瀬戸口まつり@宰相府藩国様からのご依頼品


彼女は、スケッチブックを開く。
その表紙には『えにっき』の文字。
左のページは先日の絵。
右のページはその日の日記。

/*/

きょうは、なかにわのえをかいていました。
えのばしょへみんなででかけることになりました。

みんないっしょは、うれしいの。
おててつないでなかよしさん。
おきにいりのぼうしをかぶっておでかけ。

こんどはあきのそのにもいくんだって。
おべんとういっぱいたべたいな。

あと、ねこさんをかってもいいっておはなしになりました。


/*/

彼女は、日記を見て手を止めた。
猫さんを飼ってもいいってお話。
でも、今はそんな状況じゃない。

彼女には聞こえてしまう。
一瞬のためらい、苛つき。
その後やってくる反省、後悔。

だれもわるくないの。
みんななかよくしたいだけなの。

でも、すぐに過ぎ去ってしまう負の感情を、彼女は理解してしまう。
感じ取ったときの、2人の顔、浮かぶ拒否。
気づかなかったふりをするには、彼女は幼すぎた。
おこらないで。
かなしまないで。
2人に伝えようとしては、相手の表情を見て押し黙る。
そんな日々。

/*/

きょうからおじいちゃんのおてつだいです。
いっしょにおはなをそだてるの。

/*/

いたたまれなくなって
『おえかきしてくる』との言葉を残しては、ここへ通う毎日。

「どうしたものかね」
おじいちゃんは、お庭の手入れをしながら彼女の話を聞いてくれる。
「なかよくしたいの、なかよくしてほしいの」
でも、彼女だけではどうにもならない。

「そうだな、まずはこちらを手伝ってくれるかい?」
しばらく前に、新しく植えた苗たち。
宰相府の中庭は、区画毎にいろいろな花が植えられていて。
彼女の心を少し癒してくれる。
「これは、どんなおはなですか?」
おじいちゃんは微笑むと
「きっと、役に立ってくれるお花だよ。
そうだ、一日手伝うと一輪、花が咲いたときにあげることにしよう。
毎日手伝ってくれたら、咲く頃には両手いっぱいの花束になるよ」
たくさんのお花。
家中に飾ったら、2人も綺麗だと言ってくれるだろうか。
そう、このお庭を散歩したときみたいに。

彼女は大きく何度もこくこくと頷いた。
何かが変わることを願いながら。

/*/

きょうは、ねこさんがうちにやってきました。
ふたりとも、ねこさんをうちにいてもいいといってくれました。

/*/

おじいちゃんのお手伝いを始めてから数日。
蕾が増えてきたね、との言葉に歌いながらの帰り道。
「ねこさん?」
日陰で気持ちよさげに寝転がっているのは、見たこともないようなおっきなねこさん。
宰相府には猫や猫士があちこちにいて、彼女は見慣れていたけれど。
その誰でもない、初めて見かけた猫。

「ねこさん、あつくないですか?」
猫は片目を開け、彼女を見る。
首を横に振ったようにみえた。
「そうなんだ」
彼女は猫の横にしゃがみこんだ。
「なでてもいいですか」
そう言いながら、猫にふわりと触れてみる。
あたたかでやわらかな手触り。
「うふふ、きもちいいのよ」
猫は仕方ない、と言った風にちらりと彼女を見て、再び目を閉じる。
なでなで、なでなで。

繰り返す内に彼女は思い出した。
猫を飼ってもいいというお話。
「ねこさんねこさん、うちにきてくれますか?」
猫は、にゃあと一声鳴くと、彼女にすりよった。
「まあよかろう、ですか」
彼女はにっこり微笑むと、猫を抱き上げ…ようとして、よろめいた。
「おぬしにはむりだろう?」
猫は頷くと、彼女の家を知っているかのように歩き出す。

/*/

帰宅して、猫はまず彼女といっしょにお風呂に入れられた。
見かけたときと毛の色がずいぶんと違っていて。
彼女の家族がそろって「げげぇ」と叫んだのに、久しぶりに心の底から笑ってしまった。

「ねこさん」
彼女がやさしく呼ぶと、猫は寄ってきた。
「あしたはおじいちゃんにあいさつにいこうね」
猫は頷くと、彼女を守るようにすぐそばで丸くなった。

/*/

少しずつ、少しずつ、みんなで歩み寄って。
お互いを許し合って。
そうして、みんな仲良くしていくんだよ。

おじいちゃん?
ねこさん?
それとも……ううん、きっとみんなのねがい。
だから、みんなでげんきにならなくちゃ。

/*/

毎日のお手伝いで、その一画は綺麗な花が咲き誇ることとなった。
「よく咲かせることができたね。今日はこれをおうちに持ってかえりなさい」
彼女は、おじいちゃんが渡してくれた花束を抱える。
「これは、君が育ててくれたものだからね」
えっちらおっちらと歩いていると、いつものように猫が現れる。
「えへへ、きれいでしょう?」
猫は軽く頷き、すぐ前を歩きはじめた。
「よろこんでくれるといいな」
猫は振り返り、彼女を見つめる。
優しげな眼差しに微笑み返すと、歌いながら家路につく。
今日はたくさん、いいことがある予感。

おじいちゃんのお手伝いで育てたのは、真っ赤なカーネーション。


作品への一言コメント

感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です)

名前:
コメント:




引渡し日:2010/05/10


counter: -
yesterday: -
最終更新:2010年05月10日 10:01