東西 天狐様からのご依頼品
/*/
――――――東西天狐は海岸に辿り着いた。
少し荒くなった呼吸を整えながら、駆けて来たその足を止める。
―――ザッ――と立ち止まる足音がやけに体に響いた気がした。
彼の立つ場所からは、夕陽に照らされ彼女の名前のように紅く煌めく海岸が見える。
海岸にはいくつかの岩が並んでおり、そのなかでも一際日当たりが良さそうな岩に夕陽をバックに大きな獣と女性のシルエットが見える。
彼女は、―――結城火焔は他の岩に比べる一回り大きなその岩にぽつんと座り込んでいた。
傍らのコガが寄り添い、日が沈むなかにおいて熱を失いつつある潮風から彼女を守るように風上に体ををひねらせた。
時が昼間ならば、一見のどかな風景に見えるだろうそれも、だからこそ彼の心を締め付ける。
『勢い込んでここまできたけど、彼女を見守る行為が彼女の負担になるので無いのか』
と、ふと思ってしまった。
彼の視線は結城火焔に向いていたが、その視界は何も移してはいなかった。
雲を見ていたわけでは無い。
ましてや暮れて行く夕日を見ていたのでも無い。
瞳に光を受けながら、尚その視界には何も移さず、ただ願っていた。
天狐の頬に当たる熱が薄れていく。彼女の座る岩の影が夕陽の傾きにつれて、少しづつ長くなる。
地に這うように伸びる影が今日という日の終わりを告げるように天狐の頬に当たる光をかき消す。
このまま今日が終わることが、彼女が泣いたまま今日という日が終わることが、たまらなく悔しかった。
東西天狐はすこしだけ空を仰ぎ、皆のアドバイスを思い浮かべ、拳を握りこんだ。
今度はその光景を少し視界に映し、結城火焔のために祈った。
――――――消えるなよ、太陽――――――せめて、もう少し――――、
そして、自分を奮い立たせようと意識して足音を立てて、彼女の座る岩の隣りの岩に近づく。
結城火焔を見る。
背中はしゃくりをあげている。
近くに誰かが来たことを感じて、泣いているところ見られているという恥ずかしさと惨めさでまた涙がぶり返したのかもしれない。
天狐は彼女の岩まで約1mほどの空間を隔てた隣りの岩で彼女のために祈ることを決めた。。
少し肌寒い風が吹いた気がした―――――――――。
/*/
仰ぎ見れば、ふと釣られて視界が広がってしまうような青空。
映える真白の綿のごとき小さなちぎれ雲は悠然と風に流れる。
雲は重なりながら、そしてまた離れながら、その形を刻々と変える。
声を上げれば、何処までも 誰にでも 届きそうな青空。
悠久を見出したはずの空は変容する雲の如く、その有様を変える。
雲が風に流れるように、
――――――空は―――時に流される。
/*/
結城火焔は自分が情けなかった。
彼女は海岸の岩の一つに背中を丸めて座り込んでいる。
傍らには相棒であるコガが寄り添い、冷たく感じ始めてきた潮風への壁となっており、その気遣いがうれしかった。
それゆえに自分が惨めになったような気がして、収まり始めた嗚咽がぶり返す。
この程度のことで悲しみに支配される自身の心の弱さを恥じた。
いつものように笑い飛ばしてしまえば、暴れてごまかしてしまえれば良かったかと思った。
――――――が、今日に限ってはそれは違う気がした。
馬鹿者の如く笑い飛ばすには、愚か者の如くごまかすには今日は楽しいことが、嬉しいことが多すぎた。
ナース姿のかれんちゃんに抱きついたりとか、
今日のメンバーの中で唯一、男である天狐をからかってみたりとか、
阪明日見を抱えて、はしゃぎまわったりとか、
暴走して美少女ハンターの血を滾らせてしまったりとか、
パン食い競争でコガが全てのパンを食いちぎって逃走したりとか、
メガネを掛けて、ちょっとおしゃれを気取ってみたりとか、そして、みんながそれを可愛いと褒めてくれたこととか、
そんな今日の思い出を、「なきモノ」のようにあつかうことは出来なかった。捨てられるものではないと思った。
そして、そういうことを全てひっくるめて今日という日が楽しかったから、余計に――――――、
『クッソ! ヤバッ! また出てきたっ―――』
考え事をして、少しは収まってきたと思った涙がまた溢れ、海岸に小さな嗚咽が響く。
――――――悲しくなる。
そしてまた、結城火焔は自分が情けなくなった。
悔しさからコガの毛を掴む手に力を込める。
そして思う。
『こんなんじゃ、ただの子供じゃないか・・・。』
耐え切れなく飛び出してしまったが、あの後みんなはどうしただろう、と。
慰めに来られても私はきっとまた泣くだろう。
そして、急に居なくなってしまったことで、嫌なやつだと思われていないだろうかと。
――――――ザッ、と足音が鳴る。
『―――――ッ!!』
顔を上げる。
しかし涙が頬に流れ落ち、今の自分の状態を思い出して慌てて顔を伏せる。
急に人が来たことに驚いた。
その上、嗚咽を上げているところを見られたのかッ!!と思い、顔が熱くなる。
こうなってしまっては情け無い上、恥ずかし過ぎて、最早、誰が来たのか顔を確認することも出来ない。
コガが警戒してなかったので、辺りには誰も居ないのだと思っていた。
と、いうことはコガが警戒しないような誰かが来たのだ・・・。
足音は、自分が座る岩から約1mほど隔てた先にある岩の前で立ち止まる。
伏せた顔をそのままに視線だけを足音の主の方へ向ける。
足音の主は岩に上ろうと手を伸ばしているらしい。岩に隠れて顔こそ見えないが、覗き見える服装とコガが警戒せずに近寄らせた事から誰かは分かった。
――――――彼だ。
自分のために怒ってくれた彼らを思い出す。心配して来てくれたのだろうか、そうだとしたら嬉しいと思う。
でも、慰めの声を掛けに来たのなら――――――きっと自分を惨めに感じてしまう。
少し肌寒い風が吹いた気がした―――――――――。
/*/
いったい誰が言いだしたのか、――――――楽しい時はすぐ過ぎる、と。
――――――時が移り変わり、夜が訪れようとしている―――――――――、
太陽はその姿を隠し、水平の彼方にかすかと見える輝きだけがその存在を教えている。
かすかな輝きはほんの数分で完全に消えてなくなるだろう。
朝と夜のその狭間、海岸を煌かせる陽は次第に薄れていく。
/**/
/*/
少し肌寒い風が吹いた気がした―――――――――。
東西天狐は岩に登り、結城火焔をちらりと見る。その姿を見ていると声を掛けたい衝動に駆られる
が、送り出してくれた彼女らのアドバイスを思い出し、喉から出かかった言葉を胸に押さえ込む。
そして、彼女と同じ方向を見つめる。
「―――ぐすっ――――――、」
火焔が涙をすすり上げる声が聞こえる。
『ぐっ!!』と心の中でうめく天狐。彼女から見えない右腕を掴み、爪を立てる。
これでなんとか自分を抑えることが出来るはずだと思った。
/*/
少し肌寒い風が吹いた気がした―――――――――。
結城火焔は、隣りの岩に座った東西天狐がこちらを見ていない事に気づく。
一人(コガが傍に居るが・・・、)で居ることで保っていた緊張のテンションが緩み出す。
もう、何が悲しいのか言葉に出来ない。まだ、泣き止む事が出来ない自分が悔しくなる。
ただ、天狐が 自分を思って隣りに居ることは分かった。
火焔は少し顔を上げる。まともに顔なんて見ることは出来ないから、天狐の髪をかすかに視界に入れて、つぶやいた。
「―――――――ごめん、」
何に対して謝ったのか、自分でも分からなかった。
/*/
その声を聞いた天狐は火焔がこちらを見ている気がして、口開いた。
感情が何かを口走る前にそれを閉ざし、舌を噛む。
腕に爪を立てるだけでは耐えられなくなりそうだった。
彼女を見据えて慰めの声を掛けたい衝動に駆られるが・・・・・・、堪えて視線の位置を変えなかった。
視界には半分以上が沈んだ太陽が見える。
そして、返事として微笑んで小さく首を横に振る。
上手く笑えていたか。と。そんなことが気になってしまった。
それから、彼女はまた顔を伏せる。
天狐はは、無性に自分が泣きたい気分になってしまい、せめて心だけは彼女の隣りに在れるようにと、少し潤んだ瞳を閉じてを願った。
とうとう太陽がその姿を隠す。
その日最後の陽の光は完全に隠れ、辺りが暗くなる。
海岸沿いに並ぶ街灯が灯り始める。
風が余計に肌寒くなってくる。
陽にさらされていた岩が次第に熱を失い、その冷たさが鮮明になる。
波の音がやけに澄んで聞こえてくる。
いつもより少し明るい夜のような気がして、空を見上げる。
―――――――――――――――月が、輝いていた。
天狐は視線を海と空の狭間に向けている。
そして、もしその心、願いに 体があり、手があるのなら、きっと彼女に触れていると思う程に願った。
―――――――――――バッ!! スタッ!!
突然、隣りの岩から何かが飛び降りた音がして、天狐は彼女の降りた先を見やる。
正確には岩から降りたのはコガであって、火焔はそのコガの背中にしがみついている。
火焔は、岩から見下ろす天狐の視線から身を隠すように、コガの背中の毛に顔をうずめている。
「―――――――――ほんとごめん、――――――ん、いや、ありがとっ。」
「―――――――――うん―――」
結局この時、東西天狐は結城火焔の顔をまともに伺うことは出来なかった。
――――――ただ少しだけ――思いが、彼女の近くに在れたと感じた。
/***/
――――――時はすでに夜。空を闇が包み、空気が静寂を彩る。
昼間のように燦然(さんぜん)と輝く太陽は今は無い、はしゃぎ回るには、辺りは波音と風音がかすかに聞こえるのみで、その静けさに少し気が引けてしまう。
―――――――――薄明かりの中、2人と一匹の雷電は家路を行く。
結城火焔は泣きつかれたのか、コガの上で少しぐったりした様子でその背中にしがみついている。
東西天狐は気をつかってゆっくりと歩くコガの隣りを少し早足で歩く。
火焔は気恥ずかしいのか、顔を背け、天狐の顔を見ようとはしなかった。
天狐は彼女の後頭部しか見れないことを残念がったが、彼女の悲しみが少しでも晴れたことが嬉しく、後頭部とコガを見て微笑んだ。
彼女の背中がゆっくりと呼吸で上下する。
彼はコガに視線を送り彼女の様子を問う。
コガは寝ている彼女を起こさないように起用に戦闘腕で肩をすくめるようなジェスチャをする。
―――――――――薄明かりの中、2人と一匹の雷電は家路を行く。
東西天狐は泣き疲れて寝てしまった結城火焔の寝顔を見たいと思ったが、辞めた。
出来れば、次に顔あわせる時、笑顔の彼女と笑い会いたいと思ったからだ。
天狐は大きく息を吐き、空を仰ぎ見る。
空には円い月が悠然と佇み、月光で辺りを照らしてしていたからだ。
彼はぼんやりと空を仰ぎ見、空が輝くことを嬉しく思った。
そして彼は、
夜を照らしてくれた満月に、
今は見えずとも願いを聞き入れてくれた太陽に、
彼女を裏切らなかった今日という日に――――――――、感謝した。
Fin(明日へ続く。)
作品への一言コメント
感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)
引渡し日:
最終更新:2008年02月24日 11:26