水仙堂 雹@神聖巫連盟様からのご依頼品


今日は、誕生日のお祝いとして来てくれるという話だった。
これだけでも、今の状況を知らないというのがわかる。
だから。
今のこの国を見てくれたら。
あの人は、必ず動いてくれる。

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表の方で、兵達が来客と何か話しているようだ。
「何かあったのですか?」
部屋に入ってすぐのところに一人配置されている兵に尋ねてみる。
「いえ、あなたが思い煩うようなことは何も」
白状したも同然の言い方。
「今日は、雹が私のところに来る日よ。
来客なら、まったくの無関係ではありえない」
そう言いながら、部屋の外へ向かう。
兵が予期していたように私を遮って言葉をかける。
「危ないと、何度言ったらわかりますか」
「この施設を出るとは言ってません。
部屋の外程度でも危険なほど、あなた方はここの警備ができていないんですか?」
返事をためらったのをいいことに、部屋を出る。

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「ちょうどいいところに」
この人は…そう、今日は門の担当だった人。
「何かありまして?」
「伝言を預かってまいりました」
今の私に、伝言を届けようとする人は。
「誰から、なんと?」
「水仙堂 雹様より、会いに来たこと、
そして、遅くなったけど誕生日おめでとう、とのことです」

伝言だけ。そのためにわざわざ、旅行社から連絡がくるなんてことはないはず。
「私のところへ案内しなかったのはなぜですか」
「不要だと判断しました」
「どういうことです?」
口調がきつくなるのがわかる。
「あの男は、第七世界人ですから」
「説明になっていません」
それだけで十分でしょう、と言わんばかりの兵に詰め寄る。
「第七世界人が何をしてくれましたか?
この国の状況が、ここまで悪かったのは、彼らが何もしなかったからです」
「逆よ」
何もしなかったというのは。
「私達が、うまく彼らに状況を伝えられなかった可能性も考えなさい」
そう、伝える手段がないか考えておくべきだったのだ。
「そして、今雹がこちらに来ている意味と理由もね」
兵は笑った。
「誕生日とか言っていたじゃないですか。
この状況下で呑気なことだ」
そう、だからこそそれは。
「つまり、今まで第七世界人にこちらのことが伝わっていなかったということです。
なら、彼を追い出すのではなく、状況を伝えるべきだったと考えないのですか」

まずは、落ち着こう。
これまで雹に会っていたときのことを思い出す。
今はまだ、あの人はこちらの世界にいるはず。
兵に微笑みかける。
「あの人は、第七世界人は。
状況を知らずに動けないことはあっても、知ってなお動かないことはない」
ならば、私からも動くべき。

瞳に力が宿るのがわかる。
「今なら追いつけます。
雹のところまで案内してください」

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出かける前に、部屋にいったん戻る。
「少し、外に行ってくるわね」
子供たちは不安げにつぶやく。
「だいじょうぶかな」
「こわいよ」
「おねえちゃん、かえってくるよね」
そんな子供たちを、一人一人抱きしめる。
「もう少しの辛抱よ」
「ほんとに?」
「おそと、あるけるようになる?」
「ええ、約束するわ」
そうするために、私は行くのだから。

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どこに行ったのかわからないという兵達の言葉はもっともだ。
「それでも、今の事態をどうにかしたいなら。
まずは彼に詳しい状況を伝えるべきでしょう」
無理に馬車を出してもらった。
危険だということもわかっている。

雹に会いたいだけじゃないのか、と自問する。
--馬鹿ね。
頭の奥から声がする。
--会いたいに決まってるじゃない
そうね。
少し笑う。
今こんな事態だというのに。
雹に会える、それがこんなにもうれしい。

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「雹がどちらに向かったのかはわかりますか?」
「そこまでは、きいていません」
仕方ない。
この施設を出るときに向かった方向はわかるけれど
残念ながら、雹の向かったらしい方向に心当たりはない。
「このあたりの人に尋ねるしかないかしら」
「危険です」
兵に即答された。
「そうね」
情報料をとられる程度ならまだいい。
そのお金より、馬車の方が高いなどと考え出す人が多いのが現状だ。

「ではまずまっすぐ……きゃあ!」
外の様子を甘くみていたようだ。
こんなに、出てすぐに襲われるなんて。
「あなたはそのまま馬車の中に!」
兵たちが対処しているけれど、
外の見えないまま戦いの音だけが聞こえてくるのも不安だ。
「私にできることは」
「そのままおとなしくしてくれることが、いちばんです!」

以前の私とは違う。
悪魔を従えていない以上、私は戦いには無力だ。
それでも……え?
窓の隙間から一瞬見えたのは、確かに雹の姿だった。
思わずカーテンを開けたそのとき。
「女もいたぞ!」
揺らされたはずみで入口の掛け金がはずれていたらしい。
馬車の中まで人が入ってくる。
襲われる恐怖など感じなかった。
兵が対処してくれたからというのもあるけれど、それより。
「撤退するぞ」
馬車が動き出す。
その後を走ってくる人達の中には、確かに雹がいた。

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全員が無事に逃げ切れた。
雹も含めて、門の中へ。

「おねえちゃん、よかったー」
帰ってくるなり子供たちに抱きつかれる。
兵達も一斉に入ってきたため、驚く子供たち。
そんな中、息を整えながら雹が子供たちに微笑みかける。
あまりいかつくない人だからか、
最近笑うことが少なくなっていた子供たちも、雹に微笑みを返す。
そんな様子を見て、やっと少し安心した。
「無事で良かった」
「無事でよかった、ヴァンシスカ」

私のことより、まず自分のことを考えて。
「・・・この国で動き回るのは、自殺行為です」
「ごめん」
違う、そういうことを言わせたいんじゃなくって。
あなたのことが心配だった、そう言いたいだけなのに。
「そして、ありがとう」
抱きしめられる。
言いたいことも、聞きたいこともたくさんあるはずなのに。
ただこの腕の中にいられることがうれしい。

想いのありったけをこめて、言葉を紡ごうとしたけれど。
今はただ、安心のためいきだけ。

「あと、誕生日おめでとう」
そう、この言葉のために来てくれたんだった。
涙を隠したくて、雹の胸に顔を埋める。
雹には笑顔を見せたいから。


作品への一言コメント

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  • 大変です。きゅんとしました。 幸せになるために頑張らなきゃ ですね。ありがとうございます -- 水仙堂 雹@神聖巫連盟 (2010-09-16 22:18:47)
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引渡し日:2010/09/16


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最終更新:2010年09月16日 22:18