしゃばしゃ掛けられ続けている。
その笑顔からはかつて暫定七世界ランキング2位に選ばれた男とは到底思えなかった。
「マイトー、かけられっぱなしはダメだよ。そこで水をかけかえすのが健全な青少年ってもんだよー」
一方的に掛けるのに飽きたのか、SW-Mが口を尖らせると
「僕は健全じゃないから」
とにこやかに返された。
「ほほう?不健全だとでも?」
「そうだね、この時間は悪い子しかいない」
「そこは問題でない!」
半分がああなるほど、と納得して、半分がいや不健全とか悪い子ではないだろう、と言う中でSW-Mただ一人だけがびし、とツッコミを入れた。
周りの空気がちょっと恥ずかしかったのかSW-Mはびし、とミズキを指差した。
「じゃあ、彼女も悪い子かい?」
うーん、とマイトはわずかな時間唸った。ちなみに今日のミズキはワンピースの水着である。
「夜更かしさせないようにしなきゃね」

(なんだこの完璧超人は・・・)

「そこでうろたえるのが漫才ってもんなんだけど……まぁ、いいか」
胸のうちで完璧超人めー、と思いながらSW-Mはため息をついた。
「ミズキさん,マイトは夜明けの船でもあんな感じだった?」
「いつも、ああやって孤立したがってる」
「距離とってるのね」
tactyの問いにミズキが少し笑って頷く。どうやら一事が万事この調子のようだ。
「まったく、君は品行方正だと言われたら自分は不良だ、とかまで返すんでしょ?」
「僕は学校にだってちゃんといってないからなあ」
困ったようにマイトが笑った。この人物、笑顔を絶やさない。
「学校に行ってなくても、女を笑顔にはできるはずだろう?」
「学校に行ってるヤンキーに聞かせたいねぇ、そのセリフ」
「学校行ってなきゃみんな不良ってわけじゃないですよ。」
「だからここに来たんじゃないですか」
「じゃあ今度は学校に行こうー」
「学校よりこんな時間のほうが大切ですよ」
そんな皆の言葉にやはりマイトは笑って答えた。僕は違うんだよという、そんな感じがした。
なんとなく不満が残る感じの笑顔であった。
「ま、なんにせよ不健全な少年少女を野放しにしている私も不健全な大人だ。よし、これで私たちは不健全仲間だね」
「そうだね。仲間だ」
「そうですね、みんなで楽しみましょう」
「不健全を楽しみましょうw」
「ええ、仲間です」
「この場は全員仲間ですね。」
不健全仲間、ここに誕生である。いや既に不健全ではあるから誕生ではないかもしれないが。
「だから、もっと楽しく遊びなさいな。水をかけられたらかけかえす。どつかれたらどつきかえす。それくらいしなくて何が仲間だい?」
そんな皆の言葉に、マイトは困ったように笑ってSW-Mを見た。
「ん?どうかしたかい?」
SWがマイトを見上げると視線の方向が少しずれた。気になって視線の先を追ってみる。
顔からやや下の位置、具体的に胸を見ているようだ。
「コラ(ハリセンチョップ)」
軽いツッコミを入れる。
次の瞬間、彼女は死の世界にいた。行ったことはないが、そう感じたのである。
いや、実際にはツッコミを入れたままの態勢である。小笠原の海岸から動いてもいなければ時間も過ぎていない。
ただ、それだけに生と死の狭間を越えかけたことだけは確かに理解できた。夜に海に入れるほどの気温だというのに全身から噴き出した冷や汗が足をつたって落ちる。
「………マイト?」
SWは思わず名前を呼んで彼女より背丈の高い青年を見上げた。さっきと同じように少し困った笑顔をしている。
ただ。そう、ただ何となく、その笑顔から何かを察した。
「………わかった。やり返さなくていいよ。」
「ごめんね」
「ただ、皆心配するから。困った様に笑うのは止めなさいな」
うん、と頷くマイトは、それでもその笑顔をやめなかった。
「ちゃんと笑う。笑顔は大事だよ」
「うん」
「……本当にわかった?」
「努力はする」
「どうかなあ」
「努力無しでも自然に笑えるようになるといいね」
そう言われてマイトはまた少し悩むと今日何度目かの笑顔を見せた。
にこやかで、自信がなさそうだけれど、一番いい笑顔だった。
「うん、その笑顔。そういう風にも笑えるじゃない」
そう言ってSW-Mもにっこりと笑った。見上げる彼の今までで一番いい笑顔を心に焼き付けつつ。

そんな二人が青春してる後ろではミズキが追ってくるカニからとてとてと逃げ回っていた。いくら逃げても追ってくるので少し泣きそうである。
「ああ,珍しい?」
どやどやと他の面々がミズキの元に集まる。
「逃げるほどのものじゃないですよ」
西條がカニを摘みあげると気持ち悪い、と言って近寄ろうともしない。相当嫌なようだ。
S×HとSOUが可愛いですよー、おいしいですよー、とサンドイッチで言ってもまるで耳を貸さない。
「苦手な人は苦手かもしれませんが・・・」
そう言ってカニを逃がしてやる西條。そのままカニはどこかへと去っていった。
ふと、気がついた。後ろで二人が何かいい雰囲気である。
カニに構っている場合ではないと全員が固唾を呑んで見守る。

「ずっとうすっぺらーい笑顔だったんだ。あんなんじゃ会う人会う人みんな心配するよ。私も含めてね」
「大丈夫だよ」
もう少し練習が必要だなぁ、と言うSWにマイトが何事か呟いた。
海から風が吹いてくる。その言葉は見守る面々には届かなかった。
声にならなかったであろう言葉を見て、馬鹿、とSW-Mが返した。

いいところで、と全員が思う中、ミズキが呟いた
「解読する?」
皆が一瞬悩む中、星青玉が即座に頷いていた。
「んーと、どうせ、いなくなるから。忘れるから」
「え。いなくなるってマイト君がですか?」
「……忘れてたまるか」
「ミズキさん、忘れることになっても、今日あった出来事は無くならないですよ。」
「そんなことないくらい楽しく遊べばいいんです」
ひとしきり騒いだ後、それでもやりきれない気持ちが抑えられないのか、皆黙った。
そんな空気の中、一人動いた男がいる。tactyである。
「いいよ,ミズキさん。さ,せっかく海なんだから泳ごう」
と言い放ったこの男。言うが早いかミズキをドーンと海へと突き飛ばした。
擬音で表現すると、どしーんずるっどぼん、という感じでミズキは見事に海中へと叩き込まれている。
皆が呆然としている中、Wyrd=紘也が急いで駆け寄ろうとする。
が、どうやら心配は無用であった。ざば、と立ち上がる一人の影。誰であろうミズキ・ミズヤである。
頭に乗っていた海草を海に投げ捨てると、追い討ちで水をかけようとしていたtactyの足を払い転がす。
どこから取り出したのか簀と紐でもってぐるぐるとtactyを簀巻きに仕立てていく。あまりの速さに誰も手出しする事ができない。
そしてやめてと言わせる暇も与えずに、ミズキは簀巻きにしたtactyを海へと叩き込んだ。
「どはー」と漏らしながら簀巻きが波にさらわれそうになる。
その様を見て「天誅・・・」とSOUが呟いた。
「ミズキさんやっる~♪」
西條の言葉にびし、とVサインで返すミズキ。ノリノリである。
「うわーん,たす,ブボボボ,けー」
一方簀巻きは簀が水を吸い始めた事もあり、大分ピンチである。主に生命の。
Wyrd=紘也がはぁ、とため息をつくと今にも沖に流されそうな簀巻きの救助に向かう。
タルクもその後を追って助けに入る。
そしてミズキは再びカニに追われて逃げていた。

そんな騒動の後ろで、マイトはSWと話していた。
「いなくなったって忘れない人くらいいるよ」
マイトは何もかも分かった風に笑っただけだった。SWの言うところの『貼り付けたような』笑顔である。
「私は忘れないよ。絶対に」
「そうだといいね。ほんとに」
「仮定じゃない。確定してることさ」
後ろの方でtactyがシリアスシーンだからってほっとくのは酷くない?と言っているが気にも止められない。
「なんなら、そう、確かめればいい」
「確かめるのは怖い」
「怖い?近いうちにいなくなるって言われている私たちだって怖いさ」
マイトが言葉を返そうとしたそのとき、は、と海のほうを見る。
そこには、星明りを飲み込むくらいの大波が迫っていた。
「SWみんな、陸に上がれ。」
SOUの指示も離れていたSW-Mには届かない。いや、既に動けなかったのだ。
月も星も見えないほどの黒い大波が迫る。駄目だ、間に合わない。

次の瞬間、光が走って波が真一文字に割れた。両断された波は数え切れないほどの飛沫となって砂浜に降り注ぐ。
何が起こったのかは判らない。でも、たった一つ判っている事があった。
マイトだ、マイトが助けてくれたのだ、と。
「って、マイト?!」
青年の姿は既に砂浜には無かった。

程なくしてミズキを伴ってマイトが沖から戻ってくる。どうやらミズキを助けに飛び出していったようだ。
浜辺に戻ると皆が心配の言葉をかけてくる。
「ありがと、色男」
「やめてよ、その言い方」
助けた少女の言葉にやや憮然とするマイト。
「SWさん。あんまりいじわるしてると、こじわが増えますよ」
「意地悪して増えるのは笑ったときのしわだよ。それならいくら増えたっていいさ」
「ひっぱってあげようか?」
思わずマイトの表情を見るSW。どうも真剣らしい。
「……千切れそうだから、いい」
マイトはほら。と寂しそうに笑って、水からあがった。その後を待った待ったといいつつSWが追いかけていく。
そしてこの物語の行方は今宵の夏祭りへと続く-


「マイト…,こっちも助けてくれない?」
マッチョなボディ形の砂山で埋められて動けないtactyが呟く。だが返事は無い。
「みんなの薄情ものー」

そんなtactyが砂浜から救出されるのはこの騒動から数時間後、朝食の納豆をかき混ぜていたマイトが「あ」と言って思い出した後である。


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最終更新:2007年09月25日 20:38