葉崎京夜さんからの依頼


『 eternity loop 』


これは遠い未来の話。

失われた過去の話。

幾度となく繰り返されたはずの物語 そのひとつ。


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どこまでも透き通った青空の下、地平線の彼方まではてしなく続く草原がある。
そんな草原の海の中に、一本だけぽつんと生えた木があった。
大きく枝を伸ばしたその姿は力強さを感じさせたが、同時に広い海に取り残された孤島のような寂しさも内包していた。

孤独な大樹の木陰で、ハザキ キョウヤはまどろんでいた。

ふいに目を覚ます。涙のしずくが一筋、頬を流れた。
見ていたのは悲しい夢。だが、長く背負い続けた重荷を下ろした時のように、不思議と心は穏やかだった。
ひどく落ち着く。波ひとつ立たない水面のように。
まるで石にでもなったようだなと、そう思った。

風が吹く。目を閉じて、ありのままの風を身に受ける。
心地いい。
サク、サクと草を踏む音。振り返らずともわかる。彼女だ。
そこには昔のような黒衣ではない、紫のドレスに身をつつんだタガミが立っていた。

タガミは何も言わず、ただ微笑んだ。
ハザキもまた何も語らず、ただ微笑み返した。

二人は互いに微笑みあうだけで理解できた。
それだけ多くの時間を共有してきたのだった。

ずっと今が続けばいいのに。そう思う。さっきのような夢のあとならなおさらだ。
ハザキの表情がくもる。
言うべきか、言わざるべきか。少しだけ迷ってから口にした。

「夢を見ていました。貴女と出会い、別れる夢を」

タガミの表情は変わらなかった。優しく微笑んだままだった。
ただよく見れば、瞳の奥がほんの少しだけ揺れているようにも見えた。

「もし別れたることがあっても、また出会うことができます。思いを忘れないかぎりは」

そうですね、と言いながらも浮かない表情のハザキ。
彼はかつて同じ問答をしたことを思い出していた。
最後に会えてよかったという彼女に、諦めては何も始まらないと彼は言った。
だが今はどうだ。まったくの正反対だ。
ハザキは達観したように、透明な笑みを浮かべていた。


ふと空を見上げれば、いつしか光の雪が降りはじめていた。この世界にも終わりの時が近づいているのだ。

世界は崩壊を始めている。第一、第二世界はすでに消失していた。
この世界にも、もう長くはとどまれない。
ならばどうする?
彼女を連れて他の世界へ逃げる?今までのように?
無駄だ。わずかな時間が稼げるだけで、問題の解決になっていない。
なんの策も見出せない自分自身に、思わず歯噛みする。

今までの彼であれば、こうも悲観的な考えになることはなかった。

彼女を護りたいと願い、必死にあがいてきた。
友を捨て、仲間を捨てて。ただひとつの望みをかなえるために風渡りとなった。
いくつもの世界を渡った。いくつもの夜を越えてきた。

彼女は言葉を取り戻した。
ともに語り合う喜びを、心からの笑顔を取り戻した。

だが、それでも石化を止める方法は見つからなかった。
時間も、力も、何もかもが足りない。
その絶望的な事実が、彼の口から敗北の言葉を引き出した。

「すみません。私には、貴女を救うことができなかった」

ハザキは疲れきっていた。
身体ではなく、心が疲弊していた。
それは長い旅の中で少しづつ身をすり減らし、ゆがみ、軋み、今にも折れそうになっていた。
そんな彼が漏らした弱音を、誰が責められるだろうか。
戦い続けてきた彼を、誰が非難できるだろうか。

タガミは何も語らなかった。
ただ悲しそうに微笑んで、優しく首を振るだけだった。
しかたのないことなのだと、終わりの時を受け入れた瞳だった。

彼女の微笑みを護ると誓った過去が、今はとても遠く思えた。


光る雪が降り積もる。すべてが あいまいに なってゆく。
昔のハザキならばここまで急速に雪の影響が出ることもなかっただろう。
だがただの人間であることをやめたハザキにとっては、逃れることのできない死のひとつだった。

考えることが億劫になった。
身体を動かすことがひどく面倒に思えた。
けれど、その心の中にくすぶっている思いがひとつだけ残っていた。

あぁ、そうだ。言わなければいけないことがあった。
手遅れになる前に、はやく伝えなくては。

そう思うのに肺は息をすることを拒み、舌はぴくりとも動かない。
長い時間をかけて搾り出した言葉は、耳を傾けなければ聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。

「私は貴女の事が好きです。私にとって世界中の誰よりも」

ザラザラとこぼれてゆく心の中身をなんとか繋ぎ止めながら、最後の言葉を交わす。

「この気持ちだけは、貴女に聞いて欲しかった」

静かに聞いていたタガミは、彼をまっすぐに見つめて言った。

「覚えておきます」

少しだけ悲しそうに微笑んで、最後の言葉を交わす。

「ただその言葉は、前にも聞いたことがあるわね。けれど……」


あぁ、そうか。忘れていた。
彼女は覚えていたのに。
こんな大切なことを、どうして。

彼を繋ぎ止めていた何かが壊れ、ひとつの終わりが近づいてくる。

ハザキは言葉を忘れた。
呼吸することを、まばたきすることを忘れた。
限りなく石に近づくその過程ですべてを失くし、すべてを手に入れた。

結局、彼女の言葉の続きを聞き取ることはできなかった。


消えていく 消えていく

大切なものがあったはずなのに

消えていく 消えていく

忘れたくないと願った思い出が

消えていく 消えていく


そして、すべては青白く光る雪の中へと沈んでいった。


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暖炉にくべられた薪が、焼け崩れて音をたてる。

安楽椅子に揺られていた葉崎はゆっくりと目を覚ました。
ふと鏡を見ると、頬に一筋の涙のあとがあった。
不思議に思いながらも、あたりを見回す。

そこは見慣れたはずの葉崎の自室だった。
まだぼんやりとする寝起きの頭で、何をしていたのかを考える。

「あぁ、そうか。調べ物の最中でしたね」

机の上には年季の入ったオイルランプ。その隣にはランプの明かりに照らされた、古くて分厚いボロボロの本が読みかけのまま置いてあった。

開かれたページの上にすぅ、と指をはわせる。
目を細める葉崎。心が冷えてゆく。まるであの唾棄すべき武器商人達のような冷たい表情。

溜め息とともに、本を閉じる。この本もまた空振りだった。
ついつい険しい表情になってしまっていたことに気づき、眉間のシワをほぐして椅子の背に身体を預ける。徹夜続きだったせいだろうか、ずいぶんと心地が良い。目をとじればそのまま眠ってしまいそうなほどだった。
だが葉崎は目をあけたまま、まったく違うことを考えていた。

「また違う方面から文献を探さなければいけませんね……」

かのものに関する記録は少ない。ほとんどないと言っていい。
葉崎はすでに国内外を問わず、あらゆる文献を端から当たっていた。

だが、それでも石化を止める方法は見つからなかった。
なんの策も見出せない自分自身に、思わず歯噛みする。
時間も、力も、何もかもが足りない。

だが、それでも。
まだ負けを認めるわけにはいかなかった。

「倒すべき敵は、はっきりとしている」

その敵がどれほど強大であるのか。
すでに十分すぎるほど知っていた。

「セントラルにいるAZANTを倒す」

それがどれほどの無理難題であるか。
彼は嫌になるほど正確に理解していた。

「それですべて解決だ」

どうすればいいのかは見当もつかなかったが。
手段も方法も全部無視して、結果だけ決めた。







葉崎京夜の戦いは、まだ続いている。



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最終更新:2007年12月16日 19:05