No.174 龍鍋 ユウさんからの依頼


竹内優斗は、目を閉じて椅子に座り込んでいた。遠くから届く海の音は、青森のそれとはやはりどこか違う。校舎の造りも気候が違うせいか随分と違うし、何よりここには肌に突き刺さるような寒さも、幻獣も、部隊の仲間たちも居なかった。
日の沈みかけた薄暗い教室で、掌を目に当てる竹内。ただでさえ明かりをつけていないせいで狭かった視界を完全に閉ざして、竹内は青森の景色を思い出していた。一面の銀世界、皆と行ったカラオケの店、小さな隊長と、隊長を助ける谷口さん。

―――ざざん。

「………。」

不意に耳に入った波の音に意識を散らされて、竹内が不機嫌そうに目から掌をずらす。頭を揺らしながら、すっかり暗闇に慣れた視界に新しいクラスメートの顔を発見して、目を細めた。

「…龍鍋さん、」
「や、…やっほー。」

窓の向こうで手を振る龍鍋に、竹内は曖昧に笑ってみせる。椅子に腰掛けたまま首を傾げて、閉じた窓の外の龍鍋に聞こえるよう少しだけ大きな声を出した。

「どうかしましたか?」
「ん、いや、後夜祭なのに竹内君が居ないから、どこに居るのかなぁ、と。そっち行ってもいい?」
「いや、ああ、いえ。着替えようかと思っていただけで。」
「あっ、そ、そうか。じゃあ、あっち向いてた方がいいね。」

窓一枚を挟んで、龍鍋がくるりと向きを変える。窓に背中を預けて、手持ちぶさたな指をくるくると回して、土色の靴と深い藍色の空を交互に見て、ばくばくと落ち着かない心臓を押さえるように深呼吸をした。
中の竹内は相変わらず動かない。ただ背もたれにもたれていた姿勢を起こして少し制服を見て、前に重心を傾ける姿勢になっただけだった。

「…竹内君?話してもいい?」
「どうぞ。」
「ありがとう。ええと、…皆のこと、ごめんね。悪気はなかったんだよ。」

窓の外からの提案に顔を上げる竹内。話を聞いて、苦笑した。

「知ってます。悪気があってされるのも、仕方ないとは思いますけど。」
「えぇ、そんなことないよ!」
「僕は、新入りですから。」

否定しようしてと反射的に窓の方を向きそうになる身体を、龍鍋は自らの腕で押さえ込む。あー、だのうー、だの唸って頭を掻いて、校庭の方を指差した。

「…あのね、僕がここに来たの、何でだと思う?」
「僕が、居なかったからでしょう?すみません。」
「そうじゃなくて。他のところは、他の子が探してくれてるからだよ。」
「他の?」
「うん。校庭とか校舎裏とか、通学路とか。」

自宅近くをうろうろする新しいクラスメートたちを想像して、頭を抱える竹内。ご近所に何と言って回ろうと考えて、眉を歪める。

「竹内君頑張ってくれたのに、後夜祭出られないなんてもったいないって。」

顔は見えないものの、恐らく笑顔で言っているのだろうと容易に想像出来る声に、竹内は溜め息をつく。額に掌を当てて頭を抱えながら、机に置いた布を掴んだ。
一方、外に立っている龍鍋。数分経ってもない教室からの返事に、あれ?と首をひねった。確認しようにも、相手は着替えの最中である。時間だけで考えればもう終わっていてもおかしくないが、話しながらでは断言出来ない。返事に困っている可能性も考えないわけではなかったが、教室から消えた気配が龍鍋を不安にさせていた。

「竹内君?……そっち、向くよ?」

顔を真っ赤にし、目を両手で隠してそろそろと教室の方を向く龍鍋。掌をはがして中に竹内が居ないことに気付いて、絶叫した。

「た、たた、竹内君ー?!」
「そんな大声出さなくても、聞こえます。」

背後から聞こえた声に、再び跳ね上がる龍鍋。体操服姿のまま耳を押さえて現れた竹内の姿に、一気に表情を明るくさせた。
頭を掻く竹内。少し歩いて龍鍋の隣に立って、促すように前に腕を伸ばす。

「行きましょうか。」
「……どこに?」

本当に分かっていない様子で首を傾げる龍鍋に、竹内の腕が脱力して落ちる。

「…後夜祭、行かないんですか?」
「あっ、ああ!行く、行きます!」
「そうしましょう。」

よろしい、とばかりに竹内が笑う。歩き始めた竹内の隣を歩けるように速度を調整しながら、龍鍋もまた歩き始めた。

「せっかくだから、何かやりましょう。皆で楽しめるようなことを。」
「うん、うん、いいね。なべ…あー、何しようか。」
「考えてください。」
「えー!」
「僕が、補佐しますから。」

キャンプファイヤーに照らされたように顔を赤くして止まった龍鍋を数歩追い抜いて、竹内は龍鍋に見られないようそっと笑った。

作品への一言コメント

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  • こう、最初の思い出振り返るとことか、後夜祭とか良いでぇすねぇー(><)キャー なんとなくなもの悲しさとこれからを感じさせるお話でした。というか、一回目の小笠原が懐かしいなぁ(色々と失敗を思い出しまくる) んー、まぁずっと失敗ばっかな気もするけど(最近はそうでもないが)  -- 龍鍋 ユウ@鍋の国 (2008-03-23 02:10:26)
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引渡し日:2007/


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最終更新:2008年03月23日 02:10