影法師@ながみ藩国様からの依頼より



 初夏に近い日差しの中、男女が腕を組んで歩いている。二人が紡ぐ足音は軽やかで、その心情を表す旋律の如く音楽を生む。

 「観覧車、よかったわね」

 「あー、うん。そうだね」

 「ん、気のない返事ね?」

 「あーその。はしゃいでるアララのことばかり見ていたから、あまり外の景色見てないんだ」

 生娘のように赤く染まるアララの顔。言った男性も照れにより、頬を色付かせる。

 「アララはかわいいから………」

 「も、もう、本当のことばかり言って!」

 お互いが微笑みを交えて交わす視線はほのかに熱を含むものであり、周囲の体感温度を上げていた。仲睦まじいという表現が相応しい、俗に言う馬鹿っプルな二人である。

「ぼくは正直者だからね?」

「なら答えて頂戴、正直者さん。あなたが世界で一番大事な人は、だあれ?」

 笑って、アララは目の前の愛しい人の言葉を待つ。しかし、見つめられることにふと羞恥を覚え、視線を逸らす。微笑む男性。

 「それはね………」

 「アーラーラちゃん♪」

 声の変化にアララの視線が戻る。後半から声は男性のそれから、よく聴き慣れた声に変わっていた。そう、聴くだけで身も心も縮こまらせるあの声に。

 恐怖を振り絞り、戻した視線の先には居たのはアララの姉であった。英語で言うとOlder sisterである。勿論、アララはそんなことは本人の前では思っても言わない。「old」「行き遅れ」という言葉は姉にとってこの世界には存在してはならないのだ。

 ………というか、オーマって不老なんだから行き遅れも何も、連れ合いを見つけるのが早いか遅いかだけじゃないの………などとは口が裂けても言えないのだった。クラン家では年長者から結婚せねばならない。何故なら、自分はクラン家の面汚し、味噌っかすだから。

 「いいご身分ね、アララ」

 「お、お姉さま?」

 静かながら圧迫感を秘めた声に、心を震えさせながら姉の様子を伺うアララ。姉の方は笑みを浮かべるがそれはどこかしら作り物めいている。

 目は怜悧な輝きを宿し、整った顔立ちにすらっとした体型。立ち姿も凛々しいアララの姉はしかし、妹とは違い人を遠ざけるような空気をまとっている。

 「クラン家の者が男、しかも地べたすり風情と居るだなんて。遊びが過ぎるわよ、アララ? 大体、貴女には自分がクラン家の者である自覚が」

 「………そんな硬いことばかり言っているから男が寄り付かないのよ」

 静かなアララの呟きが、周囲の空気を一変させる引き金となる。空気が固形物になったかのように、体にのしかかる。

 「訂正なさい、アララ」

 一歩、アララへ向け歩みを進める。空気の密度と温度が下がるような感覚は、果たして気のせいか。

 「私に相応しい男性が居ないだけよ。程度の低い人なんて、こちらからお断りだわ」

 更に一歩。それはアララを地獄への針を推し進めるかのように。自分に逆らったペットに身の程を知らせるかのように。嗜虐性を持って、姉はアララの精神を追い詰める。

 「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 恐怖に耐えられず、姉から目を逸らしアララは座り込んでしまう。それを見る姉は嘆息する。

 「しょうがない子ね………。でも、貴女はまだ年若いのだもの。今日は許してあげるわ」

 「お姉さま………」

 見上げた姉の顔からは、先ほどまでの恐ろしいほどの圧迫感は消え、どことなくさっぱりとした顔をしている。不思議に思うアララ。しかし、その疑念はすぐに晴れることになる。

 「ほら、貴女の気の迷いもあれで晴れるでしょう?」

 姉の視線の促す先にあった光景に衝撃を受ける。自分の連れ合いと濃厚な口付けを交わす、眼鏡を掛けた魔性の女。アララの天敵とも言える魔女がそこに居た。

 「オデット! 何してるの!」

 「あら、アララ。いい男ね、私が貰うわ」

 「急に出てきて、何を言っているの!」

 「あら、目を離したのはあなたでしょう? それに彼も私の方がいいって」

 アララが視線を向けると、彼は惚けたような顔で縦に数度揺らす。それは肯定の意思表示。

 ここにまた、オデットの勝利数がひとつ増えたのだった。虚空に、アララの言葉にならない叫びがこだまする。

 ………ジェットコースターのような不可思議な展開。他人へのイメージは捻じ曲げられ、現実は意味を成さなくなる。これは数多ある夜に生じたある女性のそんな夢のひとつ。

  /*/

 嫌な夢の所為で、胸に重たいものを抱えているような気がする。戦争があった無名騎士藩国でなら、敵を殺し放題でこのもやもやした気分も晴れるかと思ったが、当てが外れた。戦乱は一夜で鎮まり、残されたものは一部の瓦礫のみでありもやもやのはけ口は一向に姿を現そうとはしなかった。

 アララは一人、戦争の爪痕が色濃く残りいまだ砲火による熱を帯びる道を歩む。一人歩きは自分を思索の迷路へと誘う。思い起こすのは今朝方の夢。

 優秀な姉たちと比較され、コンプレックスだらけの自分。しかし、愛する父に後ろ髪を引かれ、クラン家を捨てられない自分。いつもオデットに負ける自分。いつも、いつも、いつも。

 ………ああ、そうか。自分はだめな女なのだ。

 ひどく弱気になる。肩肘を張る相手も居ない今、アララはひどく繊細な自分をさらけ出していた。

 「みーつーけーたーorz」

 そこに掛かる声がある。駆け寄る影は名前の如く。ただ、彼女に寄り添わんとし、近づく。

 「よかったー……orz」

 「どうしたの?」

 内心の驚きを隠しつつ、駆けつけた影法師に声を掛ける。その声にはいつも彼に掛ける声と比較すると、いくばくかの温もりが含まれる。

 「家が吹っ飛んでたんで、戦いにいったって聞いたんで、なんで俺も連れってくれなかったのかと…」

 「ああ。だって昨日の今日だもの」

 「そりゃそうですけども……。一応、手下ですし」

 ………手下。そうね、手下。

 心の中で呟く。そう扱ったのは自分。目の前のまっすぐな少年で遊んでいる自分。そんな少年に安堵感を覚えた自分。

 自分に愚かしさを覚え、その滑稽さを笑う。涙を見せなかったのは、せめてもの矜持。今日の自分はおかしい。アララは自覚する。

 「私のことなんか忘れていいのよ」

 「嫌です。無理です」

 弱気な、しかし純粋な思いをうれしく思う。しかし、その表情を見られるのは癪なような気がして、行く先も決めずただ歩みだす。その歩みは先ほどとは違う。

 生み出す音は4本の足。そして、そのリズムは低く響くそれではなくどこかしら浮かれたものに。二人の世界が色づき始める。

 「退屈しないようになにか話しなさい」

 「は。えーとですね。アララさんが大好きです」

 「今一ねえ」

 口ではそう言いつつも、どことなくその口調にはうれしさがこもる。好きと言われて悪い想いをする者はそうは居ない。アララもその範疇であった。

 「…すいません。でもたぶんアララさんが居なかったら生きていけないぐらい好きです」

 しかし、アララの機嫌を取ろうとして必死になっている影法師にはその表情から想いを読み取る余裕はなく、一生懸命に一気に想いを語る。そして、決意を固めるかのように粘つく唾液を嚥下する。

 「だからなんというか。せめてどこかに行くときは一声かけてくれたらといいますかっ」

 「みんなそういうのよ」

 影法師の想いを受け、アララの口元に微かな笑みが形作られる。だが、それは優しいようなどこかしら寂しいような笑み。言葉はまっすぐで純粋な想いを届けるだけでなく、遠い記憶の扉をも開く鍵となった。

 「みんなと一緒にしないでください。俺はその中の誰よりもアララさんを好きで居ます」

 「あ。喫茶店」

 ごまかすように、声を上げる。前回と同じように、喫茶店にでも入り時を過ごせばいい。どうせ、目の前の少年もしばらくしたら消えてしまう。そして、永遠に去ってしまうのだ。

 だが、それに疑問を呈する自分も居る。影法師を信じたいと望む自分が。

 「それもみんなそう言うわ。そしていなくなるの」

 「あーうー。…じゃあたぶんこれも言われてるんでしょうか。約束します。アララさんより先には絶対居なくなりません」

 「どうかしら。私がここにいついて長いけど、貴方がきたのはここ数ヶ月出し」

 静かな凪いだ海のような眼差しで、アララは影法師を伺う。影法師もまた、自分の紡ぐ言葉が未来を決めるのだと悟り、逡巡する。やがて、決意を込めて送り出した言葉は…。

 「足りない分はこれから補います」

 合格点であった。微笑むアララは優しい表情を浮かべる。

 「期待していい?」

 「はい。勿論です」

 「嘘はない?」

 「アララさんにつく嘘は無いです」

 受け答えはリズミカルに行われ、それは嘘の無さを証明する。アララは満足気に胸を張る。自信、復活。私はアララ・クラン。華麗なる女。

 「指を出しなさい」

 頭を捻りつつ差し出された影法師の指の一本に、口付けが為される。紡がれる言葉に空気がざわめき、口付けられた指が熱を持ち、発光する。その輝きは銀。女性原理を表す色。託す思いは影法師の純真さへの返礼か。

 「裏切ったら、蛙になるわよ?」

 驚く影法師に掛けた声は聞こえたかのかどうか。もう、目前には彼の姿は無い。

 「信じてるからね」

 アララは一息嘆息すると家路に着こうと足を向ける。

 ちなみに彼女が銀に変えた指は薬指であったことから彼女の想いが読み取れるが、それに影法師が気付いたかどうかは、また別の話。

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 ご指名ありがとうございました、刻生・F・悠也です。アララさんを書くのは二回目なのですが、お相手が違うので、違った書き方になるかなーと思いきや。いや、やはりアララさんはアララさんでした。

 時に繊細で傷つきやすくて。でも、それを見せることは無いアララさん。かわいいです。

 はやく、幸せになってね影法師さん。では、このSSを読んだ方が少しでも暖かい気分になって頂けたら幸いです。

P.S.アララさんにお姉さんが居ることは確定ですが、ひどく優秀ということ以外は分かっていません。ですので、お姉さんの話し方などは適当なイメージですので、ツッコミ禁止の方向でひとつお願いします。


作品への一言コメント

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  • 刻生さんありがとうございましたー! 自分の行動をSSにされるのって恥ずかしいですね!(狙撃 でもアララさんがかわいかったですので気にしません。ありがとうございましたーっ! -- 影法師 (2008-04-25 19:31:59)
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最終更新:2008年04月25日 19:31