雷羅来@よんた藩国様からのご依頼品
○安心
いつも、明かりのない道を歩いているようなものだった。
目の前に何が待っているのかが分からない。
足元に何があるのかが分からない。
手が伸びてきて、それが殴るために伸ばすのか、襲うために伸ばすのか、髪を掴むために伸ばすのか――ありえないけれど、頭を撫でるために伸ばすのか――、分からないのだ。
誰も信じなければ、傷つかない。
誰だって痛いのは好きじゃない。
俺だってそうだ。
ただ、身体を丸めれば、自分の体温を感じて、どんなに真っ暗で何も見えなくても、少しは安心して眠りにつく事ができた。
目を閉じれば、闇も1人も関係がない。
――そう、思っていた。
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帝國でも大国に当たる涼州藩国。
工業国であるその国の中でも、やや牧歌的な光景の場所に、その家はあった。
「わん太君、本当に1人でお留守番大丈夫?」
身重なこの家の夫人が心配そうにわん太に目線を合わせようとするが、屈んだ瞬間身体がぐらりと傾いてひっくり返りそうになり、慌ててこの家の主人が肩を抱いて支えた。
わん太はその様子を見ながらコクリ、と頷いた。
「うん、大丈夫」
「でも……」
「……あの国には、行きたくない」
「……そう」
夫人は悲しそうな顔で目を伏せ、主人はそっとその夫人の肩を抱き寄せた。
夫人がそろそろ出産するので入院する病院は、ここからだと少し遠い、共和国の1国だった。この夫婦が結婚する前に住んでいた事のある国でもある。
わん太は短い期間だがその国にいた事がある。
悪い国ではなかったが、空が狭かった。
箱のような建物の羅列が、昔自分のいた場所を思い出し、気持ちが鬱屈した。
「そう……。分かった。ご飯はちゃんと食べてね。家には買い置きのものはたくさんあるから、それ好きなだけ使っていいから。悪童さんもね、いつでもお城に来ていいよって言ってるから、困った事があったらちゃんと頼るのよ」
「うん、分かった」
夫人は何度も何度も心配そうに話をしたが、主人は「まあ、大丈夫だろ。男が決めた事なんだから」と楽天的な言葉で、夫人の肩を抱いて連れて行った。
この家の娘が、両親についていこうとしたが、先に振り返った。
「悪い奴が来たら、私がぶっとばすから。だから、大丈夫」
そう言って肩をぽんぽんと叩いた後、「すぐに戻るから!」と元気に手を振って走っていった。
普段はこの家の親子がわいわいがやがやしている家も、主人がいなくなると途端にガランと静かになった。
わん太は隅っこで座ってぼんやりとした。1人だとこんなに広いんだと、当たり前のように思った。
そう言えば、最後にこうやって1人で座っていたのっていつだったっけ。
わん太はそうぼんやりと考える。
何故かいつもいつもおせっかいな人間が現れては、自分に構うのだ。
最初は煩わしかった。と言うよりも怖かった。
そのまま仲良くしても、いつかは裏切られるんじゃ、傷つくんじゃ。それなら、1人の方がましだと、当たり前のように思う。
「…………」
何故か、1番おせっかいな人間の事が脳裏をかすめた。
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時々夫妻から電話がかかってきて、悪童藩王が尋ねてくる以外は特に何も変わらない日々が過ぎ。
昼食にしようと、わん太がコンビーフの缶詰を缶切りでガリガリと開けている時に、1本の電話がかかってきた。
『もしもし、わん太君?』
「うん。どうかしたの?」
『あのね、今日は家にいるよね?』
「……あんまり出歩いた事はないけど」
『うーんと、そうだね。あのね今日、雷羅来さんが来るからね』
「……!」
わん太は思わず息を呑んだ。
わん太が時折思い出す、おせっかいな人間の代表格である。
夫人は優しげに続けた。
『大丈夫。会えそうなら会えばいいし、会いたくないなら、ちゃんと話はするから。無理はしなくていいよ?』
「…………」
わん太は少しの間、黙って受話器を握っていた。
声が、震えた。
「……そのままで」
『そのまま?』
「どうなってるのか見てみたい」
『……うん。分かった。じゃあそう伝えておくから。わん太君』
「何?」
『……無理は、しちゃ駄目だからね?』
「…………」
本当に、おせっかいが多いなあ。
夫人は後何個も注意する事を言っていたが、わん太はそれをぼんやりと聞き流していた。
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どこに行っても、まともに眠りにつけた事はなかった。
それは共和国にいた時でも、ここでもどこでも変わらない事であった。
でも。
その日は久しぶりに、思い出せないほど久しぶりに、夢も見ずに眠る事ができた。
彼のおせっかいな人間が来るのは、後――。
<了>
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最終更新:2011年06月17日 16:08