はる@キノウツン藩国様からの依頼より



男の人は嫌い。大嫌い。
 私をいじめて面白がる人なんて、大嫌い。
 いじめられるのはあんなに悲しいのに、どうしてそれが分からないんだろう。
 いじめてこない人だって、最初だけ親切そうな顔で話しかけて、すぐに距離を取る。
 私が嫌いだから? 分からない。分からなくて気持ち悪い。嫌い。
 だから、女の子が好き。いい匂いがするし、……私をいじめてこないから。
 でも、青森の小隊で過ごして、私は少し変わったのかもしれない。
 男の人は相変わらず怖いけれど、前ほど気持ち悪いとは思わなくなった。
 気持ち悪いと、思いたくない人ができた。
 三年も前に、こんな気持ちはなくなったと思ってたのに。



 小笠原は暑かった。
 潮の変な匂いもするし、いつも体中に何かがべたべた張り付いているような感じで、雪ばかりの青森が懐かしくなった。
 青い空も眩しい太陽も嫌で、特に来たばかりの頃は、青森にいた時よりもずっと目深に帽子を被って過ごしていた。
 今は、違う理由で帽子を深く被っている。
 目の前に、竹内さんがいるから。
 お昼休み。小笠原分校の屋上に、私は立っていた。足を棒みたいに突っ張らせて。そうじゃないと震えて力が入らなくて、座り込んでしまいそうだった。
 心臓がすごくどきどきしてて飛び出そうで、両手で胸を押さえた。
 竹内さんの顔なんてとても見れなくて、俯いて、ぎゅっと目を瞑っていた。
 お願い、早く言って。返事を聞かせて。泣きそうだよ。
 でも、聞きたくない。言わないで。ごめんって言われたら、きっと泣いてしまう。
 竹内さんの声が、聞こえた。
 何を言ってるのか分からなくて、思い切って顔を上げた。
 眼鏡のレンズのせいで少し曇って見えたけれど、竹内さんはとても真剣で、ほんの少し悲しそうだった。
 思わず、私は走り出していた。両手で帽子のふちを掴んで。
 階段を下りて、下りて、人の足が見えた。誰かが私の前に立っていた。
 横を通り過ぎようとして、その人が白いズボンを履いていることに気づいた。
 男――!
「あ……あ……」
 体がすくんで、立ち止まってしまう。震える足が、ほんの少し後ろに下がった。
「……と、すまん。浅田の話を……」
 低い声。嫌、嫌だ嫌だこっちに来ないで!
 何とか踵を返して逃げようとした。でも、今度は後ろから捕まえられた。
「遥ちゃん!」
「はなして……離してよ……!」
 嫌だよ怖いよ。なのに、何で何で――!
 逃げようと暴れても、離してくれない。
「遥ちゃんお願い、待って」
 ――女の子の声?
 よく見れば、私を捕まえている手は黒くて小さかった。それに、捕まえているというよりは、しがみついているみたいだった。
 私を捕まえている力が、少し弱くなる。
 振り返ってみると、小さな女の子がそこにいた。色黒で灰色の髪の、可愛い女の子。
 彼女の姿を見て、私は泣き出してしまった。嗚咽も涙も堪える気が起きなくて、彼女にすがるみたいに、わんわん泣いた。
「駄目だよ遥ちゃん……可愛い顔が台無しだよ……」
 ハンカチだろうか、何か柔らかいものが優しく頬に触れた。
 手の甲で目をこすって見てみると、彼女が心配そうな顔で涙を拭ってくれていた。
 涙が、もっと溢れてくる。
 わたし、なんでないているんだろう。
 こんなに優しくしてもらって、心配してもらってるのに。

 けれど、ハンカチはふいに私から離れていってしまった。
 ああ、彼女も私と距離を取ることにしたんだ。そう思って、胸が苦しくなった。
「……危ない」
 予想外の、彼女の鋭い声。
 どうしたんだろう。
 涙を拭ってみると、霞む視界に大きな動物の姿が映った。
 赤い縞の黄色い毛皮、赤いたてがみ。赤い尻尾は勢いよく振り回されて、私の方に向かって来る!
 ぶつかる……! 思わず目を瞑って、体を縮ませた。
 案の定何かがどん、とぶつかってきて、私は尻餅をついた。
「――!! 浅田!! 吉田!!!」
 恐る恐る、目を開く。
 白いタキシードのおじさんと目が合った。おじさんは安心したように笑った。
 そしてすぐに、私に構わずにさっきの大きな動物、グリンガムを叱り始めた。
 グリンガムはもう尻尾を振っていなかった。動物だからよく分からないけれど、おすわりをして落ち込んでいるように見えた。
「……え? あれ?」
 なんとも、ないの? 絶対にぶつかったのに、お尻が痛いだけだ。
 私は自分の体を見回そうとして、黒い肌の彼女に抱きつかれているのに気づいた。
 ぶつかった、と思ったのは彼女だったみたいだ。
 彼女は照れ笑いを見せて私から離れると、遠く廊下の方を振り返った。
「た、竹内さん……」
 そうだ、私――――。
 私は俯いて、帽子の鍔を思い切り引っ張った。
 全部分かってしまったから。何で泣いていたのか、何で逃げようとしていたのか、……竹内さんが、何を言っていたのか。
「遥ちゃん。もう、私の顔も、見たくない?」
 ずっと私に付き添ってくれていた彼女――浅田さんといったはず――が、悲しそうに言った。
 竹内さんの名前を聞いて私が悲しくなったのが、自分の責任だと思っているんだろう。
 私は首を横に振った。浅田さんは何も悪くないから。彼女になら、言えそうだったから。
 今になって涙が止まっていたことに気づいて、私はまた泣きそうになるのを歯を食いしばって堪えた。
「……ふられちゃった。ふられちゃったよ」
 そうだ、私、ふられちゃったんだ。



引き渡し日:2007/


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最終更新:2008年02月13日 23:28