龍鍋 ユウ様からのご依頼




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 突然だが、竹内優斗は追い込まれていた。
 いや、半分以上自分の自爆だったりする事実は君と僕の内緒だ。
 とにかくまあ、窮地なのだ。英語でいうとピンチ。青森で形勢が傾いた時だってここまで危機的状況には早々ならなかったはずであろう。
 太陽が沈みかけたとはいえ、まもなく夏が訪れるであろう小笠原は暖かい。悪くいうなら蒸し暑い。
 彼らが学校帰りに足を止めた甘味処も、当然のように冷房がその暑さを忘れさせている。
 …………のだが、何故かその中に居ながら竹内の背中は汗でびっしょりと濡れていた。
 嫌な汗、いわゆるひとつの冷や汗というやつに相違はない。
 何を隠そう、竹内優斗は甘いものが苦手なのだ。まあそれなのにほいほい着いてきてしまったのだから救いようがない。
 ちょっとばかし後悔してみても
 ユウの「あんみつかー、竹内君は甘いの何が好き?」という問いかけに、甘いのはなんでもイケルと答えていたり
 チョコもアイスも好きだというコウに「僕と一緒だ」と言っていたり
 折角ユウが顔色が悪いことを指摘してくれた時も、大丈夫と言ってしまっている。
 どこをどの角度で見ても完全なる自爆であった。チェックメイトというやつである。
 厨房から流れてくる、砂糖を直接空気に溶かしたような甘ったるい匂いが鼻腔にへばりつく。
 思わず鼻を押さえたくなるのだがなんとかそれを堪える。
 ここで嫌な顔をしようものなら、他のみんなが心地良く楽しめないだろう。少数派である自分が我慢すればすむのだ。耐えろ竹内、友のために。
 そんなことを一人考えながら、絶妙に引きつった笑みを顔に貼り付けている竹内を他所に、周囲はなにやら出てきた店員で出てきた千葉昇を相手に、なにやらわーわーと心の声を上げながら配られたメニューを眺めている。

「そうだねぇ、みんなでバラバラなの頼んでわけっこする?」
「龍鍋さんナイスアイディア!」
「あ、分けっこ良いですねー! 竹内君、何にしますか?」
「きょ、今日はあんまり甘くないので」

 まるでこちらの考えを読んだかのようなコウの助け舟にすかさず飛び乗る。
 これが恐らく最後のチャンスだったであろうにもかかわらず、飛び乗る竹内の腰は引けていた。どこまでもお気遣い紳士である。

「わけっこいいねぇ。あ、じゃあ、わらびもち下さい。」
「酢醤油と黒蜜色が似てて騙されることがありますね! 顔近づけた瞬間気づいたりですよ」
「ずんだ餅あるや! 口直しに塩昆布付きだー!」
「じゃあ、店員さーん、甘さひかえめでおすすめなのあります?」

 そんな竹内にに気づく様子も無く、周囲はどんどん注文を確定して行く。
 微かに店員が甘味どころで甘さ控えめってどうなんだといいたげな顔をした気がしないまでも無いが、妹が同じくに出なくてしょげているのだろう。きっと。
 ただまあ、何も言わないということは恐らく甘さ控えめのメニューが存在する、ということだ。
 竹内は即座にメニューへ視線を落とす。そして玉砕した。どれも甘そうである。流石は甘味処。
 かといって下手に頼んではとんでもないことになるやも知れない……

「どれにしようかな…よし、私はあんみつでー!」

 どれが安全な品なのか、迷っている竹内に自分の分を頼み終えたコウの視線が回ってくる。
 瞬間、竹内は閃いた。

「ユ、ユウと同じのにしようかな。ぼく。あははは」

 逃げの一手。いわゆる待ったのようなものである。
 というかすぐに気づかなかったあたり、相当追い詰められている。
 だがまあ、これで安心である。とりあえず甘過ぎなければ、たぶん。
 とかなんとか勝手に納得していると、ユウとコウの2人がなにやらこそこそとしている。

「これは……ってよく考えたら下で呼んでもらってるから……ズバリ優斗君と呼んじゃうのかな? 比月さん?」
「し、下の名前で……ですか……」

 少し耳を傾けてみれば、小声の会話が聞こえてきた。狭い店内であるからまあ、仕方ないだろう。

「コウちゃん、何話しているの? あ、いいよ」

 いかにもうっかり聞いてしまったように、言われる前に構わないと言うことを竹内は伝える。まあうっかり聞いてしまったといえば聞いてしまったんだが。
 というかあんまり気にしてくれなくてもいいのに、と思わなくも無い竹内である。

「んじゃ、優斗君って呼ぶね」
「えっと、そうですー。下の名前で呼んでもらってますからね……! なので下の名前で呼ぼうと、その……優、優斗君……」

 2人がほとんど同時にいつの間にか聞いていた竹内に気がつき、返事をする。それぞれが異なった反応を見せるのが少し面白くて、竹内は自然と口元を緩めた。
 と、一緒に気持ちも緩めた瞬間さるにぁの言葉が飛び込んできた。

「あと頼んでない人いますかぁ?」

 そういえばユウと同じもの、とは言ったが実際にどれを注文するかをさるにぁに伝えて居ないような気がして、竹内はこっそり視線を合わせないように明後日を見つめる。
 爆弾は忘れたころにやってくる、というのはどうやら本当らしかった。
 今日一番の危機がきょろきょろと竹内周辺を行ったり来たりしている。遠距離からキメラの群れに狙われている気分である。
 竹内が一人見つかりませんようにとか神頼みしている間に、それに気づいたのか、ユウがこっそりさるにぁに耳打ちする。

「竹内君、お得セットを一緒に頼んでたと思うけど……多分、甘め控えめななにか」

 さるにぁはぽん、と手を打ち、明後日の太陽を探している竹内の背後にそっと近づいた。首筋に微かな汗が見えた気がするが、まあ見ないことにしてその肩を叩く。
 一瞬竹内の体が、電気が流れたようにビクッと震えた。

「竹内さんにはずんだ餅の口直しの塩昆布をあげよう!」

 万力で無理やり曲げられたように、がちがちと後ろを振り向いた竹内に、さるにぁが笑顔で告げる。
 竹内は小さく手を合わせ、感謝の言葉を述べた。


 こうして竹内はひとつの教訓を覚えた。
 軽はずみな言動は少し控えよう、と。
 …………果たして本当に覚えたのかどうかは別として。


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作品への一言コメント

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  •  ゆ……もとい(この当時は)竹内君の心情がよくわかるカンジです……それにしてもこの優斗クン(体験卓)と今の優斗クンに繋がりがあるのかどうかは永遠の謎な気がします。(笑)(この後のログで名前呼びされてひかれた。でも一応知り合いらしい。 でも聞いてみる気はないので) -- 龍鍋 ユウ@鍋の国 (2008-03-21 01:37:03)
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引渡し日:2007/




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最終更新:2008年03月21日 01:37