になし@になし藩国様からの依頼より



ぽち王女の海(小笠原ゲームぽちとエイジャとの水泳より) ―になし様に捧ぐ―


遠く、微かにカモメの鳴く声が聞こえている。
エイジャ兄弟が九重らとともに遥かな海へ旅立った後、砂浜のほうではぽちを囲んで、平和なひと時が流れていた。

肌の焼けやすいぽちにみなで日焼け止めをすすめたら、ぽちがその日焼け止めを舐めてしまうなんていう微笑ましい事件もあったが、まあ、こちらは本当に平和だった、といって差し支えないだろう。

そして、そんな平和な空気が流れる中、になしは微笑みながら、ぽちに提案を持ちかけた。

「お姉さま、泳いでみませんか?」

手を差し伸べて、返答を待つ。
ぽちは、少しだけ視線をさまよわせて顔を赤らめたあと、小さく言った。

「い、犬掻きとかしたことないし」

ぽち、実は生まれてこの方泳いだことがなかったらしい。
楽しそうだとは思っても、未知のことにたたらを踏むのは年頃のお嬢さんなら誰しも覚えのある感情だろう。

「大丈夫です、実は私は泳ぎは好きなんです。教えて差し上げますよ」

になしは優しく微笑んで、ぽちの返答を待った。
ぽちはしばらく考えた後、差し出された手へと自分の手を伸ばしかけて、言った。

「じゃあ。ああ。でもだめよ。ここでは着替えられないから」

今のぽちの格好はといえば、海辺には少しばかり似つかわしくないドレスである。
泳ぐのならば、水着にならなければならない。
着衣水泳は、初心者には無謀である。

「王宮に戻ります」

水着に着替えるために王宮へ戻ると宣言したぽちに、周囲のものたちは慌てて進言した。

「姫様、王宮まで戻られなくても、近くに学校がございます。 更衣室もありますよ?」
「瑠璃、御鷹さん、おめしかえを手伝ってあげて下さい。お姉さま、お姉さまの着替え中は命に代えても私が守ります。安心してお着替え下さい」

口々に言われて、少し、迷い始めるぽち。

「いや、でも」

顔を赤らめて、恥らっている姿はとても可愛らしいが、水着姿はもっと可愛らしいに違いない。
と、そこにいる面々が思ったかどうかはさておいて。
なんとかぽちに楽しんでもらおうと、になしや瑠璃たちがエールを送る。

「ええと……水着姿がお嫌でしたら、パレオですとか、体型が隠せるタイプのものもあると思いますけれども……」
「……不埒な考えをした奴がいたら、になし藩国の名にかけて、二度とそんな事考えられないようにしてやる」

瑠璃が言った水着の種類に興味を引かれたのか、はたまたになしの呟いた不穏な台詞に安心したのか、ぽちはようやく、水着を着てみる気になったようだった。

「じゃあ……」

とダッシュで一同から距離をとり、こっそり瑠璃を呼んで耳打ちをする。

「どんなのが似合う?」

こそっと耳打ちされた言葉に、瑠璃はアドバイスをしていく。

「どんなのが着たいかにもよりますね。パレオつけるんでしたら大胆なカットにしても良いかと思います」
「このおなかが出るの?」

二人がわいわいと水着を選んでいる間、周囲では第一種厳戒態勢がしかれ、になしたちの目は鷹のように鋭かったことを書き添えておこう。

「瑠璃、瑠璃、教えて。私、何も分からない」
「大丈夫です、いっこずつ覚えていかれれば良いのですよ」

自信をなくしかけたぽちがしっぽしおしおになったりしながらも、結局彼女はワンピースを選んだ。
とはいっても、地味すぎず、彼女によく似合っている。
髪の毛もお団子にして、泳ぐ準備は万端だ。

「お姉さま、お着替え終わりましたか……」

辺りを警戒していたになしは、ぽちの姿を見て絶句して硬直した。
もう一度言う。
になしは、ぽちの姿を見て絶句して硬直した。
まあ、ぽちが可愛すぎたといえばそれまでかもしれないが、正直に言ってになしのぽちへの愛が深すぎたのだろう。
になしは、若月につつかれて、ようやく我に返った。

「か、いや、と、とてもお似合いですよっ」

一方、ぽちはぽちで、つぎつぎとかけられる賞賛の言葉に、なんだか照れくさくなって慌てたように海へと入っていってしまった。
褒められるのに、慣れていなかったのである。

「あ、待って下さいお姉さま!」

準備体操もなしに、初心者が一人で海へ飛び込むなんて!と、になしも慌てて後を追う。
しかし、ぽちは海に飛び込んだ弾みに水を舐めてしまったらしく、なにやら顔をしかめていた。

「塩の味がする」

になしはひとまず無事な様子にほっと胸をなでおろし、ぽちの元へと近づいた。

「ええ、これが海ですよ」

ぽちは物珍しげに、水をぱしゃぱしゃとさせている。

「冷たいでしょう?」

そう言いながら、さりげなくぽちを支えようとしたになしに、ぽちが言った。

「おぼれないわ。きゃっ」

言ったそばからこれである。
になしはしっかりぽちを支えると、にっこり笑った。

「お姉さま、海に入る準備をしませんと。日焼け止めと、簡単に体操してからにしましょう?」

ぽちも今度は素直に頷いて、になしの言葉に従った。
それから、改めて海へと入っていく。

「になし、になし。こっちよ。私、海とは相性がいいみたい」

嬉しそうにはしゃぎながら、ぽちが1mくらい泳いで見せた。
本人にとっては大事件。
しっぽもぶんぶんというものである。

「待ってくださいお姉さまー」

になしが追いつくのもそこそこ、ぽちはご機嫌で謎の人に手を振ったりしている。
本当に楽しそうで、になしは自分も、心の底から嬉しくなった。

「お姉さま、浮き輪を借りて使ってみませんか? 浮き輪につかまれば、もう少し沖まで行っても平気ですよ」

足のつかないところには行けていないぽちに気づいて、になしはさりげなくそう、提案した。
ぽちはご機嫌で浮き輪を受け取ると、笑いながらになしに告げる。

「私、そのうちになしに泳ぎを教えられるようになるかも知れないわ」
「それは本当に光栄です! 楽しみにしますね」
「うふふふ。きっとよ」

それは、周囲の人間も思わず和むような光景で、実際御鷹などは微笑ましく応援などしている。

そして、になしはああそうだ、とぽちに笑顔を向けた。

「お姉さま、実は今日はお姉さまに贈り物があるのです」
「? なあに?」

になしはぽちに優しい視線を向けると、続ける。

「色々な方が、お姉さまに思いを届けてくれたのです」

それは本当にたくさんの人が、ぽちに向けたメッセージ。

「お姉さまは、数多くの人に愛されています」

ぽちのことを心から思う人たちの、優しいことば。

「最近は沈まれていたとお聞きしましたが、元気を出してください」

誰の心をも元気にする、最高の贈り物。

「浜辺に戻ったらお渡しいたします。それを見れば、きっと元気がでると思います」

ちょっとだけ、泣きそうな笑顔でになしが言った。
元気がないと聞いて、ずっとずっと心配していたのだ。
できることなら、力づけてあげたいと、そう願っている。
その思いは、誰に負けることもないと。
しばらく、目をまん丸にしていたぽちは、ここ最近誰にも見せたことのなかったような笑顔を、になしに向けた。
そして、言う。

「ありがとう。になし。好きよっ」
「え、えええええええ!?」

瞬間的に、真っ白になるになしの頭の中。
その『好きよ』が、果たしてどういう意味であったのか。
知るのはぽち本人ばかりである。


END


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最終更新:2007年09月25日 19:10