睦月@玄霧藩国様からのご依頼品



 夜。

 それは一日という時間の中でもっとも神秘的な時。

 それは時として人に出会いを与え、新たなステップへの一歩を踏み出させる……


/ * /


 ということで唐突だが、深夜である。
 犬の遠吠えもなく、ただ波の打つ音だけが静かに響く時間に、睦月は目を覚ました。
 どうも嫌な胸騒ぎがする……。こういうときは同僚の越智(注 男)が朝からふりふりの服を着て現れたり、影法師が靴下を狩りに突入してきたりと、いいことが起きた試しがまったく無い。
 どうする? この場合嫌な予感の現況はおそらく学校にいる気がするのだが……。
 迷ったらすぐ行動。Aマホやらなにやらで培った決断力で、睦月は幻影使いの杖を片手に飛び出す。
 と、案の定すぐに激しい戦闘音が聞こえてきた。
 ハンマーで地面を殴るような、けたたましい轟音。格闘戦が行われているのだろうか。
 やはりというべきか、場所は校庭である。
 睦月は自分の実力と、格闘戦を繰り広げているであろう対象の力量差を素早く考慮し、杖を振るった。
 薄いベールが、辺りを包むように広がり、睦月の姿を風景と同化させていく。
 睦月は近くの窓を覗きこんでそれを確認すると、学校へ向かって走り出した。



 学校までの間には特に障害もなく、すぐに到着した。
 幻に身を隠しているのを忘れてこそこそと校庭へ侵入する。
 影から肯定の様子を伺うが、特にこれといった戦闘痕は見当たらない。気のせいだったのだろうか……?
 ぼやーっとしていると、再び轟音が鳴り響いた。昼に工藤が殴っていた楡の木の方向だ。
 予測通り過ぎてあちゃーとか思いながらこそこそ楡の木へ移動する。隠れなくてもいいなんてことはすでに頭からぶっ飛んでいた。
 校舎の作る影の中を走り、たどり着いた先。そこにはやはりというべきか、独り楡の木に向かって格闘している工藤の姿があった。
 睦月は熱心だなあとか思いながら、邪魔にならないよう隠蔽を続けてその様子を見守る。某野球アニメの登場キャラに似たようなキャラがいた気がするが、気にしないことにした。
 そして暫くしないうちに、工藤はぶっ倒れた。体力か気力かのどちらかが切れたのかもしれない。
 仰向けになって、小さく胸を上下させながら夜空を見上げている。まるで少年漫画の主人公のようであった。外見がこの上なく美しい女性でなければ。
 頭の中をあわあわさせながら、睦月は近くに自販機に向かう。うっかり隠蔽をといたことにも気づかずに。

「だれ?」

 気づいた工藤が上半身だけをがばっと起こし、問いかける。
 睦月はなんと答えるか一瞬迷った後、なんのひねりも無く自分の名前をただ名乗った。

「ちょっと寝付けなくて散歩してたんです。そしたら工藤さんがドカドカやってるの見えたので。ほら、これ」

 睦月の投げる缶ジュースを、工藤は受け取り、無言で飲み始める。
 その様子を苦笑いしながら、睦月も自分の分を飲み始めた。

「駄目だ……」
「何がですか?」

 唐突に呟かれた工藤の言葉に、睦月は首をひねる。

「体が、ついていけない。パワーがない。体が弱いんだ。くそ」

 工藤の握った缶が音を立てて拉げた。まだ残っていた中身が、缶と手を伝って地面へこぼれる。

「…………。工藤さんは、どうなりたいんですか?」

 睦月の言葉に、彼を見る工藤の表情がきょとんとしたものに変わる。

「工藤さんはどんな強さが欲しいんですか?」
「英吏をぶっとばす」

 工藤は迷わず答えた。睦月がため息をつきながら、苦笑いを浮かべながら続ける。

「……ただ誰かをぶっ飛ばす為の強さなんですか?
 僕はてっきり・・・工藤さんが欲しかったのは心の強さだとばかり思ってました。
 涙を流しても心だけは泣かない。どんなに負けても心だけは負けない。そんな強さが欲しいのだとばかり」

「……だって、むかつくんだ」
「むかつく物は全部殴るんですか?」

 十分に時間をとって出した工藤の応えに、睦月は間髪いれずに追い討ちをかける。

「むかつく物を全部殴る為だけに力を得るのなら、それはただの暴力です。強さじゃない。それは弱さだ」

 うわごとの様に工藤は繰り返す。

「でもむかつんだ……」
「……一番むかついてるのは自分自身に じゃないんですか?」

 子供のような工藤の言葉を、睦月は好きだからこそ一蹴する。
 そして止めを刺した。

「自分自身にむかつくから、でも、どうして良いか分からないから……。だから、他に吐け口を求めているのではないのですか?」
「……貴方に私の何がわかるの?」

 工藤が起き上がり、校門へ向かって走り去る。
 その軌跡を追うように、数滴の涙が地面を濡らしていた。


/ * /



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最終更新:2008年02月16日 15:11