セタ・ロスティフンケ・フシミ@伏見藩国様からの依頼より

 祈りが届くと信じて


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 新しい妹に会いに行こうと思い、伏見は出かける事とした。
 何人も可愛がっている妹がいる伏見だったが、今会いに行きたい新しい妹が、今伏見が一番知りたいと願っている妹であった。


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 その日の妹は、小さな机に算数のドリルを広げて一生懸命それを解いていた。その姿は実に愛らしい。
 それを見守るかのように宰相は向かいの安楽椅子に座っていた。
 伏見は少しだけ礼をした後、宰相の前に立った。
「暇じゃのう」
「お暇ですか?」
 伏見の言葉に宰相は顔を上げる。
 少し口角が上がった。
「そなたが。な」
 横で周りが見えない位にドリルに励む妹の姿を、伏見は微笑ましく思いつつ、苦笑した。
「これでも忙しい――と、言えればいいのですが」
「ひまなのかね?」
「国民が優秀なので、暇を持て余しています」
 国にとってはいい事なのだろう、それは。
 王としては少々物足りないが、その替わり。
「おかげで、こうして新しい妹殿にも会いに来れます」
「良いことだ」
 宰相は頷いた。
「部下の優秀さは国を栄えさせる」
「そうですね。国が栄えれば、それが支えになって心も潤う……と、自分は思っています」
「あまりうまくはいってないのかね?」
「国が栄えても、麻の様に乱れる心もあります」
 伏見は一生懸命にドリルをする妹の姿を見た。
 妹はドリルをこなす手を止め、宰相と伏見の姿を交互にきょとんとした顔でみつめていた。
 伏見は妹に対して優しく微笑んだ。
「……妹殿のことを考えると夜も眠れぬ、といったところです」
「わたしのこと?」
 妹はきょとん。とした顔で伏見を見上げた。
 伏見は軽く頷く。
「もちろん」
 妹は不思議そうな顔をした。
 伏見はその妹の愛らしい仕草に目を細めた。
「自分には妹がたくさんいますが、今はあなたのことがいちばん知りたい」
 伏見は妹の顔を優しくみつめながら言った。
 妹はきれいな黒髪を振って振りかえり、宰相の顔を不安げにみつめた。
 宰相は優しく妹に対して笑った。
「話をしておあげ」
 宰相の言葉に、妹は目線を彷徨わせ、困ったような顔をした。
 難しい話と思ったのだろうか。
 伏見はそっと助け舟を出す。
「では、ぽち王女。先に自分からお話ししてもよろしい?」
 妹はぱっと顔を上げて、こっくりと頷いた。
 伏見はふっと笑った後、妹の目線の高さになって、話を始めた。


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「自分の国は、寒い国なのですが――最近、とみに寒くなってまいりまして。」
「北国?」
「はい。雪の国です」
 伏見は優しく妹の目を見た。
「寒いのはお嫌いですか?」
「私は王女だから」
 妹は少し目線を泳がせている。
 伏見は優しく頷いた。
「なるほど。」
「だから、さむいのも、だいじょうぶ」
「それはよかった。自分はあまり寒いのが得意ではありませんが、実はある一件で寒いことが好きになりまして」
 伏見は目を瞑り、あの時の光景をまぶたの裏に浮かび上がらせた。
 妹は興味深そうに伏見の次の話を待っている。
 伏見はとつとつと語りだした。
「空気が、とても気持ちよくなります。透き通ったような、すっきりとしたものに」
「それで」
 妹はきらきらと目を輝かせている。
「ある日、仕事につかれて、寒い夜に城の外にでてみたのです。気分転換にね」
「ふるえない?」
「少しだけ。でも、その震えも次の瞬間には別のものになりましたよ」
 伏見は少しだけ言葉を止めた後、妹を見て微笑んだ。
「多分、何かの気まぐれか――誰かに呼ばれたのかは思い出せませんが、なんとなく空をみあげると」
「何が見えたの? おほしさま?」
「そう!」
 伏見は妹にうんと頷いた。
「おほしさまです。それもいっぱいに広がった」
「ここの島も、きれいよ」
 王女は教えてあげるように言った。
「それはすばらしい」
 伏見が笑うと、妹ははにかんだように微笑んだ。
「王女、自分は星が好きです。夜空に広がる、たくさんの星が」
 伏見は妹の顔を見ながら言った。
「王女も、星はお好き?」
 すると、妹は目線を彷徨わせた。
「少し。国民がいちばんだいじ」
 その言い方はたどたどしく、可愛らしい嘘であった。
 伏見は笑いながら、妹の頭にポンと手を置いた。
 置いた手で、妹の頭をそっと撫でた。
「それでいいのですよ、王女」
「うん」
「国民は、星です」
 妹は頭を大人しく撫でられながら話を聞いた。
「きらきらと、帝国という空に広がる大事なものです」


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 二人の語る様を見て、宰相は大いに笑った。
 伏見も釣られて笑う。
 妹だけは、二人が何故笑うのかが分からず、きょとんとした顔で二人の顔を見比べていた。
「勘弁してください、宰相。そこで笑われては締まりませぬ」
 妹は意味が分からず目をしばたかせている。
 宰相は鷹揚に笑うばかりだ。
 宰相が笑うのに伏見はしばし一緒になって笑ったその後、妹の手をぎゅっと握った。
「星が好きなのは、いいことなのですよ、ぽち」
 妹は伏見の手を握り返した。
「それと同じぐらい、皆を大事にしてあげてくださいね」
 妹は伏見を見上げるとこっくりと頷いた。
「それと同じぐらい、自分があなたを大事におもっていますよ」
 伏見はそういうとごほんと咳払いをした。
 妹を見た。
 妹は丸い目で伏見をみつめている。
「自分の話はこれで終わりです。少しでも、自分のことをわかってもらえましたか?」
 妹が頷くと伏見は嬉しそうに笑った。
「それは、うれしいかぎりです」
 妹は少し考えた後、話し始めた。
「私はわんわん帝國の王女で、名前はぽち。えっと編み物がうまいって。レースもできるのよ」
「編み物!」
 えっへんと言いたげに笑う妹を見て、伏見は笑った。編み物は難しいと聞いていたが。
「それはすごい」
「王女は勉強が色々あってな。編み物はその中でも、お得意であられる」
 宰相の解説に、伏見は宰相を見た。
「宰相のご趣味で?」
「まさか。200年も前にメニューはきまっておるよ」
「定番ですか」
 伏見は今はいないもう一人の妹の事を思った。
 あの金髪の妹は、きっと編み物は苦手だったに違いないと、そう思ったのだ。
「大変なものですな。昼行灯でいい我々とは大違いです」
 伏見はそう宰相を労ったつもりだったのだが。
「そうじゃな。まあ、しばらくすれば促成器に入る。そうすれば、だいぶ暇にもなろう」
「……ソクセイキ?」
 聞き覚えのないざらりとした言葉を、伏見は反芻した。
 何かは分からないが、嫌な予感がした。
「髪はどうにでもなるが、体がなあ。まあ、すぐに大人になる」
 その言葉に、先ほど反芻した言葉の意味を知る。
 それが正解だと言う事は、宰相の顔を見れば分かる。
 伏見は妹の手をほどき、宰相の元に立った。
 きょとんと不安げに伏見を見上げる妹に「大丈夫」と笑顔だけ送った。
「――……相当のムリがあるのでは?」
 妹に聞こえぬようできるだけ小声で伏見は言った。
「まあ、今度はうまくいくよ」
 宰相の言葉に伏見は絶句した。
「……では、“前”はやはり……」
「何百年も前さ」
 宰相はいじわるそうに笑った。
「心配なら、小さいままでもいいようにせねばならぬな」
「――自分に、どうしろと」
うぬぼれたように伏見は言った。
実際、自分以外にも出来る人間など、それこそ星のようにいるだろう。
自分がやらなくても、誰かがやるだろうと、伏見はそう思った。
「いや、別に」
 宰相はにこにこと笑うばかりだった。


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 伏見は二人の妹の事を思った。
 今はいない妹。今そこにいる妹。
 彼女達が、どう運命に弄ばれても、彼女達がどうか幸せでありますように。彼女達がどうか不幸でありませんように。
 伏見は心の底から二人に祝福をと祈った。
 その祈りが、届くと信じて。

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発注者:セタ・ロスティフンケ・フシミ@伏見藩国様
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最終更新:2008年05月02日 13:09