S43@るしにゃん王国さんからのご依頼品


広い、広い草原が、少しずつ狭くなる。昨日まで同じ土地で同じものを食べていた仲間の牙が、爪が、少しずつ鋭くなる。
短い足で地面を鳴らして、夕陽の沈む地平線に向かって。争うことを好まなかった種族の最後の一匹は、淋しそうに一声鳴いて姿を消した。

「にゃんにゃんちゅー」

誰もかもが忘れた、淘汰されたその生き物の名前を、メガデウス・ネコリス、という。


メガデウス・ネコリス【めがでうす・ねこりす】
第五世界に生息したネコリスの亜種。主に草を食べる。
体長3m、体重は200kgを越える。
4000万年前に滅亡した。


全くおかしな話ではあるが、そのネコリスはむしむしと草を噛んでいた。ネコリスは本来お話を食べるものなので、まずそれがおかしい。次に、そして何より、それはネコリスと呼ぶにはいささか大きすぎる体躯を持っていた。巨体を揺らしながらゆっくりと歩いては、草を食む。移動して、また食べる。時々は鳴いたり、寝たり、顔を洗ったりもするその気紛れな生き物を、人は「大きな友達」と呼んだ。
小さな子供達に。年老いた老人達に。可愛いものに弱い男に。少しだけ淋しい女に。彼らより少しばかり遅く生まれた者たちにそう呼ばれるたびにネコリスは鼻を擦りつけ、そして笑うように目を細めて鳴いた。
「にゃんにゃんちゅー」──小さな弟、と。

彼らの朝は、遅い。正確には起きた時間がそのまま朝になる。身体を伸ばし、髭を震わせて、太い歯で草をすりつぶし、ゆったりと歩いては小さな弟に肉球で挨拶する。別に誰に強制される訳でもないので、起きてまた寝る者も、勿論居る。あるがままに、あるように。気紛れで気位が高く、それでいて優しくのんびりとした彼らは日々の暮らしを享受していた。
彼らの移動は同じ世界の中だけにとどまらない。死の足音が聞こえるたび。競合相手が現れるたび。彼らは空に大きな穴を開け、文字通りの別天地へと姿を消した。そのたびに彼らは別れた小さな友達から忘れられた。3メートルという巨体を持って彼らの存在が誰の目にも触れていないとされた理由が、それである。絶滅したとされる彼らは、4000万年の間誰の目にも触れなかった彼らは、実は世界移動者であった。

ある世界に移動した時、一匹のネコリスが群れからはぐれた。ゲートが閉鎖し草が減り続ける。死の足音はどんどん大きくなり、彼は世界に一人きりだった。彼は月を見上げては、誰に届けるでもなく鳴いた。何度も。何度も。
目を伏せて死を待つ途中で、彼は声を聞いた。いつかどこかの世界で――彼は自分の渡った世界がどの時代のどの世界なのかを知らなかった――自分を呼んだ「小さな弟」に似た声に導かれるように、彼はゆっくりと、短い足で一歩を踏み出した。


「でろー!でっかいネコリスー」

鼻を震わせて彼が再び目を開いた時、視線の先にはたくさんの草と小さな友達が、いた。

「かわいいです、かわいいですー」
「しらすが!しらすが何かでっかいネコリスになった!」
「さすが正義」
「鼻つまみたいー、嫌がらせたいー」
「ちょwやめwwwwww」

小さな弟達の後ろで、どこかで会ったような金髪の女が微笑む。目の前で繰り広げられる小さな弟の会話を見て、4000万年前から変わらない笑顔でメガデウス・ネコリスは笑った。

「にゃんにゃんちゅー」



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引渡し日:2007/

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最終更新:2007年11月19日 10:40