瀬戸口まつり@ヲチ藩国様からのご依頼品


ちゃんと話してもらえるように頑張ろう。
 初対面の体育祭以来、つきやままつりは来る日も来る日もそう思っていた。
 瀬戸口隆之の消息を掴むために探し回って、ようやく無事を確認して。自分の心も、瀬戸口に会ってみようと踏ん切りがついたのに。
 苦節約三ヶ月の結果は、当の瀬戸口に早々にあしらわれて旅費全額返金という惨状だった。
 これでは自分ですら自分が惨めに思える。
 だから、せめて一度くらいはまともに会話させてください、瀬戸口先輩。

 忙しい心臓を抑えて、時計を見る。約束の時間まで、後五分。
 まつりは、アイドレスにログインした。
 ほんの少し、宙に浮く感覚。
「よっ……と」
 地面から数cm浮いたところにアイドレスの自分が現れ、まつりは土の地面に着地した。
 かたん、と下駄が鳴る。
 祭りに行くと決めていたから、浴衣を選んで着て来ていた。髪もひとまとめにして、首の横から流している。
 ――それはただの切っ掛け。本当は、少しでもよく見られたいから。
 急設置された街灯が眩しい。屋台の客引き、数多の話し声、それらにかき消されるような太鼓と笛の音も。
 空は晴れ上がって、くっきりと月が浮かんでいる。
 雰囲気に身を任せるだけで心が弾むようだ。
 だが、
「うう、どきどきする……」
 どきどき、というのも控えめな表現で、本当は心臓が飛び出そうなほど緊張していた。
 ――でも、このままじゃ嫌だと思ったから。
 ぎゅっと拳を握って、まつりは人混みの中へ入っていった。
 少しだけ背伸びをして、視線をあげて、すぐに瀬戸口を見つけられるように。
 ――いた。
 程なくして、まつりの目にごくごく軽い足取りで歩いていく浴衣姿の瀬戸口が映った。見逃さないようにと、まつりは睨むように瀬戸口を見つめ、小走りに近づいていく。
「あ、あの」
 瀬戸口が立ち止まる。
「こんにちは……じゃなくて。こんばんは、でした」
 まつりの挨拶に、瀬戸口は応えない。ただ冷たい瞳をまつりに投げただけだった。
 まつりは一瞬怯んだが、すぐに頭を下げた。
「先日は失礼しました」
「気にしてないから。じゃ」
「わ、わあ ちょっと待って」
 躊躇いもなく去っていく瀬戸口の後ろを、まつりは懸命について歩いた。
 思うように足を運べず、時折ふらついてしまうのは、慣れない下駄と浴衣のせいか。
「待って、いただけませんか」
 振り返りもせず、瀬戸口は言った。
「俺に恨みでも?」
「ち、違います! 逆です……」
「じゃあ、やり方が何もかも間違っているんだろうな」
「う……。そう、なのですか。私、お会いしたくて」
「そこから間違ってるんだろうな。じゃ」
 瀬戸口の歩みが早くなる。
 まつりは必死に追いすがった。
「待って」
「おまえさん、うざいよ」
 反射的に立ち止まりそうになって、もう一歩だけ踏み出す。
「ごめんなさい……」
 絞り出すように言い、まつりは追うのを止めた。俯いて、瀬戸口とは違う方向へ歩き出す。
 ――帰ろう。
 気を悪くさせるつもりじゃなかった。けれど、結果的にそうなってしまった。これだったら、前みたいにあしらわれた方が良かった。
 頬を涙が伝っていく。
 周囲は沸き、嫌でも聞こえてくる声はどれも楽しそうなのに、自分だけが悲しい。

 誰かが、ドンと肩にぶつかっていった。
 まつりは後方にたたらを踏んで、踏みとどまった。
 思いがけず上がった視界に、大きな黄色いリボンが映る。
 まさかと思い、裾で涙を拭うと、やはり東原ののみの姿が見えた。リボンに合う花柄の浴衣を着て、あちこちを見回しながらひとりきりで歩いている。
「ののみさん?」
 驚きを隠して、まつりは呼びかけた。
 ののみはまつりの声に振り向くと、まつりに駆け寄ってにこりと笑った。
 まつりも釣られるように笑い返した。だが、すぐに顔を隠して目をこすった。
 泣いていた痕跡を、ほんの僅かでもののみには見せたくなかった。
「こんばんは。まさか、お一人ですか?」
 できる限りの笑顔で、まつりはののみに尋ねた。
「えっとねー。たかちゃんとね、歩いてたんだけど……」
「はぐれちゃったの? 瀬戸口さんはさっき歩いていかれましたけど」
「ふぇー」
 目を丸くするののみ。だが、すぐに不安そうな顔に変わった。
「どうしよう……」
「や、大丈夫、すぐ見つかりますよ。そこまで一緒に行きましょうか」
「うんっ。ありがとう、まつりちゃん」
 笑顔になったののみに胸をなで下ろし、まつりはののみと手を繋いだ。
 ――絶対に見つけないと。
 瀬戸口のために、ののみのために。そしてきっと、それ以上に自分のために。
「肩車してあげられるといいんだけどね。えっと、瀬戸口さんせとぐちさん……」
 人混みの中、ののみを自分の斜め前方に置いて、腕で庇いながらまつりは歩いていく。
 瀬戸口はすぐに見つかった。
 足取りは先程と同じように軽いが、表情がひどく緊迫しているのが分かる。
 自分も緊張していたから分からなかっただけで、自分と会っていた時も、だから瀬戸口はずっと余裕がなかったのだろう。
「ああ、いた。ほら、あそこ、ののみちゃん。瀬戸口さんが」
「どこ?」
 ののみは背伸びをして、飛び跳ねた。
 ののみの低い身長では、視界が人に遮られてしまって見えないのだろう。何度も飛び跳ねて、まつりの指す方向を何とか見ようとしている。
「ちょっと待ってね」
 ののみは飛ぶのを止めて、うん、と頷いた。
 まつりは心持ち大きく息を吸うと、声を張り上げた。
「瀬戸口さん! 迷子の瀬戸口さん!」
 気づいているのかいないのか。瀬戸口はまつりの方を向こうとしない。
「ののみさんが!」
 瀬戸口は目を細めて、うるさそうにまつりを見た。が、まつりの元にののみがいることに気づくと、人を押し退けて走ってきた。
 ののみを、まつりから奪うように抱きしめる。
「……はえ?」
 肩を震わせて、「良かった」と呟く瀬戸口。一方、ののみは不思議そうに首を傾げていた。
「よかったですね。ののみさん、ごめんね」
「うんとね、えっとね。まつりちゃんはなぜあやまるんですか?」
 泣きそうになるのを堪えて、まつりは微笑む。
「人混みに呼び出したのが私の勝手だったからです。ご一緒ならはぐれるとは思わなかったんですけど……、ごめんなさい。
 せめて楽しんでいってくださると嬉しいけれど」
 ののみは笑った。
「二人よりみんなでまわったほうがたのしいよ? ね、たかちゃん」
 瀬戸口はののみを離すと、ののみの頭を撫でた。
 ずいぶんと落ち着いたのか、優しい表情でののみを見ている。
「そうだな」
 まつりは驚いて瀬戸口を見た。
 瀬戸口はののみの手を取って、ゆっくりと歩き出そうとする。
 一瞬の逡巡の後、まつりは二人の後ろにそっと付き従った。
「お邪魔にならないように今だけ、今だけご一緒させてください」
 ののみは振り返って、一歩後ろへ下がった。まつりを見上げてにっこり笑う。
「いこ」
 まつりの手を握って、引いていく。
「うん、ありがとう」
 上擦りそうになる声を抑えて、まつりは答えた。



 色鮮やかな祭りの会場を後にすると、まつりはその足で雑貨屋へ行って金魚鉢を買った。
 帰宅してからは何をするよりも早く鉢に水を張って、腕に提げていた安っぽいビニール袋の中見をごっそり移し替えた。
 球形の金魚鉢の中で、紅白二匹の金魚がゆったりと泳ぎ始める。
 その様子を見てまつりは微笑んで、少し照れた。
 最後に訪れた金魚すくいの屋台で、瀬戸口が金魚をすくう時、浴衣の袖が濡れそうになるのを見て押さえてようとして、しがみつくような格好になってしまったのが思い出されたからだった。
 それから、ののみの屈託のない笑顔を。
 ――今度は、初めから二人とも呼ぼう。
 はぐれさせないように。心から楽しんでもらえるように。
 私も、今日は楽しかったから。
 そうだ、ピクニックにしよう。お弁当を沢山作って、景色のいいところで三人で食べよう。
 心が躍る。次に会える時が、本当に楽しみに思える。

 今日からしばらくは、心安らかに眠れそうだった。


作品への一言コメント

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  • ありがとうございました。描写が克明すぎてあのとき痛かった心臓まで思い出しました(笑) ののみちゃんがかわいいです。(掲示板の方)メッセージもありがとうございました。 -- 瀬戸口まつり@ヲチ藩国 (2008-02-27 00:16:20)
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引渡し日:2008/02/25


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最終更新:2008年02月27日 00:16