No.227 桂林怜夜@世界忍者国さんからのご依頼品



そのうららかな陽気の日、二人は喫茶店に座っていた。世界忍者国王城の城下町にはいくつか喫茶店がある。結城杏が開いたハーブティーの店もその城下町にあったが、セプテントリオンとNWとの反目が表面化したために国を離れ、店も閉められていた。そのため、二人が座っている喫茶店は、NPCが経営する名もない小さな店であった。

環月怜夜はいささか緊張しつつ珈琲を頼み、冷めるのを待っていた。猫舌で熱いものは苦手なのだった。じっとカップを見ながら、たまにちらちらと目の前の秀麗な青年を盗み見る。照れるのであまりまっすぐには見られず。ちらと見てはカップに目を落としていた。

その青年、ロイ・バウマンは目の前で静かにコーヒー飲んでいた。静かな、ある意味穏やかと言ってもいい時間が流れる。この前日、世界忍者国藩王が神聖同盟の須田直樹と会見し、自国がセプテントリオン資本に食い込まれ、足がかりとして利用されていることを確認している。会見では須田のカップが爆発し、対立が激化していることが明確になった。数日後、それはバレンタイン作戦という形で、神聖同盟の大攻勢に繋がっていく。しかし、この時点ではまだ、静かだ。それは、嵐の前の静けさだったろうか。

「あの、この前はごめんなさい」

環月怜夜は、沈黙に耐えかねるように、顔を上げ、声をかけた。手に持った箱を持ち上げて、渡したものかどうしたものか、もじもじする。ロイはその様子を見て、ふっと微笑んでカップを置き、手を伸ばした。

「ありがとうございます」

受け取った箱のリボンをするすると魔法のようにほどき、軽く蓋を開ける。

「ケーキですね。ありがとう」

中を見て微笑みを深める。怜夜はその微笑みに照れながら説明を試みる。

「はい。白いんですけど、ホワイトチョコのパウダーが入ってるんです。バレンタインですから」

ロイはありがとう、後でいただきます、と言いながら箱をしまった。

「それで、その・・・お風邪は召されていないですか?」

ロイが再びコーヒーカップを手にするのを待って、怜夜はここのところずっと気になっていたことを思い切って尋ねた。

「なぜ、ですか?」

ロイが微笑を崩さずに答える。

「お風呂にも入らなくて、あんな格好をされていたから・・・・・・・」

先日会って温泉街に行ったとき、浴場に謎の世界忍者が半裸で現れ去っていった。端的に言って痴漢のような気もするが、世界忍者なので妙な説得力があった。ヒーローのお約束的に知らない振りはしてみたものの、何をどう考えても状況からして正体はこの男である。風邪を引いたのではとずっと心配していた。

「うちの国、温かいと言っても冬ですし。山は冷えますし」

怜夜の心配に、ロイは輝く笑顔を返した。

「なんのことでしょう?」

あ、この男ごまかす気だ。

「(いくら眼と頭が悪くても、好きな人の声くらい聞き分けます・・・ぶつぶつ)」

怜夜はそっとため息をついた。まあ、しかし追求するのも野暮といういうものだろう。

「知らないならいいんです。とっても会いたかった、懐かしい人に会えたというだけです」

ロイはとぼけるように首を傾げた後、微笑んだ。

「どうでしょうね。でもありがとう」

「ええ」

沈黙が流れる。コーヒーを一口含むと怜夜は本題を切り出した。

「ところで、もう一回、挽回のチャンスを頂けないですか?」

珈琲を飲み、答を待つ。緊張でカップがかすかにかたかた揺れた。

「?」

ロイは首をかしげ、コーヒーを置いた。

「なんのことですか?」

じっと怜夜を見つめる。見つめられると緊張が高まる。かすかに頬を上気させ、心のうちではわーわーとぐるぐるしながら、言葉を継ぐ。

「デートコース、いい所をご案内できなくて。さすがに申し訳なかったんですけど」

「ああ。デートですか」

腑に落ちた、という笑顔をロイが浮かべると、怜夜はさらに動転した。

「田舎だから、春から秋までは見所が多いんですよ。本当に。もうすぐ梅も咲きますし」

ロイはにこっと嬉しそうに笑った。怜夜轟沈。

「ええ」

努めて冷静を装いながら微笑むもその頬は赤い。

「あ、勿論、お忙しいならいいんです。お仕事とか旅とかもあるでしょうし・・・・・」

前日までにシミュレーションで訓練したロイを上目遣いで見てみる。

「・・・・・・・駄目、ですか?」

(おねだりは上目遣い、おねだりは上目遣い) ちなみに藩王の入れ知恵である。

「いつでもいいですよ。今からでも」

ロイは怜夜の上目遣いを見て、目元を緩ませた。かわいいと思っている相手の上目遣いは最強である。

「嬉しいです」

「良かった・・・・・・一般人立ち入り禁止なんですけど」

微笑むロイに怜夜は王宮の裏山にある天文台の資料をぱらぱらと見せた。

「じゃ、早速行きましょう!」

会計を済ませて、ロイを引っ張っていくように連れて行く怜夜に、ロイは終始にこにこしていた。

/*/

その天文台は王宮の裏山切り立った崖の上にあった。星見司の観測所であり、軍事施設でもある。過去世界忍者国では星見司は吏族も兼ねていたため、吏族の執務室もそこにあった。天文台所長であった川流鐘音の要望で、エレベータがつけられるところが、紆余曲折の末修行用のトラップが設置された経緯がある。このためか、藩王の認可決済を必要とする財務大臣に任命されたためか、川流鐘音自身は王宮の藩王執務室のそばに財務大臣室を構えてそちらにいることが多くなっている。このため、一般の勤務者が通勤時に被害にあっていた。最近は、黒猫忍者の特配便を統括している摂政の久堂尋軌がもっぱら楽しんで使っているという噂である。

「ちょっと上りますけど・・・・・・あと、修行用のトラップは鐘音さんが歌って踊れる世界忍者に転職した時に外しているはずですけど・・・・・」

天文台の下で怜夜はうろ覚えな説明をした。実際のところ誰も撤去を申請しなかったためにそのままになってるのだった。まあ、情報集積所かつ軍事基地で一般人立ち入り禁止の場所ならこれくらいあってもとの配慮もあったかもしれない。

「私も少しは、心得がありますよ」

ロイは優しく笑った。滞在期間は長い。すでに入ったことがあったのかもしれなかった。

「はい、頼りにしてます!ここ、幽霊もたまに出るって噂ですし・・・」

怜夜は無邪気に頷いて、恐る恐る天文台の中に踏み入った。頭の中は白いシーツのようなお化けで一杯である。

「幽霊がお金もってるならいいと思ったことありませんか」

ロイがそんな想像を知ってか知らずか、冗談めかして尋ねた。

「うーん。持ってると面白いと思いますけど、三途の川の渡し賃ですしね」

奪っちゃうとかわいそう、と口の中で言う怜夜に、ロイは微笑んで階段を無造作にあがっていった。罠が作動する。それを、ロイは即座に無効化した。ACEロジャーは侵入に失敗しない。それはその能力によるものかも知れなかった。

「あ、一応気をつけてくださいね・・・・・・って、凄い!」

ぽかんと口を開ける怜夜にロイは多少得意げな笑顔を向けて手招きした。

「さ、いきましょう」

「あ、は、はい。」

ぱたぱたと階段を登って駆け寄る。すぐ目の前で振れる腕をじっと見つめて手をあげて触れようか触れまいか手をにぎにぎしたあと、結局止めた。 かつてHIという名のフットワーカーであったやはり白オーマの男性と同行しているまきという女性からの情報で、白オーマのうちには純潔の鎖をいう絶技で縛られ、その許婚以外に触れると傷つくということがわかっていた。怜夜はそれを心配していた。ロイが白オーマで、そんな誓いに縛られていたら?

「ロイさんは、今、白なんですか?黒なんですか?」

上りながら、尋ねる。傷つけたく、なかった。

「腕でもくみませんか?」

質問そのものには答えずに、怜夜の心のうちを読んだかのような問いを発するロイ。

「い、いえ。白オーマの人が傷つくようなことは出来ません!!」

怜夜がパニックを起こす。

「・・・・・・時々、抱きつきたい時もあるけど、貴方を傷つけたくないから」

泣きそうに顔を歪めるのへ、ロイはふっと微笑んだ。

「大丈夫ですよ」

その言葉が終わるか終わらないうちに、ロイは優雅に怜夜を抱きしめた。階段の途中で時間が、止まる。

「ほらね?」

ロイが耳元で囁く。

「え・・・・」

真っ赤になりつつ、囁き返す…。

「本当に?痛くないですか?」

そして、とてもおずおずと抱きしめ返した。ロイが微笑んで、優しく怜夜の両肩を掴みながら答える。

「はい」

そのまま、二人は永遠に時間が止まったかのように抱きあっていた。怜夜の眦(まなじり)に光るものが盛り上がる。

「良かった・・・・・」

「なにか?」

呟きに、指でそっと怜夜の髪を梳きながらロイが尋ねる。

「ずっと、こうして欲しかったんです・・・・・・・。でも、迷惑になるんじゃないかと思って心配で・・・・・・・」

つい、と頬を光が伝った。

「リンの人は、地べたすりとキスをすると死にかけるって聞いていましたし・・・・・」

髪から手を移してその涙を拭うと、ロイはちょっと悪戯っぽく笑った。

「キスしてもいいということ・・・なのかな」

「は、はい。勿論です!」

思わず答えて、ぼんっと顔を真っ赤にする。

「あ・・・・・・」

俯くのに、頬を撫でる手を止める。その表情を見ずに、怜夜はか細い声を搾り出した。

「あの・・・・・その・・・・・・お、お願いします・・・・・・・・」

ロイは微笑んで、怜夜の顎をくいと持ち上げた。ぎゅっと目をつぶった怜夜に、とても優しくキスをする。ついばむような優しいキス。永遠のような一瞬の後、顔を離してロイは深い笑みを刻んだ。

「満足しました」

悪戯っぽく言うのに、どう答えていいか分からず、怜夜は固まっていた。ぎゅっと抱きついたまま、頭をぐるぐるさせている。思わずそれを抱きしめて、ロイはくっくと笑った。

「かわいらしいですよ」

「か、か、かわいくなんてて」

怜夜が息が出来なくなったかのように口をぱくぱくさせて喘ぐ。動機息切れ心不全。倒れそうになっていた。

(おちつけー。おちつけ、自分ー)

深呼吸してなんとか落ち着こうとする。ロイはくっくと笑いながらその背中をずっと撫でていた。

「あ、あの、本当に大丈夫ですか?痛くないですか?苦しかったりしないですか?」

ようやく落ち着いた怜夜が気がかりを思い出して心配そうに見上げる。

「はい」

ロイは心配性だなあと言う顔で笑った。その笑顔に安心して、もう一度ぎゅうっと抱きつく。

「……」

ロイは優しい表情でそれを抱き返した。あまりに優しすぎて、他に見るものがいたら、それは透明にも見えたかも知れない。

「あの、大好きです。七つの世界の誰よりも」

怜夜の呟きに、ロイはちょっとだけ笑った。

「知らないと思ってましたか?」

「いえ。でも、世界忍者さんよりも、今の貴方が好きです。これだけは言いたくて」

怜夜が顔を上げて、じっとロイの瞳を覗き込む。

「出会えたことを、生まれてきたことを感謝しています」

「はい」

怜夜の真剣な表情に、ロイは真摯な表情で答えた。

/*/

「あ、そろそろ行きましょう?」

怜夜に腕を取られ、ロイは屋上に連れて行かれた。バルコニー上になった展望所で、眺望が一気に開ける。この上には、もう望遠鏡しかない。

風に吹かれて、ロイは赤くなっていた。照れてるらしい。

「風がつめたくていい」

怜夜も照れて、目を合わせないようにあちらこちらに目をさまよわせていた。

「この辺で一番高い建物なんです。軍事施設の役目もあるから、一般人は来ないんですよ」

何かをごまかすように、早口でまくし立てる…。

「……」

ロイがじっと無言で、なにかねだるような目でそんな怜夜を見ていた。

「あの?ロイさん?」

きょと、きょと、と目をさまよわせたあと、ぐるぐると考え、ちょっとだけしがみついてみた。

「も、勿論、女王様に許可は取っているから、今日は大丈夫ですよ?」

ロイは50点くらいの笑顔になった。

「忙しいときの仕事場になるから、壊したりしたら流石に起こられますけど・・・・」

とまくし立てつつぐるぐると考える怜夜。

(うーん、えーっと、えーっと、どうすれば!)

困り果てた怜夜は、えいやっと正面から抱きついてみた。ロイは微笑んだ後、そんな怜夜を抱きとってキスした。さっきより幾分長いくて深い、キス。ちゅうううう。ちゅぽん。名残惜しそうに唇を離すと、ぼうっとしている怜夜に、悪戯っぽく微笑んだ。

「一度やるとくせになりますね」

「ええ・・・」

ぼうっとして同意する怜夜。一瞬後、我に返って慌てた。

「そ、そうじゃなくて。あ、あの。ま、まだ日も明るいですし!!」

そして、赤く燃えそうになってる頬を両手で押さえる。

「真っ赤になっているところを見られるのは、恥ずかしいです・・・・・・・」

言いながら、恥ずかしさのあまり、ロイの胸に顔を埋めてしまった。

「そこがかわいいところですよ?」

そんな怜夜の髪を指で梳きながら、ロイは優しく笑っていた。

「ま、まだ慣れていないから・・・・・」

怜夜も頑張って、微笑もうとしてみる、が微妙に失敗して泣き笑いになっていた。

「……はい」

「あの、我侭言っていいですか?聞き流してくれればいいですから」

「どうぞ」

「ずっと、ずっと傍にいて下さい。どこにも行かないで、私の傍に・・・・・・」

黙って髪を梳きながら、怜夜の言葉を待つロイ。

「何処かに行く時は、それが戦地でも、幻獣の巣窟でも、連れて行って下さい」

少しの間の後、ロイがぽつりと呟いた。

「……それでいいのですか?」

髪を梳かれる心地よさに流されそうになりつつ、こくこくと頷く怜夜。

「はい。足手まといになるから、我慢しないといけない時があるのは分かってますけど、それでも、心だけは貴方の傍に」

ロイの言葉に冗談めかした真実の響きが混じる。

「僕は悪の大幹部かもしれませんよ?」

セプテントリオンのフットワーカーRS、第6世界の支配人、その名と立場を自分が知らないとでも思っているのか、と怜夜は不思議に思った。別の時間線別の存在としてであったが彼女は、RSのセプテントリオン離脱を手伝ったこともあるのだった。長い長い間彼を見守ってきたことを、知っていたと思ったのだけれど、このロイは知らないのだろうか?

黄金戦争で時間線が混乱している…このロイはいつのロイなのだろう?いいえ、いつのロイでも、ロイはロイだ。迷うことは何もない。

「気にしません!」

怜夜は再び顔を上げて、ロイの瞳を覗き込んだ。

「ロイさんが好きなんです。貴方の役職が好きなわけではないですし」

じっと見つめて真剣なことを伝える。

「ご自分で選んで進んでいる道なら、それもロイさんの一部です」

「はい……」

ロイは、嬉しそうに笑った。

/*/

誓いを交わした二人に、別れが訪れたのは、それから間もなくであった。皮肉にも恋人たちの告白の日、バレンタインの日に、セプテントリオン掃討作戦が決行された。世界忍者国には、当然のように相当数の戦力が投下され、支部は壊滅した。

燃え盛る炎の中、奥羽恭兵と対峙したロイは、戦って死ぬことより、逃げて再び怜夜と会うことを選択する。

彼らの未来に何が待ち受けているのか、世界はまだ知らない。

OVERS OVERS OVERS OVERS OVERS

  ――― それが世界の選択である ―――

OVERS OVERS OVERS OVERS OVERS



作品への一言コメント

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  • 台詞の頭に空白が残ってて引用になってしまっているようです。すみませんが削っておいてください。お手数をおかけします。 -- 結城由羅@世界忍者国 (2008-03-02 01:23:26)
  • すみません、自分で修正できました。勝手に修正してすんません。 -- 結城由羅@世界忍者国 (2008-03-02 01:27:23)
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最終更新:2008年03月02日 01:27