金村佑華様からのご依頼品


/*フラット・エリア*/



 なんだか最近慣れてきたよな、と思いつつ、浮遊感に身を任せる。
 落下の感触。周囲には何もなく、手を伸ばしたところでただ空を掻くだけ。吹き付ける風は心地良く、不安なのは、落下した後の事。水辺ならいい。地面だったら痛そうだ。岩だったらどうしようかと思って、まあ、なるようになるだろさと楽観的に考えた。少なくとも、そう、落ちている間は落ちる事を楽しめる。操縦桿がないのだけがちょっと寂しいけど。
 あ、でも。
 前みたく、人にぶつかったりしたら嫌だな、と思った。人様に迷惑をかけるのは好きじゃない。
 と、そこで少し思い出す。ふいに、へこんだ。
 だって、そう、あいつとはこう……どうもうまくかみ合わないのだ。何となく、こちらがずれている気がする。いや、こっちは普通だ。変なのは向こうだ。あ、でも、嘘を言っている風じゃないのがおかしなところなんだよな……。もっとも、嘘なんか見抜けないけど。
 名前は、そう、たしかカナムラ……えーと、ユーカだ。いきなり昼食を一緒に食べたり、ちょっと先の話をしたり、まあ、変なやつ。
 で、あいつと会う前には、いつもこうやってどこかに落ちているから、落ちている途中でまた彼女と会うんだろうと察しがついた。
 それについて、自分がどう思っているのかはよくわからない。会わない方がいい、とは思う。何となくだが、この状況については察しがつき始めていた。だが、詳しく説明する事だって、本来なら良くない事だし、正直、まっとうな人なら信じない。

 この時点で、小カトー、少しぐるぐるしている。変なやつ言った直後にいや、あいつはまっとうだからとか言っているあたり激しく論理破綻中であった。

 まあ、いいや。会うなら会うで、会ってから考えよう。あんまり頭良くないんだから、あれこれ悩んだって仕方ないだろう、うん。

 小カトーが鳥居の前に落着したのは、そんな結論を下してから、きっかり一秒後の事である。

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 そして予想は的中した。「ショウ君! 大丈夫?」という声を聞き、駆け寄ってくる姿を視界の端にとらえたとき、小カトーはなんとも言えない感慨にふけった。多分そうだろうとは思っていたが、やはり、実際そうなってみるとびっくりする物である。
「今度こそ落ちないようにふさがないと」
 そういいながら起き上がる。金村はなおも心配そうではあったが、それよりは、嬉しそうに見えた。一帯何が嬉しいのかはよくわからないけれど。
「えっとね、これから初詣行くんだけど、一緒に行く?」
「ああ。いいよ。どうせ最後だし」
 今度こそ落ちないようにしないと。そう思いながら言うと、一瞬だけ、彼女は表情を消した。だがこちらがそれを確信するよりも早く、彼女は笑顔を取り戻す。小カトーはその表情を見逃さなかったが、結論は保留した。
 どうして保留する気になったのかは、よくわからなかった。
 金村は微笑むと、小カトーの手を取って歩き始めた。なんだか子供みたいだなー俺、と思いながら、鳥居をくぐり、階段を上っていく。静かな道。左右に植えられた木々のざわめきが、潮騒のように響いている。人の気配は全然しない。
 のんびりと歩いていたが、すぐに境内にたどり着いた。やはり、人気は全然無い。関西では十日えびすなんだけどなぁと、金村が小さくつぶやいた。小カトーはそれをじっと見ている。
 はて。彼女は何がしたいんだろう。今更ながら考える。思えば、そもそも、こんなに人気のないところに来てどうするというのか。もしかして嫌われているのだろうか、と一瞬考える。
 そんな事は関係無しに、金村は奥に進み、賽銭箱に小銭をいれると何か、拝むように目をつむり、祈った。小さく口が動いていたけれど、何を言っていたかは聞き取れなかった。
 まあ、そう言う事をするんだろう。小カトーは何とはなしに同じように振る舞った。祈るとしたら、何を祈ろうか。
 二秒ほど考えて、一つだけ祈ってみた。
 すると、ふいに金村がこちらを向いた。
「えっと、神社でお参り。知らない?」金村は軽く手を振ってジェスチャ。「小銭入れて、願い事叶うよう祈るの。鈴鳴らしてから」
「あー。彼女できますように」適当に言ってみる小カトー。
「それでこの間騙された所でしょ」少しむっとした風に金村は言った。手の甲をつねられる。
「そう?」
「貴方人がいいからすぐ騙されるでしょ。お願いだから気をつけて。知ってる人だからって平気で騙す人もいるんだから」
 そう言うと、金村は少しため息をついた。それからどこか遠い目をして、何かをこらえるような口調で、言う。
「……心配するからお願い。知らない人もそうだけど、知ってる人にも気をつけて」
 何を言っているんだろう……とは、思わなかった。何となく、言いたい事は想像がつく。だがそれは、こちらが考えてはいけない事。こちらが知ってはいけない事。そして彼女も、言ってはいけない事。
 詮索はしてはいけない。すべきじゃない。小カトーは笑って茶化した。
「例えばお前とか?」
「えっ?」戸惑う金村。うーんと言って首をかしげた。「ショウ君はどう思うのよ?」
 小カトーは笑った。その答えなら、決まってる。
「俺は疑うくらいなら騙されるよ」
 そう言ってから、何とも言えない気持ちになる。――きっと、そう言うと思っていたから、彼女はあんな事を言ったのだろう。
 そしてその想像を肯定するように、彼女は微笑んだ。
「……そういう所が好きよ」
 軽く手を引っ張られる。悪い気はしなかったが――悪い気しか、しなかった。

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 たぶん、こうしているだけでも行けない事。今はきっと過去で、自分は未来の存在だ。そんな事を知っていたから、こんな風に、複雑な気持ちになるのだろう。
 悪い気はしない。
 けど、悪い気しかしない。
 少し嬉しいと思う気持ちと、それと同じくらいの罪悪感。
 お互い忘れられたら幸せなんだろうと思う。
 もっとも、あいつ、以外と頑固だから。もしもそんな事を言おう物なら、きっと――いや、絶対に否定してくるだろう。
 まったく。世の中、ちょっと難しすぎると思う。
 そんな風に思いながら。あの後、彼女から渡されたお守りを持ち上げる。健康祈願と書かれた小さなお守り。
 まあ。このくらいなら、いいよな。
 何となく悪戯をしているような気になったが、まあ、それはそれでよしと、小カトーは自分を騙してみることにした。

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 勿論。
 本当は、騙してなんかいないのだけれど。





作品への一言コメント

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  • 本当にありがとうございます! 小カトーが可愛くって仕方なかったです。本当にありがとうございます。 -- 金村佑華@FEG (2008-02-17 10:53:48)
  • ご感想、ありがとうございました。喜んでいただけたのなら幸いです。――またのご依頼を、お待ちしています。 -- 黒霧@無所属 (2008-02-17 15:13:51)
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最終更新:2008年02月17日 15:13