風野緋璃様からのご依頼品


ハードボイルドという生き方がある。
感情に流されない、妥協しない、そんな生き方。
そんな生き方だから、自分の決めてしまったルールを守ってしまう。
たとえ、今はそれを望んでいないとしても
それを後悔した事はない。するはずもない。することを許されたことも。

ならば、今この胸に刺さる刺はなんなのだ?
これこそが後悔なのではないか?
…………そんなことは、ない。あってはならない。

決して。


「ペンギン?痛いですか?」
ペンギンははっとしてそちらを見た。
消毒をしていた緋璃が心配そうな顔で自分を見ていた。
いつの間にか顔をしかめていたらしい。それを痛いと取られたようだ。
ペンギンは黙って首を振った。実際傷の痛みは大したことなかった。
ただ、こうしていると昔を思い出した。
医者にかからないと決める前、まだ鳥類になる前にもこうして手当をされたことがあった。
その時も同じことを言って、その時も顔をしかめていることを指摘されて、その時も…………

「ペンギン?やっぱり痛いんじゃ」
ペンギンは再び首を振った。
昔の女と今の女を一緒にするのは鳥でもしないことだ。ハードボイルドならなおさらだ。
だが、確かに痛くはあった。確かにどこかは。
痛いとしたら、それは心か。ハードボイルドらしくないなとペンギンは独りごちた。
いや、これ以上考えるのはよそう。
「終わったか?」
終わっているのは分かっている。自分の考えを終わらせた区切りとして言ったまでだ。
「はい、おしまいです。本職じゃなくて真似事ですけど」
「いや、医者の世話にはもうならないつもりだった。だからいい」
人に手当されるのすら拒んできたのだ。それから考えれば自分もよくやっているものだ。
そんなことを思いながら捨てるつもりだったコートを羽織る。なんだ、まだ使えるじゃないか。
包帯に巻かれたペンギンが穴の開いたコートを着ている。
ハードボイルドからは程遠いな。シュールすぎる。
笑いそうになるのを堪えてタバコを吸うことにした。これなら嘴をゆがめても問題なかろう。
肺に煙を満たして吐き出した。

「あー……ぅー」
なんだ?この反応は。
………しまった。こいつにもらったのは壊していた。
「……俺が使うライターはこれで最後だ。2個は多すぎる」
いや、フォローにはなっていないな。
「これが壊れたら喫煙でもするさ」
壊すつもりはないが、と言うのは伏せておいた。
気付かれているだろうが、だからと言って他にフォローする方法も……なくはない。

「お酒の方が良かったですかね。何を贈ったらいいのか良く分からなくて……」
ペンギンはそこで遮るように一輪の薔薇を差し出した。
この区画に入る前に買っておいたのが役に立った。
花屋の娘にも礼を言っておかなくてはな。
風野は少し微笑んだ。
「男の人から花を貰うのは、初めてです。ありがとう」
「男じゃない。ペンギンだ。はじめては大事にとっておけ」
「ペンギンだって性別ありますよ?でも、ペンギンさんから貰うのも初めてですね」
確かに、鳥類に花をもらうのは初めてだろうな。
そういえばあの花屋も、鳥類に花を売ったのは初めてだろうな。
………この姿もよしあしだな。

風野は薔薇の香りをかぎながら、ペンギンはそれを眺めながら、しばらく何も言わない時間が過ぎた。
そのうちポツリと風野が口を開いた。
「言いたいことは色々あったんです。……そうしているうちに、なんだか本当に色々、ありすぎて」
来たか。
ペンギンは何とはなしにそう感じた。
「……伝えたいことは、一つです」
ペンギンはタバコを地面に押し付けて消した。
これ以上関わるのはやめさせた方がいいだろう。
「このライターがつかなくなったら死ぬよ。だから言わんでいい」
「いーえ、どうせ知ってるんでしょうけど、言葉にするのが大切なことだって、きっとあるから」
確かに知っている。
知っているが、鳥類を相手にすることは風野を幸せにしないだろう。
だから、どうにか断ろうと。それだけを考えることにした。
全く、こんな鳥を相手にするなんて、人間のすることじゃないのにな。
そう思いながらも、ペンギンはどこか自分が悲しんでいるのを感じていた。
それが風野を思った悲しみなのか、想った悲しみなのか、それだけはペンギンにも分からなかった。

風野は言葉に詰まったまま、ペンギンに近づいてきた。
ペンギンはただそれをじっと見ていた。
「死ぬとか、そんな当たり前のことのように言わないでください」
生きている以上、死ぬのは当たり前だ。
ペンギンはその言葉を飲み込んだ。
「今年も、来年も、再来年の今日も。私は貴方のそばにいたい」
この日だけならば、いることは出来るかもしれないな。
この言葉も飲み込んだ。
「そんなに長くは生きられないかもしれないけど、でも。私は私である限り、貴方のそばにいたいんです――どうか」
それは、難しいな。俺と一緒に来れば不幸になる。
最後に、この言葉も飲み込んだ。
何も応えないことが、答えになるのならどんなにいいことか。
言葉を厄介だと思ったのは初めてではないが、今は強くそう思った。
風野は返事を懇願するようにじっと自分を見つめていた。
………仕方ないな。
そう思って、ペンギンは向こうの茂みに眼をやった。
丁度いい。
「今日子がきてるな」

自分の言葉に、風野は止まった。
それを確認してペンギンは笑った。まだまだだな。
これくらいで止まっているようではダメだ。
「茶でも飲むか。健康的なやつを」
「……返事、まだです」
ジト目で自分を見ながら風野が言った。
今なら言葉は厄介ではないと思えた。現金な鳥だな、俺も。
「そばにいるのに、許可がいるのか?それと、お前はまだまだだ」
「……分かってるくせに。何もかも」
ペンギンはニヤリと笑って歩き出した。それが答えだった。
風野は悔しそうにそれを追った。
「ええ、どうせミスの連発ですよっ……次は、やりません」
「人間はミスをする生き物だ。それを悔しがっていたら生きていけない」
自分は鳥類だからそれはないがな。
だが、風野の考えは違うようだった。
「悔しがるから学習するんだと思います。
 明日の私はきっと今日の私より、ちょっとだけ前に進むでしょう。明後日は、もっと」
まぁ、それが普通の人間の考えだろうなとペンギンは思った。
鳥だから関係ないが、元人間ならそう思うくらい罰は当たらないだろう。
「少なくとも次は、名前を呼ばれたことに気を取られて取るべき策を誤ったりしない」
「俺はいつも悔しがってるが学んでない。いつも、どう断ればいいのか、考えている」
「断らなければいいんだと思います」
遠回りに断ったつもりだったんだがな。
風野の苦笑いを見てそれが通じてなかったのを確信した。
次はもっとはっきりと断るか。

「で、誰に名前呼ばれたんだ」
「…………馬鹿」
待て、俺が悪いのか?
名前を呼んだ覚えはない。呼ぶはずがない。
ファーストネームならばもっとだ。
いつだ、いつ呼んだ。
「……貴方が言ったんじゃないですか。緋璃って。初めて………たった1時間前のことですよ?」
1時間前………ああ、あの大惨事か。
………待て、それでも言ったか?
「……それは多分、聞き間違いだ」
言った記憶はない。とぼけるのは簡単だが、これは本当だ。
しまったな、ここまでミスしたのは初めてだ。
「……無意識にファーストネームを呼んだのは、悪かった。次からは気をつける」
「……ばかっ」
なんだ、まだ俺が悪いのか。
「悪いのは、そこで謝ることだけですっ」
そうなのか?
これは言わない方がいいのはペンギンにも分かった。
風野が半泣きだったからと言うのもある。
「私は、嬉しかったのっ」
……鳥類に名前呼ばれて嬉しいか?
いや、そうか。こいつは自分を好いているのだった。
だから、こうして
「何度言ったら、分かってくれるんですか。逃げないで、くれるんですか」
こうして自分を抱きしめるのだろう。

その時、日本刀が飛んできた。
抱きついたまま逃げようとした風野を突き飛ばして、ペンギンは避けた。
今日子か。まったく、いい仕事をしてくれる。
ペンギンは風野を見た。
唖然としているその表情を見て、何か言おうとしたのを忘れた。
だが、聞きたければ自分で来るだろう。それだけは分かっていた。

だから、ただ微笑んだ。
それは、返事から逃げた自分への嘲笑だったのかもしれない。
だが今は、こういう意味にしておこう。

追えるものなら追ってみろ





どうでもよかったりするおまけ


天領のデート区画。ここでは日夜アイドレスプレイヤーとACEとの熱き(甘き)バトルが繰り広げられていた。
12月29日である今日もそう。ハードボイルドなペンギンと風野緋璃が傷の手当をしながら語り合っていた。
しかし、もう一歩。何か歩み寄りきれていないところがあった。
近いのに、なぜか遠い。
それが矛盾なく成立するような、そんな時間が流れていた。

それを密かに存在感をガンガンに発揮しつつ見つめる視線があった。
茂みに隠れて、一人憤慨する影。むがーと唸った。

「あー、もう。あのペンギン目ペンギン科コウテイペンギン属キングペンギン!まどろっこしい!」

それは一人の少女であった。名を今日子と言う。
姓はまだない………かは知らないが、とにかく不明である。あしからず。
何故ここにいるかと言うと、サポートキャラと働くためである。
宰相の愛人とのたまった罰として、鋸山シリーズに代わって配置されているのだ。
隣をふよふよ浮く羽妖精Qも道連れだったり道連れじゃなかったり。
まぁ、しかしだ。サポートキャラといえどもその所業は目に余るものであった。
曰く、届け物(義体、水濡れ禁止)を海捨てる。
効果音を口で言って勘違いさせ、大胆な行動に出させる。
襲撃してACEにPLをかばわせる。
さらにはACEを捕まえてふんじばるって処刑しようとするなんてとんでもないぞコンチクショウ!
(最後が実感こもっているように見えるのは気のせいです)
結果としてよく働いていることもあるが、まぁその乱暴さときたらサポートとは程遠いものであった。
まぁ、それはともかく、今ペンギンと風野緋璃のサポートが出来るのはこの人物だけなのであった。

「今日子どうするの?」

傍を飛ぶQが問う。
Qは何も悪いことしてないのになーと思いながらの発言である。ちなみに左の感想はここ数日ずっと思っていることだ。
そんなことを考えながらも付いてきているあたり、付き合いが良いのだろう。
とてもじゃないが一度は握りつぶされかけた仲とは思えない。
………うん、仲いいね君たち。
今日子はふふーんと鼻息荒く胸を張る。残念ながらある胸かない胸かは読者の想像に任せる。

「決まってるじゃない。襲う。襲って守らせる。これサイキョーパターン」

このパターンは実績がある。(少しだけど)
上手く行かなかったら得意のモノマネでどうにかなる。
これも実績はある。(少しだけど)
Qはその少しではない方を思い出してえー、という顔になった。
またおじいちゃんに怒られるのは勘弁である。
もう何回怒られたものか分からないのだ。
だから、ちょっとだけ止めようと思った。

「やめようよ今日子ー。ペンギンさん怪我させちゃ駄目だよぅ」
「いいのよあんなペンギン目ペンギン科コウテイペンギン属キングペンギン。強いくせに実力隠してるんだから」
「でもでもー、じゃましたらカワイソウだよー」
「ハードボイルドってだけで女を泣かしてる男は死んでいいの」

再びえー、というQ。

「またおじいちゃんに怒られるよー」
「パパはああ見えて分かってるからいいの」
「えー」

今度は声に出た。しまったと口を押さえるも遅かった。
それに目敏く反応する今日子。
ギギギと首をQの方へと向ける。

「……文句あるの蜻蛉もどき」
「あ、あの、そのー……」
「も・ん・く・あ・る・の?」
「………ないですー」
「よろしい」

人の恋路を助けて煮Qになるのはは嫌だ。
羽妖精にもそれくらいの勘定は出来た。
ゴメンナサイペンギンさん。Qは止められなかったです。
ハンカチ代わりの絆創膏のガーゼで涙を拭きつつ、Qは思った。
あ、人のほうもゴメンナサイとついでに思った。
とにかく、もう今日子を止めるものはなかった。

ペンギン本人を除いて。

「む」

飛び出そうとした今日子が手を止めた。
ノリノリで覆面をつけようとしていた手も止めた。
ついでに同じ格好をしようとしていたQも止まった。

「今日子どうしたの?」
「……あのペンギン目ペンギン科コウテイペンギン属キングペンギン、するどいわね。気づかれた」

評価値的にべらぼうに強いということは、戦士として優秀ということである。
今日子も例外ではない。相手に認識されたことくらいは感じ取ることはできた。
と、同時に手が詰まった。
ゲーム時間はちょうど半分位だろうか。
これくらいの時間に襲撃→助けさせるというのが残り時間の面からは理想である。
しかし気づかれてしまっては困るのだ。
どこかのだれとも知らない人間にいきなり襲われるからこそ、ACEは逃げようとする。
つまり正体と存在がしられていないからこそ有効な作戦だ。
それが知られてしまった。
あのペンギン目ペンギン科コウテイペンギン属キングペンギン、やるわねと思いながら、今日子は焦っていた。
効果音作戦は使えない。あのペンギンはかえって守ろうとするだろう。
いや、それはそれで効果あるのかもしれないが、焦っている今日子はそこまで頭が回らない。
じれったいなーと乱入するのは、あまりにも空気が読めなすぎる。
乱入した後のことはともかく、する前の空気は今日子にも読めている。

まぁ、実際はカウントダウンされたりひゅんひゅん言われたらすぐにでも押し倒すのがプレイヤーと言うものである。
今日子、痛恨の判断ミス。
手段が目的になるとこうなってしまうといういいお手本です。皆さんまねしないように。
ギギギ、あのペンギン目(以下略)とハンカチならぬ覆面をかみ締める今日子。
自分がいるとかまでのたまいよってからに、相手フリーズしちゃってカワイソウ!

「って、あ、相手風野?秘書官のトップ?」
「そうだよー。いつもQにご飯くれる人だよー」
「やめた」
「えー!」

覆面をその場に投げ捨て、さっさと立ち去ろうとする今日子。
女の恋路を応援するのはやぶさかではないが、パパに目をかけられてる女は例外だ。
予定表もっとよく見てりゃ良かったなーと今更ながらに思う。
あー、もう四月の林檎で飯食って帰ろうとか罰当たりなことを考えている。
え、えーとペンギンと今日子を交互に見るQ。
あ風野さん忘れてた、と風野も見る。
はっ!違う違うとつけていた覆面を捨てて今日子を追った。

「待ってまってー!今日子行っちゃダメー!」
「何よ蜻蛉もどき。四月の林檎でソテーにしてもらおうか?」
「う………それは嫌だけど、お仕事放って行っちゃダメなのー」
「だってー、風野だし」
「お仕事放ったらおじいちゃんに怒られちゃうのよー!」
「もう怒られてるし」
「えー」

今日子理論全開。Q理論は相性が悪すぎて敵わない。
Qは襟首を掴んで必死に引っ張っていこうとするが、種族的に不可能だ。
このままじゃ自分も怒られると必死なQ。
だから、必死に飛んで飛んで止めようとする。
さて、皆さんここで思い出していただきたい。
Qは羽妖精である。
妖精っつったって羽を羽ばたかせて飛ぶことには変わりない。
それが全力で飛ぶとなれば、すごい羽ばたきである。
結果、ブーンという音が発生するのは、自明の理と言うやつだろう。

で、だ。蚊の羽ばたく音って、皆嫌よねー。
今日子も例外ではない。

「あー……もう!」

嫌なことが重なればイラつくのは当然である。
そしたら叩くか、まぁイラついてたら物を投げるだろう。
そんな今日子の手元には日本刀が。
そして顔には青筋が。あ、抜いた。

「しつこい!」
「あ」

投げた。が、Qは小さい。当たるわけもない。
結果……

「あ、ペンギンさんに……」

日本刀はたまたま同じ方向へ歩いていたペンギンの方へ飛んで行き、
たまたま奇襲のような形になり、
ペンギンはそれを避けて消えた。
ゲーム終了時刻だったのが唯一の幸いである。
鞘だけをもって固まる今日子とパタパタ飛んだままのQ。
なんとも言えない空気がその場に広がった。

「………逃げるわよ」
「あ、待ってー!」

脱兎の如く今日子が走り出した。追うQ。
そして現場には風野と日本刀だけが残された。

やがて風野もログアウトし、そして誰もいなくなった。



後日、こそこそと取りに行って怒られたのは言うまでもない。



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最終更新:2008年03月03日 11:35