小笠原SS 扇りんくと夏の空


 今度こそうまくやらなければ、と思うのだ。
 別に多くを望んじゃないない。ただ、散々振り回された挙句、セクハラされて終わりだなんて、そんなバカなことがあっていいはずがない。
 それが、扇りんくのささやかな決意だった。
 そのはずだったのだ。

       *

 スイトピーを担ぎ上げた青森が、笑いながら砂浜を逃げていく。振り向いて銃撃。ビーチパラソルが吹っ飛んで、その下で本を読んでいたエミリオの頭を直撃した。怒るエミリオ瞬間移動。死角からの攻撃を、あっさり青森回避する。放しなさい降ろしなさいとスイトピーが暴れる。
 どうしてこんなことになっているのだろう、とりんくは頭を抱えた。もう既に間違っている。それは確かだが、ではどこから何が間違ったというのか。
「そんなことするなら、これでどうです?」
 ソーニャが投げたおもちゃの手榴弾が放物線を描いて飛んで行き、大きな音を立てた。青森気にしない。一方、エミリオはマジだった。現れた式神が破壊の光を帯び始める。それならばと青森は、抱えていたスイトピーを投げた。エミリオ慌てて受け止める。次の瞬間には、二人とも担いでさらに逃げた。
「女のコ投げるなぁ!!」
 ソーニャが叫んで猛ダッシュ。りんくも慌てて後を追う。
 ――もう何と言うか、のっけからカタストロフであった。
「あーおーもーりーさーん!! だから、なんで逃げるの!?」
 叫びながら、どこへ行った私の小笠原、と胸中でりんく。
「くそ、これだから中年は!! 追いますよりんくさん」
「うん、そーにゃちゃん。挟み撃ちしよう!」
 打ち合わせひとつで、ソーニャは左から、りんくは右から回り込む。ソーニャが楽しそうに、
「しかし大変な人好きになっちゃったわね、りんくさん」
「そ、それは言わない約束で……」
 りんく赤くなる。気付いた時には、青森が目の前にいた。じっと瞳を見つめられる。顔まで近づけられた。その距離、もう犯罪レベルの五センチである。完全に思考停止するりんく。
 その間にソーニャが追いついた。が、青森慌てず騒がずエミリオとスイトピーを海に投げ落とす。大の大人のやることじゃあなかった。
「このサイテー、エロ親父! ああ、エミリオ!! 今すぐ行くわ」
 ソーニャが慌てて二人の下へ泳いでいく。
 ようやく我に返ったりんくが振り返ると、既に青森は自らも海に飛び込んで泳ぎ回っていた。
「っていうか、青森さんのばかー」
 りんく叫ぶも、当の相手にはまるで届かない。ああもう、泳げばいいんでしょう泳げばとばかりにりんくも突撃。勢いよく海へと飛び込んでいく。

 こうなることはわかっていたのだ。
 自分が好きになった人はとにかく自由な人で、無茶苦茶な人だから。
 でも、せめて。
 ちょっとくらいは、自分の方を見てはくれないか。
 りんくはそんなことを考えている。

「いいねえ。この天気。俺は夏が一番好きだね」
 青森がそんなことを言ったのは、皆でひとしきり泳いだ後だった。
「キュウリでも食いたいな」
 そう言って爽やかに笑う青森は、さっきからずっとエミリオとスイトピー聯合に頭から水をかけられていて、何と言うか格好のつかないことこの上ない。
 りんくは楽しそうな青森を見て嬉しくなって、
「私も、夏好きです。いいお天気だとさらに嬉しいですよね」
 そう言って微笑んだころには、青森は猛烈な勢いでエミリオとスイトピーに水をかけ返していた。子供である。りんくの言葉なんて聞いちゃいない。ああそうだった、そういう人だった、とりんく嘆息。
「私も混ざる? このこの!!」
 ソーニャが二人に加勢して、これで三対一。
 実に楽しそうである。うん、それならまあいいか、とりんくは思って、笑いながら青森に加勢した。
 戦いは、青森の負けだった。子供パワーは偉大だったとも言う。おいちょっとまてとか言いながら、隙を見て陸に逃げた。エミリオとスイトピーは手を取り合って喜んでいる。青森、完全に悪役だった。
「よーし、それじゃ勝利を記念して、二人には私からプレゼントが有ります」
 エミリオとスイトピーに、ソーニャが用意していた浴衣と香水を渡す。喜ぶ二人をりんくが微笑ましく見ていると、ソーニャが振り返ってこっそりと指をさした。その先には青森の姿。容赦なくやりやがって、とかぶつくさ言いながら、耳に水が入ったのかその場でぴょんぴょん跳んでいる。
 チャンスチャンス、とばかりにソーニャはりんくの肩を叩く。うなずくりんく。決意を固め、深呼吸して、青森のもとへ。
「青森さん、お疲れ様です。ええと、耳に水ですか? じゃあ麺棒とか……いります?」
 かばんから持ってきて、青森に手渡す。そのままちょこんと隣に腰掛けると、青森がそのままりんくの膝の上に頭を乗せてきた。
「悪いな」
 一瞬で真っ赤になる。これはつまり、耳掃除をして欲しいということなのだろうか。と、そこまででりんくは再度思考停止。しかも今度は冗談ではなく、本気のようだった。
「え……あ、えっと……」
 緊張に息を呑む。震えるな私の右手、と胸中で魔法の呪文。
「じゃ、じゃあ失礼して……」

 その様子を、子供二人聯合とソーニャが見ている。
 青森のその顔といったらもう、鼻の下を伸ばしたかなりの間抜け顔である。少なくとも、子供には見せたくはないが、もう遅い。
「やりたい放題だ」
 大人はバカばっかりだ、といった様子でエミリオがつぶやく。
 ソーニャうなずく。友人の将来を心配する顔で、
「りんくさん、ホントにその男でいいの?」
「アキにそっくり」
 つまり、ダメな男の象徴だとばかりにスイトピーが締めた。
 三者、それぞれに首を振る。

 その声はりんくの耳にも届いている。
 けれど、いいじゃないかそんなの。
 だって、自分が好きになった人がどんな人かなんて、もうとっくにわかってるんだから。
 耳掃除をしながら、今こっそり耳打ちしてみたらどうなるだろうと考えて。
 りんくは結局、赤くなっただけでやめた。
 優しい風がひとつ吹いた。
 どこまでも続く小笠原の夏空の下で、りんくは耳掃除を続けている。


扇りんくと夏の空――了


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最終更新:2007年09月25日 19:09