ミーア@愛鳴藩国様からのご依頼品



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 ふっと、抱きしめていた感触と心地よい重さがなくなり、彼女を包み込んでいたバルクの腕が空を切る。
 ゆっくりと目を開く。蒼い光がぼんやりと、天に昇って消えていくところだった。
 そうか、もうそんな時間か。バルクは二人がけのソファに座ったままその光を一粒手に取り、手のひらの上で空気に溶けて消えるのを見送る。

「趣味……というよりも癖になっていますね」

 自分の唇を撫でながら、バルクは笑顔で呟く。
 それなりに長い年月を生きてきたわけだが、まさかこのようなことを想う日が来るとはまるで思わなかった。こうしてゆっくりと、話しながら酒を呑むというのもいつ振りだろうか。
 しかし、悪い気はしない。むしろ心地よささえある。

「これはこれで、オーマとしてどうなのでしょう」

 誰に、というわけでもなくバルクは笑いかけてテーブルの上に置き去りを食らった梅酒のボトルを手にとって天井へ向けて掲げて見る。まだ半分ほど残った液体が、茶色いガラスの向こうで揺らめいている。まるで海のようだ。そう思ってボトルを左右に揺らし、海に波を立てて見る。電灯の光がその動きに合わせてゆらゆらと変則的に輝いた。
 バルクは何をしているんだ私はと微笑み、空いているグラスに注いで氷を浮かべ、出来上がった小さな海をじっと観察する。とけはじめたら飲め、という彼女の言葉を守るついでだった。
 じわり、じわりと海に溶けていく氷山を上から眺める。氷の節々から底に向かって流れだす、薄いヴェールのような液体が幻想的にアルコールの中で踊りだした。
 ……そろそろいいだろうか?
 話し相手がいない状態で氷が溶けるのを待つというのも難しいものだ。バルクはグラスを手に取り、軽くかき混ぜてグラスの中ほどまでの量を喉に通した。甘ったるい味が口内に広がる。

「愛の味、とでも言うのでしょうね」

 グラスを揺らしながら、バルクは呟く。自分たちの文化圏にはない、最近覚えた言葉だ。
 この骨まで溶かしかねない甘さが、身体から込み上げてくる熱が、粘っこくも透き通ったこの味が、一つ一つが彼女を想う自分とどこかにている気がして、バルクは自嘲気味に微笑んだ。誰かに聞かれているわけでもないのだが、どこか恥ずかしさを感じてそれを忘れるように残った半分を飲み干す。
 ……しかし、甘い。愛の味とは意気込んで見たが、やはりこの甘さにはどうにも慣れないような気がした。やはり炭酸で割る方が自分の性にあっている。
 テーブルに置かれた梅酒を見よう見真似でソーダ割りにしてグラスに注……ぐつもりで見たが、ソーダの方は空っぽになっていた。はて。全て飲んでしまったのだろうか。
 まあいいか、と氷を足して再び梅酒をグラスに注ぎ、氷が溶け出すのをじっと待つ。さっきも思ったことだが、この時間を一人で過ごすのはとても苦痛である。なにか本でも読んでいればいいのだろうが、いい感じに酔いが回ってきている彼の思考の中にその選択肢は存在しない。

「この一杯でやめにしましょうか」

 ゆらゆらと溶け出した氷を眺めながらバルクは誰かに語りかけるように呟いた。注いだ梅酒が次第に水でその色を薄められていく。
適当なタイミングでバルクはそのグラスを手に取り、誰もいない対面に向かって掲げた。

「ではミーア。良い夢を」

 今度は一気に飲み干す。甘い愛の味が口内をとろけさせながら、喉を通って身体全体にその甘さを広げていく。
 バルクは満足したようにグラスをテーブルに戻すと、彼はそのままこてんとソファに横になって寝息を立て始めた。
 ゆっくり、ゆっくりと、しかし確実に時が刻まれ、カーテンの向こうで赤い夕日が沈み、深い闇に包まれた夜が訪れる。
 今宵、彼女はちゃんと眠れただろうか?
 声にならない問いかけに、答える者はいない。
 やがて漆黒が包み込んだ部屋に、彼の寝息だけが静かに、静かに流れる。
 残された空のグラスの中で、氷がからんと切ない音を響かせた。

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最終更新:2008年05月18日 22:54