No.218 神室想真@紅葉国様からのご依頼品


紅葉ルウシィ、という女がいる。
眉目秀麗職業藩王、質実剛健という言葉は、あまりピンとこない。光モノを愛する呪われし美脚である。
紅葉は疾走している。金髪を流し、褐色の肌に汗をにじませながら。
ザワザワと耳障りな音をたてて追ってくる影から、彼女は必死に逃げていた。
息が荒い。口が乾く。肺が痛い。もうとっくに林から抜け出たというのに、辺りは森の中のように暗かった。

「敵か!!敵性存在だからかー!!」

空を覆う影に振り返りもせずに紅葉が叫ぶ。
手足を振って走っていた紅葉は、音と空気の流れの微妙な変化から迫る影が加速するのを感じて足を止めた勢いで後ろにのけぞる。
一瞬遅れて紅葉の頭のあった位置をスピアの形をした影が貫いた。
反応の遅れた前髪の毛先が影に擦られて弾け飛ぶ。
膝を曲げて地面と平行に立ち、鼻先5cmの高さを通り過ぎて行く影の関節を見送って、紅葉は周囲を確認した。
少し離れたところを紫色の髪の少女が涙を流しながら走っている。
気絶した人間は他の人間に掴まれて影から逃れているし、かなり離れたところには点のように見える黒い虫を払っている川原雅と神室想真がいた。

「そっちはGが多い!こっちだ!」

神室の叫び声に反応して頭を振る紅葉。
重心移動を利用して跳ねるように方向転換、四肢で地面を押さえる。
黒い虫が頭上を通り抜けたのを確認し、そちらに走り出そうと地面を蹴って、掌を自分に向けて首を左右に振る川原と神室に気付いた。

「いや、紅葉さんはそのままGごと海へ!」
「……なにー!!」

走り出しかけたまま空中に停止して絶叫する紅葉。
踵で土をえぐりながら勢いを殺して海に向き直り、海と自分の間にたまっている黒い虫に顔をしかめる。
ゲリラらしくガラスを破って突入する体勢で黒い虫の塊を貫き、海に向かって走りながら隣に現れた美形に目線を向けた。僅かに美形の額が赤い。

「だからICBMを使えと!」
「私らも死ぬわい!!」

切羽詰まったような顔で叫ぶ千葉を蹴り倒して紅葉は加速する。
影に取り込まれたサンダルと千葉に目礼して、そのまま海に飛び込んだ。
目を開いて小笠原の透明な海を深く深く潜っていく。纏わりつく袖を裂いて、更に沈んだ。
海面上では影の中でも特に速かった先頭の黒い虫数十匹が盛大な水飛沫に巻き込まれて海に落ちている。
金のりんごに反応して海中に突入しようとした残りの黒い虫は、やはり盛大に噴き上がった炎に飲み込まれた。

「よし!」

煙を上げながら黒い虫が次々に海面に落ちる。
群れでいたせいで燃え上がる先から、次の黒い虫へと火が移り、浜辺の戌人がバーナー片手にガッツポーズを作る。
水面越しでもはっきりと見える炎に、水中の紅葉は目を細めた。

「うーん、派手ねぇ。…うん?」

口から酸素を吐き出しながら足を動かして炎から逃れる紅葉の足に、硬いものが当たる。
何かは分からないが泳ぐのを手伝うように押されているので構わないことにして、紅葉は火の海から脱出した。
濡れて張り付く髪と、油膜のせいか沈まずに顔の近くへ流れてくる黒い虫に顔をしかめ、立ち泳ぎで足元を確認する。
ゆっくりと浮上するモザイク。彼女の泳ぎを手伝っていたのは2メートルほどのフナムシだった。
紅葉を押したのは偶然ではなかったようで、海面に浮き上がったきり動こうとしない。
時々波に流された分を戻ろうと泳ぐので、用があるのだろうと紅葉は推測した。

「エレン シラ ルメン オメンティエルボ」

手を振りながら立ち泳ぎの紅葉が挨拶する。
フナムシはこくりと頷いたように見えたが、意味はなかったようでその後も腕を振ったり頭を振ったりを繰り返している。
その度に口から涎のようなものが飛び散って、海や紅葉の顔に落ちた。乱暴に涎を拭って紅葉が腕を組む。

「うーん、なにを主張したいのかよくわからん。」

首を傾げる紅葉。わしゃわしゃと音を立てながら口を動かしながら、同じように首を傾げるフナムシ。

「藩王様、そっちは任せましたよ!」

聞こえた叫び声に浜辺に顔を向けて頷く紅葉。
直後、膝辺りまで海に入っていたソーニャと結城玲音が黒い虫に囲まれたのが見えて微笑を浮かべたままフナムシに向き直る。
海面にぷかぷかと浮かんでいたはずのフナムシは立ち上がって肢を広げていた。

「…あらあら?」

カサカサと音を立てながらフナムシが関節の限界まで肢を広げる。心なしか、呼吸が荒い。
遠くでソーニャの悲鳴がしたのと同時に、フナムシは押しかかるように紅葉に抱き付いた。


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一方、浜辺。
川原は、海上で燃え盛る黒い虫の塊から白く長い指と黒く細い袖が生えるのを、確かに見た。
何かを探るように震えていた掌がきつく握られる。軽い爆音。黒い袖が少し焦げる。
小さな爆発を数回起こして巨大な塊の一部が吹き飛び、ボロボロになった紅葉のサンダルが水面に落ちる。

さっきまでそこに居たはずの黒服を着た白い手の主は、もうそこには居なかった。

/*/


交尾針を出したままフナムシが波に揺られる。
腹を見せて気絶しているフナムシに気絶させた本人である紅葉は説教をしていた。波に流されて少しずつフナムシが離れていく。

「逃げるのか、卑怯者ー。」
「ルウシィさん、大丈夫!?」

ばしゃばしゃと泳ぎながら近付いてきたソーニャと結城に手を振る紅葉。
ぴくぴくと動いたフナムシの肢を見てソーニャは2メートルほど離れたところで止まった。

「岸に戻りましょう、ここは危ないです。」
「そうね。…うん?」

ソーニャは遠くから、結城はフナムシを押しのけながら紅葉を呼ぶ。
フナムシを一瞥して浜に戻ろうとして、遠くから聞こえた噴射音に3人は沖を見た。

「…もしかして、本当に魚雷?」
「…まさか、千葉様…、」
「逃げなさい!」

叫んで紅葉がフナムシを蹴るのと同時に、岸へ向かって3人が泳ぎ始める。
全力で泳ぐよりもなお速い速度で、魚雷が最初よりは随分小さくなった黒い影に迫る。

「千葉!!私ごと吹き飛ばす気かー!!」
「ルウシィよ、共に眠れ。」
「エミリオ、式神で魚雷を迎撃して!」
「えー。」

眼鏡がなくなった千葉と岸で待つエミリオからあまり嬉しくない返事をされて紅葉とソーニャの顔が歪む。
直後、不意の後ろから押される感触にソーニャが軽くパニックに陥った。

「な、なんか硬い…、」
「ぎゃーあんたも隠れなさいよー!!」
「やっぱりー!!」

再度フナムシに泳ぎを手伝われ、ソーニャと紅葉は口々に感想を叫ぶ。
全力で泳ぐより速度は上がっても、やはり魚雷よりは遅い。次第に近付いてくる噴射音に、涙目のソーニャは目を伏せた。


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再び、浜辺。
かれんは空を飛んでいた。指示通り、水中にいる人間を拾い集めては肩の上に重ねる。
重ねた人間が死なない最高速度で飛び、最後に紅葉とソーニャを拾って二人の後ろに泳いでいたフナムシに気付いた。
口の動きが「頼む」と言っているように見えて、敬礼する。フナムシが笑ったように見えたので、かれんも笑った。

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「帰還します。」
「えっ、何?何??」

ソーニャが再び目を開けた時、彼女は人間サンドイッチの一番上に居た。
ぐらりと傾く人間サンドイッチに小さく悲鳴をあげながら慌てて落されないようにしがみつき、目をきつく閉じて地面に着くのを待つ。
かれんが岸に着地した直後、背後に爆音が響いた。
巨大な水柱が立ち、黒い虫に紛れて魚が空を飛ぶ。
一瞬前まで紅葉たちの居た場所は、水が吹き飛んで海底が見えていた。
雨のような海水と、それに交じった黒い虫が浜辺に降り注ぐ。
足元に落ちた妙に巨大な肢を見て紅葉は眉を寄せた。べしゃっ、と嫌な音を立てて黒いモザイクが紫の髪に落ちる。

「ソーニャさん、頭の上…。」
「……………いーーーーーやぁぁぁぁあぁぁ!」

何度もエコーを響かせながら悲鳴をあげてソーニャが倒れる。ソーニャが最後に見たものは、泣きそうな顔のエミリオだった。







作品への一言コメント

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  • 遅くなりましたがありがとうございました~。やはり藩王様の言動が素晴らしい気がします。そして、黒い悪魔のザワザワ感が何だか鮮明に思い出されます… -- 神室@紅葉国 (2008-03-25 18:10:40)
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最終更新:2008年03月25日 18:10