からんころん

下駄を鳴らしてヤガミが歩く。
祭りの喧騒に埋もれながら、自分の体で道を開いて進む。
余分に道を大きく取ろうとしているのは、その手の先にもう一人居るからである。
ヤガミに手を引かれ、並んで歩くのはヒサ子。
にへへー、と笑いながらも、ヤガミを見上げるたびにむぅっと唸る。
彼女には愛があったが、身長はなかった。
だから、背の釣り合いをものすごく気にしたのだ。
ヤガミにはそれが解せなかった。正確には気にしなかった。
人それを朴念仁という。
朴念仁だから、じーっと見上げるヒサ子に聞いたりするのだ。

「どうした?」
「え、あ、あの。お、大きいなって!」

なんだ、そんなことかと、何故か強く握られた手を気にしながら思うヤガミ。
だが、ヒサ子には大問題なのだ。
ヤガミが大きいだけに、その問題も大きいのだ。
だがヤガミにはそんな思いが通ずることもなく、何を馬鹿なことをと鼻で笑われた。

「背の釣り合いなんて、必要ない。俺といつもつれだっているわけじゃないんだから」
「そうだけどー……。でも、いつもじゃなくても、こうやって一緒にいられたりするもん。
 ほんとはもっと一緒にいたいなあ」
「なぜ?」
「……むぅ。好きだから」

ヤガミは頭が痛くなった。顔も赤くなった。
会話が成り立っている分、面と向かって否定できないのが何より痛かった。
否定できないから、ヤガミははぐらかしてかわした。
ヒサ子を傷つけるかもしれないが、この場ではベストの選択に思えた。
いかんな、子供にペースを乱されてどうする。
自己分析しながら、ヒサ子の扱いを考えるヤガミ。
ヒサ子のペースになると、自分はかわすしかなくなる。
それはヒサ子を傷つけるだろう。だから、できる限りしたくない。

結論は一つ。自分のペースに引き込むことだった。

「………俺の家はたこ焼き屋でな」
「おお!たこ焼き得意?それとも食べ飽きた?」

計画通り。
思わず心の中でほくそ笑む
ヒサ子はうまく食いついてきた。
やはり子供だなと思いながらも、そのリアクションに感謝する。
これならヒサ子を退屈させることもない。傷つけることも。
自分の機転に、久々に感謝した瞬間だった。

ヤガミは色んな話をした。
昔の話、夜店の話、仁義と値段の話は……理解できたか怪しいものだが。
焼きそばの話になったとき、見慣れた親父を見つけた。
子供のときから居る親父だ。うまい焼きそばだったと覚えている。
まずい焼きそばを食べた話を聞いた後だったから、うまい物がいいだろうと思った。
これなら満足するぞ、とヒサ子が喜ぶ顔を思って、笑った。

「焼きそだが、うまいのを」

親父は笑って焼きそばをつめてくれた。
20年前と変わらない色、におい。味もだろう。
ヒサ子に渡してやろうとしたら、赤くなって固まっていた。
待て。………何故?

「どうした?」
「う、嬉しくて、その。反射的に抱きつきそうになったけど我慢した!」

ああ、さっき笑った時のことかと納得………まて、顔は?

「がまんしすぎて息まで止めてた………」

あ、アホか。
のどま出でかかったが、今度はヤガミが我慢した。
大きくため息をついて、小言でも言ってやろうとして

「嬉しい。えへへー」

やろうとしただけで終わった。
赤面するヤガミ。
顔のほてりを自覚して、これからは笑うのも考えないといけないなと関係ないことを思う。
いや、関係あることを考えなくては、とヤガミ。
関係あること……関係あること……、そうだ焼そばだ。
ヒサ子の着物は白地。いくら色が薄いとは言っても焼きそばだ。危険すぎる。うむ、危険だ。
さて、どうやって食べさせようかと思って、ふと上を見上げた。
そして、後悔した。
心の底で望んでいるものが、宇宙がそこにあったから。

意識が宇宙を巡るには、その一瞬だけで十分だった。
祭りの光景が消え、海の底が鮮明に『見え』た。
魚雷を滑らかな起動で回避する夜明けの船が。
豪快に笑いながら指揮をとる艦長と、それに従う乗組員たち。
そして、舞踏を冠した名の――――

「んん?ヤガミ?」

ヒサ子がこっちを見ている。
音と映像が祭りに戻る。いや、どちらも祭りかとヤガミは思った。
そして、ヤガミはにこっと微笑んだ。何でもないと言いながら。
嘘を滑らかにつく事ができるのは、リーダーの証である。
もはやたこ焼き屋の息子、矢上総一郎ではない。
深海に生きる神聖同盟が盟主アリアンであり、夜明けの船に心を置くソーイチロー・ヤガミだ。

「いや、ただ宇宙に戻りたくなった。ここは故郷だが、俺の故郷じゃない」
「そっかぁ。……ヤガミの故郷はあそこなんだね」
「故郷は心のあるところ。ソーイチロー・ヤガミの故郷は、どこまでも続く海の底だな」

ヒサ子が居ることを考えると、故郷に戻るのはまずかったろう
上を見上げなければよかったとヤガミは思った。
晴れてさえ居なければと、天気を呪いもした。
しかし、戻ってしまったものは仕方がない。

―もう、戻れない。

途端に頭が冴え渡った。
外見どおりに相手をしてやろう。少しからかってやるのもいいかもしれない。
いや、大人ぶっているだけなのかもしれない。
本当に子供として扱えばいいのだ。
もはや良心は痛まなかった。
祭りを一緒に楽しむ。そこに変わりはない。
そして、早くあの七星の名を冠する奴らを倒して―――
ヒサ子の相手は、その後になりそうだな。

「もっとも、デートにはここがよさそうだが」


歩み寄った距離は、今ちょっとだけ、離れた。
ヒサ子が気付くのは少し後で、そして少しだけ傷ついた。

仲良く歩いていく姿だけは、変わることはなかった。


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引渡し日:2008/02/22

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最終更新:2008年02月22日 07:59