NO.101 玖珂あゆみさんからの依頼


 まさかあの時は、あんな大惨事が起こるなんて思いもしませんでした。


―――風野緋璃小笠原旅行日記より―――


 その日は、ちょうど秘書官の仕事も一区切りが付き、皆に誘われて久々に小笠原に行く事になったのです。
 一緒に藩国で働いている高渡ちゃんに川原雅ちゃんにあやのさんにK2さん。お世話になった悪童屋さんに松井さんに、お連れのあおひとさん。あやのさんとあおひとさんは、ちゃっかり彼氏を、松井さんに至っては奥さんを連れて来ています。うーん、確かにお似合いだとは思うけど、見せ付けると精神的に傷つく人が若干名いるとは思うんだよなあ。まあ言わないけど。
 小笠原のビーチに着いたら、悪童屋さんと待ち合わせをしていたスイトピーと、高渡さんが呼んだ玖珂兄弟が出迎えてくれました。
 うーん、久々の小笠原。やっぱりいつ来ても、ここはリゾートって感じだなあ。
 私は大きく伸びをしました。
 小笠原の潮の匂いが心地よかったです。


「ヤガミさん先日はどうも! スイトピーも!」
 高渡ちゃんは早速挨拶回りをしています。
 ……スイトピーなんか松井さんの奥さんに吹き込まれたのかなあ。すごくヨレヨレしています。
 悪童屋さんはスイトピーを気遣ってか、早速話題を奥さんから切り替えました。
 うーん、紳士って感じ。
「さて、今日集まってもらったのは何かな?」
「えと 海で 泳いだりバレーしたり浜遊びしたり そういうのしたいなって」
 旅行企画者の高渡ちゃんはソワソワしながら玖珂兄弟の方向を見ています。
 ……目線の先には、玖珂さんとこの兄弟、カニと遊んでますけど。
 おまけに、彼氏連れの方々が、小笠原の空気に当たってか、なあんかピンク色の空気になっています。
 うわっ、困った。
「で、高渡ちゃん。遊ぶなら遊ぼうよー。ほっとくと空気がどんどんピンク色になる気がする」
 つうか見てる分には面白いけど、団体行動なんだからラブコメだけ専念は禁止―。
「たしかに、ピンク色は困るな。あの兄弟を見習おう」
 奥さんも言い出しました。
 ……でも私の記憶違いではなかったら、ピンク色の元凶は奥さんのような気がします。
 スイトピーに何吹き込んだんですか。


「じゃあ 何しようー!リクエストある人―」
 高渡ちゃんはピンク色に染まる空気を変えようと声を上げました。
「たくさんいるからビーチバレーって言ってなかった?」
 雅ちゃんも空気を変えようとビーチボールを持ってきました。
「やるやるー。やるぜー!」
 さっきまでカニと遊んでいた玖珂さん家の光太郎君が来ました。
「ビーチバレーって、なんだ?」
 健司君が言い出しました。
 あれま。そう言えば私もルール知らないや。
「バレーってどうやるんだ。喧嘩しようぜ」
 あやのさん、ちゃんとしつけとけ。
(いや、教えるところからいちゃいちゃするつもりだろう byK2:アイコンタクト)
(それはそれで面白いねっ by風野:アイコンタクト)
「そんな訳だから、あやのさん、実技で教えてあげなさい」
「えぇ―――――っっっ!?」
「ええー、じゃないでしょ」
 あやのさんの乙女心全開の時は、いじるに限ります。
 うん、いい感じ。
「今の奴殴ればいいんだな」
「うううっ ええとね……ちがうちがうー!!! 殴っちゃだめー!!!」
 そう言いながらあやのさんは健司君をポカポカポカし始めました。
 本当に微笑ましいなあ、ここのカップルは。
 雅ちゃんと悪童屋さんは顔を見合わせ苦笑した後、ルール説明を始めました。
「え、普通のバレーと変わんないよ。コートで2組でボール打ち合って、ボールが下に落ちたら得点?」
「まあ、そんな所だよ」
「あとはやってるところ見てればわかるんじゃないかなー」
 雅ちゃんはそう言いながら光太郎君にボールを投げました。
「光太郎くん、ちょっと見本みせてあげてー」
「光太郎くん、お願いします!」
「あいよー」
 光太郎君は軽く打ってバックからボールをライン内に入れました。
 おお、上手。
「これ打ち返せばいいんだけど、直接やったらつまんねえだろ? だから、数回ボールをまわして打つ訳。今回は何回にする?」
 そう言いながら光太郎君はボールを拾い、手の中で遊びました。
「普通は3回じゃないかな?」
「……下手ほど、回数が多いほうが面白い。同じ人間が連続してタッチしてはいけない」
「じゃぁ、3回で!」
 みんな意見が一致し、あとはチームを決めればいいだけの所になりました。
「ハンデは?」
 スイトピーが悪童屋さんを見上げて言いました。
「ハンデ?」
「まさかこのおさるさんと、私が同じ条件ってことはないでしょうね?」
 スイトピーは光太郎君を指差しながら言います。
 うーん、おさるかどうかはともかく、確かに光太郎君みたいな体力は、私達女にはないかな……。
 そう思った時でした。

 スイトピーが突然倒れました。

 はあ!?
 私が思わず声を出す前に、悪童屋さんがスイトピーちゃんを抱き寄せました。
「おい! おい?? 大丈夫か?」
 頬を叩きましたが、スイトピーの反応はありません。
「コウ、ここからじゃ分からない。見てあげて」
 今は地下迷宮にいて、今は立体映像だけの晋太郎さんが言います。
「おいおい。兄貴、マジかよ。ったく……うお」
 晋太郎さんの姿が忽然と消えました。
 ちょっ、何この展開。
 晋太郎さんが消えたのを気にしつつ、光太郎君が悪童屋さんからスイトピーを近づけさせてもらい、彼女を触り始めました。
 そこは探偵。動きに無駄がありません。
 ……いや、そう言う問題では全然ないのだけれど。
「脳波ないな。魂も……ない」
 光太郎君のポツリと言った言葉に、その場の空気が一気にざわつき出しました。
「おい!! どう言う事だ?」
「そんなこと言ったって、兄貴!」
 いつもは冷静な悪童屋さんがうろたえ、光太郎君も今はいない晋太郎さんを呼びますが、反応がありません。
 山岳騎兵を経験しているだけあって、健司君は冷静です。
「急いで冷やせ。頭を。10度以下だ。急げ!」
 高渡ちゃんとあやのさんが慌てて氷をクーラーボックスから引っ張り出して冷やすものの、ここだと応急処置しかできません。
「ここじゃ一時しのぎですよ。夜明けの船に運べませんか?」
 雅ちゃんがスイトピーの横に座って言います。
 確かに、夜明けの船には、医療のスペシャリストのサーラがいるから、ここにいるよりはいい治療が受けられるはず……。
「総一郎、夜明けの船にスイトピーを運べますか?」
「もう呼んでいる。後20秒」
 夜明けの船は、奥さんの合図とほぼ同時に海に上がりました。


「RBを出せ。パイロットはマイケル」
 奥さんの一言で、RBはすぐに現れました。
 コックピットから出てきたのは、肌の赤い男の子です。
「どうしたの?」
「スイトピーを輸送してくれ、すぐ保管だ。データチェックもたのむ」「スイトピーが急に倒れた。かなりまずい」「倒れて、呼吸してないの!」
 ほぼ全員が同時に言った言葉に、返事も省略して、マイケルはスイトピーを運んでいきました。
 よかった、乱暴じゃなくって。
 ……いや、何も解決していません。スイトピーが目覚めていないのだから。


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 もう、バレーボールをしようなんて発言、その場にいた誰一人とも言い出す事はできませんでした。
 まず第一に、スイトピーのデータを送った奥さんとサーラの会話が何かおかしいです。
 何か隠しているみたいでした。
 第二に、急に消えた晋太郎さん。
 最初は私達も、晋太郎さんが弟を「おさるさん」呼ばわりされたのを怒っていたずらしたのだろうと思ったのですが、彼の本体は現在迷宮にいます。迷宮で何かあって情報伝達ができないのでしょう。スイトピーが倒れたほぼ同時刻に、彼に何かあったのだと思われます。


 私達は、陰鬱なランチを夜明けの船で取る事になるのですが、それはまた、別の話。




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最終更新:2008年02月17日 12:29