ロッド@ビギナーズ王国様からのご依頼品


その日、ミズキ・ミズヤは不機嫌だった。
正確には数日前から続く不機嫌の真っ直中である。そしてその原因は、ロッドだ。少なくともミズキは、そう思っていた。ロッドは確かに約束を違えることなく自分に会いに来た。来たが、しかし。

「……帰ってくるって、言ったのに」

不満げに頬を膨らませるミズキ。いまだに夜明けの船に顔を出さないロッドのことを考えて、水槽に掌と頬を当てる。
物憂げな表情、溜め息ひとつ。

「………アイツが気にいらない…」

低音で絞り出された声と一瞬で変わった表情に、水棲BALLSが無表情のまま震える。
ミズキ・ミズヤ、良くも悪くも一途な乙女であった。


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その日、ミズキ・ミズヤは上機嫌だった。
正確にはその日の午前、ロッドが夜明けの船に来ると知らされた時点からの上機嫌である。

その日も軽快にサンドバッグを殴っていたミズキは、艦内放送を聞くのとほとんど同時に走り出した。トップデッキに向かう途中でタキガワ星人と鉢合わせ、ふふ、と余裕の笑みを浮かべる。震え上がるタキガワ星人と水棲BALLSを無視して、また走った。
息を弾ませてトップデッキに立つミズキ。ボートを海に落とし、乗り込もうと海面を覗いて、赤面する。上がった息、走ったせいですっかり乱れた髪と服の裾。みっともない。と息を飲んで、心掛けて淑やかにボートに腰を降ろす。
潮風に吹かれながら慣れきった揺れに合わせて髪を梳かし、オールを掴んだ。器用にオールを操って、水をかく。

「…別に、急ぐ理由なんかないよ」

自分に言い聞かせるように呟くミズキ。海面よりも高くを文字通り飛ぶように進むボート。
身体は、正直であった。


ボートを漕ぎ始めてからしばらくの後。いつもは気味が悪いほど人気のない浜辺に人影を見つけて、ミズキはボートの速度を落とした。揺れる海面に映る髪をチェックして、減速したままボートを寄せる。

「こんにちは」
「こんにちは、上手いですねー」
「そう?」

第一声から素直に褒められて硬直するミズキ。
ロッドが間抜けな顔で夜明けの船に現れたら、遅いとでも文句をつけて一度くらいは殴ってやろう、と物騒なことを考えていたミズキは視線をその考えごとやり場なく彷徨わせ、理由を探しながら口を開け閉めさせた。
次第に俯くミズキ。ああでもない、こうでもないと考えに考えて、ようやく浮かんだ理由に顔を上げた。

「そうか。私、火星生まれだから」

言ってから後悔するミズキ。間抜けすぎる、と心の中で頭を抱えた。

「なるほど」

納得するロッド。
別に嘘はついていないのだから困る必要も罪悪感を感じる必要もないが、それでも何故か困ったミズキは慌ただしくロッドをボートに乗せた。

「私の家に案内してあげる」
「楽しみです」
「…、」

ボートの二人、沈黙。心なしかミズキの頬が赤い。
静かにオールを回し始めるミズキ。

「……。」

沈黙。沈黙。
オールが水を跳ねる音だけがやけに響く気がして、本格的にミズキの顔が赤くなる。沈黙していたのは実際は大した時間ではないのだが、気まずさに耐えきれなくなったミズキは、ボートを加速させた。
水飛沫を飛ばしながら走るボートと、縁にしっかりとしがみつくロッド。早く船に着けばいいのに、と思う一方で、ずっとこのままでもいいかも知れない、とも考える自分にミズキは内心頭を叩いた。

水面を滑るように、ボートが飛ぶ。夜明けの船のトップデッキに着いて、ミズキは色々な汗を拭った。

「新記録」

もちろん時間など計っていない。

「えーと、一応聞きますが、何の新記録ですか?」
「往復」
「飛んでましたからね・・・」

ふふ、と渇いた音で笑って遠い目をしたロッドが頭を振る。加速した理由やその間の顔について追求されずに済んだ、とミズキは息を吐いた。

「と、往復という事は、到着ですか?」
「うん。ここがほーむよ」

ミズキ、上手く話題が逸れたとガッツポーズ。浮上した夜明けの船の壁の前に立って、ロッドに振り返った。

「入りましょ?」
「はい。…うわっ!」

開いた入口に驚くロッドを見て、少し気分を良くするミズキ。同時に緊張していたのが自分だけではないと知って、ほんの少しお姉さんぶりたくもなった。船を案内しながらタイミングを計る。
第1通路。第二船殻。第二通路。
足の下を転がるBALLSに表情を緩めたロッドを視界の端で確認して、ミズキは深呼吸をした。もう一回。更にもう一回。…駄目押しにもう一回。

「お帰りなさい。」

ロッド、硬直。
奇襲に成功したミズキは、満足そうに笑った。



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最終更新:2007年12月25日 16:07