小笠原SS

保存用ポッドの中二人は静かに眠っていた。それは時を止めるための眠り。
外の状況は何も分からない。ただ、静かに眠りにつくだけだ。

そして……

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一人の老人が廃教室の中、ポッドを愛おしそうに見ている。
その老人は白い髪と白い髭をたくわえ、その肌には皺も深く刻まれている。
まるで悠久の時の中眠れる恋人を待ち続けたかのようだ。
そして扉が開いた。
ポッドの中の二人、正確には一人と一匹が目を覚ます。
どことなくヤガミに似たその老人はじっとその時を待っていたのである。
「ワ、ワウ?」
「わ、わんわん」
空き缶みたいな犬であるあさぎはともかく犬妖精が混じっているとはいえ舞踏子であるnicoまでが犬の真似をする必然はない。
「いや、nicoさんは日本語でいいだろ」
「え、そうなの?」
ほら、やっぱりつっこまれた。正に犬にしか見えないあさぎからつっこまれるというのも少し悲しいものがある。
そんな二人のやり取りを見て、優しげな表情で老人は二人の頬に触れた。
「や、やめるネウ、ほりょぎゃくたいー」
あさぎの抗議にヤガミであるとするにはひどく優しく微笑んで、老人は椅子に腰掛ける。
その姿とヤガミとのギャップにnicoは戸惑いを覚える。いつものヤガミならこんな表情はしないはずだ。
「え、えーと、おじーちゃんだれ?」
「60年ぶりに起きた割には、ひどいことを言うな……」
ヤガミ老人は寂しそうに笑った後。窓の外を見た。
「外に、孫がいる。なんだったら相手をさせてもいい」
60年の流れは義体に子孫を残させるまでに至ったのだろうか。
「ろ、ろくじゅー、え、えーと、たくさん?」
「???」
「おーさま、ろくじゅうっていったらチョコがいっぱいーーーーだよ」
「いっぱい・? まご?  えとえと、なんでいっぱい寝てたの?
 きのーもちゃんとねて、おひるねもしたよ?」
二人の混乱に拍車がかかった。確かにこのヤガミ老人はヤガミらしい。
「まあ、ゲーム内では、そうかもしれないな」
優しげな笑みを浮かべたまま答える。
「こっちでは色々あった。……いろいろな。そうだ、今はポイポイダーが100くらいいる。あと、どうもこの島にはハリーの子孫がいる、という話だ。ミカの子孫かもしれない」
すこし遠い目をしてそう語りかけた後、ヤガミ老人は膝の上に手をのせてリンゴの皮をむき始めた。
「失礼する。いつも話かけていたときにこれをやっててね。癖になった」
「わあー、リンゴだリンゴ!」
リンゴにつられるnico。ヤガミ老人からリンゴをもらう。
「わーい、ありがとうー」
「いいなーいいなー」
あさぎがそのリンゴをうらやましがると、食べやすくカットしたりんごをくれた。
「わーい」
この一連のやりとりが可笑しかったのか、ヤガミ老人は急に笑い出した。
そして、ポツリとこぼす。
「思えば最初からこうしていれば、あるいは幸せだったかもしれないな」
あさぎはその空き缶の義体の首をかしげる。
「ふえー、ねーねー『孫って…
『人型Ballsに子供なんて作れるわけねーだろ、産んだのか? おれの子か』
ってなんか囁きかけてくる存在がいるんだけど・・うう。なんだろう…遠い親戚かな」
ついでnicoも疑問符を浮かべた。
「?今は幸せじゃないの?」
一瞬、時が止まる。
「僕が悪かった」
ヤガミは、笑ったまま停止した。
「あわわ、あわわ」
「え、え?なに?」
あわてて目の前の老人の義体を斜め45度から叩いたり、がくがくゆすったりする。

その直後、不意に思っても見なかった方向―後ろからチョップを食らった。


「遅い」
懐かしい殴られ方だった。本物のヤガミだ。
「うぅー」
頭抱えてうずくまるnico。
「かまってほしいならすなおにいわないとだめー」
あさぎも振り返って抗議する。
「もう少しで俺の出番がなくなるかと思った」
本物のヤガミはヤガミ老人のよく出来た義体を眺めながら呟く。
「構って欲しい? 冗談をいうな。お前が、かまってほしいから、俺を、呼んだんだ。いいか?」
あさぎにすごく顔を近づける。
「良く出来ているだろう。実際60歳年取った時用だ」
「え、え、じゃあ60ねんてうそだったんだね。
 やーい、まほーつかーい、まほーつかーい」
「ふっ」
ヤガミは勝ち誇った笑みを浮かべた。どうやら思いついた悪戯がうまくいったことがよほどうれしいらしい。
「ちょ、え、なんだようー嘘つきは舌抜かれちゃうんだよ!」
nicoも次いで抗議する。
「あーあー、結構だ。舌くらいならいくらでもやる」
矢張り凄く嬉しそうな表情のまま答えた。

「で、なんだ? さあ、先生に聞いてみろ。いや、その前に」
その言葉とともに勝ち誇った表情を浮かべる。
「俺を先生と呼べ」
これが言いたかったらしい。
だが、それも一瞬だった。
「はーいはーい!せんせーまほーつかいってなんですか?」
「せんせー、せんせー、7+8は12だよね!」
ヤガミの顔が急にこわばった。
「可愛くない奴だ。帰る」
そしてきびすを返して廊下へ出て行こうとする。
「え、え。ちがうの?9.25?」
あさぎは微妙にまちがったままの答えを連発する。
「わーん先生まってーちゃんと先生って呼ぶから!」
いきなり帰ると言い出したヤガミにあせるnico。
「まって、まってー。
でも7も8も5にちかいから、15っておおくね? 12ぐらいじゃね?」
あさぎも相変わらず正答が混ざったりもしてるが間違ったままの答えを投げかけながら押し留めようとした。
その二人の姿にヤガミは歩みを止め、振り返った。
「まったく仕方ない奴だな」
その響きはとても嬉びを含んで聞こえた。
「ん、どうした? 軽くなったりしてないだろうな?」
「おーさまの脳みそはどんどん軽くなってくってメード長が言ってたよ」
「誰だ、あの男か。俺が後で殺しておいてやる」
ヤガミはそのやり取りを軽く流す。そして状況説明を求めた。
「それで、どうしたんだ?」
「えっとね、えっとね。 なんか大変なの。がーって怖い人がきてしろもうふ…じゃない、いぬさんがしんじゃって、なんかつぎもわーっててきがいっぱい」
あさぎの説明は死ぬほど分かりにくかった。普通こんな説明で分かったりはしないだろう。
「えーとね、現在のじょーきょーをお勉強してきなさいって言われました」
nicoが補足をする。
これでは何がなんだか分かるわけがない……はずだが、ヤガミにはわかった。これも長い付き合いだからだろうか。
「状況? いつのだ。いや、お前はどこのnicoなんだ?」
何がしたいかは分かったがヤガミは何を説明すべきか迷っている。
彼女らとの付き合いは長い。どの時点、どこに存在した相手であるか、どこの状況が知りたいのかが分からないことには答えようがなかった。
「どこって?どばはんこくのこと?」
「土場……?アイドレスか?」
「うん。こんどねー、吏族として出仕するのー」
「そうか。偉いな」
「うん。けーさんできないけどね。あとリンクゲートあけるためにおかねかせがないとだめなの」
「こっちは夜明けの船が、時空振動に巻き込まれた」
「え?じゃあ、いまホームレス?」
夜明けの船が時空振動に巻き込まれたと知り、あさぎが悪気なく問い返す。
「……いや、俺の家は、誰かの心の中にある」
「じくうしんどう・・・あ、鍋にいたときに聞いたよ!」
nicoは華麗にスルー。
「え、そ、そうなの? 藩国にあるだんぼーるハウスならあげるよ、ちょっとペンキだらけだけど。なんか気が付いたら塗られてたー。え、えええ?」
あさぎの答えもある意味スルーだ。
あさぎとnicoの反応がないのでヤガミの知恵者への憎悪が120あがった。
「なんでもない」
ヤガミは憮然とそういうと
「で、俺はまあ、そのとき、あー。仕事で別のところにいた。おかげで合流が遅れた」
「鍋。か。分かった。行って見る」
「しごと? な、なんかあやしいなー」
あさぎの疑問もそのままにヤガミは帽子被ってさっそうと外に走っていった。
浮かぶ鞄がついていく。
「あのねあのね、鍋にいたときに夜明けの船をおくりだしにいったの」
「あ、まってまってー。なにー」
「あー先生それ職務放棄っていうんだぞー」
「まってー」
そんなことを言っている間にもヤガミはすでに遠くまで行ってしまっている。
「鍋に時空振動だな。まかせろ」
と返ってきた。すでに話なんざきいちゃいない。
業を煮やしたあさぎは追いかけ始めた。
「いくよー。だってねー 犬は追跡+9だよ、つよいよ」
現在のアイドレスは犬妖精+犬妖精+犬、冗談のようだが純粋な犬のアイドレスだ。
追跡に関しては誰にも負けない自負がある。
ただし、空き缶だが。
「人の話はさいごまできくのー!」
と、それについていくnico。
追いついたところでヤガミが問いかけた。
「先生はやめだ、来るのか?」
二人の横に並ぶ。すでに廃校舎からは出て小笠原の風景が広がっている。
「なにしにいくの?」
「なにしにって、鍋の国で調査して……時空振動を」
ヤガミは続ける。先生はやめという割には教え続けているようにも見える。
「NEPだ。たぶんな」
「え、え、つかっちゃダメなんじゃないの?NEPってなんか、すごーいたいへんなことになったってきいたよ」
「そうだな」
「つかわないとダメなの?」
「誰かが世界を分けている。世界の研究がすすんでからは、あんなものを兵器として使う奴はいない」
「せかいをわける?」
「世界線を分ける」
「その誰かはわるいひとなの?」
「鍋には誰もいないようだ」
「ねぇ、せかいはひとつにならなきゃいけないの?」
「結果としては、そうだな。世界が最終的には崩壊してしまう……」
そして、ヤガミはなにか言おうとした後、顔を微笑ませた。
それは、何らかの決意を秘めていた。
「大丈夫。なにがあっても、お前の好きなようにする」
「う、うん。でも、ね。せかいがひとつになるってつまり
 ……「一にして一つを選ぶ?」」
「黄金戦争……ああ、そうだ。」
今日のヤガミは妙に優しい。
「ねぇ、ねえ、みんななかよくできないの?」
「……」
ヤガミはその発言に少し躊躇し、答えた。
「滅びるまでは、そうだな。出来るかもしれない」
だが、それでも二人は止まらない。
「戦争はだめだよ、誰かないちゃうから」
「第六世界が分けられたのは、何か意味があって、もし、せかいがひとつになったらそれは……」
それぞれの観点からヤガミに訴えかける。
「わかった。戦争はやめだ」
うちに秘めたままで、ヤガミは観念したようにそう言う。だが、ここは長年の付き合いがある二人の方が一枚上手だった。
「ねえ、ヤガミはどうしたいの?」
nicoに核心を突かれ、ヤガミは視線をそらした。その言葉に突然挙動不審になる。
せんそーやめて、またチップになったらいみないのよ?」
「なんかほーほーあるよね。これ以上世界が分けられるのをとめるとか」
その姿に二人の追及は続く。何か見ていても別の観点からだが。
「今度はうまくやる。今度は胃が痛くない」
目が泳いでいる。本当にうまくやるのか、誰が見ていても不安になるだろう。
そしてアイドレスの接続限界時間のカウントダウンが始まっている。もう時間がない。
「こんどは・・・って。じゃあ協力する。だからちからをかして」
あさぎはヤガミにお願いした。
「いつものように」
ヤガミは平然と答える。アイドレスの終了カウントダウンは今だなお続いている。

「わかった、じゃあ手伝わせて」
……nicoがそう伝えたその直後、画面が切り替わった。
いつもの風景だ。小笠原ではない。制限時間が来てアイドレスが強制切り替えを行ったらしい。終わりなんていつもこんなものだ。
でも……
「いつものように」
その言葉が二人の脳裏に焼きついている。そう、いつものようにやればいい。
いつだって自分の思うままにヤガミと一緒にいたのだから。


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引渡し日:2007/6/22



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最終更新:2008年02月25日 20:13