ここは小笠原。
もうすぐ海に夕日が沈もうとしている夕方の時刻に2人の少女が海岸にやってきていた。

夕日に照らされて黄金色に輝く海にうわあ、と一人の少女が息を呑んだ。
「……素敵なところに来たね」
「綺麗。海の匂いが、六合と違う」
風杜神奈の言葉にトラナ王女がうんうんと頷く。
みんなも来ればよかったのにね、そう言ってトラナは両手を広げた。
小さな体で砂浜に吹いて来る風を受けている。風の強さにお気に入りの帽子が飛ばされかけて、慌てて手で抑えた。
風を受けて長い長い金髪がふわ、と揺れた。
「ああ、いい風ね」
「うん」
そう答えるトラナの頬には涙が流れていた。風杜は心配そうにトラナの顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「ここは、どこも水没していない、私の国は、もうないから」
そう呟くトラナの目は、小笠原の海ではなく遠い遠いどこかの国を見ていた。
「……そうなんだ」
「うん……」
少しの間、風杜は同じように海を見ていた。そして彼女なりに決心した事を口にした。
「トラナ王女……いや、トラナって呼んでいい?」
「うん」
「……トラナのいた国って、……どんな国だったの?」
トラナは涙をぬぐうと、ゆっくりと海に近づいていき、ぽつりぽつりと話した。
「レトロライフが一杯あって、お父様がいて。ファンタジアがいて……そして戦争があって。いいことより悲しいことが多かった。六合なんてそんなところ」
「……そっか」
風杜はトラナの話す風景を脳裏に思い浮かべてみる。
同じような風景は思い浮かばなかったかもしれないが、その思い出をトラナがとても大切に思っていることは感じられた。
そして、その大切な思い出に縛られて彼女が今泣いていた事も。
「ねえ」
「?」
風杜の声にトラナが振り向く。
その顔に海水がばしゃ、と直撃した。片手は帽子を抑えており、もう片方は靴を持っていたから防ぎようがなかった。
「今日くらいは楽しもうよ」
トラナはぽたぽたと髪から雫を垂らして唖然としていた。
気を悪くしたかな、そう思った風杜はとてとてと近寄り「ごめんね」と謝る。
が、そんな心配は無用だったようでトラナは顔を真っ赤にして怒り出した。
「騙された」
そういうとさっきのお返しとばかりに足で水をはねて風杜にかけた。
風杜は海水が目に入らないように顔を手でぬぐう。塩の香りがつん、とした。
ようやく目を開くと何故かトラナがいなかった。

慌てて周囲を見渡すと、物凄い勢いで沖に流されていくトラナの姿が見える。
(風杜は知る由もなかったがトラナの体重は羽より軽く、普通では考えられないようなこの状況が起きた)
わー、と風杜は慌てた。濡れるのも構わずにすぐさま海に飛び込むと超特急でトラナの元へと泳いでいく。
手足を全力で動かして何とか追いつけた。これ以上流されていたら潮の流れに乗ってどこまで行ってたか検討もつかない。
溺れているトラナはがぼがぼ言いながら必死に風杜に抱きついてきた。
(このままじゃ一緒に溺れる…!)
直感的にそう感じた風杜はトラナに声をかけ、その手を首に誘導する。
「……トラナ、トラナっ」
何度も声をかけられて、ようやく風杜に捕まっている事を認識したらしい。
トラナはぜいぜい言いながら息継ぎをし始めた。

そのまま風杜はトラナを連れて息継ぎの方法を教えた。
最初のうちこそうまく行かず、何度も溺れかけたが一緒に泳ぐうちに何とか息継ぎを覚えて、楽しそうである。
「神奈、見てあの岩。あそこまでいこう」
「うん」
ぱしゃぱしゃ、と水をかいて風杜(にしがみついたトラナ)は岩まで泳いで行く。
トラナが指差した岩は海にあるにしては妙に丸かった。おそらく長い間波に晒されたために侵食されてこんな形になったのだろう。
あと10mほど泳げば着くというところできゃっ、とトラナが声を上げた。
「どうしたの?」
風杜があわあわしているトラナを見た次の瞬間、水面下で何かが触る感触がした。
風杜、乙女として迷わずその方向に蹴りを放つ。
ぶにょ、とした感触とピィ、という鳴き声が響く。
「えっ?」
一匹のイルカがその場から大急ぎで逃げていった。どうやら騒ぎの主はあのイルカだったようだ。
「あー、この子が触ってたんだ……」
「あれはなに? 神奈」
「あれは、イルカっていうの」
「なんで悲しそうなの?」
「……蹴っちゃったから、嫌われたと思ったのかも。……悪いことしたかな……」
そう言った風杜を見て、トラナは遠ざかるイルカに向かって話しかける。
「お魚さん、ごめんね」
そんな様子を見ていた風杜は海の上であるにも関わらず、トラナを抱きしめた。
「トラナって、優しいね」
いきなり抱きしめられたトラナはどうも判らないらしく、困惑していた。だが抱きしめられて悪い気はしなかったようだった。

数分後、二人は例の丸い岩の上に座っていた。藻が周りに付いていて登りにくかったが何とか登る事ができた。
トラナは何故だか岩の上でぴょんぴょんとジャンプしている。
滑って転ばないようにね、と笑いながら言った風杜の視界に何かが入る。
「……カニ?」
カニ、という単語を聞いて跳ね回っていたトラナが目を輝かせて近づいてきた。
「あ、はさみ危ないから気を付けてね……トラナはカニ見るの初めて?」
「食べたことはある」
「……美味しいよね」
「おおきくなるかな」
風杜はカニを見る。どう見ても浜辺とかを歩いている小さい種類のやつでこれ以上大きくはなりそうになかった。
「……多分、これはならないんじゃないかなぁ」
「そうか。でも大きくならないのはかわいくていいね」
「うん」
濡れた髪からぽたぽたと雫が垂れるのも気にせず、トラナはカニを見ていた。
そしてくしゅっ、と小さなくしゃみをすると身震いをした。
気付けば夕日は海の向こうに沈みかけていて東の空には星が見え始めている。もうすぐ夜だ。
「……帰ろっか」
そう言った風杜にトラナは目で帰りたくない、と訴えた。紫色の唇をきゅ、と噛んでいる。
「トラナが風邪引いちゃうのも嫌だから、帰ろう?……また、来ようね」
トラナは少し考えて、こくん、と頷いた。
「じゃあ、また捕まって」
屈んだ風杜の首にトラナが手を回す。寒いのか吐く息が白い。
「……楽しかったね」
うん、とトラナは答えた。星の瞬きが海にも映ってとても綺麗だった。


余談
海岸についた後、トラナが岩に帽子を忘れたことに気付いた風杜は慌てて夜の海を一往復する羽目になった。
その間待たされていたせいかはわからないが、次の日トラナは微熱を出して寝込み、その看病にも追われたという。



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引渡し日:2007/


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最終更新:2007年09月25日 12:31