カヲリ@世界忍者国 様からのご依頼品
「迷いそうですね…」
そう、カヲリが呟いた。
彼、日向は今、廃園の横穴にいた。
建設者の群れから逃れ、迷路のように入り組んだそれに潜んでいる。
隣にいるカヲリを除いて、他の者達は、食い物や出口を探しに出払っている。
つまりは二人きり。
「道を覚えておかないと…」
自分に時計を任せておけば逃げればいいものを、この娘は何故わざわざ残って苦労しようとしているのか。なんというか、可愛くない奴だ。
「…あの…日向さん?」
そんな思考に沈んでいると、自分に向けて声がかけられた。
「どうした?」
「あ、いえ、黙ってるからどうしたのかと」
ハードボイルドは無駄にお喋りをしないものだ、とでも答えようかなどと考えていると、彼女は其の侭謝り始めた。
「今朝は、煩くしてすみませんでした」
「な、なんかばたばたしちゃって」
面倒な話題が出たな、と思い、ちらりと、しゅんとしているカヲリを一目見やり、そっけなく口を開く。
「気にしないでいい。個人の趣味だ」
だが、それでもなおも彼女は説明を試みようとする。
「あ、あの、服が、おかしな感じ(?)になっちゃったのはですね」
「いや、説明しないでも」
説明された方が、気まずくて困るのだが。
「ソニアちゃんにくすぐられたり、そのあとシーズさんに、ふっとばされたりしたからで、それだけなんです!」
「…一応説明してみたです…」
「趣味とかじゃないですからっ」
そうかい。
「事故ですから」
自分の静止も関係なく、矢継ぎ早に続け、カヲリは全部言い切ってから、荒い息を吐いた。
顔は真っ赤だ。どうにもこの娘は顔を真っ赤にしている事が多い。
血の気の多い年頃というやつか。いや、親父臭いな、などと考えながらなんといったものか、と悩む。
「そうむきにならないでも」
結局、言えたのはそれだけだった。
「な…なってないですけど…その…」
「い…一応…誤解があったら解いておきたいな…なんて」
誤解はしてるつもりはないが…。多分、この娘は恥ずかしがっているのだろう。
確かに、自分の年頃の価値観では受け入れにくいことだが、まぁ、非難するような事でもない。
「起こしちゃったのはごめんなさい」
そも、別に誤解があっても異邦人の自分の事など気にしなければいい。
どう思われようと、いいではないか。
「なぜだ?」
そう思い、つい疑問を投げかける。
「え?」
カヲリは一瞬何を問われたのか分からなかったようで戸惑ったものの。
「あ、誤解があったら、解くものです」
さも、当然だというように言葉をつなげてくる。
「…多分」
いや、多少疑問を持ったようだが。
「ただでさえ、本当のことって、伝わりにくいものですから」
「それもそうだな」
伝えられるならば、伝えられる事に越した事ないのは、確かなのかもしれないと頷く。
「ですです」
分かってもらえてよかった、とばかりににこにこと微笑むカヲリ。
だが、結局、此方は良く分かっていない。
これ以上突っ込むのも面倒なので分かったふりをしておこうと頷く。
「まあ、全然分らんが。分かった」
「わ、わかってくれたのなら…よかったです」
「全然分からない部分は聞いてください」
自分の言葉にショックを受けたようで、カヲリはがーんという表情になっている。
よく変わる表情だと感心する。が。
しかし、なんというかこいつはあほなのか。
かわいそうな人を見るような目でカヲリを見て、頬を掻いた。
その視線を受けて、彼女はなんだかまたショックを受けたらしい。
突っ込むのも面倒臭そうだ、と思った。
胸のポケットに手をやり、煙草を探り当てる。
空になった煙草の箱を握りつぶし、ポケットに戻しながら答える。
「いや、なにもない」
「さっき全然わからんが…って言ったじゃないですか!」
煙草を口にくわえ、火をつけた。
一服目を味わう。
「言ったな」
煙を吐き出し、同意した。
「その辺りをもっと詳しく…。煙草…ここのものじゃないですね」
追求するよりも、自分の煙草に興味が移ったらしい。
これまた、面倒な。
「どこか外のものですか?」
「拾った。まあ、誰が誰を愛そうが、まあ、いいんじゃないか」
より面倒な話題だったので、話を戻す。
取り敢えず、若者に年上らしい事を言ってみる事にする。
「昔は俺も色々意見があったが・・・」
目を細め、遠くを見る。
「知り合いのせいかな。どうでもよくなった」
あの馬鹿は、どうしているだろうか。
そう思うと、ただそれだけで笑えた。
その笑顔は、驚くほどに優しいもので。
「…?」
だが、彼女は納得いかなかったのか、怪訝そうな顔を浮かべている。
「誰が誰を?」
おい、それを言わせるのか。
「誰が誰を愛してるって…思ってます?」
誤魔化す事は出来なさそうだ。
頼むから、そういうことは言わせないで欲しいが。
躊躇いながら、答える。なんだか此方が照れてしまう。
「お前とお前さんのまあ、大事なところをもんでたやつ」
そう答えると、彼女は口を魚のようにぱくぱくさせだした。
「……」
本当の事を言われたショックだろうか?
そう思っていると、段々と彼女の顔は赤くなっていく。
何か言おうとしているのか、とおもった瞬間、大声で反論された。
「ち、ち、違っ。違います!!」
思わず、耳をしかめる。
「いいじゃないか」
別に、女同士だろうと、好きなものは好きなのならば。
「危うく倒れるところでした!ていうかちょっと倒れました!どうしてそうなるんですか!!」
何故倒れるんだ。当然の帰結じゃないのか。
思わず、ぽかんと口をあけてしまった。
彼女は其の侭圧し掛かるように迫ってきて、訴えてくる。
思わず、仰け反った。
「だから違います、ソニアちゃんは、お友達!!!!」
「くすぐっただけです~。癖みたいなものですっ。」
呆気にとられていると、言いたい事は言い切ったようで、顔を赤くして荒い息を吐きながら、体勢を元に戻すカヲリ。
恥ずかしいんだな、と思い、笑いながら頷く。
「わ、わかってくれました?」
「この件は秘密にしておくよ」
「!!だーかーらー」
どうやら、どうしても此方が違うと認めないと気がすまないほど、隠しておきたいらしい。
面倒臭くなって、カヲリの方を見ずに、腕を枕に寝転がる。
「…うえ~ん」
少しの間、嘆いていたかと思うと。
「寝煙草はよくないですよ」
今度は自分の心配をしてきた。だから放って置けばいいのに。
「お前さんはよくわからんな」
感想が口から漏れた。お節介というのか、なんというか。
「ど、どの辺りがよくわからないですか?」
「最後の一本だ、大事に吸わせてくれ」
答えるのも面倒なのと、煙草を味わいたかったのとで、そう言って会話を終わらせようと試みる。
「それなら仕方ないですね。大事にすってください」
若干の反論があると思いきや、素直に従われた。
「この都市にも煙草はありますから、試してみるのもよいと思います」
短くなった煙草をくわえ直し、首だけ、カヲリの方へ向ける。
興味が湧いた。
「体に悪いのか?」
「…そうですね。吸いすぎはよくないと思います」
成る程。
「じゃ、試してみるか」
煙草の種類が何であろうと、吸えないよりはいい。それに、体に悪いのはいいことだ。
火が根元までいった煙草を消す。
「吸いすぎはよくないですからね?」
しつこく心配してくる。まったく、こいつは。
「それで、どの辺りがよくわからないですか?」
「はいはい。恋人にもそういってるのか?」
被せるように言う。そういうと、カヲリは泣きそうになった。
若い娘相手にきつく言い過ぎたか。
「…だから違う…」
「いないです、恋人なんて!」
論点はどうしても其処なのか、と思いきや。
「大切な人には、吸いすぎないで、とは言います」
その言葉を聞いて、成る程、と思った。こいつはあの馬鹿に似ているのかもしれない。
「スケールがでかいんだな」
「?そ、そうですか?」
居辛くなって、よっこらせと声を出して起き上がり、其の侭立ち上がる。
腰を曲げてズボンをはたきながら口を開いた。
「俺が大切な人の範囲に入るくらいなら、凄い広い範囲さ」
そうして振り返ると。
「知り合いを・・・なんで立つ?」
てっきり座ったままでいるものとばかり思った彼女も、立ち上がっていた。
「広くないですよ」
「え、…日向さんが立ったから、何となく」
「私だけ座ってたら距離が遠くなっちゃう」
人懐っこいところまで似ている。
「トイレまでついてくるのか?」
勿論、方便だが。どんな反応を示すと思いきや。
「…ごめんなさい。ここで待ってます…」
「はやく帰ってきて下さいね~」
……素直な。素直な、馬鹿だな。
余りの素直さに、なんだか邪険にする自分が馬鹿馬鹿しくなる。
気がつけば、笑っていた。
笑い出すと、止まらなくなる。
「あ、あの」
何故笑い出したのかが、分からない、というように戸惑っているカヲリをみて、更に笑いが止まらなくなる。
昔、あの少年にしたように肩を叩こうとして、やめた。
そして其の侭、カヲリの側に座る。
彼女も大人しく、それに続いて座った。
「悪かった。可愛い奴だな」
さっきの時計を任せなかったときは、可愛くないと思ったが。
そういえば、それもあいつに似ているように思える。
「…ど、どうも、ありがとう」
そこで一旦言葉が途切れ。カヲリは顔を赤くした。
「ございます」
そして何故か、えへへ、と照れているらしい。
「いえ、なんでもないです。うれしいだけです」
「普通は照れるもんだ。ま、わかった。恋人はいない。信じる。煙草は吸いすぎない。信じる」
喜ぶのか、と思いながら、今まで彼女の言ってきた言葉を信じることにし、宣言する。
「はい。ありがとうございます」
そうして、彼女は嬉しそうに笑った。
そんなに嬉しいのか。
「煙草吸いすぎない」
「重要です」
そして嬉しそうに繰り返す。
「ああ」
思わず、素直に頷いてしまう。
「健康でいてください」
その言葉には、思わず笑いが漏れた。
「別れの言葉みたいだな。わかった」
「別れの言葉じゃないですよ!」
すぐさま反論された。
なんというか、可愛いやつだと思ったら、途端、その可愛さがわかるようになった気がする。
「ちなみに・・・いやいい」
気が緩み、ふと、頭に浮かんだ疑問をついそのまま口走りそうになる。
危ない危ない、と首を振る。
「冗談だ」
しかし、彼女は逃してはくれなかった。
「何ですか、気になります!」
「ちなみに、なんですか?」
ちなみにもなにも、最初から聞いてきてるだろう。
「だめだ。教えられない」
「重要機密だ。男的に」
口にしては沽券に関わる。
「せっかく言いかけたのに~…」
「ちなみにさっきの台詞は、別れの台詞ではなくて、ずっと大切な人に願う言葉です。私的に」
そして何故此方が照れるような言葉を言われるのか。
それもまっすぐ見つめられて。
ともかく、だ。
「気にするな」
「気にします!」
もはや、これは答えないと駄目なのか?
「……いや、やっぱりだめだ」
「…そのうち聞ける?いつか」
「今はだめでも」
なんだか相手の頭の中では大層な言葉を言おうとしたように出来上がっているらしい。
厄介な事になったと、迂闊な自分を呪う。
「いやもう、全然そんなにたいしたことはない」
視線の行く先と表情を隠す為にサングラスをかける。
「じゃあ、言ってください」
「気にするな」
「気になります~」
気にしなくていいというのに。
「…もう」
「…いつかでいいので、教えてくださいね」
御願いだから、そんな大層なものにしないでくれ。
この際、もう、ある程度は正直に言っておくべきか。
「いや、すまん。親父のセクハラ発言だ」
言った瞬間、彼女は固まった。
気まずい空気が流れる。
「だからその、忘れてくれ」
「気になって眠れなくなりそう…」
其処まで食い下がるのかっ。なんだかこっちが泣きそうだ。
眉をしかめ、視線を少しの間、合わせた後。
意を決した。
「胸をもまれたら大きくなるというのは本当か? だ」
言った瞬間瞬時に顔を背け、後悔する。
相手の反応を伺う余裕がない。
「…まぁ…本当だと…思います」
上ずった声で、答えが来た。
「ほら、だから言っただろう」
ああ、もう、と帽子越しに頭を掻く。
「俺もかわいい子にこんなことを言うとは思ってなかった」
くそ、顔が熱い。
「恥ずかしい」
何故自分がこんな目に遭わなければいけないのかと叫びだしたくなった。
見られるのがいやで、ひたすら顔を背ける。
何か言わなければ、と思いながらも言葉が見つからない。
「ええと~」
その沈黙を破るように、カヲリが声を出した。
思わず振り向く。
「でも、そういう、都市伝説って、気になりますよね!」
フォローを入れられてしまった。何故だか、悲しくなる。
「…なんでもないです」
言って様になる言葉が見つからない。
「ええと…」
カヲリは、そういって逡巡するそぶりを見せた後。
「ま、内容がわかったので、すっきりしました!」
そういって笑って見せた。
「……すまん」
その笑顔に、ともかく、その言葉しか出てこなかった。
居ても立ても居られなくなり、帽子で顔を隠す。
「えと…うれしいことしかないですよ?今」
……此処でそういう反応なのか?
「日向さん?」
全く、こいつというやつは。
小さく、ふ、と微笑む。
「まあ、俺のばらばらになった尊厳の上の繁栄だ。大事にしてやってくれ」
何を言っているのか理解できない風情のカヲリに、そういって笑いかけた。
作品への一言コメント
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- 素敵なSSありがとうございました~。ゲーム中は全然わからなかったんですけど、そっか、日向さん、こんなこと考えてたんですね(笑) -- カヲリ (2008-05-11 00:24:44)
引渡し日:
最終更新:2008年05月11日 00:24