サンサンと太陽の光が降り注ぐ南国小笠原。になし藩国と伏見藩国の一行は念願叶ってぽち王女やエイジャ兄弟と共に泳ぎにやってきた。
「きたぜ」
「ああ」
どん、と褌姿でポーズを取っているエイジャ兄弟を横目に、九重千景はきょろきょろとぽち王女を探していた。
何せぽち王女である、わんわん帝国の姫でありアイドルだ。胸躍らないはずがない。
と、視界の端にひらひらとするドレスの端っこが見つけた。ぽち王女だ。
(はっ、姫発見。でもここは女の人に任せよう、うん)
男が声をかけると驚いてしまうかもしれないし。そう思って今すぐにでも声をかけていただきたい衝動をぐっと我慢する。
ぐっと我慢して大急ぎでぽち王女のためにパラソルとチェアを用意にかかった。この日差しだ、ゆっくりと過ごせる場所を作らないとぽち王女が疲れてしまう。
「はいはい、お二人も荷物運びてつだってくださいねー」
そうエイジャ兄弟に言おうとして振り向くと、何故か二人がぽち王女に飛び掛るところであった。
ぎゃあああああああああ、と皆が叫びながら急いでエイジャ兄弟を止めようとする。
前に立ちはだかろうとした若月栄一郎は尽力むなしく弾き飛ばされ砂浜に突き刺さり、水沢紫遠と瑠璃は兄弟にしがみついたまま砂浜を引きずられていく。
やがて兄弟のえいほっえいほっという掛け声と共に、ぽち王女の「筋肉が、筋肉が襲い掛かってくる!?」という叫びが聞こえてきた。
藩王であるになしは必死に止めようとするがうまく行かず、玲音は何故か筋肉で対抗しようとして二人に吹っ飛ばされた。
やがてエイジャ兄弟は高速でぽち王女の周りを回転し始めるとふぅん、という声と共にポージングを取る。
二人の身体から蒸気が立ち上る。むわっ、と言う音が見えたような気がした。
(この時、小笠原の上空にはエイジャ兄弟の肉体から発生する汗と熱で通称『漢雲』と呼ばれる局地的な小型低気圧が発生していた。だがそれを知る人間は少ない)
ぽち王女、額に手をあててふっと倒れる。周りで止めようとしてた連中もばたばたと倒れた。恐るべし漢雲。
「ひ、姫ーーーー!?」
必死に止めようとあうあうしていた九重は絶叫した。
御鷹やになしと共に急いでぽち王女をパラソルの下へと運ぶ。しっぽまでシオシオの状態でうんうん唸っている。
「あの、お二方…あのお方は、その…我ら騎士が守るべき、姫君、なのですが…」
ふらふらの若月がそう言うと、兄弟は意味も無く再びポーズを取って笑った。
「ははは。だったらなぜ逃げる」
「偽物だ!」
その言葉に(一部の人間を除いて)全員ががっくりと肩をうなだれる。
そんな様子も気にせず、兄弟は本物はどこだ? 来てないのかもしれんなどと本気で言っている。
そうこうしているうちにぽち王女が目を覚ました。濡れたタオルを額に当てていたになしにありがとう、と礼を言った。
「なんか本物ぽい偽物だな。兄者」
「そうだな。弟よ」
二人の言動に我慢できなくなった九重はつかつかと歩み寄る。
「いや本物ですから。いいですか?あの方は本物です。間違いなく本物です」
「そうか。分かったぜ」
そう言ってセイ・エイジャ(弟)は九重を軽々と抱き上げる。
「お前も偽者だな!」
ファイ・エイジャ(兄)が九重に向かって叫んだ。
「げふ」と九重の口から空気が出る。加減を知らないから身体が締め付けられているのだ。
「いいなー」とその様子を下から下丁が羨ましがる。
「代わって下さい」と本気で懇願する九重。
「死なない程度に替わりたいです」
本気の懇願はあっさりと避けられた。
おまけに向こうの方ではぽち王女がなれない手つきで日焼け止めを顔に塗っている。
藩王たちにはとてもいえない個人的願望を脳内で叫びつつ、九重はじたばたともがいた。

「では、失礼して」
御鷹がぽち王女に日焼け止めを塗っている。使い方を知らないぽち王女が日焼け止めを舐めたせいであった。
何故かその様子を見たエイジャ兄弟がまかせろ、と言いつつ2人の元へと歩いてくる。
「まった。よく解らないけど待った」
「ああ、九重さんがかっこよく待ったをかけてるけど全然何とかなる気がしない…」
月空の言う通りで未だに抱き上げられたままの姿だったのでどうにも格好がつかなかった。
「そ、そうだご兄弟。せっかくの海、泳ぎましょう。もしくはビーチバレーでもしましょう。もう何でもこいです」
またしても食い止めようとして吹き飛ばされていた玲音が必死に食い止めようと提案を持ちかける。
必死の言葉が伝わったのか、兄弟が歩みを止めて玲音を見る。
「玲音さん。……分かった」
「じゃあ、東の果てには男しかない大陸があるそうだぜ」
玲音はそんな兄弟の言葉を聴きつつ若月に親指を立てる。後は頼んだ、そういう表情だった。
若月も親指を立て返す。君の死は無駄にしない! そういう表情だった。
「荷物に水着入ってますから御鷹さんと瑠璃さん、選んであげてください」
水着を持っていなかったぽち王女のために、用意しておいてよかった。そう思った九重であった。
「いくか。玲音……」
「御意に。どこまでも。自分はこう見えても、あなた方のことは好きです」
ファイ・エイジャは下丁を見ると来い!と叫ぶ。格好いいぜ兄者!とセイ・エイジャも叫ぶ。
そしてエイジャ兄弟と抱えられたままの九重、己を犠牲にした玲音、自分でついて来た下丁の5人の長い旅路が始まった…
「荷物にー、水着ー!はいってますからねー!!」
物凄い勢いで小さくなっていく小笠原の砂浜に、必死で叫んでいた。
聞こえないかもしれないなあと思いつつも、でも叫ばずにはいられなかった。

所変わって太平洋-
果てしない水平線の向こうから海の上を走る漢達がやってきた。
「ははは!」
セイ・エイジャが海を走りながら笑う。
「うはははは」
ファイ・エイジャも海を走りながら笑う。
「うははははは」
一番大きな声でいろいろ吹っ切れたように九重が笑う。
「むはははもごごっ! むはもごっ!」
「離されてなるものか」
その後ろを必死に玲音と下丁が泳いで付いていく。
潮の流れと重力を無視した動きで5人は太平洋を横断する。

さらに進んでハワイ沖-
およそ5700km近くを移動した漢達は未だ海の上を走っていた。
「いいな。兄者!」
セイ・エイジャの手には実がなった椰子の木がある。
「ああ。気持ちがいい!」
ファイ・エイジャの手にはヤシガニが紐で吊るされている。
「ぜーぜー」
「ははは。死にそうだな下丁! 九重! でも意外に人間って丈夫なことを知ったよ。うん」
「セイ殿、ファイ殿。そろそろ戻りませんかー!?」
3人とも何故か首からレイ(花で作られた首飾り)を下げていた。

一方その頃小笠原では。
パラソルの下でぽち王女と瑠璃がひそひそ話をしていた。
「ええと・・・ 水着姿がお嫌でしたら、パレオですとか、体型が隠せるタイプのものもあると思いますけれども・・・」
「じゃあ・・・」
ひそひそと耳打ちをしあうと、ぽち王女はぴー、と近くの建物に走っていった。
近くでその様子を見ていた御鷹は「誰かー水着を取ってきていただけませんかー」と叫んだ。
扉の影からぽち王女がおそるおそる瑠璃を呼んでいる。どうやら着替えを手伝って欲しいようだ
「はう? あ、はいです姫様、いまおそばにー」
途中でになしと御鷹を経由して水着を受け取ると、瑠璃は大急ぎで岩陰に走るのだった。
その背中を見てになし藩王が呟く。
「九重、お前の遺産は無駄にはしなかったぞ……」

自由の国、アメリカ沖-
「来たぁ!」
後ろの3人をロープで牽引しながらファイ・エイジャが叫ぶ。
「これが力だ!」
何故か星条旗柄の褌を締めているセイ・エイジャも叫ぶ。
「力こそ自由よ! 自由の風よ!」
「人間は頑丈だった…よ。ああ、そう言えばこの国では男同士の結婚が認められていたー!!」
死にかけていた下丁が何を想像したのかがばりと浮き上がって復活する。
「そういう復活いやああああ」
隣で泳ぎながら玲音が悲鳴を上げた。
さらにその後ろで九重がぜいぜい言いながら泳いでいる。
アメリカの波はかなりきつかった。だが漢達は泳ぐ手を止めない。

建物を囲むようにして藩国の面々が周りを見張っている。
なぜかといえば、今、この中でぽち王女が着替え中だからなのだった。
不埒な者が現れた場合、生きてきたことを後悔するくらいに恐ろしい目にあうだろう。(国民も例外ではない)
建物の中ではどんなのが似合う?、とぽち王女が瑠璃に耳打ちしていた。
「どんなのが着たいかにもよりますね。パレオつけるんでしたら大胆なカットにしても良いかと思います」
そう言いつつ、瑠璃は次々と新しい水着を出していた。様々な種類の水着が所狭しと床の上に陳列されている。
「ただ、お肌が弱いんでしたら、ワンピースにされてもよいかと思いますよ」
うーん、とぽち王女は一声悩むと尻尾をくるくるさせつつ水着を選んでいる。
やがて、一つの水着を選ぶととてとてと瑠璃の元に走ってきた。
「このおなかが出るの?」
「そちらがお気に入りですか? では同じデザインで色が違うのもありますけれど」
九重の鞄の中からぽち王女が持ってきた水着の色違いが続々と出てくる。
どうやら身支度にはまだまだ時間がかかるようだった。浜辺では謎の人がことこととカレーを煮込み続けている。

さてその頃の漢達はというと。

ユーラシア大陸と後に呼ばれる大陸の西側の海、つまり大西洋-
「ついに来たな」
ファイ・エイジャは何故か石で出来たつるはしを持っていた
「パナマは大変だった!」
セイ・エイジャは何故か「祝!開通」と書かれたたすきを身につけている。
「死ぬ…死んでまう…」
相変わらず死にそうな九重。
「何をおっしゃいます、セイ殿。ファイ殿。たかがパナマ、されどパナマ」
怪しい目つきで玲音が叫ぶ。
「西にまで着ちゃったよ、でも東に向かってるんだよね」
何だか名残惜しそうに下丁が呟いた。

地元の人もびっくりインド洋-
「俺たちは太陽においつくぜ」
「おお!」
ターバンを巻いたエイジャ兄弟が海を走る。
「否、いずれ我らならば太陽を越えますぞ。唸れスクリュー泳法」
「はーはー、なんかもう、悟りが開けそう」
なんだかんだで元気な二人に対して九重は既に半ば虫の息である。

既に地球を半周していた。

「……近い、近くまで来ている……」
遠くの方を見ながらになしが呟いた。
後ろでアサリを穿り返している謎の人もつられて西の方を見る。
こと、と後ろの方で音がした。皆が振り向く。
おずおずとぽち王女が水着姿で立っていた。あまり地味ではないワンピースだった。
「ふふ、お似合いですよう!」
自慢げに瑠璃が言う。になしはまだ硬直したままだった。
慌てて隣の若月が肘でつつくと、ぜんまい仕掛けのおもちゃのように動き出す。
「か、いや、と、とてもお似合いですよっ」
皆口々に綺麗だとか、素敵だと言っているとぽち王女は顔を真っ赤にして海へと走っていった。
一行も浮き輪やらボートやらを持って慌てて追いかけていく。

密林とエキゾチック漂うインドシナ海-

「密林かぁ」
どこか楽しそうな表情でファイ・エイジャが密林を見ている。
「蒸し暑い~」
すげ笠を頭につけた下丁が暑そうに顔の汗を拭きつつ泳いでいる。
「おおインドシナよ。漢の海よ♪」
玲音はセイ・エイジャとともに自作の歌を大声で歌っていた。
九重は疲れているのか4人に引っ張ってもらいながらぷかぷか漂っていた。

は、と九重が気付くとそこは既に別の海だった。密林も周りには見えない。
目が覚めたか、とエイジャ兄弟が声をかけてきた。
「…ここはどの辺でしょう。三途の川?」
「ここは、日本海だ」
「もう少しだ」
「あー日本海ですか。え?日本海?」
慌てて陸の方を見ると、かすかに越前藩国と書かれた文字が読める。
「世界は、広い。されど、我らにはさほどのものでもありませんでしたな」
「塩の臭いが懐かしく感じる」
世界中を回ったお土産を背中に背負いつつ下丁と玲音が語っている。
小笠原は刻一刻と近づいていた。

「…一時避難をした方がいいかもしれません」
御鷹は水平線の向こうを警戒する。
その後ろの方では、月空と謎の人が料理を囲みつつ談笑している。
ぽち王女は皆と海辺で遊んでいた。
ぱしゃぱしゃと足を動かして泳ぐと、とても嬉しそうに笑った。
「海はいかがですか?」
御鷹の言葉にうんうんと笑顔で頷くぽち王女。頷くたびにお団子に纏めた髪がふわふわと揺れ動いた。
「になし、になし。こっちよ。私、海とは相性がいいみたい」
「待ってくださいお姉さまー」
になしが走ってくる間に、あさりを捌いていた謎の人に手を振るぽち王女。
謎の人も作業を止めて手を振り返す。
小笠原は平和だった。…今のところは。

ここは惑星の頂点、北極海-
あまりの寒さに九重は身体の震えが止まらなかった。
「どうした?」とセイが九重を心配してか声をかける。
「さーむー…ていうかイタイ。氷いたい」
「寒いな」
九重とファイの言うとおり、周りには流氷が浮かんでおり、さらには海そのものが凍っているところも見える。
「さすがに冷えますな。されど、我らの熱き心を凍らせるには、足りない。ふはは」
「道違いませんか、太陽の向き的に」
「違うよ下丁さん。道は我らが作るものだ」
「おお!!我らこそが道になるのか」
玲音と下丁は更にテンションが上がっていた。この二人大物なのかもしれない。

慌てて南下して夢と浪漫が眠るカリブ海-
「さすがに広いな。世界は!」
セイの言葉にうむ、とファイが頷いた。透き通った海の上を兄弟が走り抜ける。
「もう、細かい事をきにしません、兄者様についていくのみ」
「ふはは。どんどん世界を貫け僕の身体~(謎の呪文)」
「……海の色って場所ごとに違うんやなぁ(ぶくぶくぶく…)」
世界の海を渡ることで3人も何だか(別の意味で)鍛えられてきたようだ。
とにもかくにも漢達は南を目指して突き進んでいく。

「沖まで行き過ぎないようにご注意くださいねー」
「ありがとう、瑠璃ー」
ぽち王女とになしが水辺で遊んでいる
「ああ、すごい絵になる光景です……写真撮りたーい」
「ふふふ、後で私この光景を絵にしようと思うんですよ。 また皆で来れますようにって」
「それは素晴らしい! きっとみんな喜びますよ」
若月と瑠璃がほほえましい光景を前に笑い合う。
小笠原はまだまだ平和であった。

南極海-というか南極の氷の上。
「うおぉぉぉ」
叫び声と共にセイが手にした椰子の木を振り下ろす。ずずん、と細かい氷が衝撃で舞った。
次の瞬間、椰子の木が横からの衝撃を受けて真っ二つにへし折られる。
素早く椰子の木を手放すと、エイジャ兄弟は再び眼前の相手に構える。
「やるな、ペンギン……」
グエ、と一匹のペンギンがとーんとーんとステップを踏みつつ右手(というか羽)の先を兄弟に向けて、くいくいと挑発した。
兄弟は顔を合わせてにやり、と笑いあうと再びペンギンに挑んでいく。
「うおー!!はいてない国人の根性見せてやる」
「セイ殿! ファイ殿! 今こそ漢の技を。我らお供しますぞ」
勇ましくざばり、と玲音が海から上がる。
「なんかあったかそうだからエイジャのそばを離れないようにしよう」
ぜいぜい言っていた九重もとりあえず海から上がる。
そんな二人に南極の-50度の気温が襲い掛かった。濡れていた衣服がみるみる凍っていく。
「甘い! 絶対零度より程遠いそんな程度で、凍ると考える方が、甘い!」
玲音は言いきった。言いきった直後にパキーンと氷漬けになった。
「うおおお外さむい。海戻ろう」
慌てて九重は海に戻ると、氷漬けの玲音を下丁と海に引きずり込んだ。
ペンギンと兄弟の戦いは更に激しさを増している。ヤシガニと星条旗柄の褌が大空高く吹っ飛んでいった。

「お姉さま、浮き輪を借りて使ってみませんか?  浮き輪につかまれば、もう少し沖まで行っても平気ですよ」
そう言いながら、になしは浮き輪を差し出した。イルカとイカナの柄の浮き輪だった。
ぽち王女が先ほどから足のつく場所以外に行かなかったのを気にしていたのだろう。
「私、そのうちになしに泳ぎを教えられるようになるかも知れないわ」
膨らんだ浮き輪を受け取ると、ぽち王女は目をきらきらさせつつそう言った。
「それは本当に光栄です! 楽しみにしますね」
「うふふふ。きっとよ」
「その意気です」
「姫様なら、きっと出来ますよ」
ぽち王女の言葉に、御鷹と水沢も大きく頷く。
ふと、になしの耳に何事か聞こえてくる気がした。
(藩王、元気でやっていますか? 王女と仲良くされてますか?いろいろありましたが、ありがとうございました。生きて戻ることがあれば、また、あなたの元で……)
「(何か、不吉な電波が……)」

戦い終わって太平洋-
氷漬けの玲音を皆で牽引しつつ、漢達は北へと向かっていた。
「いい戦いだったな」
「ああ」
「グエ、グェ」
エイジャ兄弟の言葉に氷漬けの玲音の上でペンギンが頷く。
「仲間が増えた」
九重が呟きながら北へと泳ぎ続ける。
徐々に徐々に玲音を包む氷は溶け始めていた。

浮き輪をつけて少し深いところを二人で泳いでいると、になしが話しかけてきた。
「お姉さま、実は今日はお姉さまに贈り物があるのです」
「? なあに?」
「色々な方が、お姉さまに思いを届けてくれたのです。」
ぱしゃぱしゃと手足を動かしつつ、になしはぽち王女に心からの言葉を送る。
「お姉さまは、数多くの人に愛されています。最近は沈まれていたとお聞きしましたが、元気を出してください」
水沢はその様子を遠くからはらはらと見守っている。何事かずっと祈っているようでもある。
「浜辺に戻ったらお渡しいたします。それを見れば、きっと元気がでると思います」
「ありがとう。になし。好きよっ」
「え、えええええええ!?」
思いがけない言葉に頭の中が真っ白になったになしはその場で動くのも忘れて固まった。
と、ぽちの耳が急に動き始める。何か音を察知したようだ。
御鷹は慌てて周囲を警戒し始める。

そして、奴らが帰ってきた。

「せいやっせいやっ」

「……はっ!?」
「どうなされました?」
急に気が付いたになしが周りをぐるぐる見渡す。心配して駆けつけた水沢も一緒に周りを見た。

「せいやっせいやっ」

「……っ!??」
水沢も何かの声を耳にして慌ててその方向を見た。

「ひーめーさーまーにーげーてー」

「グェグェグェグェ」

「しまった! お姉さま、こっちです!」
大急ぎでぽち王女の手を引っ張り陸へと上げようとするになし。
謎の人がしゅこー、と音を発して海を見る。

「せいやっせいやっ」

「・・・・・・は。」
瑠璃は急いで水平線とぽち王女の間に立ちふさがった。

「せいやせいやっ」

なんか、増えてません?と若月は周りの人に尋ねた。

「せいやっせいやっ」
「どんどこどんどこどんどこ……」
「グェグェグェグェ!」
「ずんずかずんずかずんずか……」
「ずんちゃかずんちゃか」
「えいほっ、えいほっ」

水沢と月空は同時に皆に叫んだ。
『皆さん、高台に!』
水平線の向こうに、普通ではお目にかかれないものが見えた。
超弩級の大波だった。

皆が大急ぎで高台へと逃げ出す。
「水沢さん、それは津波対策ですよう……ってきたー!?」
「波、来ますからッ! あの速度だと!」


「い・く・ぜ」
「おお!」
「グェグェグェグェ!!」
兄弟の身体に力が漲る。ついでにペンギンも漲る。
「帰ってきたぞ!」
無事太平洋で解凍された玲音が叫ぶ。
「見えてきたぞ」
下丁の言葉通り、波は物凄い勢いで砂浜へと近づいていく。
「ひーめーさーまーにーげーてー!!」
一人叫び続ける九重。しかし、皆逃げるのに夢中で聞こえていないようだった。

謎の人が何人分もの酒蒸しやカレーを担いで高台へと走る。
「お姉さま、急いで!」
その後ろでになしが必死にぽち王女を連れて走っていた。
だが、波の影が二人を覆う。
思わず影へと振り向いたぽち王女の目に、異様な光景が映った。
「え?」

「うおぉぉぉぉ!」
「あぁぁぁぁ!」
「はあぁぁぁぁ!」
「ていやあああ!!」
四人の漢が叫びながら波に乗って迫ってくる図だった。
ぽち王女、思わず硬直。
波の上では、エイジャ兄弟・ペンギン・玲音・下丁の5人がぴしっとポーズを決めていた。
ぽち王女、更に硬直。
「お姉さま、伏せて下さいー!」
になしがぽち王女に覆いかぶさり、御鷹がさらに腕をしっかりと握った。
そして大波に向かって一人走る男がいた。若月だ
「こ、この風紀委員の裏切りものどもめー!」
くわーっと叫びながら玲音めがけて跳ぶと、ドロップキックをかました。
「え? 裏切り? なんだっけぶはあっ!」

ざっばーん

波が砂浜から引いていく。
後に残ったのはポージングしている面々と波でぶっ倒れた連中であった。
「オオゥイェィ」と、ポージングしながら一人下丁が呟く。
「や、やっと帰ってこれ…た?」
九重が周りを見渡すと、起き上がった皆が藩王を探していた
どうやら流されてしまったらしい。
「ふはは! この程度で流されるとは情けない! とあっ」
玲音が世界何周かで鍛えられた肉体を活かして流されているになしを救助に向かう。
程なくになしを連れて玲音が戻ってきた。ぴよぴよと気絶しているが命に別状は無いようだ。
「王女は!? 姫様は無事ですか?」
水沢の言葉にはっ、と皆が周りを探すがぽち王女の姿は全く見当たらない。
「ひ、姫は、姫は無事ですか!」
「皆さん、姫様の姿が見えません! 探してください!」
一転して海岸は大騒ぎになった。
九重は決意を固めると疲れた身体に鞭を打って立ち上がり、海へと飛び込む。
急いで沖の方へと泳いでいくと、ぽち王女の姿を見つけた。
澄んだ海の底にぐったりと横たわっている。九重は死ぬ気で潜ると、ぽち王女を抱えて浮上した。
脱力しているせいか、腕に体重がかかってくる。それでも酷く軽かった。
砂浜へと戻ると皆が九重の勇気ある行動をたたえると共に、ぽち王女を心配して駆け寄ってくる。
「お姉さま、大丈夫ですか?」
になしが慌てて覗き込むと、ぽち王女は息をしていなかった。
「!」
「ええと、横に寝かせて気道の確保と口の中の異物の確認を」
水沢の指示にえ?え?となるになし。
何だか周りの人間も藩王を熱く見守っている。
(いけっ、ちゅー、もとい、人工呼吸だ!)
九重がぽつりと呟いた。
「おお!」
「俺たちにまかせろ!」
何故かエイジャ兄弟が呟きに反応して、ぽち王女を抱き上げた。
「あんたやないーーーー!!」
「まてー!」
九重とになしの必死の抵抗も間に合わなかった。
「はぁ!!」
ファイがぽち王女に手をかざすと、強烈な気が放たれた。
びくん、とぽち王女の身体が一瞬跳ね上がると、ごほっ、と水を吐き出した
「な、何!?」
ぽち王女は何が起きたのかわからない様子できょろきょろと周りを見回す。
「ははは。兄者は蘇生術の名人だからな!」
蘇生術というか明らかに発剄を身体に叩き込んでいる。絶妙な技具合は流石と言うべきであろう。
「姫様……よかった……」
緊張の糸が切れたのか、水沢が膝をつく。
「……か、勘違い、か……あああ」
「姫様大丈夫ですか?気持ち悪かったり頭痛かったりしませんか?」
ついでにになしもへたへたと崩れ落ちた。九重はぽち王女の身を心配して一息で質問をする。
皆がファイに礼を言うと、いや、礼はいらん、と照れた様子で返された。
「ど、どうしたの?」
「おぼれていたので助けた。いや、礼はいらん」
「俺たちはいい奴だぜ」
に、と兄弟がぽち王女に笑う。白い歯が光った。
「あ、ありがとう……」
「落ち着ける場所を用意しましょう。パラソルとか散らばってると思うので回収を」
水沢の提案で皆が片付けに奔走する。(その間に流された瑠璃が若月に救助されたりしているがそれは割愛する)
片づけが大分済んだころ、九重はふと南極からついて来たペンギンの事を思い出して探してみた。
ペンギンはどこから取り出したのか、煙草に火をつけて吸っていた。
周りに気を使ってかちゃんと風下である。実にハードボイルド。
「ペンギンさん、折角やから小笠原の海で泳いでいきませんか? 姫の遊び相手になってあげてほしいんですが」
ペンギンは九重に頷くと帽子を被りなおした。よく見ると帽子にはMaid in FEGと書かれている。
芝村 :ペンギンはうなずいて帽子を被りなおした。
「ま、まさか…」
「って、その帽子って事は」
御鷹と下丁が驚きの声を上げる。
とりあえず九重はペンギンを連れてぽち王女の下へと歩いていく。
玲音が若月に2度目のドロップキックを喰らって吹っ飛んでいく様を見ていたぽち王女は、近づいてくるペンギンの姿に目を奪われた
「ファン、タジア?」
「……あ、そうか、もしかしてお姉さま知り合いですか?」
になしの言葉も耳に入らないのか、ぽち王女は目を輝かせてペンギンに駆け寄る。
「ファンタジア、ファンタジアなのね!? なんでここにいるの? ゲームの中の存在なのに?」
「ふっ。それがお前の、本体というわけか」
思いもかけない言葉に、ぽち王女が固まる。
「私は……」
「介入者。あしき存在。教えておいてやる。お前がかわいがっていた佐藤はな、姿をくらませた」
「え……?」
ぽちの脳裏に一人の少年の姿が浮かんで、そして消えた。酷い絶望感を味わったような表情をする。
「お前が運命を捻じ曲げたんだ。それだけは覚えておけ」
周りからの言葉も意に介さず、ペンギンは再び海へと去っていった。煙草の煙が歩いていく後に残り、すぐに消えた。
後に残された面々は礼をしたり、別れの言葉を背中に投げつけていた。
「……捻じ曲がったなら戻せばええんでしょう。言うだけ言って帰るんかい…、うー」
九重は一人、ぶつぶつと唸っていた。

その横では、微動だにしないぽち王女を心配してになしが声をかけている
「……お姉さま。」
す、とぽち王女は手のひらを裏に返すと額に当てた。
そしてそのままぶっ倒れる。
「姫様っ!?」
慌ててになしと水沢が近寄って支えた。
起きる様子の無いぽち王女を皆でパラソルの下へと運んでいく。
パラソルの下で冷やしたタオルを乗せたぽち王女はまだ目覚める様子は無かった。
「……食事にしましょう。」とになしが呟く。
自分は動かずに看病をするつもりのようだ。
水沢がそれを察したのか
「では、何か取って来ましょう。になし閣下はお側にいてあげてください」
と言って食べ物を取りにいく。その横では瑠璃が潮風に当たり続けては、とタオルケットを二人に掛けていた。
「仕方ない。助けるか」
は、とになしが気付くと、酒蒸しのあった皿を傍らに置いたエイジャ兄弟が立っていた。
ぐぐ、と腰を落とすと拳を天高くかざして身体をひねっている。
「はぁぁぁ!!」
「うおおおお!」
「この拳の一撃ならば!」
「どんな奴もイチコロだ!」
イチコロどころかまともに喰らったら即死亡な勢いである。
「ファイ殿、セイ殿、何でもコブシで片付くものでもありません」
慌てて水沢や玲音、下丁らが腕を取って止めようとするが二人の溜めは止まる様子が無い。
そして、二人の拳が全力でぽち王女目掛けて振り下ろされる。ぱちん、と空気を破る音がした。
次の瞬間、一人の男が宙を舞っていた。九重だった。
「……げふ」
とっさに間に割り込んで代わりに拳を受けたのである。そのまま九重は近くの森へと吹っ飛んでいった。
後には殴られたときに抜けたと思われる虫歯が残っているのみである。
「九重さーん!」
月空は叫んだ。
「……」
水沢は無言で九重に敬礼した。
「なんまいだぶなんまいだむあーめん」
下丁はとりあえず念仏を唱えた。
「止めなさい!仮に絶技で起き上がっても、問題は解決しません!」
「助けてくださるのはありがたいのですが、女性ですので優しくお願いします…」
「王女の重みは我らが王が。王の重みは我らが背負います。ゆえに今は、どうか」
「安心しろ。TVでも直る」
「ビデオも直るぜ」
必死の説得も空しく、兄弟はもう一発殴る気満々である。
「機械と一緒にしないでください」
「どっちでもないですー!」
「大体同じだ」
問答を繰り返す両者の間にすたすたと謎の人が入ってくる。
そしてエイジャ兄弟とじっ、と見つめあった。
「ふっ。兄者」
「ああ、酒蒸しを貰おうか」
謎の人はこくりと頷くと、山菜が添えられた酒蒸しを差し出した。
二人はどっかと座り込むと酒蒸しを受け取って食べ始める。

程なく、ぽち王女が目を覚ました。
「う、うーん」と言って目を開ける。
皆が口々に大丈夫ですか、何か飲みますか、と心配して駆け寄ってくる。
そんな皆の言葉が優しくて、そしてペンギンの言葉を思い出してぽち王女はタオルを被って泣き出した。
ボロボロ泣いていた。
「……姫様。泣きながらでもええです、聞いてください」
毛布の上から九重が声を掛ける。その横ではになしが毛布の上からぽち王女を抱きしめている。
「我々は姫様の騎士です。その上で聞きます。運命を捻じ曲げた事を後悔してますか?」
ぽちからは答えが返ってこない。ただただ泣き続けていた。それでも九重は言葉を続ける。
「私は自分で曲げた運命を元に戻すために戦い続ける男を知っています。もし後悔してるなら、一頻り泣いてからでもいいです。立ち上がって、前を見てください」
しゃがみこむと、毛布を被ったままのぽち王女に向かって九重は優しく語り続けた。
「それから我々の事を思い出してください。何とかして、とかそんなご命令でも我々は全力を尽くします。今は何も考えられなくても、それだけは覚えていてください」

その言葉を聴いて、になしもまたぽち王女に語りかける。
「……お姉さま、今は聞くだけ聞いて下さい。これは、先程言った皆の贈り物です。皆、お姉さまを好いています。お姉さまは一人ではありません」
になしの視線がこの日のために持ってきた贈り物を見つめ、そして再びぽち王女を見る
「その、わ、私もどんな事があろうとも、お姉さまの味方です」
最後の一言を言い終えるころにはになしも涙を流していた。いや、皆も泣いていた。
皆が泣いているぽち王女に自分達の心からの言葉を掛けた。夕日が沈んで、夜になっても皆ぽち王女から離れようとはしなかった。

これから3日後、この一日の出来事が思わぬ事件を呼ぶことになる。
だがそれはまた別の話である。


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引渡し日 2007/


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最終更新:2007年09月25日 19:08