星月 典子@詩歌藩国さんからのご依頼品


それはまだ、世の中が平和だと信じていた頃の話。
人を知らず、世界を知らず。ただ毎日が楽しかった頃の思い出話。


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――――というわけで、私とノリーコがはじめて出会った時のことを、ここに記しておこうと思う。
あれはもうずいぶんと昔、私ことノーアが城内のごたごたもなーんにも知らずにいた子供の頃の話だ。
その日、私はある貴族の屋敷へと招待されていた。

理由はよく覚えていないのだけれど、たしか

うちの薔薇園にキレイな薔薇が咲きましたからぜひ見にきてください、とか。
珍しい異国の品物が手に入りましたので見にいらしてください、とか。
まぁ、よくある立場上の付き合いというやつだ。

まったくこんなことでいちいちウン百人もおともを従えて行列組んでいくなんて、どう考えてもムダだわ。
そもそも治安が悪すぎるのよ。私が女王だったらまず――――

(以下、ノーア姫の専門的かつ独創的な治世理論が展開されますが、諸事情により割愛されます ゴメンネ♪)

――――ってそうじゃない。今はノリーコの話だ。えぇと、どこまで書いたっけな。

そう、なにはともあれそのナーガ家の屋敷に到着したんだ。
到着してすぐに面倒な挨拶やらなんやらがはじまって、ずいぶん退屈な思いをしたっけ。
今でこそだいぶ慣れてはきたけど、当時の子供だった私にとってはとんでもなく長いように感じられたものだ。
で、すっかり不機嫌になった私は隙をみてこっそりその場を抜け出してしまったのだった。


それなりに大きな屋敷だったけど、外から見てだいたいの造りは把握していた。
迷うこともなく前へ進む。あとは誰にも見つからないように外に出るだけだ。
抜き足 差し足 忍び足。まるで泥棒にでもなった気分で廊下を歩く。
だけどまだまだ子供だった私には用心ってやつが足りなかったみたいだ。
T字になった道をどちらに進もうかと思案していたところで私は見つかった。後ろから、あっさりと。

今にして思えば、最初に私を見つけたのがあの子でよかった。他の使用人にでも見つかっていたら、逃げ出したのがバレて大騒ぎになっていただろうから。

「あれ、ノーア姫様どうしてこんなところに?」

正直にいって、私はあわてた。だって見つかるなんて思ってもいなかったし(自分では警戒していたつもりだったんだ!)急に声をかけられたってのもある。
おそるおそる振り向くと、そこにはひとりの少年が立っていた。背格好は私とあまり変わらない。年も、まぁ似たようなものだろう。
服装や、腰に差した剣からしてただの執事や侍女ということはあるまい。この家の子か、親戚の類だろう。
優しい瞳に薄いくちびる。顔だけ見ると女の子みたい。
じぃっとにらみつけてると、何を勘違いしたのかにっこりと笑顔を向けてきた。
この時の私にはいくつかの選択肢があった。すなわち

1 問答無用でパンチを叩き込む
2 近くにあった花瓶を彼の頭に叩きつける
3 悲鳴をあげて逃げ去る

……我ながらセンスのない三択だとは思うけど、子供の考えることだと思って許してちょうだい。
ともあれ、やはり1しかあるまいと拳を握りしめた私に向かって彼は
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私はノーリ。ノーリ・ナーガと申します」
そう言って少年はゆったりと礼をしてきた。
「え?あー、えっと」
いっぽう私はといえば、予想外の対応に握っていた手をほどいてみたりなんかして、さっきまでとは違う意味でおおいにあわてていた。
「道に迷ったのであればご案内しますよ。せまいようで、意外に広い屋敷ですから」
「あー、なるほど」

つまり、私が迷子になってると勘違いしてくれちゃってるわけだ。都合がいいので黙っていることにする。
「では、ご案内します。こちらへ」
もちろんこのままだとまた退屈な式典に逆戻りになってしまう。私は即座にストップをかけた。
「ちょっと待った。実はすこし外へ散歩に行こうと思っていたのだけど、案内してくれない?」
「え、でもみんな心配するんじゃ」
「……何?私の頼みが聞けないっての!?」
「す、すみません!すぐにご案内しますっ!」

よしよし、物分かりの良さは美徳だわ。
かくして私は説得という名の脅迫を成功させ、ノーリを従えて意気揚々と歩き出した。

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「へぇ、それじゃあノーリはナーガ家の跡取り息子になるわけね」
「はい、そうです。一度だけ王城でノーア様をお見かけしたこともございます」

私とノーリは屋敷のそばにある林の中を歩いていた。吹き抜ける風がじつに心地いい。屋敷の中にいるよりもよっぽど健康的ってもんだ。
さいわい話し相手もできたし、ほとぼりが冷めるまでしばらく時間をつぶすつもりでいた。

「にしても線の細い顔をしてるわね。ほんとうに女の子みたいだわ」
「あはは、まわりからもよく言われます」

ノーリは風にゆれる髪を押さえながら、ちょっとこまったふうに微笑んだ。そんな仕種も女の子らしさに拍車をかけているんだろうなと思ったけれど、言葉にするのはやめておいた。私は悪以外には優しいのだ。と、そこで突然

くるくるきゅ~

おなかの虫が鳴りだした。まっさきにおなかを押さえたのは私。顔を真っ赤にしたのも私だ。
「お、お昼を食べてなかっただけよ」
私の言い訳を聞いて、ノーリはくすりと笑いながらどこからか包みを取り出しどうぞと差し出してきた。
ひらいてみると小さなパンがふたつ。
「剣術や馬術はさっぱりなんですが、料理だけは得意なんです」
らしいといえばらしいけど。まぁそれはともかくとして出された物を粗末にするのはよろしくないし、ありがたくいただくことにした。

で、けっこうおいしいこともあってどんどん食べてたんだけど、視線を感じて顔を上げたらノーリはうれしそうにこっちを見ていた。
「なによ」
「いえ、妹がいたらこんな感じかなと」
「だ れ が 妹ですってぇぇぇ!」
「うわぁ!す、すみません!」

そう言ってノーリの首筋をつかんでガクガクと揺さぶる。

まったく失礼しちゃうわ。だって普通は逆でしょ?いかにも聡明な雰囲気をもつ私が姉で、頼りなさそうなノーリは弟なの!誰がなんと言おうとそうに違いないんだから!

そうしてじゃれあっているうちに時間はすぎ、日が沈みかけていた。森の中は薄暗くなり、なんだかちょっとだけ怖い。
「暗くなってきましたね」
「そうね、そろそろ帰りましょうか……べ、別に怖いわけじゃないからね!」
そうして二人で歩きだそうとした時に、それはやってきたんだ。

茂みの中から出てきたのは黄土色の大きなかたまり。
ぶよぶよでべとべとな、かたつむりの殻がないやつ。

「おおなめくじ……!」
「やだ、こっちに来るわよ!?」

あろうことかそいつは私達めがけてまっすぐに進んできたんだ。
ゆっくりと這いよるなめくじがひどく恐ろしいモノに感じられたことは、今でもよく覚えてる。実は軽いトラウマのようになっていて、なめくじの話を聞くと今でも足がすくんでしまうんだ。

その恐怖はノーリも同じように味わっていたに違いない。だけどひとつだけ違ったのは、そこで一歩前へ踏み出せる勇気を持つ男の子だったことだ。

「ノーア姫をイジメたら、許さないからな!」

子供用なのか普通よりも刃が細く、小振りな剣をかまえるノーリ。
切っ先は不安を映し出しているようにかすかにふるえていた。

しばしのにらみ合い。互いに硬直したまま時間だけが過ぎていく。
短い時間だったような、ずいぶんと長いことそのままだったような、不思議な感じだった。
ふいになめくじが動き出した。方向転換している。どうやら私達を迂回していくことにしたらしい。

後で知ったことだけど、おおなめくじは人を襲うことは滅多にないそうだ。むこうからすれば、たまたま通り道にあった障害物くらいの認識だったのかもしれない。
だけど当時の私はそんなことは当然知らないわけで、てっきり襲われて食べられるもんだとばかり考えていた。そうして緊張の糸がぷっつりと切れて地面にへたりこんでしまったんだ。
体はふるえて、涙を浮かべて、頭の中はぐちゃぐちゃで。もう本当にロクでもない状態ではあったんだけど、隣を見て気づいてしまった。

ノーリは泣いてた。それもびっくりするくらい大きな声で。

ちょっと前まで化け物相手に剣を向けていたんだから、そりゃあ怖かっただろう。
後ろに隠れていた私よりももっとだ。
今でこそそう思うけど、その時の私にはものを考える余裕なんてあるわけもなく。
泣いているノーリを見てただ可哀相だなぁ、って思ったんだ。
で、気がついたらノーリの頭を撫でてた。小さい子供によしよしってするみたいに。
自分も泣きそうだったことはすっかり忘れて。

結局、大人たちが見つけてくれるまでずーーっとそうしていた。
泣いてるところもかわいいな、とかちょっとだけいじわるなことも考えていたんだけどね。


以上が私とノーリことノリーコの出会い。
向こうは憶えているかどうかもわからないんだけど。

それから何年かして、この時のこともすっかり忘れてしまった頃。
ノリーコが侍女としてやってきた時はほんとうに驚いたんだから。




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引渡し日:2008/2/3

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最終更新:2008年02月03日 19:29