No.197 葉崎京夜@詩歌藩国様からのご依頼品


the Last sky at sunset.

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まだ日は海に落ちていない。
夜までの時間は、そう長くはないけども、短くもない。
ただそこに在る時間の中で、不意に不安になった。
人の波が落ち着いた船着場で、長い生を送る彼女と短い生を送る自分を、この夜までの時間の中に投射してしまうせいだろうか。
そんな中で、これからどうするかと問われて、この時間の中で彼女をずっと見ていたいと願った。
彼女と過ごす短い時間を少しでも濃いものに、熱いものに。

「・・コホン。私と、デートしませんか?」

デートという概念を彼女は知らないだろうけど、それを分かってもらえなくても、過ごす時間は立派なものだ。
そう思い込むことにした。

顔が赤くなってるところは、平にご容赦だ。

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日暮れの船着場に、夜の空気を含んだ風が流れてくる。
火照った顔に当たるその風に心地よさを感じながら、葉崎京夜はどこを見ていいのか分からなくなり、とりあえずTAGAMIの髪を見た。
普段は風に揺れることも、動く事でなびく事もないその髪が少しだけ、風に揺れていたような気がする。
デートといっても、TAGAMIはいまいちピンときていない。
普通の女性であれば、分からないといった表情を浮かべている"はず"の無表情なTAGAMIから、その空気を読み取る。
不意に、TAGAMIから念が飛んできた。

<デートとはどこでやるのですか?>

どういう言葉なら、TAGAMIに伝わりやすいかと、TAGAMIの好きな場所にいけるかをしばらく考えて、慎重に口を開いた。
それと、少しおどけた言葉も添えて。

「そうですね。そのときそのときで違いますが、行きたい場所、見てみたい場所はありますか?」
「あぁ、こういう時は貴女が望む場所ででも、と言えばかっこいいのかもしれませんがね。」

あははと、少し笑うとTAGAMIの返念が返ってきた。

<この島には10回きたことがあります。>
<でももう、それも最後。だから>
<島を廻りましょうか。よければ。>

その念に少しの嬉しくなる自分を感じながら、葉崎京夜は嬉しそうに微笑んだ。

「はい、貴女となら何処でも。」

葉崎京夜がTAGAMIと接触し、やっと掴んだTAGAMIの微笑みを返念の代わりに、ゆっくりとTAGAMIは歩き出した。
それについて並んで歩く葉崎京夜の顔に浮かんだ一杯の笑顔を、彼女が見れないのが彼には残念だったが、それでも一つの時間を彼女と一緒に過ごすことには成功した。
全く人がいない夕暮れの小笠原の海岸近い道には、遠くにこれから沈んでいく夕日が見えた。

「・・・・・・。」

無言で歩く2つの影を、夕日はアスファルトに刻んだ。
斜めから差し込む夕日を見ようと海岸に目をやった時、TAGAMIの夕日に映えた顔が印象に強く残った。
長い長い時間を生きるしか他無くなった彼女には表情がない。
道をすれ違う人がいれば、ある意味で近づきすぎたものであるTAGAMIの表情のない表情に、石像のような無機質な美しさを思っただろう。
しかし、葉崎京夜はその顔にありありと浮かぶ生を同時に見ていた。
その顔自体には、表情が無い。
葉崎京夜が、いつか、取り戻す。と強く思ったそのとき、急に念が飛んできた。

<このまま南に行けば崖があるようです。>
「そうなんですか、行ってみましょう。ここの景色も見納めですし。」
「それに、茜に染まった海はきっと綺麗だと思いますよ。」

自分の思念を読まれたのかとちょっとドキドキしながら、崖までの道を眺めた。

<歩いて移動して、いいですか?>

その念に葉崎京夜は嬉しくなった。
TAGAMIはある意味で近いために、ほとんどの行動を肉体を使わずに行うことが出来る。
彼女に表情が無いのも、彼女が言葉を持たないのもそのためであった。
そして、彼女は移動をも足を使わず瞬間移動で事足りてしまう。
そんな彼女が歩きたいと思ったのは、ただの人である葉崎京夜の影響であるのは、間違いない。
彼女が取り戻した微笑みも、すべてそうである。
彼女に影響を与えられたことに、喜びを感じ、ともに歩けることに楽しさを感じながら、緑のトンネルを歩く。

ふと見上げると、見事な枝振りの木々に目を奪われ、言葉が漏れた。

「これを見れなくなるのは残念です。」
<自然に帰るだけよ。>
「そうですね。」

自然に帰った木々はまたその繁栄をこの地に刻んでいくのだろう。

「自然に帰って、そして子孫を残す、、か。」

TAGAMIはその性質上、生殖を行う必要が無い。
だから、恋愛感情というものも生まれる必然が無い。
だからなのか、葉崎京夜には、自然に帰る木々を少しだけ羨ましく思った。

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トンネルと潜りぬけた先には、森が広がり、さらにその先に目的の崖があった。
崖の上までは100mほどあり、階段状になった獣道が頂上に続いていた。
二人で1段ずつ昇り、坂道になっている分辛かったが、その辛さを感じる事が何だか幸せだった。

頂上に着くと、急に光が目に差し込んだ。
その輝きにとっさに目を瞑り、そして恐る恐る目を開く。

海面が夕日に照らされ金の光を反射させていた。
不意に言葉が口から出る。

「・・・・・・輝く海。」

この景色を心に焼き付けようと、もう一度ゆっくり目を瞑る。
もう一度開いたときに、心なしかTAGAMIが嬉しそうだなと思った。
何故だか分からないが。涙が腹の底から湧き上がってくるようだった。

「この景色は一生忘れられませんね。」
<雪は降ってないわよ。だからこの景色は、終わりではない・・・>

その言葉に、はっとなった。

「そうか・・・そうですね。終わりじゃない・・・。」
<また見れるわ。>
「はい、その時は貴女と一緒に。また、この景色を見たいですね。」
<そうね。>

そう言うとTAGAMIは、海のほうに顔を向けた。

<夕日が、沈む。>

その言葉に、時間が短くて長い時間が、急にもったいなく感じた。
だから、伝えないと。と葉崎京夜は口早に、言葉を紡いだ。

「日は沈んでも、明日にはまた昇る。」
「いつか、この景色を思い出して微笑むことができる。きっとだ。」
「そして、またこの景色が見ることができることの証明になる。」
「太陽が沈むからこそ、夜が来るからこそ、夜明けがあるように。」

TAGAMIは静かに葉崎京夜の言葉を聞いている。
そして、返念が返る。

<貴方なら出来るわ。>

その言葉に、本当に伝えたい言葉があるもどかしさを感じながら、優しく微笑んだ。

「ありがとう。TAGAMI。」
<いえ。>

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「貴方に伝えたい事があります。私にとって大切なことです。」
<私に受け止められることならいいけど。>

急に真剣な言葉と感情の波を捉えて、TAGAMIは少し戸惑った。
葉崎京夜は、気に留めず、言葉を放つ。

「私は貴方の事が好きです。私にとって世界中の誰よりも。」
「この気持ちだけは、貴方に聞いて欲しかった。」

TAGAMIはなるほどと、感情の波の理由に納得した。

<覚えておきます。>

そして、少しだけ意地悪に答えた。

<ただその言葉は、前にも聞いたことがあるわね。>

葉崎京夜が言葉に迷っていると、TAGAMIは少し微笑みこれが最後になる夕焼けを少し思う。
そんなTAGAMIに困った末に、微笑み返し言葉を繋げた。

「何度でも言いますよ。・・・自分の心に嘘はつきたくないですからね。」

TAGAMIはその言葉を聞くと黒衣を翻し、念を送った。

<夜明けの船に戻りましょう。藩国まで送る。>
「・・・はい。ありがとう。」

小笠原で見た最後の夕焼け空は、輝く海の光であまり見えなかった。

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最終更新:2008年03月01日 23:05