萩野むつき@レンジャー連邦からの依頼


/*船の記憶*/


 待ち合わせ場所は海岸らしい。そこまでなら、ゴムボートで行くだけなのでずいぶん早い。待ち合わせの時間にあわせて、ドランジはボートを出した。さほど速度は出さず、安全速度で航行。
 少しだけスピードを出す。波の上をはねた。
 軽く笑う。その直後に考えた。さて、笑ったのは何故だろう。
 船に乗るのは、好きだ。操縦するのはもっと。
 まあ、今はそれだけではないのだが。
 陸地は近い。海岸に見知った姿を見つけ、舵を切った。


 萩野むつきは海岸で待っていた。ドランジとの待ち合わせ場所である。傍らには、酒瓶六本の詰まった箱がある。おみやげのつもりだった。少々重く、ここまで運んで来るときは台車で引っ張ってくれば良かったかもー、と思った。実際、今も腕がちょっと引きつっている。
 まだかなーと、足を揺らして待っていると、しばらくしてドランジがやってきた。ゆったりと歩いてくる姿は、どことなく機嫌良さそうに見える。
 むつきはドランジの姿を見つけた途端、ぴょこんと立ち上がった。駆け寄る。
「こんにちは!」
「ああ、むつきくん」
「今回もどうぞよろしくおねがいします」
 ドランジは笑った。むつきも笑みをこぼす。
 二人は軽い話をしながら、むつきの元いた場所に戻っていく。ドランジは箱に気付いて、方眉を上げた。なんだろうか。ずいぶん大きい。
「その箱は?」
「あ、今回夜明けの船に行く事にしたので、お土産と思って」
「運ぼう」
 瞬間でドランジは判断した。そして肩に担ぐ。意外と重かったらしい、わずかに驚いた顔をした。むつきは内心でおおーと声を上げる。ずいぶん軽々と持ち上げるものです。さすが!
「意外に重いな」
 ドランジがそういったことで、我に返った。やや慌てる。
「いいんですか! わわわ、すみませんー。よくばって沢山持って来てしまったんです!」
 本当はもっと大量に持ってこようとしたのだが、さすがに運べないと持って行けないという現実に直面して、泣く泣く量を減らしたのである。ちなみに、そのときの彼女は国中の酒を持って行きかねない勢いだった事を付記しておく。
 あ、そういえば。
「エリザベス艦長お酒スキかしら?」
 少し気になった。たぶん、仮に好きでなくても喜ばれるとは思うけれど、でもやっぱりプレゼントは喜ばれたいし、迷惑はかけたくない。
「好きだな」ドランジは頷いた。
「よかったー」
 ほっとして胸に手を当てるむつきに、ドランジは微笑んで歩き出した。
 そのまま二人はしばらく歩いていき、ゴムボートを寄せた浜辺の方へと向かう。
 ボート見て、むつき、一瞬硬直する。
「どうした?」
「あ、ああ、え、えっと」
 明らかに動揺した声であわてふためくむつき。実は彼女、昔子供の頃にゴムボートが添付期しておぼれる、という経験がある。それ以来ボートに乗るのが全く駄目だった。酔うとかそういうレベルではない。とにかく怖いのだ。
「ゴムボート怖い…昔転覆して溺れたことがー」
 自分でも情けなさ過ぎるんじゃないかーと思えるような声で彼女は言った。ああ、どう思われるだろうか。というかそもそも夜明けの船に行くのにボートに乗りたくないとか無茶だ。ああ、変なこと言ってるー。
「自分が支える」
 ドランジは微笑んでいった。ちょっとだけ平静を取り戻すむつき。それから軽く深呼吸して、笑顔で言った。
「はい、なら安心です」
 そして二人が乗り込むと、ゴムボートは発進した。


 や、ちょっと困った。
 元々ドランジは乗り物が好きである。先祖代々彼の一族は乗り物が好きだ。そして最後には、全ての乗り物が自分の手足となる。だから、そう、むつきの答えはちょっと予想外だった。
 自分も確かに転覆したことはあるし、場合によってはもっと危険な目にも遭ってきたが……。
 過去を思い出すドランジ。RBでどこを泳いでいるのかわからなくなった頃、仲間と接触したとき。もっと前。車の運転。調子に乗ってドリフトさせて横転した。船で転覆したこともある。それ以前となると、もう自転車に乗って転んだくらいだろうか。
 まあ、いずれも今では苦笑いを浮かべて笑う昔話だ。そういう時代もあったなと思うことができる。
「すみません、邪魔で、でもちょっと、やっぱり怖い」
 が、傍らにいる娘はそうではない。完全に震えていた。どこを掴んでいいのかもわからないようでぴったり身を寄せて震えている。ちょっと照れるドランジ。
「何かにつかまるといい」
 そんな内心を伺わせない口調で答える。
「な、なににー」
 声が、顔が引きつっている。いかん。
 あー、どうするか。少し迷った後、ドランジはむつきの手を握った。ちょっと驚いた顔でこちらを見られる。
「無礼だろうか」
 自分は怖い顔をしているからな。内心で言い訳して、かなり緊張していることを誤魔化そうとした。
「いえ、ありがとう、ほんとありがとう」
 一方、もう泣きそうなむつき、本気で感謝して手をしっかり握り替えした。が、やっぱりそれだけでは怖いらしく身を寄せてくる。ちょ、近い。
 ふいに、海面がふくらむ。二人の目の前で、巨大な鯨が上がってきた。
「くじらー」
 もう駄目ー、とばかりにむつきはドランジにすがりついた。ああいやあれは、と説明しかけたドランジの言葉が止まる。近い、近すぎる。というかあたっている。ああいや、そもそも何故自分はこんなに盛大に照れている。
「揺れるー!」
「あ、ああ」
 二人して最大限ぐるぐるする。無論ベクトルはそれぞれ異なっていたが、些細なことだった。
「うわーん、かんべんしてー!」
 完全に涙声である。ドランジは少々速度を上げた。ボートをジャンプさせて、着地。夜明けの船のトップデッキに到着した。
 さて、もう大丈夫だろう……そう思って隣を見て、ドランジは硬直した。
「……」
 しがみついて離れない。しかも何か、こう、ちょっと泣いているような。
「ミズむつき」
 ううー、とか、しくしくとか言いながら、むつきはがっちり腕にしがみついている。
「夜明けの船かようー、本気で驚いたようー!」
「いやあの」
「はい?」
 むつきは面を上げる。涙目。それで、こう、言いかけた台詞がいろいろ吹っ飛んでしまった。ドランジは目をそらしつつ、言い訳するように言った。
「嫌いじゃなければいいんだが」
 それから小さく首を振る。ええい、先に進もう、先に。
「なんでもない。さあ、いこう」
 そそくさとボートから下りるドランジ。むつきはぽかんとした後、「あー!」と言いながら顔を真っ赤にした。それから慌てて降りてきて隣によって来る。
「いや、あの、あの、迷惑じゃないです。むしろ…その、はい! 行きましょう!」
「ああ」
 妙に照れる二人。微妙な距離で歩き出した。


「あの、艦長さんに挨拶に行きますか?」
 照れながらも、いち早く思考回路を復旧させたのはむつきだった。一方ドランジはまだ回路が焼き付いているのか、「あ、ああ」と動揺した答え。そんな風に言われると余計恥ずかしくなる。かぁっ、と顔を赤くする。
「本当はドランジさんにもお礼のなにかを持って来たかったのですけど……」
「ああ。いや、そちらはすでに貰っている」
 視線をそらすドランジ。気付いて、むつきは顔を赤くした。
「あ……」
「失礼」流れを切るようにドランジがちょっと手を持ち上げる。
「はい?」
「少し、狭い」
 二人が歩く通路は狭い。ただでさえ大きなドランジにむつきはほとんど寄り添うように歩いていたため、ドランジの歩くスペースにはほぼ余裕が無かった。
「いえ、かまいません、むしろ嬉し…い…」
 ちょっと誤魔化すように言う。最後の方は声になっていなかった。照れて視線が泳ぐ。ドランジはようやく思考回路が復旧したようで、微笑みを浮かべた。
 しばらく行くと、道が開けた。扉を出ると、広い道に出る。床が透明で、下を無数のBALLSが行き来している。中央道路だった。
「中央通路だ」
「おわー、すごー!」
 ぱっと顔を明るくすると、むつきははしゃぎながらBALLSを一体捕獲。撫でた。ぱたぱた足を動かすBALLS。ゆっくり床に置いてやると、くるくる回ってから走り出した。
 その様子を見ていたドランジが、優しい口調で言った。
「新しい夜明けの船へようこそ」
 むつきは微笑み、頷き返す。
「はい! きちゃいました!」
「ブリッジにいこう。随分昔とかわったろう」
 二人はエレベータに乗り、移動。ドアが開いて外に出て硬直するむつき。
 視線の先では、すんごい美女がソファーにしなだれていた。
「ド美人!」
 や、ド美人じゃない。むつきはかちこちとぎこちない動きで頭を下げた。
「じゃなくて! こんにちは、萩野むつきといいます、はじめまして」
「は?」女は顔をしかめた。「むつきじゃないかい。なんだいその他人行儀な挨拶は」
「え?」
 ……思考硬直。十秒経過、予想が出る。二十秒経過、予想の検証が終了する。三十秒結果、結論を受け入れて内心で悲鳴を上げる。そして彼女が言語回路を復旧させたのはちょうど一分後のことだった。
「おひさしぶり、ですね。すみません、緊張しました」
 もう一度ぺこりと頭を下げる。今はもう目の前の美女の正体がわかっている。艦長のエリザベスで、ある。
「今日はお土産もってきました、日本酒ですが…」
「いいこだね。まったく孝行娘だよ」エリザベスはにやりと笑うと起き上がった。「お座り。ここはアンタの家でもあるよ」
 ぐっとくる。むつきは感無量の様子で(実際、内心ではうれしいー、おかあさーん!と叫んでいた)とたとたと駆け寄ると、エリザベスに抱きついた。
「艦長ー。お元気そうで、なによりですー」
「わははは。まったくだよ。娘はいいね。息子とは偉い違いだ」
 二人はひとしきり笑いあった後、少し離れて断っているドランジを見た。むつきが話しかける。
「ドランジさん、お酒をもってくれてありがとう」
「いいんだよ。ドランジなんか図体でかいしか芸がないんだから」
「そ、そんなこと無いです!素敵で…す」
 言いながら、途中から声が小さくなるむつき。エリザベスは片眉をあげた。
「なんだいなんだい。ドランジめあてかい?」
「そうです!」
 あわっ、言ってしまった。しかもドランジはドランジで顔を赤くしている。あああ、どうしよう、どうすれば。
 エリザベス、二秒で思考。素早く判断すると内心でうん、少しくらい手を貸してやろうじゃないかと結論。エリザベスは特に何も考えていない風に、言った。
「ドランジ、ちょっと私の部屋から煙草もってきな」

 さて、お立ち会い。どうなるかは、次の時間に。


作品への一言コメント

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  • 感想が遅くなりすみません。表現描写の細かさに、文族の方はすごいなあと思いました。特に、お土産のくだりは、超能力!?と思うほどです。wBALLSも捕獲してくれてありがとうございます -- 萩野むつき@レンジャー連邦 (2007-12-22 16:57:52)
  • ご感想、ありがとうございます。喜んでいただけたのなら、これに勝る喜びはありません。お読みくださりありがとうございました。 -- 黒霧@玄霧藩国 (2007-12-24 17:08:12)
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最終更新:2007年12月24日 17:08