うにょ@海法よけ藩国様からのご依頼品
【亜細亜の純真】
真っ白な、誰にも染められぬ白がある。
潔癖ゆえに頑固で、強固で、汚れを許さぬ、しかし外気に弱い白。
怯えと勇気を合わせもつ、少女の心は未だ誰も知らない。
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そっと差し出された小指に指を絡めることが出来なかった。
無意識に、でも意識していた。
この人が怖いわけではない。
怖いのは人に触れること。心に触れること。
怖い…こわいこわいこわい…
誰も、私に触れないで…
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「亜細亜ちゃん…?」
心配そうに覗き込む、白い髪の毛が美しい少女。
その少女の声に、はっと我に帰る亜細亜。
曖昧に笑顔を作ろうとして失敗してしまった。
心を固く閉ざすことしか知らない少女に、作り笑いを見せる、といった技は持ち合わせていなかったようだ。
「亜細亜ちゃん、気分悪いの?顔色、悪い…」
不安げに、いつも真っ直ぐな瞳で見てくれる。
真摯に真っ直ぐに見つめられて怖い、と思った時もある。
亜細亜は、ただただ怖かった。自分のこの心を汚されるのではないかと…
「えっと…大丈夫です」
亜細亜のその曖昧な笑顔とあからさまな距離に、白く美しい髪を訳あって薄く青く染めた少女-うにょ-は、無意識に瞳にうっすらと涙を浮かべていた。
うにょは知っている。
亜細亜の弱さを強さに変えていった、その力強さ。一点を見つめる真っ直ぐな眼差し。はにかんだ笑顔がとても可愛らしいことも、うっすらと涙を浮かべるさまも。
その全てが亜細亜で、全てが可愛い。
そして、どうしても越えられない透明で強固な壁があることも、解っていた。
そっと下唇を噛むうにょ。
(私…亜細亜ちゃんのこと、傷付けちゃった…?)
亜細亜は気付かない。
うにょの焦りも不安も、自分を守るだけで精一杯な亜細亜は気付いていなかった。
「いっしょにどうですか」
不意に話を振られて、俯いていたうにょは静かに顔を上げた。
「一緒にって…私も、いいの…?」
少しうなずく亜細亜。
二人の見ている先には横断幕が風になびいている。
『ようこそ。小さな未来のパイロット。我々は貴方を歓迎する』
そう書かれた横断幕。
今、亜細亜とその仲間の少女達が作っているものだ。
亜細亜はそれをうにょに見せ、一緒に作りませんか、と言ってきたのだ。
「うん!私も、一緒にやりたい!」
「はい」
うにょの反応に亜細亜は嬉しそうに微笑んだ。
そうして次の作業のことを少し話した二人は帰っていった。
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小さく息を吐く。
亜細亜は一人になると、詰めていた息をそっと吐き出した。
亜細亜は距離の取り方を知らない。
ただ抗拒な姿勢を無意識に全面に出して自分を守る。
もちろん、それによって相手を傷付けているかもしれないことは、気付いていない。
(うにょさんは、なんで私に構うのかなぁ…)
空を見上げてふと思う。
(私といったってきっと楽しくない)
そう決め込んだ亜細亜は、まだ心も幼い。
施設での過去。引きこもりがちな心。いろんなトラウマが少女を包む。
このアイドレスという世界に触れることで、少しずつドアを開けてきたけど、まだ怖いのだ。
とぼとぼと歩いていると、目の前を小さなものが横切った。
「?」
首を小さく傾げ、よーく見る。
小さなものの正体はネコリスだった。
「うわぁ!」
にゃんにゃんちゅーと鳴きながら、2匹3匹と出て来るネコリス。
少し沈んでいた心が浮き上がる。
気付くと、亜細亜はネコリスを追い掛けて、小笠原の山へと入っていった。
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「はぁはぁ…待って…私、もう…」
ついお話したくて追い掛けていたら、よく解らないとこへ来てしまった。
「やだ、私…ここ、どこだろう…」
夢中になってネコリスを追い掛けていたのとは一変して、不安になる亜細亜。
ふと足元に暖かい感触がした。
見てみると、小さなネコリスが亜細亜を見つめている。
「えっと…あなた、ネコリスさんだよね?」
「にゃんにゃんちゅー」
そっと掬い上げる。
掬い上げられた手を伝って、亜細亜の肩へとやってくる。
「ふふ、どうしたの?可愛いー」
破顔してネコリスを見る亜細亜。
ほどなくすると、たくさんのネコリス達が現れた。
「なぜ、こんなにいるのかしら…私、楽しいお話なんて…」
そこまで言って、表情を曇らせた。
思い出したくもない何かが溢れてきそうで、辛かった。
「にゃんにゃんちゅー」
「ちゅー?」
「楽しくないお話だよ…それでも聞いてくれるの…?」
大丈夫?吐き出していいんだよ、とそう聞こえた。
誰にも触れられたくない心。それをこの小さな温もり達が溶かす。
亜細亜の瞳から溢れる涙が土の上に落ちた。
「ちょっとだけなら…」
誰も聞いていないなら、少しだけ吐き出してもいいと思えた。
「あのね…」
そう語り出した亜細亜の周りには、たくさんのネコリス達が集まり、亜細亜の声に耳を傾けていた。
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ガサっという音に、ハっと我に帰る。
土を踏み付ける音が近付き、得も知れる恐怖を亜細亜が襲う。
しかし、近付く何かは亜細亜を恐怖に陥れる何かではなかった。
「亜細亜ちゃん!そこにいるの?」
はぁはぁ、と息を上げ、たくさんの汗で制服を濡らしたうにょが現れる。
「うにょさん…なんで…まさかっ」
聞かれた!?という不安がよぎる。
しかしそれは杞憂だった。
「ごめん…私、亜細亜ちゃんに横断幕のことで聞き忘れたことがあって…」
はぁ、と一呼吸おく。
「追い掛けたら、亜細亜ちゃんがいきなり走り出すから、何かあったのかと思って」
「え、っと…それで…その」
「そしたら、亜細亜ちゃん、いきなり消えちゃうから…探しちゃった。良かった、見付かって」
「え…?」
話を聞かれた、という不安ばかりで、うにょのことを見ていなかった自分に気付く亜細亜。
再び、うにょをよく見る。
スカートは少し乱れ、土埃が少しついている。たくさんの汗をかいて制服の上着はうっすら濡れていて、また少し息を乱しているのを調えようとしている。
その様に、ずっと自分を探してくれていたのが解る。
そしてふと自分が恥ずかしくなった。
この人は、私を見てくれていない。そんな不安があった。
だからずっと距離を詰めることへの不安がたくさんあった。
「亜細亜ちゃん?ど、どうしたのっ?怖かった?」
いきなりたくさん溢れ出した自分の涙に気付いたのは、うにょがハンカチで頬をぬぐってくれてからだった。
「もしかして、こわがらせた?」
「ちが…違うんです…私…」
私を見てほしい。
私を見て、そして優しく触れて欲しい。
そんな我が儘をこの人に求めていいのかしら。
そう思った。
もっと見よう。心を開くことは容易ではないけれども。ただ閉ざすだけではないんだよ、と優しく教えてもらったから。
「ネコリスさん…ありがとう…」
小さな呟き。
うにょは「何?亜細亜ちゃん」と聞き返す。
「なんでもありません…ただ…うにょさん、ありがとうございます」
「えっ、ううん!いいの。ごめんね、その追いかけたりなんかして…」
「いいえ…」
ほんの一瞬、涙を拭うハンカチを受け取る際に触れた二人の指。でも亜細亜はそれを警戒などしなかった。
うにょは、触れ合った指を意識してしまい、ドキドキだったがそれを出さないように必死だ。
「亜細亜ちゃん、えっと…帰ろう?」
「はい…あの、うにょさん、道解りますか?」
「うん!大丈夫!任せて!」
亜細亜に頼りにされたのが嬉しかったうにょは乱れたスカートを正すと、亜細亜を案内しながら二人は山を下りていった。
途中、そっと振り返る亜細亜。
その心は、少しだけ軽い。
(ネコリスさん、ありがとう)
たくさんある中の一つにすぎないけども。それを持っていってくれたことで、閉ざしていた視界が一つ、広がったことにお礼を言うと、もう亜細亜は後ろを振り返らなかった。
《終わり》
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最終更新:2008年05月21日 16:30