瀬戸口まつり@宰相府藩国様からのご依頼品


[ころころ]

 少し、暑い。じんわりと肌にシャツが張り付くくらいに。
 夏の園の気温は高い。熱のこもった風は、しかし、宰相府の気候としては普通のものだ。
 だが、いつもと違うところも、いくつか。
 例えば、赤と緑の眩しい景所とか。辺りはハイビスカスの鮮やかな色合いに包まれている。高之とまつりがいるのは、夏の園の庭園区域だった。ゆるやかな起伏が波打っていて、そこ一面が赤く染まっている。丘の上には小さな東屋がぽつぽつと見当たる。そのうち幾つかには、二人のようにカップルの姿がちらほらと。
 高之はしらず微笑んでいた。背中に回された細い腕と、こつんと肩口にあてられている額の感触を意識する。まつりは心地よさそうに眼を細めていた。
 その瞳が、不意に見上げてくる。それが何を捉えたか、まつりの口元が緩んで笑い返してきた。頬を、花が溶け込んだような赤色が覆っていく。
 よしよし、という気分で、左手で頭を撫でた。手の平を流れていく髪の感触を味わっていると、まつりはもう少し体を押しつけてきて、ほほをすり寄せてきた。にゃーとかい言いそうだなあと、なんとなく思った。
「暑くてごめんね」抱きついたまま、まつりは言う。「私ばっかり嬉しくてだめだー」
 いいじゃないか、と言おうとする高之。が、それより先に言葉を続けられた。
「高之さんは」
「ん?」
「足りないものとかないですか。したいこととか」
 じっとこちらを見てくる。ついさっきまでは楽しそうだった瞳の中で、不思議な光が揺れている。
「今私すごく嬉しいから。高之さんにも嬉しかったり幸せになってほしい」
「まあ、普通でいい。普通で」
 高之は笑って答える。充分幸せだぞと言うには、少々照れくさい。
「愛してる」
「そりゃ知ってるよ」
 だから、と言葉を続けようとして、しかし、すこんと頭の中から言葉が抜けてしまった。
 なんかいい事が言いたいなあと思いつつ。
 んー。
「まあ、そうだな」
 引き延ばす。まつりが面を上げてこちらを見ている。
 ……ああ、しかし。
 肝心なときにはしゃれたこと言えないなあ、なんて考えてると知られたら、どうしようか。
「なんでもない。いこう」
 なんて、思ったりもしつつ。二人は歩き出した。


 お土産を買う事になった。庭園の道沿いに出て行くと、小さな店が立っているのが見える。二人はそこを目指して、ハイビスカスの海に挟まれた道を進んでいった。まつりの手が、高之の右手に絡んでいる。指の側面が擦れ合って、熱を帯びた。
 そっと触れるような握り方。どこか、ふわふわした感触。
 言葉の真っ直ぐさと比べると、少しちぐはぐにも思える距離感。
 柔らかいのか硬いのか、どことなくつかみ所の無い空気が香っている。
「さて」
 口の中だけで小さくつぶやく。まつりは聞こえなかったのか、にこにこ笑ったままゆっくりと歩を進めている。その横顔がひどく楽しげで、高之はまあいいかと、再び前を向いた。
 程なくして店にたどり着いた。小さな土産物屋で、帽子や柄物のシャツから、苗木、花、香水などが並んでいる。他にも、棚に並べられたどうも、庭園にちなんだものが中心に置かれているらしい。他にも、隣の園からとれたフルーツのジュース。
 飴も、結構な種類があった。それでもここに並んでいるのは一部なのだろう。隣の、トロピカルフルーツの園にある果物は二百種類を越えるという。
 サンプルなのか、飴の棚の手前には、蔦で編まれた籠に砕いた飴が何種類かのせられていた。高之とまつりは顔を見合わせた後、それぞれ黄色、薄い赤色の飴を手に取った。
 口の中に広がる酸味に、高之はすぐ、パイナップルだと気付いた。まつりは刻々と頷きながら、早くも次の欠片を見定めている。そして今度は薄い黄色の飴を取り、こちらを見た。
「迷いますね」
「そうだな」
 いいながら、高之は棚を見た。一種類だけが袋に入った者もあれば、いろいろ混ざってカラフルなビンもある。これがいいかなと考えつつ、ふと、その隣にあるやつに目がとまった。
「これは出てないな」
 そういって手を伸ばしたのは、丸い飴の入ったビンだった。ただ、色合いがサンプルに出ているものよりも濃い。
 まつりはビンとサンプルを何度か見比べて、なんでしょうね、と首を傾げた。
「あ、こっちに小さなビンもありますね」まつりはその隣にあったやつを取った。「買ってみます?」
「そうだな」
「じゃあこれと、あといろいろ入ってるやつにしましょうか」
「だな」
 高之は手にしたビンを戻して、代わりに別の者を手に取った。店員の方に向かって行く。


 そして帰り道。日が沈み始めて、やや赤みを帯びた海辺を左手に、二人並んで歩いて行く。その手はやはり、そっと絡むような、ふわふわとした感触がする。
「あ、そうだ」高之はふと思いついて言った。「さっきの飴、食べてみるか?」
 おまけとして、店員が二つほどビニルに包まれた飴を入れてくれたのだった。高之は片手を持ち上げて、袋をまつりの方に向ける。
「そうですね。えっと」
 まつりは袋の中から飴を取り出した。それから一つを取り出すと、こちらを見た。
 立ち止まる。
「えと。……あーん」
「……」
 高之は一秒の半分ほど固まった後、小さく口を開いた。口の中に飴が入る。が、それよりも、唇に触れたまつりの指先の方が気になった。見れば彼女の顔も赤くなっている。ちょっと目を逸らして、あははと笑っていた。
「俺もやろうか」
 すかさずまつりの手から飴を取る。それからとりだして、まつりの方に向けた。
「ほら。あーん」
「あ、あーん」
 口の中に入れる。まつりは目をきょときょと左右に揺らしている。高之は舌先で転がしながら、思ったより軽い感じがして、おや、と思う。
 もしかしてと思い、奥歯で挟んで少しだけ力をかけてみた。
 ぱき。
 簡単に割れる飴の内側から、とろりと何かが溶け出してきた。酸味じわりと舌に広がり、遅れて、甘みに包まれる。
 ああ、そうそう。これだ。
 高之はふいに気付いた。ちょっとした距離感。ストレートな物言いと、それに不似合いな、不思議な距離感。硬いような、柔らかいような、真っ直ぐなような。
 ちょうど、こんな感じなのだ。
 ならと、高之は手を伸ばした。まだ飴をなめているまつりの手を取って、いつもよりしっかりと握ってみる。
 まつりは少し驚いた風にこちらを見て、それから、嬉しさが溶け出したみたいに笑ったのだった。



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引渡し日:2010/10/31


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最終更新:2010年10月31日 14:40