高神喜一郎@紅葉国さんからのご依頼品

からんからんからんからん…。地面に、黒くて小さな下駄が打ち付けられる音が響く。どーん、ぱらぱらぱら、と空からは、今年最後の花火の音が降ってきていた。

「もう、始まってしまってる…!」

早足で乱れた髪を手で撫で付けながら、高神喜一郎はきょろきょろとあたりを見回した。薄い青地に赤い花を散らした、かわいらしい浴衣が今日の勝負服だ。「きーちゃん、いける!それなら一発だよ!」と国の友人に太鼓判を押してもらった一品である。相手の反応をぐるぐると想像して倒れたのはナイショだ。

「え、と…ここで待ち合わせ…だよな」

どーん、とひときわ大きな花火が上がって、空を華やかに染める。ぱらぱらぱら、とその残火が落ちてしまうと、すっと暗闇が落ちて心細くなった。

「バロ…」

心細げに小さく呟くと、その暗闇からふらり、と見覚えのある大きな人影が現れた。浴衣にとっくり、腰にはトレードマークとも言える大剣を差している。…ヤクザ映画みたいだ、と喜一郎は思ったが、その様子もいとおしい。ぽっと頬を染め、からんからんからんと小さな音を立てながら、駆け寄ろうとする。そんな喜一郎を見て、バロはすっと目を細めた。

「どなたかな?」

がーん、と喜一郎。うるっと目を潤ませて、耳をしょぼんとへたらせる。

「…高神、です。高神喜一郎。」

いじけたように喜一郎が自分の名前を呟くと、バロは笑った。いたずらっぽく。

「まだ女をやってたのか。遠目ではほんとうに分からんかったぞ」

喜一郎はほっとして、溜息をついた。顔を上げ、真剣な目でバロを見つめる。

「頑張って、綺麗になりましたから。バロのために。」

バロはその視線を避けるように顔を逸らした。バロはまだ、この元副官が女性になったことを認めたくはないと思っていた。とっくりの酒を一口煽る。

「やめておけやめておけ」

「何でですか?」

喜一郎はきょとんと聞き返します。バロはあーっと、頭をかいたあとため息をついた。寂しげな視線を喜一郎に向ける。

「俺の右腕になるのではなかったのか?」

喜一郎にはバロが何を問題と思ってるのかわからなかった。いや、わかりたくなかった。

「…右腕が綺麗だと、不便ですか?」

せっかくバロのために女になったのに、とがっくり肩を落とす。バロは、一瞬切ないといってもいいような眼差しを、そんな喜一郎に投げかけたあと、最後の問いを発した。酒が入ってなければ問わなかったかもしれない。

「副官になるといったのは、嘘だったか?」

喜一郎はそんなバロの視線をまっすぐ受け止めて、答えた。

「嘘では、ないですよ。私はいつまでもバロについていきます。でも、バロのことを愛しているのも事実です。だから、私は両方選びます。」

バロは憂いを帯びた瞳でじっと喜一郎を見つめた。

「……」

沈黙の後、ぽつりと呟く。

「一つを選べといったら?」

喜一郎はしばらく考えた後、きっぱりと答えた。

「………バロを愛する、女になって、それで勝手にバロの居る戦場に行きます。」

バロは笑った。喜一郎がちょっと拗ねたように続ける。

「副官でなくとも、バロの近くに立つことは、自由でしょう?」

喜一郎が真顔で目を覗き込むのへ、顔をしかめるバロ。

「頑固だな」

わかりきった結論であってもやはり認めたくはなかったらしい。

「頑固ですよ」

悪戯っぽく笑う喜一郎へバロは背を向けた。

「勝手にしろ」

静かな、諦めたような口調。あったかもしれない未来への決別。

「勝手にしていいなら、そうさせてもらいます」

ようやく諦めてくれたのかと喜一郎はほっと息をついて、足早にバロの隣に並んだ。

「…手、繋いでもいいですか?」

喜一郎がいそいそと手を繋ごうと手を伸ばすと、バロはその頭の上に手をおいて制した。じたばた。

「そこまで勝手にしろとはいってない」

がーん、としょげる喜一郎。

「・・・・はい」

とぼとぼと大人しく隣を歩く。対して、バロは上機嫌だった。とっくりをちゃぷちゃぷと揺らしながら、からんころんと下駄を鳴らして歩いている。仰ぎ見る空には、一面に光の花が広がっていた。

「花火とやらもいいな」

バロの言葉に、喜一郎はえへへ、と笑った。

「綺麗でしょう?私、花火好きなんですよ。打ち上げも、手で持つのも」

こんな感じで、と線香花火を持つしぐさをしてみせる。

「そうだな」

しかし、バロは空の花火に目を奪われて、自分を見ようとしなかった。それへ、うーっと拗ねる喜一郎。うーうーと唸りながら、浴衣の袖をそっと引いてもみるが、しれっと無視するバロ。

「綺麗だな」

バロはごくりととっくりから酒を一口飲むと、ぷはあと息を吐きつつ空の花火を愛でた。

(私も愛でて欲しいのに!!)

ぐぐぐぐと思いつつ、努めて平静を装う喜一郎。

「えぇ、すごく。・・・一口いただけますか?喉、渇いちゃって」

視線はとっくり…を飲むバロの口元。く、ち、び、る。

「未成年は禁止だ」

知ってか知らずか、しれっと断りながら、バロはうまそうに酒を仰いだ。ごくりごくり。くううう、とじたばたしながら反論する喜一郎。

「成人してますよ?!」

無視された。意地悪だ。喜一郎はじいいっと羨ましそうにとっくりを見た。ええ、とっくりをですよ?

「・・・。別にいいですけどね、お酒が欲しかったんじゃなくて、バロが飲んでたから欲しかっただけですから。」

ぷうっと膨れる喜一郎をバロは鼻で笑った。

「だろうと思った」

ふふん。

「駆け引きを知らんな。まだまだだ」

喜一郎はきょとんとした。この元男性、極めて恋愛スキルが低い。

「駆け引き、ですか。・・・バロが実地で教えてくださいと、お願いしたらどうしますか?」

直球というか剛速球を投げてみた。それをふん、といなすバロ。

「却下だな。俺が教えるのは男だけだ」

喜一郎、がびーん。

「恋の駆け引きも、男だけですか?!」

それはそれでたのし(ry…ちょっと女に戻ったのを後悔しかけるのへ、バロが答える。

「いや、女だけだ」

喜一郎はえへへと頬を染めて、もじもじしてみた。じゃ、じゃあ私にと言いたいが、バロは全く見てない。

バロは喜一郎を無視して、花火を眺めて笑顔でいる。それを見て喜一郎はちょっと悲しくなった。泣きそうになりながらも頑張って微笑んでみる。ここで、じわっと涙を浮かべてばかばかと叩いて抱きつけばいいのかもしれないが、喜一郎には思いつかない。いや、思いついてもできない。

「あの、一つ聞きたいことがあるんですが」

代わりに質問をする道を選んだ。

「なんだ?」

「バロにとって、私は、男ですか?女ですか?」

「そなたはそなただ。他ではない」

喜一郎は赤くなって礼を述べた。恋愛的には何か間違ってる気がするが気にしない。

「はい。ありがとうございます。」

バロはかすかに笑った。

「気にするな。花火を見ろ」

ここで、花火じゃなく私を見てください、と言えない喜一郎が喜一郎なのだろう。

「はい。花火、お好きですか?」

「いや、それほどでも」

言いながら、その目には空の光を映している。

「そのセリフ、二度目です」

喜一郎は、前のときのことを思い出してちょっと笑った。あの時は海で…相変わらず子ども扱いされていた。とりあえずあの時バロが全裸だったことは忘れておこう。

「バロの好きなものって、何なんですか?」

バロは、即答した。

「戦いだな。強い奴も好きだ」

黒らしいな、とは思いつつも喜一郎は、問いを続ける。

「なるほど。・・バロは、どうして戦いが好きなんですか?純粋な、興味です」

バロは今度はしばらく口を噤んだ。

「……そうだな」

一口、とっくりから酒を飲む。そして、ぽつりと言った。

「死にたいからだ」

喜一郎の目が曇る。

「・・それは、肉体的に、ですか?」

バロはやはりそんな喜一郎の様子には目をやらずに、ちびりちびりと酒を飲む。

「死は一つだ。常に」

そして、付け加えた。

「最近は死ぬことばかりを考える」

喜一郎がぐぐぐと口を噛み締める。

「なるほど。・・・・それは一体、どうして?」

バロは乾いた笑いのような音を立てた。

「さあな。子供にはわからんよ」

言いながらぐっと酒を煽る。そして、喜一郎に背を向けた。

「帰る」

その言葉に潜む絶望の色に喜一郎は途方に暮れた。

「分からなくても、分かりたいんです。バロの考えてること」

必死で、逃すまいと前に回り込む。広げた腕に、薄い青の袂が閃いた。

「聞かれたくないことなら、もう聞きませんから」

涙を滲ませる喜一郎にバロが冷ややかな視線を落とす。

「言わずともわかるようになることだ」

氷のような声。

「でないと死ぬぞ」

喜一郎がさらに途方に暮れる。

「・・・へ?」

ぐるぐるしつつも何とか踏みとどまろうとする。バロが遠い遠い過去を悼みながら生きてることを、喜一郎は知っていた。知ってはいたが…その深い絶望を理解するにはまだ若すぎたかも知れなかった。

「私は、それは確かに子供かもしれませんけど、それでも明日を生きたいです。最後の最後まで。」

とつとつとただ自分の信じることを語ることしか、喜一郎にはできない。

「それでもバロが死にたいと望むなら、その理由を知りたい。だってバロを愛しているから。聞かれたくないことなら、待ちます。いつかバロが私に話してくれるまで。」

必死に、ただ必死に語る喜一郎の様子に、バロは笑った。気が抜けたらしい。

「駆け引きがたりん」

その言葉は優しかった。喜一郎がむーと口をへの字にする。

「駆け引きなんかしなくても、まっすぐに伝えられれば私は満足なんです。」

それでも、バロが笑ってくれたことにほっとしていた。バロがそれへふふんと鼻で笑う。

「まっすぐに伝えるだけでは、相手の首はとれんな」

生真面目に返す喜一郎。

「そうですね。でも、私はバロを殺したいわけじゃあないですから。」

バロが呆れたように言う。

「だから子供だというんだ。女が男をとることも、首をとるという」

がびん、とショックをうける喜一郎。

「な、なるほど・・・。勉強になりました。」

そうか、首に腕を回すのか…く、首に腕を…と、目をぐるぐるしてると、空にどーんとひときわ大きな花火が上がった。

「あ、バロ、今大きい花火が」

ちゃーんす!と喜一郎が夜空を指差して言うのを、バロは無視してさっさと歩いていった。すかあああっ
慌ててそれを追う喜一郎。隣に並ぶと、バロが白々しく問いかけた。

「見らんでいいのか?」

隣をからんころんと歩きながら喜一郎が答える。

「見てますよ。でも、主な目的はバロですから」

ふふん、と鼻を鳴らすバロ。

「話の切り替えが不自然だな。何か狙っていたか?」

喜一郎は口笛を吹いた。バレタカ。ち。

「いえ、特には」

「修行がたりんな」

「俺は強い敵でないと、退屈する」

「修行します。バロを退屈させないぐらいの、強敵になるために。」

喜一郎が見上げると、バロは舌を見せていた。あーっと声をあげる喜一郎。

「・・からかわれてますか、私」

ふふん、とバロ。

「いつ気付くかと思ったが」

喜一郎がむうう、と唸る。

「予想よりは、早かったですか、遅かったですか。」

「まあまあだな」

「及第点ですね」

嬉しそうに言う喜一郎に、バロは舌を出した。道のりは遠そうだった。


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最終更新:2008年03月27日 02:29