夏祭りと絆創膏とコロッケと (小笠原ゲーム『晋太郎先生のお料理教室 3時間目』より) ―高渡さまに捧ぐ―


「ごめん……」

晋太郎は憮然としながら、高渡の手当てをしていた。
別に高渡のせいで憮然としているわけではない。
ただただ、己に対して怒りを覚えているだけの話である。

「私のほうこそごめんなさい…。無茶して倒れて心配かけて…そのうえこんな」

高渡は申し訳なく思って縮こまったが、晋太郎は手当ての手を止めずにさらりと言った。

「弟は、反省してると思うから」

晋太郎の顔は、少しも変わらなかった。

「海の底で」
「∑こ、光太郎君はわるくありません」

代わりとばかりに慌てる高渡。
叫んだ拍子に傷が痛み、思わず顔をゆがめる。
自分の情けなさに、涙が少し出た。

「ごめん……よりにもよって夏祭りの日に」

晋太郎は悲しそうに顔を伏せた。
本当に、申し訳ないと思っている表情で落ち込んでいる。

「もう、傍に寄らないから」
「えっ!!」

怪我より何より、その言葉が高渡を驚愕させた。
違う、そういうことじゃないの。

「あ…あのえと。お祭りの日にケンカもやだし仲直りしましょう!!」

だから、高渡は必死で言葉をつむいだ。

「怪我とか私しょっちゅうだしこんなの平気です!」
「僕の気がすまない」

だが、晋太郎は晋太郎で譲らない。

「えと…えとじゃあ 一緒に夏祭りいってくれませんか…。」
「それがいい」

助けは意外なところから入った。
千葉昇である。

「顔に怪我してる娘さんと歩く、いい罰ゲームだ。僕は高みの見物をさせてもらう」

確かに、高渡のおでこにはおっきなばんそうこうがひとつ存在を主張している。

「あ・・・でも晋太郎さん怪我なおせますよね」

そこでぽつりと呟いたのは川原雅で、よく気がついたといわんばかりに昇は川原を見て微笑んだ。

「舐めないと。僕の治癒術は、舌が触れないと」

だめなんだ、との言葉に顔を赤く染めたのは高渡である。
嬉しくないわけではないが、いかんせん恥ずかしい。

「け、怪我の治療より夏祭りの思い出のほうが嬉しいです!」

顔を赤くしつつ、そう叫んだ。

「ええー」
「やったらどうだ。ぺろりと」

不満そうな雅と、促す昇の横で、晋太郎は凍っている。
その様子にちょっとだけ傷つく高渡。
乙女心は繊細なのだ。

「分かった」

そんな高渡の心のうちなど露知らず、晋太郎はおもむろに立ち上がると、つかつかと昇のもとへと歩み寄った。
そのまま一発昇を殴る。

「君も治療術得意だろう!」
「君の責任だ。君がやれ」

頭上で始まってしまった喧嘩を、ぴょんぴょんはねながら止める高渡。
仕方ないと昇につかみかかるのをやめた晋太郎は、高渡にまたすまなそうに謝った。

「ごめんね」
「ううん…えと。夏祭り…一緒にいってくれますか?」

おそるおそる尋ねた高渡の問いに、晋太郎は今度こそ頷いたのだった。



/ * /


川原・昇たちと別れた後、高渡はご機嫌で晋太郎と歩いていた。
好きな人と夏祭りに来ている。
ただそれだけのことが、なんと幸せなのだろう。
浴衣の柄の金魚も浮かれているようにすら見える。

「ええと、どこに、いく?」
「えーとじゃあまずカキ氷!次はわたあめにイカ焼きでつぎはつぎは…えーと」

聞かれてうきうき楽しそうに答える高渡。
それにうん、と答えつつ、晋太郎の手にあるのは重箱を重ねた弁当だった。

「お弁当ですか?」

それに気がついた高渡が問えば、晋太郎からちょっと苦笑いのような返事が返ってきた。

「うん。ちょっとしたことがあって、作りすぎちゃって」

詳しくは前回のログを参照。
早い話が、ストレス発散気晴らし八つ当たりというところである…というのは、晋太郎の名誉のためにふせておかねばなるまい。

「わあ!私おなかすいてるんです!食べさせてもらってもいいですか?」

目を輝かせた高渡に、晋太郎はちょっと微笑んでうなずいた。

「うん。あ、でも縁日では食べる場所はないかな……」

確かに、縁日が所狭しと並んでいるところでは、人の波も途切れることなくあるわけで。
静かに落ち着いて食べられる場所、となると見つけるのは難しそうだった。
ふと、何かに呼ばれた気がして高渡が振り返る。
そこだけぽっかりと切り離されたような、神社の境内が目にはいった。

「晋太郎さん。あそこはどうですか?」
「うん。いいね」

さっそく、神社の境内へと歩みを進める。
さすがに人気は少なかった。

「少し、軒を借りよう」
「はい!」

二人並んで腰を下ろし、弁当を広げた。
これでもかとばかりに大量に作られた料理はどれもこれもおいしそうで、高渡はきらきらと瞳を輝かせた。
その中でもひときわ彼女の心を惹き付けたのは…

「わあ!このコロッケすごくおいしそう!」

それはジャガイモを濾すところから全て手作業で作られた、晋太郎の愛あふるるコロッケである。
カニカマ、卵、普通の、そして夏野菜の全4種。
たぶん、店で売っているものよりおいしそうだった。

「いただいてもいいですか?」
「うん」

一段全部がうめつくされたコロッケ重から、一つを取り出してぱくりと一口。
さくっとした食感とともに、ジャガイモの素朴な味が高渡の口の中にじわっと広がった。
突き抜けるようなおいしさではなく、心に染み入るような、そんな味。

「おいしい!ほんとにお料理上手ですよね」
「別にうまくなくていいんだけど」

と、晋太郎は優しい顔で続ける。

「弟に、悪いものを食べさせたくなかったんだ」

ああ、と高渡は得心した。

「うん…!大事なひとに元気でいてほしいっていう気持ちですね」

料理は愛情、とよく言うが、晋太郎のこれはまさにそれなのだろう。

「そういう心から美味しい料理ってできるとおもいますよ」
「うん。健康になってほしいから」

本当に大切な人に、心から元気になってもらえる料理。
それを食べることができて、高渡はとても幸せな気持ちになった。
できるなら、自分もこんな風に幸せになれる料理を食べさせてあげたい。

「私も頑張らないと」

むん、と力を入れてコロッケをまたぱくりと頬張る。
晋太郎は優しい笑顔で、そんな高渡を見守っていた――



END


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最終更新:2007年10月03日 23:39