No.62 詩歌藩国さんからの依頼


地竜と迷い人 (詩歌藩国3時間ゲームより) ―詩歌藩国の皆さまに捧ぐ―


地面が、揺れた。
お祭会場から少し離れた林の中で、葉崎京夜は思わず噴出した。
ユータが塔に集合と言い出したときは何事かとおもったが、こういうことだったのかと今更ながらに納得する。
揺れはどんどん激しくなり、ついに地面がぱっかりと大きな口を開ける。中から出てきたのは、真っ黒い、大きな蜘蛛のような形をした機械。俗に地竜と呼ばれる、ユータの兄その人だった。

「! ドラゴン…!」
「わあ、お兄さんこんばんはー!」

須藤鑑正と豊国ミルメークのそれぞれの反応が随分と対照的であるが、まあどちらの気持ちもわからなくはない。
もともと、詩歌藩国に滞在しているユータとそのお兄さんである。
実際目にしてまあ、驚くのも仕方ないといえば仕方ないし、逆に親しみを感じてにこやかに挨拶するのも当然なのである。
とりあえず、詩歌藩国の面々も各々に地竜を見上げつつ挨拶した。
ユータが舌打ちのように聞こえる機械語で何事かを兄と話している横で、一緒に祭に参加しに来ていた森精華と茜大介も地竜を見上げて呆然としていた。
共に詩歌藩国滞在中ではあるが、こんなのを見たのは初めてだったのである。

「なんだ、こいつ」

茜は考えてみるが、こんな機械は見たことがなかった。人型戦車なら嫌というほど見てきたが、それとはまた全然違う。
驚きの眼差しで見上げていると、茜の横ではその義姉が陶然としたように呟いた。

「綺麗……」

驚いたのは茜である。いや、他の人間も驚いてはいたが、そこはそこ。森さんだしなぁという意識のほうが強かった。

「兄さんが綺麗だってわかるの?」
「う、うち、こういうの大好き。え。え。関節駆動部分はどうなってるの? きゃー」

生粋のメカニックである森からすれば、こんなに美しい多脚戦車を見られてテンションがあがらずにはいられないというところである。
黄色い悲鳴を上げながら、浴衣を着ていることも忘れてユータの兄のところへ近づいていった。

「森さんは、見る目あるから!」
「森さんに整備してもらえればきっと喜んでくれますよ!」

星月典子や駒地真子も口々にいうが、ユータの兄に夢中な森にはすでに届いていない。
すでにマイワールドに入ってしまっているのだろう。だが、その瞳は輝いていて、茜をはじめ詩歌藩国の面々も仕方ないなとその様子を見守っている。
森にとっては幸せなひと時が流れていた。
とそのとき。ふとユータの兄の機関砲が動き出した。
その人物が近づいてきていたのに気がついたのは、ユータの兄しかいなかったのだ。
だから、その場にいた人が気づいたときには、がさりと茂みが音をたて、その人影が数歩こちらに歩いてきてからだった。
葉崎が警戒して見守る中、その人影は数歩歩いて急に力を失ったかのように倒れた。

「レーザーか?」
「え?」

フランクヤガミが冷静に分析するが、どうやらそういうわけでもないらしい。
星月がそろそろと近づいてみてみると、そこにいたのはなんとアスタシオンであった。

「あーーーーーーーーー」

竜宮が思いっきり叫んでしまうのも無理はない。
以前の戦いの折、散々苦しめられた緑オーマ。
その軍団を率いていたのが緑にして檜というオーマネームをもつ、このアスタシオンであったのだから。
正確に言えば、嫌な思いをさせられたのは緑にして腐敗のオーマネームをもつアルコーブとか言うやつだったのだが、根源力30万以下死亡という特殊をもつこの人だって、生身で普通のアイドレスプレイヤーが出会う分にはかなり怖い。
とはいえ、倒れているのを放っておくわけにもいかない。
幸いにも気絶しているためか、根源力30万以下死亡という能力は発動していないようだった。

「大神官、いる?」

詩歌が冷静に周囲の人間に声をかける。

「はーい!大神官です」

ミルメークが元気よく手を上げた。
大神官の特殊、世界解析を使えば、ひとまず根源力30万以下死亡は防げるはずだった。
とりあえずの安全を確保すれば、やはり倒れている人が心配になってくるのは人情というやつだろう。

「お腹空きすぎて、倒れたんじゃないよね?」

花陵がぽつりと呟くが、まあその可能性もなきにしもあらず、とその場にいた誰もが思った。
わたがしを口に入れようだの、水を飲ませろだの、脈と域を確認しようだの、ちょっとずれた意見からまともな意見までが出揃うなか、鼠の騎士ジャスパーが静かに口を開いた。

「助けよう。戦うのは助けた後でも出来る」

言われるまでもなく助けるつもりだったが、ジャスパーの静かな声音に詩歌藩国の面々はがらりと雰囲気を変えた。
お祭ムードもなんのその、てきぱきとアスタシオンを助ける手はずを整え始める。
その様子を見て、フランクや岩崎は苦笑していた。

「こりゃ素人にばかにされるな」
「ま、お祭りだからいいんじゃないかな」

なんのことだかさっぱりわからない発言であるが、次のユータの一言で全てが氷解する。

「単に腹減ってるだけみたい」

なんと、花陵の先ほどの発言はまさにビンゴそのとおりだったということだ。
倒れた原因が空腹とわかり、詩歌藩国の面々にもほっとした表情が浮かぶ。
以前の関係がどうであれ、目の前で人が死にそうなのは非常によろしくない。

「エクウス、あの人を乗せてもかまわないですか」

経が小声で、エクウスに尋ねる。

「どこに運ぶの?」
「保健室が分校にあるはずです。そこにお願いします。」

ベッドがあるところのほうがいいでしょうから、と経はエクウスに告げた。

「うん。わかった」

そう請け負って、目覚めそうもないアスタシオンを乗せたエクウスはゆっくりと歩き出した。
周りでは相変わらず、詩歌藩国の面々がどたばたと食料の用意をしはじめている。
その想いが伝わるかどうかはわからないが、それはとても尊いことだとアスタシオンを運びながら、エクウスは思っていた。

祭の夜は、いまだ終わらず。
さらに混迷を深めていくことになる――






大変お待たせいたしました。
完成いたしましたので提出させていただきます。
何かありましたらご連絡ください。


作品への一言コメント

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  • SSありがとうございます!「詩歌が冷静に周囲の人間に声をかける。」の、所がなんかいいです。わたわたする周りと比べると、たしかに藩王は冷静でした(笑) -- 花陵@詩歌藩国 (2008-02-11 21:59:31)
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最終更新:2008年02月11日 21:59