No.07 きみこさんからの依頼



或る夏の想い出(小笠原デモゲーム 青・舞編より) -きみこさんに捧ぐ-


きーんこーんかーんこーん……

/ * /

余韻を残してチャイムがあたりに木霊する。
授業が終了して、お昼休み。
ようやく待ち望んだひとときに、生徒たちは思い思いに身体をのばした。

「わーい、しゅうりょーのかねっ♪」
「ふぃ~ 終わった終わった」
「お昼だ!」

午前の授業は全て終了。
となれば当然、この後に待つのは一日で一番楽しみなお昼休み。
すなわち、ご飯の時間である。

「お腹すいた!」

きみこは、素直にそういった。
だって、お昼である。
おいしいご飯ではにゃ~んの時間である。
他のクラスメイトたちも思い思いに今日のお昼ごはんについて考えていた。
そしてさらにその横。
ふと見れば、青の厚志と芝村舞が楽しそうに……というより、いつもどおりに会話をしている。

「お昼だね」
「ふむ。そなたは決まったことしか言わぬな」

真面目な顔で言う芝村舞。
彼女はいつでも本気である。

「うん。僕はそういうところが、自分で気に入っている。毎日おはようと言うんだ。いいことだろ?」
「そうかも知れぬ。わかった。すぐ行く」

それを気にせず笑う青の厚志。彼は芝村舞に対してだけは、いつでもこうだった。
ある意味で二人の世界を形成しているこの空間に、他人が入ることはほぼ不可能に近い。
何人かの人物が、彼らに声をかけようとして、あきらめた。
きみこも、しばし悩んで、結局、声をかけられない。
しかし、この日は少し違った。

青の厚志は、白いテーブルシーツをおもむろに広げると、こう言ったのである。

「舞、こっち。みんなも」

『舞、こっち』だけなら、まあ、わかる。けれど、そのあとが問題だ。

『みんなも』

これは一体どういう意味なのだろうか。
言われた言葉が理解できずに、瞬間、固まるその場の空気。
その間も、青の厚志はちゃかちゃかとその場にいる全員分の食器を用意していた。
それで我に返る数名。慌てて厚志の手伝いへと走る。
他のものもばらばらと、厚志に促された席へとついた。
青の厚志はそれすらも全く意に介さず、料理の給仕を始める。
前菜はアスパラガスの冷製スープ。そして、メインディッシュはローストビーフのようだった。

「大げさなやつだ」
「食事に努力を払うのは、主夫の第一歩だ。僕はそう思っている」

舞が腕を組みながら、その様子を眺めている。
たしかに、ただのランチにしては大げさに過ぎるかもしれない。
しかし、その場にいる同級生たちにしてみれば、青の厚志(主夫)の手料理なんて、もう二度と食べられないかもしれないほど貴重なものだ。
ただ座っているのも申し訳なくて、きみこは

「何かお手伝いしてもいいですか?」

と尋ねてしまったほどだ。

「ありがとう。きみこさん。でも今日はちゃんと座ってて」
「はい!」

青の厚志にそう言われて、行儀よくその場に座りなおすきみこ。
その顔は真っ赤である。
声をかけてもらえたのが、こんなに嬉しいとは。

「今日のお昼は。僕が全部を決める。誰にも文句は言わせない」

青の厚志が、芝村らしくそう宣言した。
とにかく今日のお昼は全て彼が自分だけで取り仕切ることにきめているようだ。
手伝いを全て断り、椅子の角度が2度だけずれているのさえ注意して、厚志は準備を続けた。
舞はそれを見て何も言わずにいるものの、少しばかり不機嫌そうに眉をよせている。
きみこたちは気圧されるままに居住まいをただし、なりゆきを見守ることにした。
こうなったら、もうなるようにしかならない。
せっかく青の厚志が手ずから用意をしてくれるお昼である。
ありがたくいただくのが筋というものだろう。

/ * /

その間も、ちゃきちゃきと動き回る青の厚志。
まだ少し涼しい風の入る窓を彼が開けると、なぜか窓の外にも料理を並べ始めた。
その場に浮かぶ、大量の疑問符。
しかしそれはすぐに感嘆符にとって代わられることになる。

「うわあ!なんてステキなお客さまかしら!」

きみこが嬉しそうに声をあげたのも無理はない。
窓の外には続々と鳥たち、猫たち、ネコリスたちが集まってきたのである。
猫に釘付けな舞を筆頭に、窓の外を眺めるきみこたち。
と、青の厚志が手を叩いた。
皆の注目が集まったのを確認すると、にっこり笑った。

「今日は、舞の誕生日なんだ」

なるほど。
その一言でようやく全てに合点がいった、と言っても過言ではない。
笑いながら少し照れている青はちょっと可愛いかもしれない。

(ああ…青の笑顔が見られる日が来ようとは…)

きみこ、感無量である。
ところが、そうはいかないのが芝村舞のほうだ。
青の厚志がそう言い放った途端、盛大にぶっ倒れる。がたーんと、いい音がした。

「だから、お祝いをしよう」
「そなたはそんなもののためにこれだけやったのか!」
「そうだ」

体勢を戻してすかさずつっこむ舞。
当然、青の厚志は真顔である。

「本当に愛されてますね!幸せですね♪」

口々に祝われた上、きみこにとどめとばかりにそんなことを言われて真っ赤になって突っ伏す舞。
まあ、普通はそうだろう。

(わ、忘れていた。この男はこういう男だった)

なにせ、このために一年前から料理の準備をするような男である。
それが青の厚志が彼である所以ともいえる。

「さ、みんなで食べよう」

計画が成功して、ご機嫌なのか爽やかに笑う厚志。
その号令で、各々厚志の手料理を食べ始めた。

「あっちゃん、努力家…」

これが一年前から用意されていたことに対するその感想はもっともなものである。
が、青の厚志は淡々と言った。

「努力は嫌いだ。恥だから」
「え。努力は恥なんですか?」

思わず聞き返すきみこ。
すると、今度は舞がその言葉に答えた。

「努力は恥だ。だが何もしないよりはいい。きみこ。我らの考え方だ」
「さ、そんなことは忘れて食べてよ。結構自信あるんだ。ただこの一撃のために。準備してきたから」

青の厚志の言葉で再び食事は再開される。
窓の外にいる猫と犬と、ネコリスとヤドカリと鳥も、並んで料理を食べていた。
その場にいる皆がみな、上手い料理に舌鼓をうった。

「次はサラダなんだ。まっててね」

るんるんという音が聞こえそうな感じで、サラダの用意を始める厚志。
なんとレタスをちぎるところから始めていた。
瑞々しそうではある。
が、舞はちょっとばかり辟易してきたらしい。

「別に、ここまでしなくても」

その一言を聞いた瞬間、青の厚志はだだっと舞のそばに駆け寄った。
涙目になりながら、叫ぶ。

「どこがイヤなの!?」
「良いというか。やりすぎだ。誕生日など。そなたが祝えばいいだけの話だ。他になにがいる」

すがりつく青の厚志に、そう言い募る舞。そして、だいたい、と少し優しくこう続けた。

「私が先に死んだ時、そなたはどうするのだ」

その場に衝撃が走る。
それは、ある意味、もっとも言ってはいけない禁句だった。

(うわそんなこと言ったら泣いちゃわない!?)

誰かの心の声は、その場の全員の声だっただろう。
そしてその大方の予想通り、青の厚志は泣いていた。
それはもう盛大に、滂沱の涙を流していた。
常ならぬ恋人の様子に、舞もさすがにうろたえて、怯んだ。

「あ、いや。別に泣かぬでも」
「あわわ、青さん泣かないで」
「ほらほら、誕生日に泣いたりしないの」

慰めの言葉は、舞のものすら青の厚志に届いていない。
座り込んだままふりふりエプロンを顔にあて、さめざめと泣いている。

「舞が死んだら生きていけない。世界滅ぼして僕も死ぬ」

しまいに、そんなことまで言い出した。
面食らったのはきみこたちである。
ちょっと待ってくれ。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
みんな、一気に必死である。
そして、その声援を受けてか否か、舞が厚志に立ち向かう。

「世界を滅ぼすな。世界は世界のものだ。そなたのものでも私のものでもない」
「だって……」

舞の正論に、泣きが入る厚志。
そのやりとりはしばらく終わりそうもない。
全員、ただ見ることしか出来なかった。

/ * /

きみこたちがそれを見守っている横で、突然、ブータがクラスメイトの一人に爪を立てた。
ブータ、突然の登場である。
ブータが、いつ、どこから入ってきたのかはわからないが、まあ、おそらく青の厚志が開けた窓から入ってきたのだろう。
そして、みんながブータを気にしているうちに、舞と厚志の口論は佳境に入りつつあった。

「だから、やりすぎだ。そなたはなんでも、力で抑えようとする。魔王にでもなるきか? それとも人に文句をいい、監視を続けるような者になるのか?」
「でも心配なんだ……」

どうやら、青の厚志は気に入らない発言をした者を国ごと滅ぼそうとしかけていたようだ。
舞は怒ったように腕を組んでいる。
そして、とんとん、と指を動かしてぴしりと言った。

「青の厚志。そなたがなりたいものは、なんだ?」
「お嫁さん……」

間髪入れず返る答え。
別の意味で辺りに感動が広がる。

「ならば、もう少し穏便にせよ。血で濡れているのはどうかと思うぞ」

嫁は自分ではないのかという根本的矛盾を感じつつ、それを表に出さないのが芝村舞という人物である。
あっさりとそう言って、厚志を見た。
一方、舞とは別の意味でずれているのが青の厚志である。
そう言われて、彼は鼻をかみつつ、こう言った。

「分かった。すぐ無力化絶技の開発をする」

凍りつく舞。そして周囲。
青はどこまでも青であった。
ちなみに、それ、なんか違うとは誰もつっこめない。

「ガスも開発させるよ」

遠い目をする舞に、さらに追い討ちをかける青の厚志。
舞はおもむろに立ち上がった。
それから、懐かしいいつかからはだいぶ背が伸びた厚志を見上げる。
そして、思いっきり、頬をひっぱった。

「そなたはー!!」
「いひゃいいひゃいよまひ……」

情けない声を出す厚志。
そういう意味では、この二人もあまり変わらない。

「青も舞さんにやられるのは幸せだろうし、傍観だな」
「この人にこんなことできる人は、世界にただ一人だなあ」

微笑ましくきみこたちが見守る中で、舞は容赦なく厚志の頬をひっぱり続けている。

「普通に祝え。私は特別だが、祝うのは普通でよい。それが芝村だ。誰よりよ誇り高い」
「ひゃい……」

頬をひっぱりながらでも、堂々と言い放つ舞に、厚志はやっぱり情けない声で返事をした。

「舞さんすてきだ…」
「舞ちゃん、かっこいい…」
「さすが姫!」

舞への羨望が募る中、犬と猫とヤドカリとネコリスと鳥と山羊も並んで窓の外から様子を伺っている。
舞が、溜息をついて手を離した。そして、告げる。

「私はサラダを食べる。厚志。そなたの手作りが良い」
「うん。すぐ作る」

うきうきとサラダを作りに行く厚志。

「いいから皆も食べるがいい。私のことには構うな」

そして、昼食会は再開された。
サラダの準備がされている間、きみこはそわそわとブータのほうを見ていた。
できるならば、抱っこがしてみたい。
意を決してお願いしてみると、ブータはひとつ頷いて、あっさり膝の上に乗ってくれた。

「わーい!ありがとうございます!」

ぎゅ、としがみつく。ブータもまんざらでもなさそうだった。
きみこ、幸せである。
はにゃーんである。

/ * /

そこから先は、実に平和に食事が進んでいった。
結局その場に居座ることになったブータもクラスメイトたちに癒しを振りまいていたし、青の厚志も舞もなんだかんだと楽しそうだった。
最後の締めは、厚志お手製のシュークリーム。
舞はそれを見て少し笑った後、おいしそうにそれを食べた。
そして、終わりはもちろん、みんな笑顔で。

「ごちそうさまでした!」


END


作品への一言コメント

感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)
名前:
コメント:





引渡し日:2007/


counter: -
yesterday: -

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2007年09月25日 12:01