刻生・F・悠也@フィーブル藩国様からのご依頼品


そこは地の母の迷宮と言われる場所。その42階。
幾度と無く戦士たちを飲み込んだであろうその場所でまた一つの一団が地に伏した。

神本 勇哉と名乗ったその青年、刻生・F・悠也が姿を変えていたその青年もまた敗北し、"死"を迎えた。

彼には守りたい人がいた。
赤のコーダと呼ばれた、かつては敵だった女性。
失いたくなくて、がむしゃらに手を伸ばし、幾度と無く追いかけた。


しかし、その手は決して届くことはなかった。


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その日、刻生・F・悠也は教室への廊下を歩いていた。
とある人物……人物と読んで良いものかは分からないが、とにかくとある人物に会う予定になっていたからである。

教室の戸を開けると、そこには赤いチャンチャンコを着た一匹のデブ猫が寝転がっていた。ブータである。
寝転がっている姿にもどことなく威厳を感じさせるその猫こそが彼の目的の相手であった。

「お久し振りです、ブータ先生。今日は教えを請いたく、お呼びしました」

一瞬その姿に気力を奪われそうになったが刻生は気を取り直して声をかけた。

ブータは声をかけられた事に気づいたようだ。
こちらを丸い目で見つめ、承知しているとばかりに”にゃー”と鳴いた。

刻生はいすに腰掛けて、話を切り出し始める。

「ご存知かもしれませんが、俺の力が足りないばかりに、好きな子一人、守れませんでした」

ブータが頷くのを見ると、更に話を続ける。

「強くなりたいのです。単純な強さではない、強さを手に入れたい」

それは心の底からの願いであった。大切な人を守れなかった。弱い自分を変えたいと願う心の声であった。

”強いとは、弱くないことだ”

ブータはそう一言心に語りかけてきた。

「そうですね。言葉にすれば、確かにそうです」

刻生は思った。そんな事は分かっていると、だからこそ、確認するかのように呟いた。

「今の俺は、弱い。だから、強くは無い」

ブータは再度問う。

”そなたは何故弱い?”

それは幾度となく自分に問うた事だった。自分は何故弱い? 自分の弱点とは何だ?今までの戦いで、自分が負けた要因は何だったのか。

「状況に対し、冷静で居られない。そして、判断力の欠如。その2点が戦場で特に、弱点として出ていると考えています」

”それだけではあるまい”

目を瞑り、数瞬考える。

「経験不足が思い当たります」

ブータはどこか遠くを見つめるような瞳で今はもういない女性を思って言った。

”ジャンヌ・ダルクは冷静ではなかった。経験もなかった、判断力はまるでない”

「かの女性はそれでも、自軍に倍する敵軍を打ち破った・・・」

”そうだ”

何故だ……?
思いが足りないのだろうか。違う、強さとは何だ。
ジャンヌダルクが持っていた強さとは……そう考え、独り言のように自問自答する。
そうして彼はそれは「意志の強さ」だと言った。

”あの娘は、夜に震えて泣いておった”

ブータの知るジャンヌとは刻生の思い描く、物語に描かれているような英雄ではない。
強く折れない心を持った戦女神ではない……ごく普通の弱さを持った一人の少女だった。

”そんなものだ”

どこか笑うような声で、ブータは刻生の答えを否定してみせた。
彼女は、そんな単純な人間ではないとでも言うかのように。

「強いのに、夜に怯えるように弱い……しかし、強いとは弱くないこと」

”補う仲間がいた”

「夜を怖がらない者がいれば、一緒に夜を過せばいい。例え、そのものが戦に強くなくても、それは彼女が補える」

”そなたは、仲間の選び方を間違えたのだ”

心にずっと引っかかっていた部分を突かれたと刻生はそう思った。
確かに噛み合っていなかったような、そんな気は確かにしていたと。
だからこそ、彼は素直に認めた。

「そうかもしれません。どこが間違ったかが、ちゃんと見えていないのですが、納得は出来ます」

”仲間を選んだな”

ブータの語調はどこか厳しい。さもお前の弱さの根源はそこにあるのだと言うが如く。

「はい。知り合いの方で強い、と言われる方々に助力を頼みました」

”条件をつけた。違うか?”

「そうですね、戦う上で必要とされる事務と整備、そして、いつも負傷者が出て、治療できなくて失敗したので、衛生兵を
 ………この3人は職種で探しました」

”その条件は、それぞれが、心からやりたいことだったか?”

その問いには詰まった。それについては断言する事は出来なかったのである。
だが・・・だからと言って、そうでないとは思えなかった。彼らもまた望んで戦場に赴いたと思う、思いたかった。

「さきの3人については、彼らのやりたいことだった、と思います」

”ではそれ以外が、ダメだったのだな”

「ええ。その通りです。戦い方が間違っていたと思います」

”ふむ”

今度はブータが詰まる番であった。
戦いに赴いた彼らが心より望んでその戦場に立ったのならば、話は少し変わるのでないか?
自分の教えた事が当たっているかは、結局聞く本人にしか分からない事であるから当然だろうが。

「ブータ先生が、戦う時にもっとも注意を払うことはなんでしょう?」

”流れだな”

流れ……その言葉を反芻する。
幾度となく負けてきた刻生は確かに心当たりがあった。
負けそうになる時の流れ、勝利のヴィジョンが見えない時に感じる空気のようなものだけは彼は分かるようになっていたからである。

「では、その流れが悪い方へ向かう時、ブータ先生ならどの様にその流れを変えますか?」

”賭けだ”

賭け?……賭けとはどういう意味だろうか……
刻生は何とも曖昧な顔をした。

”普通はやらないことをやらんかぎりは、流れは変わらん”

「確かに、それこそ、かのジャンヌが旗一つで、敵陣に駆け込むなど、普通はありえない
 選択肢に入れていないですね。誰も死なないように。それで判断から除外されていた」

”とはいえ、計算から大きく外れても、いいことはない……ぎりぎりを狙うのだ”

「奇跡を願うのではなく、丁か半か。それなら、確かに賭けに値する……どうせ負けているなら、勝てれば儲けもの」

ブータは重々しくうなずいた。分かってきたではないかと満足気にも見える。

「では、戦闘の前。準備の段階で心掛けることをお聴きしてもよろしいでしょうか?」

”裏をかくことだ。裏をかかねば、勝てん”

「敵の予想しないことをやる……」

成程と思いながら、刻生はやはり確認するように呟く。
そもそも迷宮と言う相手のホームグラウンドに足を踏み入れる以上、不利は当然なのだ。
となるとセオリー通りの行動は相手に付けいる隙を与えているようなものである。と
ぶつぶつと呟く刻生を見ながら、ブータは更に続ける。

”相手は、必ず裏をかいてくる
 裏というのはよみやすい。表の裏が、裏だ
 今歩兵が活躍すれば戦車が、戦車が活躍すれば飛行機が”

同じ手は通じない。つまりはそういう単純な事である。戦にとっては極当たり前の事だが、確かに出来ていなかった部分であった。

「後手に廻っていました」

”次の裏を、探せ”

「はい。今、出ていない。新たな戦い方を
 戦が生き物とは、よく言ったものです」

肩を竦める刻生

”所詮は裏のかきあいだ”

「ああ、裏のかき合いでも速度が足りなかった。
 そう言う訳だ。…………追いつけない筈だ。彼女に」

また自分の未熟さを把握して苦笑する刻生
それを見たブータもまた笑うように”にゃー”と鳴いた。




作品への一言コメント

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  • ありがとうございました。ブータ先生が雄雄しくて素敵です。ああ、おししょー! 歴戦の勇士の渋さが(身悶え中)  -- 刻生・F・悠也 (2008-02-28 00:24:23)
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最終更新:2008年02月28日 00:24