風野緋璃@FEG様からのご依頼品


別離  ~火の無いところに煙は立たぬ~



/*/



――――フゥゥゥゥゥゥゥゥ――――

紫煙が、男の長い吐息と共に吐き出される。



男は軽く周りを見渡す。


男の立つ場所はある建物の屋上であった。
ちなみにこの建物には屋上に出るため通路は無い、つまり正確に表現するならば屋上ではなく屋根の上にいる事になる。
大きく青い空が360°周囲に広がり、大地には建築物が植物のように生えている。

煙草を持つ手と指を見いり、少し口角を上げて少し前までの自分を思う。飛べぬ鳥の姿であった自分がこの近辺で一番高い場所に存在していることが少しだけ面白かった。

……あの姿であっても空を飛んでいた自分に対しても。



――――フゥゥゥゥゥゥゥゥ――――

紫煙が、男の長い吐息と共に吐き出され、煙は青空へとゆったりと立ち昇る。



男は先の燃え尽きた煙草の灰を指で軽くトン、と叩き落とし、自身が立つ屋根の下で眠っている彼女のことを思った。

このままここを去るべきだと思う。
だが、まだ自分はこうしてここで煙草を吸っている。
彼女を気に掛けている自分がいることもこの場に残る理由の一つだが、一番
大きな理由は彼女が、無茶をしないかどうか、それが心配だった。



――――フゥゥゥゥゥゥゥゥ――――

紫煙が、男の長い吐息と共に吐き出される。
煙は青空へとゆったりと立ち昇る。



   そして、風が吹く。



西国人特有の銀髪が風にたなびき、吐き出した煙は、彼の頭上で風に舞い上がるように掻き消えた。





そして、彼は二本目の煙草に火を点けた。




/*/




――――――――パチリ――――
とそんな音が聞こえてくるように彼女の目蓋は開かれた。


眼を開き、意識が覚醒するにしたがって、風野緋璃は、鉄の杭で胸の中心を穿たれたような錯覚を覚えだす。
久しく感じていなかった幼き日の孤独のようなおぼろげなそれは意識の覚醒と共にその要因の輪郭を浮かび上がらせる。


「――――あれ・・・、」


意識をなくす最後の意識を取戻すために幾呼吸かをおき、今ある現実に疑問を投げかける。



そして彼女は理解する。ここが何処であるかを。

ここは彼が寝ていた部屋。彼が寝ていたベッドに自分が寝かされている。
空気を入れ替える為か窓小さく開いている。部屋の脇に備え付けられたロッカーは最後に見たときと違い、閉められている。

そして彼女は確信する。自分が何故ここにいるのかを。

覚えている最後の光景は、煙幕と、変容するハードボイルドペンギンの姿。
さすがというべきか煙幕とその動きから風野緋璃の記憶のなかにはハードボイルドペンギンがどのような姿になったのか、という映像は残ってはいなかった。


そして、彼女は動き出す。当たり前であるかのように、ベッドから飛び出した。

彼に会って、伝えなければならない。
それが何か、彼女は知っていたが、あえて思考の内で言葉にすることはなった。


それでいいと思う。


言葉に出来なくとも、そこに在ると確信出来るその衝動は正しいものだと信じた。



/*/



何本目かの煙草に火を点け、かつてペンギンであったその男は、屋根を隔てた下から、風野緋璃が飛び起きる音を聞く。


うぬぼれでは無く、自分の居場所を探しているのだと、確信した。
建物をかすかに揺らす足音と話声から、宰相に問い合わせているのだろう。


彼女の行動が手に取るように分かる自分を、悪趣味にもこんなところで聞き耳をたてている自分を恥じた。


「―――――フゥ――――」


ため息のとともに、幾度目かの煙を吐き出す。そのため息は彼女の行動に対するものだったのか、それとも自分に対するものなのか。


男は煙草が灰になり、自嘲気味な笑みを浮かべる。
いい加減、悪趣味のきわみであると思い、この場を去る事にした。


煙草の箱をコートのポケットに収めながら、屋根の縁へ歩みを進める。






―――――ギシリ、と屋根が軋む音が鳴る。



/*/



頭上の物音に気づいた彼女が何やら動き出した音が聞こえる。

男は、屋根が軋みを上げた音に刹那、体を膠着させた

覗き見ると、彼女は屋上(屋根の上)に上ろうと窓から身を乗り出している。

何処から取り出したのか、体にロープをつけて動きにくそうに、体重を掛けられそうな太めの枝に手を伸ばしている。

男はそれ以上音を立てないようにその場を動かなかった。
どうしたものかと、しばし考えた後、このまま去ることは出来ないと思った。



屋根の上から風野緋璃を見る男。

角度と体勢から風野緋璃からこちらをうかがうことは出来ないようで、こちらには気づいていない。



逆光で影も無く、風も無く、

HB → 風野:目視可  ○
風野 → HB:目視不可 ×

風野からこちらを目視することは出来ないようだった。



―――――――ハードボイルドペンギンとしてはかなり、というかものすごく、気まずい時間が流れる。


どうしたものかと悩んだ挙句、先ほど収めた煙草を取り出し、こっそりと火を点けた。



/*/



風野緋璃は、屋根に乗り移る為に、窓の縁から木の枝に片手を伸ばす。

慎重に、だが少し焦りながら。

一つ目の枝を掴み二、三度体重を掛けて枝の強度を確かめる。

両手で枝を掴み、窓の縁から足場と定めた枝へと飛び出した。




――――――そして、落ちた・・・。



/*/



ハードボイルドペンギンは最初、そのまま去るつもりでいた。

見つかりそうだったから、別離を告げる気で立ち止まっていた。

しかし、まさか自分からこの姿を晒さなければいけないとは、思ってはいなかった。

しょうがないと思いながらもこの事態になったことを不快に思わなかった。



男は優しい笑みを浮かべ、


――――――飛び降りた・・・。



/*/



その思いがあるからこそ、その火が灯り、

燃える何かがあるからこそ、かすかな煙がその存在を遥か彼方へ知らしめる。



―――――たとえ思いが見えずとも、―――――――――――――――



―――――――たとえその火が見えずとも、――――――――――――――



――――――――――――――何処かに必ずそれを教える何かが、在る。


/*/



「――――なるほど――――留守はまかせる」



―――――結局、適当にはぐらかして、その場を去ろうとしたその男が最後に告げた言葉はそれだった。


風野緋璃の眼を見てそう告げると、片手に持ったままの煙草を吸った。


一筋の煙が軌跡を描き、彼は背を向け、去ってゆく。



残された煙は場にその筋を解され、やがて風に掻き消される。


男は咥えた煙草をもう一度吸う。
呼吸に合わせて、煙草の先の赤い火が強く灯り出す。

咥えた煙草を外し、息を吐き出す。
呼吸に合わせて、唇から白い煙が吐き出される。



―――――――――火の無いところに煙は立たぬ―――




 それは、彼がここに残っていた理由。


 それは、彼女が彼に抱くものと同じ思い。


 彼女を見守る優しさだけではない。


 彼女に別離を告げる優しさだけではない。




かつて、ハードボイルドを名乗り、いままた別の名を名乗ろうとする男の胸の内にも火が灯っている。



/*/





大変遅くなり、申し訳ありません!!

完成いたしましたので、投稿させていただきます。


作品への一言コメント

感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)

名前:
コメント:





counter: -
yesterday: -

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年04月11日 10:40