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榊遊@え~藩国さんからの依頼


/*その者、貧乏につき*/


 昼休みに食い物で釣ってみたらどうかな。


 日曜日である。学生の頃ならば(常日頃授業をさぼりにさぼって相棒と街をかけずり回っていたとはいえ)授業のない一日の心地良い開放感に浸り、ずいぶん浮かれたものだった。
 思えば、そう、若さだったのかもしれない。
 いや、俺はまだ若い。日向は心の中でつぶやく。
 しかしつぶやくだけの気力しかない。体は栄養不足につき絶賛反乱中である。しばらく前から空腹の音しか耳にしていない。恐怖の家賃取りもやってこないのは幸いだったが、それ以前の問題として、もう気力がない。
 というか、だ。ソース焼きそばだけでは体力がもたない。あの味にはうんざりだ。
 や、あれが生命線なので、そんなことを言っては罰が当たる。
「…………」
 惨めさにちょっと泣けた。床にぶっ倒れたまま男泣きする日向。
 そしてまた気絶するように眠りにつき、目を覚まし、ちょっと絶望して男泣きしての無限ループを繰り返ししばらくして。
 ちょうど昼。空腹曲線が極大値を迎えたころ、ドアをノックする音が、聞こえてきた――。


 日曜の昼休み。榊遊は路上で頭を抱えていた。青空の下、何かを悔やんでうつむく姿は、普段あまりやらない失敗をしでかしたためのものだった。
 ちなみに、端から見る分には重箱包んだ風呂敷ひっさげた小柄な女性、にしか見えない。ちょっと意気消沈している風なのが、むしろ尾を引く空気を醸し出している。
 失敗しましたわ、と小さくつぶやく。
 今日は改めて日向のところに料理を届けに行こうと思ったのだが、よくよく考えてみれば、彼の事務所の場所を自分は知らないのだ。
 なんという凡ミス。肩を落とす榊遊。
「いいえ、肩を押している場合じゃありません」
 気を取り直して。手提げのバッグから地図をだし、位置を確認。それから目的の事務所の位置を探した。
 検索時間二分。
 ……わからないはずだ。普通のアパートの2階だった。
「くっ……」
 ちょっとうちひしがれる榊。いやいや、こんなところでくじけてどうする。
 しばらく歩いてアパートまで移動。郵便受けには申し訳なさそうに、H&K探偵事務所とある。Kさんもいるのかしら、と思いつつ部屋の位置を確認して移動。部屋の前に到着して呼び鈴を押そうとし、榊は動きを止めた。
 ドアの周囲は落書きだらけである。特にぶっとくかかれた「金返せ、ドロボー」の文字に、榊は心の中で涙した。
「えっと……もしもし、いらっしゃいますか? 先日ご挨拶させていただいた榊遊です」
 あえて何も気付かなかった風にドアをノック、問いかける。
 五秒経過。
 返事はない。
 あら、と思ってドアノブに手をかければ、どうやら鍵はかかっていないらしい。妙に軽い手応えと共に、ドアがわずかに開く。
「……仕方がありませんわね。失礼致しますわ」
 そこで彼女が見たものとは。


 日向は死んでる。ここ数日の食生活に体が大絶賛ストライキ中で、全体機能は地震をくらった直後の東京のごとく麻痺絶好調。
 ノックされた音とか、なにか呼びかけられたような気はしたが、聴覚の正常さはそこんところを軽くぶっちぎってくれている。日向の飢餓感は限界に達していた。
「ちょ」
 何かたじろぐような声。直後、何者かが近づいてきて、ぺちぺちと頬を叩いてきた。
 面を上げる日向。
「このまま死なせてくれ。もうやきそばは十分だ」
 がくっ。倒れる。
 それが彼の最後の言葉だった――

「ご飯ですよ」

 日向復活。差し出されたおにぎりに、手ごと食らいついた。
「うまい……」
 空腹感が消えていく。久しぶりの米と鮭の味に感涙する。ああもう何もかもがよみがえってくるようだ。体内のストライキ集団も突然の天からの贈り物に拍手喝采、大歓迎である。幸せって身近なところにあったんだ。
 どうでもいいが、ハードボイルド台無しである。
「飲み物もどうぞ、緑茶ですけど宜しいですか?」
 榊は苦笑を浮かべながらポットを渡す。
「勝ったつもりか?」
 とは言ったものの、おにぎりの後のお茶に勝てるほど日向の士気は高くなかった。お茶ももらい、実にうまそうに飲んだ。


 さて、改めて周囲を見渡してみる。
 榊の視界に写るのは男の城、もとい腐海の森だ。汚いというレベルではない。そもそも一般人が生活するスペースが残っていない。ゴミ袋の山(主にプラゴミ。特に焼きそばの残り香が多い)、脱ぎ捨てた服、捨て切れていないゴミ、ゴミ、またゴミ。服の山。
 目眩を感じた。意識が飛びそうになる。
「やきそばやろうか?」
 日向が言った。視線を向ける。顔色は良くなっていた。これなら、まあ、初っぱなのようにいきなり死体とは見間違えまい。
 まあ、それはそれとして。
「……え~っと……このままの方が住み易いですか?」
「…………」目をそらす日向。それから小さく咳をして言った。「まあ、勝ったのはお前だ。嫌味くらいは好きなだけ言わせてやる。いいぞ」
「では、掃除いたしましょう。対価はやきそばもう一つで」
「あ、ああ」
 日向は頭を掻いて目をそらした。照れているのかしらーと思ったものの、まあ、さすがに指摘するのはよしといた。苦笑して、よし、と小さく声を出す。まずはどこから手をかけようか……。
「まあまて」少し慌てて日向は立ち上がった。「俺のプライバシーが埋まってる気がしないか」
「はい?」
 プライバシー? ああ、何かこう、見られてはまずい物があるのかもしれない。
 どんな物があるのかしら。
 ――気にな、いや、ならない。ならないです。
 こほん。
「…………では、指示に従いますので何なりとご命令を」
 丁寧にそう言って頭を下げる。と、日向。顔を赤くして一歩後じさった。
「指示って……」
 一体何を想像したのやら。や、きっと本人にきいてもやましいことはない、といいきるだろうが。
 二秒ほど沈黙。さらに三秒かけて平静を取り戻し、日向は呼吸を整えつつ応じた。
「分かった。自宅行き倒れより恥ずかしいのはなにもないだろう」
 決め手は開き直り。榊は微笑を浮かべて、ちょっとだけ顔をうつむける。本当は吹き出しそうだったけれど、あまりに失礼だと思ったのだ。ひっそり深呼吸。笑いを押し殺して、面を上げた。
「触っていい範囲など指示を出していただければ」
「全部触っていい。汚いのは触らないでいい」日向は淡々と言う。それから目をそらし、足下の重箱を見る。「あと、全部たべていいか? これ」
「どうぞ、その為に持ってきたのですから♪」
 日向は全力で食べはじめた。
 ――というかどれだけ腹がへっていたんだろう。榊はちょっと心配になった。


 それはそれとして。
 掃除を開始して一時間。とりあえず玄関までのルートを確保しつつあからさまに処分確定な物を根こそぎ排除していった結果、この部屋も、なんとか生きていけるレベルにまで回復した。
(もっとも、本格的にやらならあと数回は掃除が必要ですわね)
 ふむ、と部屋の惨状を眺めつつ、まあひとまずこんなところでいいだろうと満足する。一時間でやったにしてはずいぶん片付いた気がする。我ながら、なかなかの腕前ではないか。
「ところで、一つ気になる事がありますわ」
 そう。掃除を初めて三十分くらい経して気になったことがある。それは大量のゴミ山が今まさに崩れんというタイミングで現れて、ぼんやりとしたイメージは神業のごとき速度でひらめいた腕がゴミの津波を押し返した時にははっきりとした言葉になっていた。
 すなわち、
「ところで……ほかの方々は食費はただらしい事を聞いたのですが、玄乃丈さんにはそう言う話はなかったのですか?」
 お食事券がもらえた、というような話を小耳に挟んだことがあるのである。日向ももらっているんじゃないだろうか……。いや、しかしそれだけこのゴミ山の食料部門がここまで拡張し続けた理由がわからない。
 そんな、素朴な疑問を唱えた直後だった。
「まて、何だその話は」日向、勢いよく席を立った。「俺は何もきいてない!」
 えー。榊は何とも言えずに沈黙する。というか、まさか……本当に?
 どういう事だそれはなんで俺に伝わってないんだというか本当なのか嘘なのかだいたいなんだその夢のような話は云々、以下延々と続く日向の文句を右から左に聞き流しつつ、榊はちょっと首をかしげる。
 もしかして、死亡時にロストしたとか……。それともいじめなのだろうか。あるいは借金(家賃?)のかたにとられている、とか?
 あり得そうなのが何とも……。
 コレが、俗にいう『要らん一言』という事か。彼がお食事券への疑念から日々の不運、さらに限定してここ最近の食生活の不満について愚痴が段々エスカレート気味に矮小化していくのを眺めつつ、榊は内心で明後日の方向を眺めた。というか、聞いている内に段々悲しくなってきた。これが同調というやつなのかしら……。
 はっ。いけない。私までつられてしまった。
「でもまぁ、ないものは仕方がありません。取り敢えずは私のお弁当で我慢して下さいませ」榊は若干慌てて言った。
「……」
 日向は何とも言えない視線で天井を眺めた後、ぐったりと床に寝そべった。
「世の中は貧乏人に厳しい」
 その姿には哀愁が漂う。榊は内心で涙した。
「……では、日保ちする物でも作りましょう」
「……すまん」
 がらがらと何かが崩れていく。その壁の名は日向の尊厳。
 今や彼は言い訳のしようのないほどに貧乏人であった。
 可哀想に。心で涙しながら、先ほど片付けた台所へ。さて、日持ちする物と言ったらまず何がいいかしら……。

 榊遊の奮闘が、始まった。


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引渡し日 2007/



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