ゆり花@akiharu国様からのご依頼品
何ともコメントのしづらい手紙を受け取ったのは、先週のことだった。
罠か勧誘かと、いくばくかの時間考えた後、これで行く奴は馬鹿だろうと思い、とりあえず行くことにした。
どうみても矛盾しているが、本人としては至って正気である。
時間つぶしの本を片手に、妹候補とやらを見に行くのだ。
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『格好良くて頭もよくて運動もできて、でも女性にはあんまり興味ないけど、妹がいたら大切にしてくれそう』
な、理想なお兄ちゃんを探すことにした。
まるで確実に特定できるような激しい指定なのだが、まあそれはそれとして、お兄ちゃんを探すのである。
多少の障害にへこたれるほど、自分の兄ラブは弱くはなかった。
旅行社に提出書類を、それはもう、今までにないぐらいの丁寧さで書ききると、ゆり花はにっこりと笑った。
「よしこい!」
とても雄々しい叫びだった。
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兄さんができた日
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安全な場所を旅行社に指定したら、ここになった。
ここは、キノウツンである。
日々仲間から噂に聞くとおり、物々しい武者が闊歩していた。
辺りを見回す。きっと遅れるような人ではない。はず、だ。
(…いたー!)
そう思ったとたん、見つけた。
10m先に、文庫本を読んでいる眼鏡の人がいる。
ゆり花は近寄ってみた。
心の中では「第一声が大事! 第一印象! ふぁーすといんぷれっしょん!」とぐるぐるである。
「あの…こんにちは」
「……こんにちは。あんまり、女性が来る場所じゃないな。ここは」
もっとも無難だろう挨拶をすると、すこしの沈黙の後に答えがかえった。
安全な場所…らしいんだけどなあ、とは思ったが、「誰にとっての」安全な場所かは指定していなかったのでなんともはや、である。
たとえ自分にとって危険であっても大丈夫に違いない。と、根拠なく結論づけて、話しかける。
「なんだか物ものしいですね…。すみません、突然声をおかけして」
「それ故の平和さ。僕は……君の兄になる、千葉昇」
ぶふっ。内心吹いた。
激しく動揺している。
え、それ? まずそれなの?
旅行社! ここの旅行社! 説明しなさい!
更にぐるぐる大慌てである。
旅行社としては、事前のアンケートどおり正直にお呼びしているだけである、と主張するだろう。たぶん。
「は、初めまして」
「気にしないでいい。あまりにもむちゃくちゃな話だったから、逆に引き受けたんだ」
そっけなく言うと、昇は文庫をカバーを外して、ゴミ箱に捨てた。
「あ、ありがとうございます」
(むちゃく…えー)
ゆり花は真っ赤だ。
恥ずかしいのか嬉しいのか、ちょっと頭が整理がつかなかったりした。
ぱたぱたと顔を手のひらで仰ぎつつ、感じた疑問を聞いてみる。
「あれ、捨てちゃうんですか。ていうか、なんて話聞いたんですか?」
「兄になってくれそうなのを捜している、と」
非常に率直に伝わっている。しにたい。
ふたたびどこかの旅行社に恨みを念で送りつつ、話の続きを待つ。
「理由は、言わないでいい。考える楽しみが減る。それと」
一息。
「読み終わったら、本は捨てるようにしている。持ち物は少ない方がいい」
「私は本をため込んでしまうたちなので…いらなくなったら私にください。私が読みます!」
「今度からそうしよう」
昇は歩き出した。
こちらを気にしないような様子だったが、ゆり花は何も言うことなくついていく。
ついていくのが当然だった。
後ろを歩いていくと、淡い、いい匂いがする。
(うーん…人工の香りじゃあない気がする、けど、断言できない…)
コロンとかではない。なんだろう?
「君の名前は?」
「私はゆり花です。名乗るのすら忘れてました。すみません」
歩きつつの問いに答える。
(なんだろうなあ)
やっぱりなんの匂いなのか分からず、周囲を見回した。
ごく普通(らしい)キノウツンの風景である。
今においがするような、繊細なものなど、残念ながら近くにはなかった。他の場所にはあるかもしれないが。
「ううん。ゆり花?それとも、ゆり花さん?」
呼び捨て、さん付け、どちらも捨てがたい。
ちょっと考える。
その一方で、においは昇からしているかな、と見当をつけた。
てくてくと着いて歩いていく。
道は商店街らしき場所へと続いている。
ところどころに、カラフルな看板が見えた。
「お好きに」
結論。昇の呼びたい方。
にこりと笑う。
「ゆり花」
「はい!」
うれしそうに頷く。
そわそわしながら、問い返した。
「私はなんてお呼びすればいいですか?」
さらっとスルーされた。
「ゆり花は、好きなものは何?」
「好きな物ですか?うーん。お兄ちゃん?これから好きになるんですけど」
「あいにくだが、僕はあまり、人から好かれない」
「私が好きになりますから、大丈夫です」
自己主張! アピール!
気分は面接である。
「がんこと言われることは?」
「たまに…?」
基本的に女の子は頑固です。(ある一面において)
と言っても通じないだろうから、割愛。
「演技はうまいと」
「なんで演技だと思うのですか?」
ちょっとむくれた。
相変わらず昇は歩き続けている。
どこが目的地だろう、と少し考えてみて止めた。土地勘がないと何も分からない。
「たまに、頑固だと言われているから。僕から言えば、毎日言われていても、おかしくない。だからまあ、演技がうまいのかなと、思った」
「まあ、下手より上手い方がいいかなあとは思いますが。でも、今演技する必要はないですからー」
「そこは疑ってない。名前を名乗るのを忘れるぐらいだからね」
あー。
自己紹介よりも兄!兄!になっていた自分を思い出して静かに凹んだ。
あれだ。舞い上がっていたのだ。だって目の前に兄さんがいれば舞い上がるだろううん。
もっとスマートに知的に自己紹介する予定が! がーん。
…という思考を一瞬で行う間に、昇から追撃があった。
「個人的には、妹には、そういうのがいいと思っていた。手のかかる方が、かわいい。たぶん」
(えーわーえーっと!わーん!)
上げて下げて突き上げる、みたいな状態にぐらぐら揺れる。
これがリアル兄さんですかそうですか。
そして、スルーされた質問をしてもいいかしら、と心の中で気合。
「?」
「そしてなんてお呼びすればいいのでしょう!」
勢いこんで突撃。
目的地についた昇は、花屋で花を買っていた。
「兄さんで」
「はい、兄さん!」
即答に即答で答える。
昇は少し微笑んだ。が、目をそらした。
(むー)
なぜそこで目をそらす。
…と微妙な気分になった。
「そうだ」
花を渡された。半分。
白くて多少大降りの花。
百合である。
「?? なんでしょう??」
「深い意味はない。プレゼント」
「あ、ありがとうございます」
「理由は、自分の食卓に飾るのが半分」
「えへへ。うれしいです。花は好きです!」
なんというか、プレゼントは単純にうれしい。
自然と、花に顔を近づける格好になる。
あと、食卓に飾るって、おしゃれだなあと、ちらりと思った。
生花を飾るなんて、マメである。
「花粉、つくといけないから、顔は近づけないように。ゆり花は、そういうミスしそうだ」
「うっ。そんなことしません!」
慌てて花から顔を離すと、昇は微笑んでいた。
昇は半分の花をもって、再びゆっくり歩きはじめている。
そっか、お花屋さんが近かったのか。
ゆり花はやっと納得がいった。
「次会いに来る時は、私もなにか持ってきます! 何がすきですか?」
「好きなものはないかな。嫌いなものは多い。なんでも嫌いだ。なんだかよく分からないものは、嫌いじゃない」
「えー。でも、花は?」
「嫌いだな。すぐ枯れるから。でも造花は、もっと嫌いだ」
だから、食卓に生花なのか。
ちょっと納得した。
「がんばって育てれば枯れませんよ。植木なら!」
「持ち歩けないものは持ちたくない」
ああ言えばこう言う。を地で行く人である。
独特の価値観というべきか。
これからの対策を考えつつ会話を続けていると、昇は唐突に立ち止まった。
「その格好で狭いところに入れるかい」
立ち止まったゆり花を見下ろして、聞かれた。
きょとんとする。
「え、はい、小柄ですから」
ひとつ頷くと、昇はビルとビルの合間を歩き出した。
本当に隙間だった。目測で、自分がやっと通れるぐらい。
うわあ、と思いながら、花を大事にかばいながらついていった。
(って、どこに行くんだろう)
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(ビルを抜けたら、崖でした)
と脳内でナレーションをする程度には、驚いた。
(ってえー!)
本当に崖だった。
町外れというか、区画が違うようだ。
崖下にもビルが見える。
「わ」
フェンスもない場所だった。
ちょうど時刻は夕方になり、遠くに綺麗な夕日が見える。
眼下のビル・夕日・となりに昇。
(なにこのシチュエーション!)
「すごーい! 夕日きれいです!」
「……」
ちらりと見ると、昇は微かに満足げだった。
「まあ、これは嫌いじゃないな」
にっこりして昇さんの顔をみます
「私は好きです! ありがとう」
「お金のかからない妹だ。僕は嬉しい」
「兄さんがいればいいです」
駄目押しににこりと笑いかける。
昇は微笑みかえしてくれた。
「帰る。服を汚したね。帰りがてら、服を新しく買ってあげる」
花を一生懸命かばっているのに気づかれていたようだった。
うわあ、うわあ、とあたふたする。
「いいですよ! 洗えば平気なのにー。それとも甘えていいところ?」
「好きに」
「じゃあ、今回は甘えちゃいます! 兄さんができた記念に!」
「はいはい」
まだまだ一緒にいられると分かり、ゆり花は満面の笑みをこぼした。
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ふむ、とひとつ頷いた。
妹である。
なにせ妹である。
妹は幸せでなければならない。
「…よし」
本人の目の前には、山のような紙束があった。
それが何なのかは、昇以外には、まだ分からない。
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きゃあきゃあきゃあ!
ゆり花の脳内を擬音化すると、そんな感じであった。
兄さんである。
兄さんなのである。
いっしょにいてくれたりするのである。
きっとがんばればもにょもにょ…
「がんばる!」
握りこぶしひとつ天に突き上げ、やっぱり雄々しく気合を入れた。
勝負はこれからなのだ。
強敵よね、と感想を言われたのは、その翌日だった。
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兄さんの格好よさと面白さに笑いながら書かせて頂きました。
ありがとうございました!
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引渡し日:2011/07/22
最終更新:2011年07月22日 05:58