瀬戸口まつり@ヲチ藩国様からのご依頼品


相手の心が分かるのはいつだって必要な時よりずっと後である
                              -E・ハガネスキー

その日、私はスカートを履いてくればよかったと思った。

宰相府に勤める秘書官、つきやままつりはその夜転がっていた。うあーうあーと叫びつつ転がるさまは何ともいえない。
「ピクニック行くだけでよかったのに…ででででもデートしたくなかったってわけじゃあー!」
確かに最初はこう、ピクニックに行くつもりだったから動きやすい格好だったけど、でも大急ぎでブラウスとスカートに着替えていったから格好じゃない、と思う。
(ズボンのほうが好きだったりしたのかも…いやいやいやでも上出来だって言ってくれたから嫌いなわけではないと思うし…)
枕に顔をうずめてあーうーあーと3分ほど転がった後、がばっと頭を起こす。
(もしかしてがめ煮?がめ煮がスッポンじゃなかったから!?でもスッポンなんて普通売ってないよー!)
「それに泥抜きとかしてたら料理間に合わない…」
ばたばたさせていた足が止まる。
(…泉、そういえば泉の水でに、に、にんしんしたかってきかれたけど…)
いろいろぐるぐるして、またぎゃーと叫びながら転がった。振動で机の上から何かぽて、と落ちる。
「あ」
まつりは起き上って落ちたものを机の上に置き直す。昼間瀬戸口が草で作った馬だった。
(少ししおれてきちゃったかな)
落ちたせいか、馬の顔がなんとなくしょんぼりした風に見えた。

俺はその日、笑って嘘をついた。

瀬戸口隆之が自宅のドアを開けると、ののみが眠そうな目をこすって見上げている。
「何だ、まだ起きてたのか」
「ねえたかちゃん」
「ん?」
「かなしいの?」
「いいや、悲しいことなんかないさ」
「えっとね、さびしいときはなくといいとおもうのよ」
「寂しくもないさ。それよりよい子はもう眠る時間だ」
うん、と頷くとののみはそのまま自室に戻った。程なく寝息が聞こえてくる。
(やれやれ、下手に考えてるとすぐに見抜かれちまうな)
瀬戸口は頭をかくと、コップに水を注いで一気に飲み干す。本当は日本茶が欲しいが湯を沸かす時間も惜しかった。
ふと昼間公園で飲んだ茶の味を思い出す。あの茶は悪くなかった。うん
「ま、80点てとこだな。もう少し旨くなる余地はある」
そう呟いて、直後に俺は何言ってんだと落ち込んだ。だん、と置いたグラスから水滴が飛ぶ。
(…終末の樹だと?ただの公園にしちゃ物騒すぎやしないか畜生)
冷たい感触。飛び散った水滴が顔に当たっていた。ぐい、と手で拭う。
(そういやえらく驚いてたな。流石にいきなり過ぎたか)
噴水の前で真っ赤に頬を染めたまつりの顔を思い浮かべる。瀬戸口はその顔を思い浮かべて少し微笑み、すぐに首を振って打ち消した。
(ブータの名前を知ってた…俺としたことが気を緩めすぎてたか…?)
瀬戸口の中で疑念と少女との記憶がぶつかり合う。今夜は寝れそうも無かった。


明けない夜は無く、来ない朝は無い。だが夜明け前こそは最も暗いのである。
二人の心に真に明日が訪れるのは、これよりもう少し先のことになる。

作品への一言コメント

感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)

名前:
コメント:





引渡し日:


counter: -
yesterday: -

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年04月18日 10:02