影法師@ながみ藩国様からのご依頼品



 窓に映る彼女の横顔から目が離せなくなる

 何かを憂いたその表情

 何もかもが生を主張するような輝く日の光の中で

 彼女だけが、

 触れれば壊れそうな儚い存在に見えて

 とてつもなく、愛おしかった


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 『回る世界にうつる彼女の影』


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 観覧車に乗ったアララは、傍目から見ても嬉しそうだった。
 彼女が喜ぶのは、自分にとっても嬉しい事だ。提案の取り敢えずの成功への喜びを噛み締める。だが、次の瞬間に心配になるのはこの観覧車に何かトラブルが発生しないかと言う事だ。何故かこの人といると不運が付きまとう自分の事だ。壊れたりはしないだろうか、止まったりはしないだろうか、揺れたりはしないだろうかと、つい要らぬ心配をめぐらせてしまう。・・・・・・揺れたりすると、かえって急接近できたりして、いいかもしれない。そんな事を考えながら、アララに視線をやると、彼女は熱心に外を眺めていた。

 「・・・・・・見えませんねぇ」

 自分も外を見渡しながら、声をかける。彼女の求める物――戦闘の兆候は、何処にも見ることが出来ない。そもそも、この観覧車に乗ったのだって其れが目的なのだ。彼女が不機嫌になっているのではないかと内心怯えながら発した言葉だったが、それは杞憂の様で、彼女の瞳はきらきら光っていた。

 「人が蟻のようだ」

 アララがそう呟き、口元にいかにも悪役然とした笑みを浮かべる。それが余りにも彼女に似合っている台詞と表情なので、ついつい吹き出してしまった。

 「そのノリでビームとか撃つのはなしで!」

 まさか、そんな事はしないよなと思いつつも、この人の場合は万が一と言う事も充分にありえるから。ついついそんな言葉が口を出る。アララは実に心外だ、と言うような表情で自分にちらりと視線を向けながら口を開いた。

 「誰だと思ってるのよ。私を。」

 そして、窓の外に視線を戻しながら続ける彼女。

 「悪には悪の論理があるの。」

 ふふん、とアララはまた先ほどのように笑って見せた。やっぱり悪なのか。それにしても、格好良いいなぁとその笑みを見つめながら思う。自分なんかがこんな台詞を言ったところで絶対似合わないだろう。根本的に役者が違う。

 「流石です。ちなみにどんなのがあるんでしょう。」
 「観覧車に乗っているときに人を殺したりしない。」

 今のやりとり、そのままだった。

 「分かりやすい事は、素晴らしいです。」

 内心、少々ずっこけるところがあったものの、手下一号たるもの、ご主人様を褒め称えなければならない。とはいえ、別に手下認定されなくても、自分はこの人のことは褒めちぎるだろうが。・・・・・・・・・手下一号、手下一号か。先ほど認定されたばかりの立場を改めて認識するだけで小躍りしそうになる。特に「一号」という辺りがいい。こんな素敵な人の手下の一番手は自分なんだぞ、と今すぐこの観覧車の上から主張したくなるくらいだ。此処まで思ってから、自分の下っ端根性に気がついて内心苦笑する。まぁ、でもいいじゃないか、一歩前進だ、と思うことにして、うんうんと一人で頷く。

 「アララさんは、高いとこ好きなんですか?」

 先ほどから嬉しそうにしている彼女に問う。戦闘が見つからなくても不機嫌になってないし、多分高い所が好きなんだろうとは推測できた。多分、人を見下ろせるからね、だとか答えが返ってきそうだけれども。しかし、答えは違った。

 「ううん。」
 「観覧車が好きなだけ。」

 意外な返答だった。まるで、それは普通のおしとやかな少女のような理由。いや、観覧車が好きなのは別におしとやかな人じゃなくてもそうだが、まさかよりにもよってアララがこんな返答をしてくるとは思って居なかった。ジェットコースターが好き、とかならば、ですよねー、とすぐに頷ける。しかし、こんなスリルも何もないような………スリルがあるとしても高所恐怖症の人くらいしかないようなアトラクションが好きだとは。

 「何か思い出でも?」

 思わず、口から疑問が飛び出る。まさかこれで地雷を踏むとは思わなかった。

 「別に」

 彼女はそうそっけなく答えて、押し黙った。瞬時に自分の失敗を理解した。彼女の眉根が寄っている。何か思い出したくないことでも思い出したかのように。折角、一瞬は近くに感じた彼女が、また一気に遠くはなれたように感じる。

 「えーっと……」

 何を言っていいか分からず、視線をさまよわせて外に視線を向けた。
 どういうわけだか、彼女を、見ていられない。
 ちらちらと、彼女の方へ視線を向けようとしては、窓の外へと戻す。

 「す、すいません。気が利かなくて」

 ようやく口に出たのはただの平凡な謝りの文句だった。そんなことしか言えない、自分の口下手さを呪いたくなる。
 彼女の反応を待つ時間が、永遠にも感じる。そもそも、反応が返ってくるのかも、わからない。
 口の中だけであー、とか、うー、とか唸りながら次の言葉を必死に探していると

 「私の思い出だもの」

 彼女が外を見たまま、ぽつりと呟いた。
 今まで向ける事が出来なかった視線を、彼女へとやる。

 「誰も知らないわ」

 何処か、一抹の寂しさが感じられるその言葉。
 沈黙が場に居座った。どこか遠くの喧騒が聞こえる。
 此処は、何処だろう。
 何かを言わなくては、と焦る思考の片隅で、観覧車の中、という分かりきった答えを知っているにも拘らず、そんな疑問を抱いた。
 視線を外に戻す。さっきよりも、眼下の景色が遠い。

 「 …関係ないんですけど、観覧車って言えばよく一番上で止まりますよね」

 自分達のゴンドラも、大分上のほうへ登ってきた。今のこの状況ならば、そういったありがちなことも起こるかもしれない。今の状況は、それぐらいになんだか現実味が薄い。

 「そうね……」

 何時にない声色に、自然と彼女の方へ視線が吸い寄せられる。
 思わず、息を呑んだ。

 光に満ちた外界
 ゴンドラの中だけに影が落ちて
 音はとっくに、何処か遠くへ行ってしまった
 外から伝わってくるのは冬だというのにぼうっとするような熱だけで
 目にはもう、彼女以外映らない 

 目の前にいるこの人は
 今までに見たことのない表情で
 もう手の届かないものを憂いている
 その横顔は余りにも綺麗で
 見ているだけで胸が切なくて締め付けられて
 なぜだか、こっちが泣きたくなる

 誤魔化して何か言った気がする
 でも、何ていったのかが自分でも分からない 

 さっきから彼女が遠くにいるのか近くにいるのか
 自分の知っている人なのか知らない人なのか
 それすらもわからないんだ 

 ああ、もう、時よ流れてくれるなと
 心の中で叫ぶ
 たとえ彼女の心の中に自分が居なくとも
 彼女がわからなくても
 ここには自分と彼女だけしかいない
 それだけは確実なのだから

 けれどもゴンドラは頂上で止まることなく
 ここは物語の世界ではなくて
 気がつけば日差しの強い港沿いを自分達はあてなく歩いている
 もう世界にはふたりだけではなくて
 周りは音と光に満ちていた

 「見つかりませんでしたね・・・・・・」

 周りが騒がしい方が、かえって沈黙に耐えられなくて。先を歩く背中に声をかける。

 「見つけたのは泉が吹っ飛んでたことぐらいでした。なにか見えました?」

 彼女の歩みが止まった。大きく、伸びをする。
 自分もびくっとして足を止めてしまう。彼女に近づくチャンスなのに、それが出来ない。
 反応が怖い。振り返った彼女がどんな表情をしているのかが、分からない。

 だけれど彼女は、

 「いいわ。どこか、遊びいかない?」

 そう、誘ってくれた。
 今このときばかりは自分だけへの微笑で。
 その姿を、日の光で輝かせて。
 それだけで、頭の中の何もかもが吹き飛んだ.

 一つの確信だけを残して。


 「喜んで」


 貴女は確かに、ここにいる。




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引渡し日:2008/04/08


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最終更新:2008年04月08日 21:17